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ハードルを一つ越える [子供とともに(更新ほぼ停止中)]

 このブログを始めた当時、私の子供はまだ小さくて小学校に入る前だった。最初の頃は彼のことをよく話題にしたが、ある時期から書くのを控えるようになった。やはり、別人格であるし親といえどもプライバシーは守るべきであるし。

 月日は流れ、彼はそろそろ小学校を卒業という時期にさしかかっている。

 しかし、たんに小学校の卒業式を迎えるだけに終わらないのが、昨今の小学生の辛いところ。中学受験という高いハードルが行く手に待ち構えていたのである。

 中学受験の詳細については、いまさら私が言うまでもないので省略。立派にブログのジャンルとして確立しているので、私自身、ずっと前から気になるブログをちらちら見て情報を仕入れたりしていたが、自分の子供が6年生になると、もうそういう情報はどうでもよくなった。親としてできることは、子供ができるだけ最善の状態にいられるような環境を整えることだけだ、ということしか考えられなくなった。私の世代のほとんどがそうであるように、私自身は中学受験の経験がないので、手助けになるようなことが何もできなかったことも、そう考えた一因だった。6年になって週に3回、あるいは4回、定時に4駅離れた塾に行き夜遅くに帰宅するというパターンを毎週毎週繰り返して、一年という長い時間が過ぎていった。まあ、みんながやっていることだから、大したことないよと当人は言うだろうけど、傍から見ると、とてもハードな毎日に見えた。これほどの時間を費やす必要があるのかと疑問に思った。小学生のときまったく勉強をしなかった自分自身のことを思い返すと、理不尽としか思えない課題の多さだった。子ども自身も、負担に耐えかねて家ではできるだけ手を抜こうとしているように見えたし、彼にはそうする権利があるように思えたので、極力何も言わないように努めた。何も見ないように努めた。成績は思うように伸びなかったし、むしろ下降線をたどっているように見えた。塾のペースに付いていけてないのは明らかだったが、そのときでも何も言わないように努めた。いつしか、何も言わないことが、私にできる唯一の応援の仕方ではないかと思うようになった。子供の将来を真剣に考慮して計画通りに実行させるのが親の義務であるとすれば、私は親として失格だったことになるのだろう。


 ・・・ しかし二月に入って、それまで何もしなかった罪滅ぼしというわけではないが、せめて合格発表の現場をこの目で見届けよう、そしてそれをいち早く家人に知らせようと思い、一日目、二日目、三日目の合格発表の現場に足を運んだ。一日目は掲示板に番号がなかった。帰りの足取りがとても重かった。二日目は掲示板に番号はあったが、ここは滑り止めだから、まあそんなに感激があるわけでもなかった。問題は三日目である。一日目よりも偏差値的に高いし模試でかんばしい結果が得られたためしがなかったので、実はほとんど諦めていた。二日目の滑り止め校だって悪くないじゃないか、スポーツ施設が充実しているし、周囲の環境も良さそうだ等々と自分に言い聞かせるようにした。心を凍らせながら待っているうちに、職員がやって来て合格者の紙を拡げ、壁に貼り出し始めた。遠巻きに見ていた父兄の輪が一気に縮まっていく。そして、ここそこから抑えた歓声が漏れ始めた。えーと、わが子の受験番号はかなり後ろなんだよな。何度も見返した受験票を改めて取り出す。えーと891だよな、891。 たぶんないよな、たぶん、あるわけないよな、たぶん ・・・

 

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  ・・・と、こうしてわが子の中学受験にピリオドが打たれた。紙一重の幸運であることは明らかだった。3桁の番号に凝縮している膨大な時間を思い返すと感慨はとても深かったが、番号と番号の間の空白が痛みとして感じられた。それは二日前の自分の痛みでもあった。私の顔はこわばったままだった。自分では意識しないように努めていたが、この三日間は薄氷を踏むような重圧が絶えずあった。その重圧の余韻の中、しばらくの間その場に立ち尽くす以外のことができなかった。そんな一切合切の断片が私の中でひしめき合って、誰にともつかぬいくつかの単純なフレーズとなって浮び上がってくるのだった。



