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散策 2015/04/22 [雑感]

思考力低下。注意力散漫。気分を変えるために散策。



誰もいない屋上。広い世界の一片。尖塔

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北へ向かう車

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入港する遊覧船

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狭い路地。往来する人間たち

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私がこの街に越してきた頃は、時代遅れのものがまだ残っていたが、もうほとんど消えてしまった。貴重な例外とも言える「革漉所」。とっくの昔に活動は停止しているが。

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時間の経過を物語る建物の裏側

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今年も祭りが近づく

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この祭りを生きがいにしている人もいるらしい。祭りの輪に加わる者、そこから外れる者、始めから輪の外にいる者。世の中に多様な人間がいるように、一つの町内にもいろんな人間がいる・・・・・・。こうして午後の散策を終える






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2015年元旦午前4時@浅草寺 [雑感]

 大晦日から年越は、静かに読書をして過ごしていた。しかし、なかなか眠くならないので午前3時半すぎに、浅草寺に参詣しにいこうかと思い立った。浅草に住み始めてずいぶんになるが、こんな早い時刻に詣でるのは初のこと。

 4時近いので、閑散としているかなと思ったが、結構騒々しかった。やはり若い人が多い。平均年齢は20歳前後ではないかな? 仲見世の混雑。

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 宝蔵門。ライトアップのせいか妙にあでやかである。

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 混んでいるといっても、さすがにまだ規制が入るほどの混雑ではない。規制に備えて、もう大勢の警官が配備されていたが。

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 本堂の中。私は5円を投入。けちだね~とは思うが、神仏に対する信心のなさの表われなので、それに見合っている額だと思う。

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 夜を徹して営業している屋台も多い。本堂の階段の上で撮影しようとしていたら、すかさず警官に「立ち止まらないで下さい」と警告を受けてしまった。正月の浅草寺は情緒がない。日が昇れば、参拝客の増加とともに境内全体が騒然とした殺気に覆われてくる。皆さん、こんな騒々しい所に来るもんじゃないですよ。

 ともあれ、私にとって、こうして2015年は明けたのであった。



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浅草仲見世はもう正月の飾り付け [雑感]

 さっき仲見世の前を通りがかったら、発見。仲見世ではもう正月の飾り付けが始まっていた。まだ始まったばかりで飾りの数はまだ多くない。


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 巨大な絵馬には、「祝 近代仲見世百三十周年」と書かれている。仲見世の公式HPには、明治維新の政変に続き、浅草寺の所領が政府に没収されたあおりを受け、「明治18年5月(1885)東京府は仲見世全店の取り払いを命じ、泣き泣き退店した後、煉瓦造りの洋風豊かな新店舗が同年12月に完成、近代仲見世が誕生しました」と書かれている(http://asakusa-nakamise.jp/about/index.html)。1885年から130年後の2015年元旦というわけである。「近代仲見世」は、廃仏毀釈の気運の高まりで苦難のスタートだったことが窺えるが、今日は平日にもかかわらずごった返しの盛況であった。目出度い130年目になりそうである。


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『未知との遭遇』再見 [雑感]

 ある必要があって、久しぶりに『未知との遭遇』を観た。

 私は、実は、封切り当時に観ているのだが、多くの人と同じようにあの巨大なマザーシップの映像に圧倒されたという以外に特別な感慨をもたなかった。今回あらためて観て得た感想は、この映画は意外に理解するのが難しいなあというものだった。というよりまるでストーリーとしてのまとまりがないように思えた。そこで少し調べてみて何となく判ったことがあったので、少しまとめてみた。



1. 映画の発端

 この映画の発端は、若い頃、スピルバーグが父親と一緒にニュージャージー州で流星群を見た体験に遡るという(『未知との遭遇』のアメリカ版Wikiによる。http://en.wikipedia.org/wiki/Close_Encounters_of_the_Third_Kind#cite_ref-Dreyfuss_4-11)。