  おめでとう。
 
   お疲れ様でした。お互いに。とても疲れました。

   この一年同じ思いをしてきた皆さま、わが家はたまたま幸運に恵まれました。その幸運が皆さまにも訪れますように願って止みません。
 





(おわり)




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運動会の歌(2012年版) [子供とともに(更新ほぼ停止中)]

 9月も終わるというのに、まだ日差しが強烈だった土曜日、毎年恒例の運動会が行われた。

 いろいろな趣向で楽しませてもらったが、やはり「ゴーゴーゴー(運動会の歌)」が良いな。去年も録音してアップしたが(http://shin-nikki.blog.so-net.ne.jp/2011-10-10)、今年も懲りずに2012年版として保存しておく。去年も書いたが、気分が塞いでいるときにこれを聞くと少しリラックスできるかもしれない。



・ 雲を背景にはためく万国旗

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・ 徒競走・・・特に誰ということもなく応援したくなる

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・ 女の子同士の騎馬戦

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・ いなせな下町風ソーラン節を終えて全力で一周する

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・ 2012年版ゴーゴーゴー(運動会の歌)

















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「ぼくの色、わたしの形」展に行く [子供とともに(更新ほぼ停止中)]

 1月17日、「ぼくの色、わたしの形」展を見に東京芸大の美術館に行った。
 
 「ぼくの色、わたしの形」展といっても、知る人は少ないだろう。台東区内の小学校・中学校の合同作品展というごくローカルな催しだからだ。

 上野公園の工事の中を突っ切って芸大に向かう途中で、炊き出しをやっているのが見えた。傍らでは、3人組の男性グループがギターの演奏とともに大声で歌っていたのだが(もちろん支援の一環としてだが)、配給される側には重苦しい沈黙が支配していた。こちらも黙って通り過ぎた。

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 芸大の美術館。来たのは初めてだ。区内の小学校からの見学の集団がいくつか来ていて、結構騒々しかった。

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  目にとまった作品をいくつか紹介しよう。すべて小学生の作品から。



 何となくマチスを思わせる室内画。マチスよりずっと上手だ。

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  キング・クリムゾンのアルバムを思わせる歯磨きの図。口を大きく描くのは、そういう歯磨きの指導がなされているからだろう。昔、歯磨き体操なんてものをさせられたことを思い出す。

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 これはちょっと上手すぎて、可愛げがないな、と思う人もいるだろう。

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 似た様なモチーフの絵が散見されたのだが たぶん、こういう展示会に出品することを最初から想定して、図工の先生がある程度のオリエンテーションを与えていたのだろう。何でも好きなように描いていいよと言われて、こうした作品を仕上げられるとはちょっと思えないからね。下の切り絵は三年生の作品で「やみと光――進歩と調和」と題されていた。う~ん、この題名、自分で理解してつけたのか? 

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 「とげなしばら」と題されたこの作品、本当に小学生の作品なの? と疑う人もいるのではないだろうか。

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 自画像だと思うが、凛々しいように見えて、押しつけがましい主張が表情に現われているわけでもなく、視線が定まっていないように見えて、やはり前方を向いている、幼さを後にして自意識の一歩手前にいる小学5年生の表情がいい。

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  さて、この展示会に行ったのは、わたしの子供の作品が展示されていたからで、何のことはない親バカ全開モードであったのだ。子供の作品は上に掲げたどれかである。へ~、結構やるじゃん、と思いながら帰路についたのだった。











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厳粛な演奏 : 荒城の月 [子供とともに(更新ほぼ停止中)]

 個人的にクリスマスに結びつく思い出のようなものは皆無に等しい。
 そういうものは、何か違う人種のためにあるのだろうという感覚だった。たぶん、男性の多数がそうだろうと思う。

 ただ、人並みに親になってみて、自分の子供には何か得難い思い出をもってもらいたいと思うのは親としての月並みな願いである。

 さて、家族でごちそうを食べて、サンタが来るのを待つばかりとなったイブの夜、子供がこの夜のためにバイオリンの演奏をしてくれると言い出した。習い始めてまだ3カ月ほどである。ほとんど練習もしていないので、まあ、推して知るべしというところだが、これを記録にとっておけば、間違いなく「得難い思い出」になることだろう。前後にいろいろあったのだが、演奏の部分だけをアップしてみた。








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ゴーゴーゴー(運動会の歌) [子供とともに(更新ほぼ停止中)]

 大人たちの世界とは別の所で、子供たちはゆっくりと、かつ元気に育っている。普段はあまり意識することもないまますごしているのだが、やはり運動会を見ると、そんな平凡なことが改めて貴重なこととして感じられるものだ。

 もう先週になってしまったが、子供の学校の運動会があった。

 徒競走やリレーには興奮するし、綱引きや騎馬戦にも目が釘づけになるが、運動会で私が一番好きなのは応援合戦。とくにそこで競うように歌われる歌が好きだ。調べてみると「ゴーゴーゴー」というのだそうだ。運動会の本番で録音して記録に留めておこうと常々思っていたのだが、今度の運動会でその宿願を果たした。

 
 気分が沈むようなことがあるときは、これを聞いて自分を勇気づけようかな、そんな気持ちにこの歌はさせてくれるのだ。 (プレイヤーで音声を聞くことができるので、お暇な人はどうぞ御一聴のほどを)。

 


 ・ 応援合戦のひとこま

運動会の応援合戦


 ・ 綱引き

綱引き



 ・ 騎馬戦

騎馬戦


 ・ 徒競走

徒競走





 ・ 「ゴーゴーゴー」



 


「    ゴーゴーゴー(運動会の歌)

花岡恵(橋本祥路):作詞  橋本祥路:作曲



1番 あかぐみ 


(フレーフレーあかぐみ フレーフレーあかぐみ ゴーゴーゴー)

ぼくらは かがやく
たいようのように
もえあがる きぼう
ちからいっぱい 
がんばろう



あかあかあか 
ゴーゴーゴー
あかあかあか 
ゴーゴーゴー
もえろよもえろ 
あかぐみ




2番  しろぐみ


(フレーフレーしろぐみ フレーフレーしろぐみ ゴーゴーゴー)

ぼくらはしろい 
いなずまだ
つきすすむ ひかりのや
かみなりのおと 
とどろかせ
げんきいっぱい 
がんばろう

ゴーゴーゴー 
しろしろしろ
ゴーゴーゴー 
しろしろしろ
ちきゅうをまわる 
いなずまだ
しろぐみ




3番  あかぐみ・しろぐみ同時に



♪ぼーくらーはかっがーやくー
たーいよーのーよーおにー
もえあーがるーきーぼおー
ちかーらいっぱいがんばろおー
あかあかあかー ゴーゴーゴー!
あかあかあかー ゴーゴーゴー!
もーえろーよーもーえーろっ
あーかー ぐーみー♪


♪ぼーくらーはしっろーいいーなずっまだー
つきーすすーむーひーかりっのっやー
かーみなりのおとーとーどろっかっせー
 げんきいっぱいがんばろうー
ゴーゴーゴー! しろしろしろー
ゴーゴーゴー! しろしろしろー
ちきゅうをまわるーいーなずっまっだー
 しーろーぐーみー♪









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海と少年 [子供とともに(更新ほぼ停止中)]

 葉山への小旅行のことで印象に残ったことを少し書いておこう。

 とにかく、海は穏やかだった。

 長者ヶ崎というバス停で降りると、眼下にわずかな砂浜が広がっていた。降りて行って、海が暖かな午後の陽ざしの中に安らい、清浄な砂浜にはかすかなさざ波が行きつ戻りつしているのを、しばしのあいだ私は見とれていた。

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 ところが、不思議なことに、波打ち際に近づいて行ったのは私だけだった。特に、子供が近寄ってこないのが不思議だった。いつもなら、海に跳び込むばかりの勢いで駆け出してくるというのに。何度か手招きをしたのだが、頭を横に振って頑として近づこうとしなかった。