 この映画でもっとも印象深いシーンは、最後に姿を現すマザーシップの威容であるとしても、地味ながらそれに劣らないくらい印象深いのは、バリー少年の家が満天の星くずの空に包まれるあの静かな夜の情景ではないだろうか。久しぶりにこの映画を観て、最初のいかにもSF的な砂漠のシーンなどはまったく記憶に残っていなかったが、バリー少年の家に場面が移った瞬間に、「こんなシーン確かにあったな」と瞬時に既視感がよみがえった。


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(満天の星空のもと、ひっそりとした家)



 満天の星。スピルバーグが流星群を見たときは父親と一緒だったが、バリー少年にはなぜか父親がいない。まだ単語を断片的にしか話せないので、少年は星に向かって祈ることはできないが、いずれ言葉を自由に操れるようになれば、彼には、祈ることが沢山あるのではないだろうか? 映画では、バリー少年の母とロイがよい関係になるかに見えて、最後には別の道へと別れてしまう。バリー少年は、やはり母と二人っきりになってしまう。ここには、スピルバーグ自身の両親が離婚したことが反映しているようだ。そうした個人的な事情は、また後で戻ることにする。

 



2. 比喩としてのシナイ山?


 そもそも、この映画を改めて観ようと思ったのは、栗林輝夫著『シネマで読む旧約聖書』(日本キリスト教団出版局)を読んだのがきっかけだった。

 UFOとの遭遇後に、主人公のロイ・ニアリーやバリー少年が何か山のようなイメージにとりつかれて、山を描いたり土で作ったりするのだが、その山とはシナイ山のことだという説があるようだ。映画の最初にテレビの画面でセシル・B・デミルの『十戒』が少しだけ映るのは、映画全編の内容を先取りしたものであるのだろうか? 栗林氏は同書で、とあるアメリカの映画批評家の言葉を引用しているが、それによると、「この映画がただのSF作品ではなく「暗い旧約聖書の雲の中から現われた光輝く神」と人類の出会いを、異星人の宇宙船に託してつづった聖書物語りである」のだという(同書91ページ)。


 そうか、そういえばスピルバ-グはユダヤ系だったな。スピルバ-グは聖書の主なエピソードを幼少の頃から嫌と言うほど聞かされていたにちがいない。だから、スピルバーグの映画に聖書のエピソードが紛れ込んでいても何の不思議もない。『未知との遭遇』は『出エジプト記』の現代版だったのだろうか・・・・・? 


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(シナイ山への神の降臨??)



 ただし、具合の悪いことがあって、それは『未知との遭遇』と『出エジプト記』はそれほど対応してはいないし、もっとはっきり言ってしまうと、ぜんぜん似ていないということである。ロイはシナイ山を目指すモーセなのだろうか? しかし、そもそもモーセ一行はシナイ山を目指したのではない。シナイ山は、あくまでモーセが神の言葉を取り次ぐために単身登って行った中継地点であって、モーセ一行の真の目的地は「約束の土地」カナーンである。そうした共通の目的があるからこそ、イスラエルの民は40年の長きにわたって荒れ野をさまようという過酷な試練を耐えることができた。しかし、何かそれに類する共通の目標がロイとその一行にあっただろうか? ロイとあのバリー少年やその母親ジリアンとの間に何か共通するものがあっただろうか? たぶん何もないのである。ロイが目指していることは、何か他人には理解できない個人的な妄想に近いものとしてしか描かれていないので、それは共有されるものではなかった。だから、最後にロイは宇宙船に乗り込み、バリーとジリアンは地上に残る、という具合に別々の道を歩む。シナイ山で神との契約を交わした後で、イスラエルの民は改めて心を一つにしてカナーンへの道を歩み始めるのだが、『未知との遭遇』には、そうしたことが何もない。遭遇して終わりである。こうした点が『未知との遭遇』のすっきりとした理解をはばむ要因になっているように思われるし、『出エジプト記』との類比を不可能にする要因にもなっている。シナイ山という比喩をスピルバーグが実際考えていたとしても、それはこの映画ではうまく生かされているようには思えないのである。 


 

3. ピノキオあるいはヨナ



 もう一つ、隠し味的に『ピノキオ』のモチーフが使われていることも見逃せない。冒頭で、ロイが「子供ならピノキオを観るべきだ」となぜか子供に向かって怒鳴り散らす。映画の中盤で、山のイメージに取り憑かれたロイが、UFOの新聞記事を片付けるときに、ピノキオのオモチャが現われ「星に願いを」のメロディーを奏でる。


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(山への執着をあきらめようとした途端、「星に願いを」のメロディーが流れロイの心は揺れる)




 「星に願いを」は1940年のディズニー映画『ピノキオ』の主題歌としてジミニー・クリケット(コオロギ)が歌った。ロイは、奥さんから皮肉を込めて「ジミニー・クリケット」と呼ばれる。


 『未知との遭遇』の脚本を書いているとき、スピルバーグは「星に願いを」のムードを映画の基調としたようだ。「僕はこの映画のストーリーをこの歌が生み出されたムードに結びつけた、その歌が僕に個人的な影響を及ぼした仕方にね」(『未知との遭遇』のアメリカ版Wikiによる)。



 ここで「星に願いを」の歌詞を掲げておこう。


When You Wish Upon a Star
 

When you wish upon a star
Makes no difference who you are
Anything your heart desires
Will come to you

If your heart is in your dream
No request is too extreme
When you wish upon a star
As dreamers do

Fate is kind
She brings to those who love
The sweet fulfillment of
Their secret longing

Like a bolt out of the blue
Fate steps in and sees you through
When you wish upon a star
Your dream comes true
    
   

星に願いを  

星に願いをかけるとき
あなたがどんな人間かは問題ではない
あなたの心が望むどんなことも
あなたのもとにやって来る

あなたの心が夢を見るとき、
どんな願いも遠すぎることはない
夢を見る人がそうするように
あなたが星に願いをかけるとき

運命の女神は優しくなる
女神は愛する人々が
心ひそかに思うことを
優しく実現してくれる

晴れわたる空に稲妻がとどろくように思いがけなく
運命の女神はやって来てあなたを支えてくれる
あなたが星に願いをかけるとき
あなたの夢は叶うのだ




 
 一途に願いを込めれば、それは実現するというのか? ロイもバリーも山のイメージに憑かれたようになる。彼らの願いは実現したのだろうか? ロイは最終的に宇宙船に乗り込むのだから、彼の夢は実現したように見える。しかし、それがロイの夢だったのか? でも、なぜロイはそのような夢を抱くようになったのか? そして、バリーの夢は? バリーも宇宙船に乗り込むことを夢見ていたのだろうか? 確かにそうかもしれないが、なぜ母親の制止を振り切ってまで宇宙船に乗り込もうという夢をもつようになったのか? 実は、そのような動機の部分について、映画は何も語っていないのである。


 ここで、『ピノキオ』からそのオリジナルに目を移してみよう。『ピノキオ』のモチーフは旧約聖書の『ヨナ書』から取られている。『未知との遭遇』に『出エジプオ』の比喩を見い出す人がいるくらいだから、『ヨナ書』のモチーフを見い出す人がいてもおかしくはないと思うのだが、どうも誰もそうしようとはしないようだ。もちろん『ヨナ書』をもち出してきても、あまり違いはないと言えるかもしれないが、「星に願いを」の楽天性に比べると、ヨナの置かれた状況がひどく絶望的であることを知るだけでも、『ヨナ書』を考慮に入れる価値はあると思う。次に引用する箇所は、ヨナが荒れ狂う海を鎮めるための生け贄として、海に放り投げられた直後の場面である。