 その時、私はすこし怪訝(けげん)に思っただけだったのだが、だいぶ後になってハッと納得したのだった。彼が彼なりにあの出来事に対する恐怖心を秘かに持ち続けているのだということを。

 あの地震が起きたときは、ちょうど小学校の下校時だった。学校から学童クラブに向かう子供たちは、途中の公園に一時的に集められていたそうだ。そこに母親たちも集合したのだが、そこで女の子たちは一様に曇った表情をして、中には泣いている子もいたのに、男の子たちは暢気に追っかけごっこをしていた、と妻が言っていた。男と女ではどうしてこうも感じ方が違うのかしら、というのが妻の率直な感想だった。

 それに、それ以降何度も余震が起きて妻が怖がるそぶりを見せるたびに、「大丈夫だよ、何でもないって!」と諭(さと)すような、そして大人びたセリフを何度となく彼は口にしていたのだ。地震など気にしていない、と私は思い込んでいた。

 だが、それは表面的な見方だったのだろう。たしかに、地震そのものはそれほどのインパクトではなかったのかもしれないが、その後TVに映し出された津波の映像やそれがもたらした悲惨な映像の数々は彼の心に深く刻み込まれたはずだ。そうした映像が与えるインパクトがどれほどのものか、彼は言葉に言い表したことはないと思うし、おそらく、まだできないのだろう。しかし映像は、誰の目にも見えない形で、彼の心に沈殿している。それが、あの行為となって外に現われたのだろう。

 私は、彼の内面の一端を見たような気がした。というか、私たちの目に見える部分と、見えない部分が分化しつつあるのだということを目にしたような思いがした。彼は、小学校の2年生から今度3年生になるわけだが、日頃自分に期待される行動を習慣的にこなしながら、誰にも見ることができない、そしてまだ言葉にすることはできない彼の内面を少しづつ築きつつあるのだろう。 

 もちろん、それは束の間の出来事だった。海沿いの道を散歩し、波の音を聞きながら眠りにつき、翌朝目が覚め、私と二人でまたあの砂浜に行ったときには、もう恐怖心をおもてに出すことはなくなっていた。静かに波打ち際に歩み寄っていって、しばらくの間、じっと遠くをながめていた。一体、何をながめていたのだろうか?

 今回の小旅行で100枚以上の写真を撮ったが、一番好きな写真を下に掲げておこう。


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無事終了した今年のクリスマス [子供とともに(更新ほぼ停止中)]

 クリスマス・イブの日に所用で家を出て少し仲見世を散策。やはりもう正月気分で、クリスマスの雰囲気はなかった。浅草の街にはクリスマスという概念が存在しないみたいだ。すでに門松を立てている店や家が多いのには改めて驚いた。

 何となく仲見世から見る空が清々しく感じられたので撮ってみた↓







 そもそも外出したのは、アイス・クリームの店に予約を入れていたアイスケーキをとりに行くためだった。去年まではケーキを買ったり作ったりしていたのだが、子供がそんなにケーキが好きではないことが、遅ればせながら判明。私も好きではないし妻も少食だから、ケーキが余って大量に捨てていたらしい。それに懲りて今年はアイスのケーキに。これなら保存が利くからもったいない思いをする必要がない、ということらしい。(もっとも、ロウソクを立てなければいけないという理由で別にロールケーキを買ったようだ。そこまでして、クリスマスのセレモニーにこだわる理由が私には判らないのだが・・・)。去年と同じように、飼育農家直送の丸どりや三越で買ったエスカルゴやら何やらを食卓に並べて、歌ありクラッカーを鳴らしたりしてセレモニーは無事終わった。ここら辺は妻の自己満足の部分がかなりある。クリスマス・イブの夜は大体去年と同じに過ぎていった(もうほとんど忘れていたのだが、去年の記事を読んで記憶を蘇らせた次第だ。http://shin-nikki.blog.so-net.ne.jp/2009-12-24-1 )。







 さて、子供の楽しみは翌朝目が覚めたときで、そこにあったのはベイ・ブレードの改造セット二個、図鑑二冊、トランプと手品の本。それに遅れて届くものとしてヘラクレス・オオカブトの飼育セットも。