 「さて、主は巨大な魚に命じて、ヨナを呑み込ませられた。ヨナは三日三晩魚の腹の中にいた。ヨナは魚の腹の中から自分の神、主に祈りをささげて、言った。
 苦難の中で、わたしが叫ぶと
 主は答えてくださった。
 
 陰府(よみ)の底から、助けを求めると
 わたしの声を聞いてくださった」(『ヨナ書』2:1-3)。


 
  巨大な魚の腹とは「深淵」の比喩であり、「陰府(よみ)」や「地の底」や「滅びの穴」とも言い換えられている。このように、ディズニーの作品としてならばあっさり見逃してしまうが、ピノキオの元になった作品の基調は非常に暗く絶望の色合いが濃い。それを背景にするからこそ、願いや祈りが意味をなすのである。しかし、前提となるこうした絶望的な状況が、『未知との遭遇』ではきちんと描かれていないために、ロイやバリーの「願い」が何であるのか、彼らの願いは叶ったのかという点も曖昧になってしまった。観る側からすれば、結局、そうしたヒューマン・ドラマの側面は意識から消え去り、SF的な要素のまばゆい煌きだけが記憶に残る映画になってしまったのである。


 
 
4. 両親の再会を願うスピルバーグの夢



  ただし、今回、アメリカのWikiを読んで、「ああ、そうだったんだ」と思ったことが一つあった。ジェームズ・リプトンがスピルバーグとのインタビューで、『未知との遭遇』にはスピルバーグにとって個人的なテーマがあったと指摘して、次のように述べた。


 「あなたの父はコンピュータ・エンジニア、あなたの母はコンサート・ピアニストで、宇宙船が着陸するとき、コンピュータ上で音楽が奏でられますよね」。



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(メロディーのキャッチボール。スピルバーグにおける母的なものと父的なものが結び合う)



 コンピュータを介して、人間と異星人が同じメロディーを奏でる。そこに、父(コンピュータ)と母(音楽)が一体となることが含意されているのだという。そして、ロイ・ニアリーが最後に宇宙船に乗り込むことには、スピルバーグが再び両親と一緒になりたいという願望が込められていたのだという。この解釈にスピルバーグがどう反応したかは書かれていないが、書かれていないのだからおそらく同意したのだろうと推測される。




 父が去った後のスピルバーグの少年時代は、巨大な魚の腹にいるヨナのようなものだったのではないかと推測される。そうした救いのない状況は、『未知との遭遇』では直接描かれてはいないが、断片的に、バリーの母と子の二人きりの孤独な生活だったり、家庭生活から逸脱していくロイの妄想という形で示唆されている。そして、彼らを通して、彼らがシナイ山へと集結する模様を描くことで、スピルバーグは両親との再会を思い描いていたのだろう。映画は何となくハッピー・エンドのような終わり方をしているが、実は、誰かが癒されたわけでもないし、救われたわけでもない。幸せな再会は実現されなかった。スピルバーグの父がついに戻ってこなかったように、バリー少年にも父親は現われなかった。ロイは、バリー母子から去って行った。バリー少年はまた元の孤独に戻るだろう。だが、夜空には数限りない星が瞬(またた)いているのだから、その星に願いをかけ続けていれば、実現しない夢もいつかは願いは叶うかもしれない。一時(いっとき)の結果が重要なのではない。


 だから、余分な要素を取り去って、この映画をヒューマン・ドラマとして見るならば、この映画の焦点は、個々の内容にあるのではないことが判る。それは「星に願いを」込める行為そのものにある。バリー少年が母親と一緒に星空を見上げるシーン、未知なる物体の再来を待ちわびて空を眺めるシーン、そして、最後に旅立つ宇宙船に向かって微笑みながら、また空を見上げるシーン、何よりもこれらのシーンをスピルバーグは撮りたかったのだろうと私には思われる。バリー少年が夜空を見上げるその視線には、スピルバーグが父と母の実現不可能な再会によせる願いが込められていたのである。



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(母と一緒に夜空を見上げる)

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(再来を待ちこがれる)

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(去っていく宇宙船を一心に眺める)








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2014年 浅草燈籠会を見てまわる  [雑感]

  今年も、地味に、浅草燈籠会が始まった(9月27日(土)まで)。今年で八回目だそうだ。

  
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 一昨年までは毎年フォローしていたのだが(http://shin-nikki.blog.so-net.ne.jp/2012-09-21)、去年はあまり見所がないように思われてパス。今年も、特定の団体の作品がやけに目立ち、バラエティーがなくってしまったのが残念(久しぶりに記事をアップしようという個人的な動機がなければ、取り上げなかっただろう)。ただ単に季節の移り変わりを告げる行事として捉えればいいという考え方もあるだろうが、内容的に面白いものが少しくらいないとね。主催者には奮起してほしい。



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 もう九時近くだったが、相変わらず、浅草寺にお参りする人は途切れない。半分以上は外国からか? ちょっと異常な感じ。円高になって、もう少し閑散となってほしい、というのが正直な気持ち。日中はそれくらいの混みようだ。


 

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女房と畳は・・・ [雑感]


 
 今日は研究室の引っ越しだった。出来たばかりの建物は気持ちがいい。「女房と畳は・・・」という言葉をつい漏らしてしまう(こういう場合、女性はどう言えばいいのだろう?)。 見晴らしがいいので、まだ立ち入りできないのだが、非常階段に出て記念撮影。誰もいない春休みのグラウンド。



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 ここは5階なのである。(残念なのは、ここには8ヶ月くらいしかいられないことだが、短い間を満喫しようと)。


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  ちなみに、若い人でどれくらい「女房と畳は・・・」を知っている人がいるだろうか。 まあ、「女房と畳は新しい方が良い」なんて知っている必要はないのだが。畳とともにこういうことわざも滅びていくだろう。
 









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現在の日本に広がる偏見と憎悪 [雑感]

 公立図書館所蔵のアンネ・フランク関連の書物が大量に毀損されているという事件が起こった。この事件の報道に接して、私は、あの神戸連続児童殺傷事件、いわゆる酒鬼薔薇事件を思い出した。知らない人はWikiの解説を読んでください(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A5%9E%E6%88%B8%E9%80%A3%E7%B6%9A%E5%85%90%E7%AB%A5%E6%AE%BA%E5%82%B7%E4%BA%8B%E4%BB%B6)。


 あの事件は、最初の段階は動物虐待行為だった。そこから殺傷事件へ、そしてあのセンセーショナルな殺人にエスカレートしていったのだ。


 書物を毀損するという行為は、動物虐待に比べるなら軽い行為であると思う人もいるかもしれないが、そんなことはない。書物を毀損することは、焚書という行為がつねにそうであるように、特定の人間の集団に対する憎悪の産物だからだ。


 この事件を報じたイギリス『ガーディアン』紙は、その記事の最後で、米国ロサンゼルスのユダヤ人人権団体「サイモン・ウィーゼンタール・センター」のアブラハム・クーパー副センター長の言葉を伝えている(http://www.theguardian.com/books/2014/feb/21/anne-frank-books-vandal-attacks-tokyo-libraries)。



"I know from my many visits to Japan how much Anne Frank is studied and revered by millions of Japanese. Only people imbued with bigotry and hatred would seek to destroy Anne's historic words of courage, hope and love in the face of impending doom," said Cooper. "

 「何度も日本を訪問した経験から、アンネ・フランクが何百万という日本人によって愛読され敬愛されているということを私は知っています。迫りくる運命に直面しながら勇気と希望と愛をつづったアンネの歴史的な言葉を破壊しようとする人がいるとすれば、それは偏見と憎悪に染まった人だけです」とクーパー氏は語った」。