 これらは、事前に子供から希望を聞いて、「じゃあ、サンタさんに伝えておくよ」と言っておいたもの。わが家は、妻の方針でゲーム類は厳禁。ベイブレードが許容範囲ぎりぎりなのだが、もう一年以上にわたって関心が続いているので、数十個のベイブレードが積みあがっている状態なのに一向に飽きる気配が見えないのは結構すごいと言うか何というか…。まあ、タカラ・トミーの戦略も上手いのだろう。



 図鑑類はほぼ揃ってしまったなあ。一番地味そうな「昆虫」と「植物」が最後に残った格好だ。もう買うべき図鑑が残っていないことに一抹の寂しさを感じる。来年、子供は三年生だが、成長は加速度的だ。まだ、「今年のサンタさんは…」と言ってくれるだろうか? 子供であることにじれったい思いを募らせていないだろうか? 変に大人じみて「サンタなんて本当はいないんだよ」などと言って我々を当惑させることはないだろうか? もちろん、そうなったらそうなったで、それに相応しい対応をすればいいだけなのだが、自分の子供に子供として接することができる時間が、それほど多くないかもしれないというかすかな予感も漂う12月25日の朝だった。








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雨の合間を縫って運動会 [子供とともに(更新ほぼ停止中)]

 台風の影響で、土曜日に予定されていた運動会は今日に順延。今日も夜から雨なので、雨の合間を縫っての運動会。雨にたたられた去年の運動会ほどではなかったが(http://shin-nikki.blog.so-net.ne.jp/2009-10-03 )、開催の時期を5月か6月にずらした方が良いのではないかと思わせた。

 

 

 いずれにせよ、恒例だが存在理由のよく判らない万国旗のもと無事にスタート。しかし、午前と午後の二回に亘って行われた応援合戦の録音がうまくいっておらずショック。何とか、応援歌は録れていたのだが、これはとてもおとなしいもので、もっと威勢のいい応援を録音したかったのに残念。まあ、画像だけからも伝わるとは思うが。


応援歌の白組の部分








 去年もびっくりしたが、男女の別ない騎馬戦。けっこう容赦なく帽子を取りあう。蛮カラ風の応援にせよ荒っぽい騎馬戦にせよ昔から伝わる東京の美風だと思う。







 考えてみると、紅白に分れて競うという形式もおかしなものというか、日本独自のもののようだ。こうした対抗戦は源平の昔からある訳ではないにしても、けっこう昔からあるのだろう。大きな玉をみんなして送り合って赤白競いあう「大玉送り」は観客の方がよっぽど興奮状態に。





 しかし、シンプルな徒競走の方が奥が深いというか、ただ走ることにこんな夢中になってドキドキ出来るなんて、やはりうらやましい。そんなオヤジくさいことを思いながら見ていた。






 混雑する広場での昼ごはん
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 最近少しストレス過多になっているので午前中の観戦で疲れてしまい、午後の大部分は家で休んでいた。だから今年も評判の高い組体操は見られなかった。後から聞くと、最後の「児童代表の言葉」の生徒が、組体操の「土台」になって痛くてつらかったものの、我慢のし甲斐があったことを滔々と述べて、一部の親の感動を誘っていたらしい。まるで森進一の歌みたい。6年生ともなるとずいぶん大人っぽい考えをするようになるものだ。



 わたしの子どもは、保育園の時から運動会が終わるとなぜか機嫌が悪くなって取りつく島がないような態度になるのだが、今年はそれがなかったのは少し成長したからか、それとも運動会の成績が良かったからか。いずれにせよ今年の運動会も無事に終わった。







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東京ドームに涼みにいく [子供とともに(更新ほぼ停止中)]

 まだ暑すぎて、日曜日子供と一緒に、外に出かける気分になれないのだが、ここしばらく何もしてあげてないので、野球でも見に行こうか、たしか都市対抗野球をやっているはずだ。私の子どもはそれほど野球が好きな訳ではないし、私も都市対抗に興味があるわけではないが、東京ドームなら空調も利いていて快適だろうし、プロ野球ほどお金がかからなくて懐が痛まないのも好ましいという打算も働いて、東京ドームに。