 しかし、残念ながら、この「偏見と憎悪」が現在の日本の広い範囲に漂っていることを、今回の事件は暗示している。たぶん、いたるところに、こうした「偏見と憎悪」は存在しているし、それを助長する空気もいたる所に満ちている。そしてそれは、いずれもっと別の方向にエスカレートしていくことになるのではないか。そういう危惧の念を私は抱いているが、それと同じ思いの人は少なからずいることだろう。あるいは、いるのではないだろうか?そう願わずにはいられないのである。







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靖国にはヒーローしかいない [雑感]

 今朝の朝日新聞の記事によると、安倍首相がダボス会議の場で次のように語ったという。

 「いわゆるA級戦犯を称揚するためではない。そこには(戦争の)ヒーローがいるのではなく、戦争に倒れた人々の魂があるだけ。憎しみもないし敵意もないし、人を辱めようというつもりはない」(http://www.asahi.com/articles/ASG1Q7WBDG1QUTFK017.html?iref=comtop_list_pol_n03)。



 「ヒーロ―」という言葉を聞くと、私は、かつてサッカー日本代表の監督をつとめたイビチャ・オシムを思い出す。監督就任後、初の国際試合で勝利した後のインタビューで、オシムは次のように語った。



 「
 ―― 今日2ゴールした三都主はMFに適正があると思うか?

 今日は彼だけがヒーローではない。英雄とは、すでに墓の中にいる偉大な人物のことを指す。三都主はまだ生きているではないか。この英雄の定義というのは私なりのものだが、ある試合で得点を挙げてヒーローになり、ある試合で失敗をしてけなされるのは、選手にとって気持ちのいいものではないだろう。私にとって重要なのは、代表に選ばれていることを(選手に)自覚してほしいということ。その一員であることに誇りを持つことが大事だ。

」  (http://archive.sportsnavi.yahoo.co.jp/soccer/japan/kaiken/200608/at00010195.html



 私は特にサッカーが好きだという訳でもオシムに興味があったというわけでもないのだが、なぜかこの時のインタビューは記憶に残っている。その理由を言う前に、このインタビューがかなり混乱しているということを言っておかなければならない。記事には述べられていないが、たぶん、「今日のヒーローは三都主ですよね・・・」という形で、インタビューアーが「ヒーロー」という言葉を使ったのだろう。そして、たぶん、オシムは何を聞かれているのか理解できなかったのだろう。でなければ、オシムが「ヒーロー」という言葉に関して、「ヒーローとは、すでに墓の中にいる偉大な人物のことを指す」と断ったりしなかったはずだからである。しかし、そのインタビューアーも、この記事を書いた記者も、この記事を読んだほとんどの人もオシムが何を言っているのか判らなかっただろう。

 
 私は、オシムのその言葉に接したとき、「ヒーロー」という言葉の古い意味がまだ(少なくともヨーロッパでは)人々の脳裏に残っているのを知って、少なからず驚いた。サッカー好きともいえない私が、オシムの言葉を覚えていたのは、そういう事情があったためである。

 
 「ヒーロー」という言葉は、たいへん古い由来をもつ言葉なのだが、ネットで調べても出てこなかったので、手近かにある書物(ハンナ・アレント『人間の条件』第25節)から引用してみよう。



 …the word "hero" originally, that is, in Homer, was no more than a name given each free man who participated in the Trojan enterprise and about whom a story could be told. … In Homer, the word heros has certainly a connotation of distinction, but of no other than every free man was capable. Nowhere does it appear in the later meaning of ''half-god,'' which perhaps arose out of a deification of the ancient epic heroes.