 実際、5月に二人でプロの試合を神宮に見に行ったのだが、斜陽と言われながら、プロ野球の試合は混雑するわ料金は高いわ神宮の直射日光はきつかったわで、散々な目にあった反省の上に立った選択だったのだ。 

 11時頃、ドームに到着。東芝(川崎市)対 JFE東日本(千葉)をやっていた。最初ネット裏に座ったが、応援をもっと良く見たかったので(都市対抗といえば、応援だからね)、一塁側の東芝寄りの席に移動(一塁側にしたのは、家の2台のTVが東芝製である誼(よしみ)から)。



 華やかな応援。こういうチア・リーディングに所属するのはきっと職場の華と言われるような女性たちなんだろうな。







 チア・リーダーたちに劣らないくらい存在感のあった応援団長(?)と女性のドラマー。







 応援には子供まで参加。ネット裏の観客は、いうまでもなくほとんどが会社の社員やその家族だから(平均年齢は高そうだったなあ)、一家総出で応援というところも少なからずあるのだろう。ほとんどが真剣なまなざしで応援していた。プロ野球の観客席に見られる弛緩したムードとは明らかに違っていた。

企業がすべてを抱え込む家族主義的な企業文化は、ある時期までは、日本の隅々にまで浸透していたはずだが、いまではむしろ過ぎ去りし美風に映ってしまう。実業団のスポーツが不況で次々と消滅していく中、かろうじて野球は消滅を免れているが、これとていつまでも続くという保証はない。そういう意味では、こういう画像も、やがては貴重な一枚になっているかもしれない。





 さて、私と子供は、試合がワンサイドになったこともあって早くも6回には東京ドームを後にした。ドームのお土産は、6種類の変化球が投げられるという「魔球王」(撮影於上野広小路「一風堂」)。とうぶん、これでキャッチボールにつき合わされる羽目になるかもしれない。








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子供と一緒に伊東へ(おまけラ博) [子供とともに(更新ほぼ停止中)]



 夏休みに入って、あまり家族サービスをしてないので、第一弾として伊東へ。

 海と山とどちらがいい? と子供に聞くと「海」と答えるのでこちらに来たが、実は、彼は泳げないのである。それに、そもそも水着を持ってきてない。特に何をしにきたわけでもなく、浜辺で砂遊びをし船に揺られてだだっ広い海を見ていただけなのだが、それだけでも夏を満喫した気持ちになる。というか、歌にもよくあるように、些細なことなどどうでも良い気になってくる。

 一枚目の写真は、沖合いかなり離れたところにポツンとある岩(名前は地元の人に聞いたが、忘れた)。ここで釣りをする人もいるらしい。 
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  帰りは明るく雄大な海原から一転して、新横浜で下車し、薄暗い昭和30年代へとタイムススリップして、ラーメン博物館へ。泊まった所の食事が子供の口に合わずほとんど箸をつけなかったので(こういう我儘はイカンとは思うが、まあ仕方がないか。海を見たあとだしな)、どこかに立ち寄ろうかといろいろ考えた挙句に、ラ博にした。10年ぶり位か? まだ「純連」があって「支那そばや」が移転したころは頻繁に来たが、10年ほど前に台東区に転居して車での通勤を止めてからは足が遠のいた。さすがに、台東区から新横浜は遠すぎる。

 久しぶりのラ博は、お店のラインナップはすっかり変わってしまっていたが、雰囲気は相変わらずだった。なつかしの「井出商店」が復活しているのが嬉しい。一時期和歌山ラーメンブームというのがあって、そのころ住んでいた所の近くにあった「のりや」の行列によく並んだものだ。「久留米・大砲ラーメン」と「井出商店」でミニを注文した。もちろん、わが子も、「めちゃうまい」とか言いいながら、ミニを2杯平らげた。麺好きの遺伝子は間違いなく受けつがれたようだ。







 









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