 (「ヒーロー」という言葉は、元来は、つまりホメロスにおいては、トロイア戦争に参加し、物語りの対象となりうる自由人一人一人に与えられた名称にすぎなかった。・・・ホメロスでは、ヒーローという言葉はたしかに卓越という含意をもっているが、しかしその卓越はあらゆる自由人がなしうるものにすぎなかった。「半神」という後の意味で使われることはない。それは、たぶん、古代の叙事詩における英雄たちを神格化したことから生じたものであろう)
 


 

 
 「ヒーロー」という語が、元来の「戦争に参加した者」から、「戦死者」に転じ、それが後に神格化されて「半神(half-god)」という意味で使われるようになったことが、この説明で判るだろう。


 オシムの脳裏にホメロスの一節があったわけではないだろうが、ヒーローとは「墓の中にいる偉大な人物」のことだという発言から、少なくとも「戦死者」や「半神」という意味でオシムが理解していたことは確かであると言っていい。こういう古くからある言葉の意味が、まだヨーロッパでは共有されているのだ。 少なくとも、ヨーロッパの教養層では共有されている、と言うべきなのかもしれないが。
 

 オシムにインタビューした人にとっては、ヒーローとは、アメリカのアクション映画のヒーローのような人物のことだったのだろう。だから彼には、オシムの言葉が理解できなかったのは確かだろう。それと同様に、安倍首相の「靖国には戦争のヒーローがいるのではない」という言葉も、少なくともヨーロッパの教養ある人々には、違和感を引き起こすに違いない。なぜなら、靖国には戦争のヒーローしかいないからだ。





  ヒーローには哀悼の意が捧げられなければならない。「憎しみも敵意もなく」哀悼の意が捧げられなければならない。ただし、それは、どんな国のどんな人にも当てはまるのでなければならない。誰もが戦争の犠牲になった人に哀悼の気持ちを捧げられる場でなくてはならない。そこで初めて死者に平安が訪れるのだ。アーリントンの国立墓地はそのような場所である。何人もの歴代の日本の首相がアメリカ大統領とともにそこを訪れ、哀悼の意を表した。哀悼の意を両国の指導者が共有することで、戦争は追想の対象となり正式に過去のものになるのだ。しかし靖国神社はそのような場所ではない。アメリカ大統領が現状のままの靖国神社を訪れることは決してないだろう。そこは、日本人の鎖国的メンタリティーが凝縮された場所にすぎないからだ。そこに、靖国をめぐる問題の核心がある。





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弁天山で除夜の鐘を聞く [雑感]

 子どもと一緒に、浅草寺脇にある弁天山に行って、鐘つきをすぐ間近かで見てきた。

 弁天山といっても児童公園である。その一角の小高い所に鐘があるのだが、狭いところに寺の関係者や鐘つきをする人、大勢の野次馬(including us)がいて(写真では余計なものは映さないようにした)、立錐の余地もなかったが、何とか鐘の近くに場所を確保する。普段はどちらかといえば陰気な場所だが、明かりに照らされると風情が感じられるようになる。

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 カウントダウンが始まり、ゼロになると同時にお坊さんが鐘を打つ。腹に響くような音だ。それを三度ほど聞いて帰ってきた。お参りをしようかと思ったが、浅草寺も浅草神社もあまりに込んでいて断念した。それにしても、煩悩が三つくらいは減っただろうか?

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2013大晦日の浅草寺 [雑感]

 大晦日の正午ごろの浅草寺の写真をアップ。お昼を食べに境内を横切ったのだが、けっこう人出がすごい。数年前までは大晦日はまだ閑散としていたような記憶があるのだが、ここ数年で、松の内の参拝客だけでなく、普段の参拝客も増えたように感じる。明日から数日間は殺人的な混雑なのでなるべく近寄らないようにしている。

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 例年、大みそかは早くからお酒を飲んで早々に寝てしまうのだが、そろそろ、子供も大きくなって夜遅くまで起きていられるようになったので、いっしょに除夜の鐘の現場を見に行ったり、除夜詣でもしようかなと思っている。

 鐘つき会場の弁天山。

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