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ドレスデン追悼式典とガウク大統領のスピーチ [海外メディア記事]

 先日亡くなったヴァイツゼッカーも印象的な言葉をいくつも残したが、いまのドイツ大統領のヨアヒム・ガウクも、非常に含蓄深いスピーチをした。各国の新聞も絶賛して伝えた。ここでは、とりあえずドイツ『シュピーゲル』誌の記事を紹介する。(ちなみに、ドレスデン空襲については、このブログでも伝えたことがあるので、興味ある人は以下のURLをクリックして欲しい。http://shin-nikki.blog.so-net.ne.jp/2010-02-16)。

 印象深いことはいくつかある。一つは、自分たちが戦争を始めたことを忘れて自国の戦争犠牲者だけを追悼するような偏狭なことは止めよと諌(いさ)めていること。まるで、日本の戦没者慰霊の態度を念頭に置いているかのように私には映る。

 もう一つの点は、「相互理解が国境を越えて広がるような追憶の文化」を大統領が求めていること。実際、この式典には、コベントリのようなドイツ軍が爆撃を行った都市からメッセージや記念品が寄せられたようだ。このように敵や味方の垣根がなくなって初めて、真に死者に対して安らかな眠りの祈りを捧げることができるのである。これと同じことが、東京大空襲の式典に起こるだろうか? その場に、韓国や中国から追悼のメッセージが届けられるようになって、初めてあの戦争は過去のものとなるのだが、そんなことは金輪際無理なのだろうか? おそらくそうだろう。そもそも日本では、東京大空襲の記念館を作ろうとすることすら「自虐的」だと見なす人間が非常に多くいるくらいなのだから。空襲の記憶を他国の人間と共有しようなどということはナンセンス以外の何物でもないだろう。また他国の人間もそんな偏狭な国民に関心や共感を示さないだろう。

 そして死者を政治の道具として利用するのは止めろということ。死者は政治の喧騒から解放されなければならない。しかし、そのことも日本では不可能であるようだ。


 ドレスデンの戦没者には安らかな眠りが訪れ、日本の戦没者にはそうした安らぎは未だに訪れてはいない。彼らには、死んだ後でも、対立や反目の中での眠りしか許されていないのである。そういう意味で、ドレスデンの戦没者はうらやましく、日本の戦没者は不幸なままなのである。



Gedenken in Dresden: Gauck warnt vor Relativierung der deutschen Kriegsschuld

http://www.spiegel.de/politik/deutschland/dresden-joachim-gauck-warnt-vor-relativierung-der-kriegsschuld-a-1018404.html




「 ドレスデン空襲70周年式典。ドイツの戦争責任の相対化を警告するガウク大統領



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(ガウク大統領は右から二番目)


ドレスデンは70年前の連合軍の空爆を追悼する。聖母教会での追悼演説でドイツの大統領ヨアヒム・ガウクは空爆の犠牲者を政治の道具にすることに反対する意志を表明した。


 ドレスデン - ドイツの大統領ヨアヒム・ガウクは、ドレスデンの空襲70周年の式典で、かつての犠牲者を政治の道具にしないように警告を発した。


 「私たちは、あのおびただしい死者を出した戦争を誰が始めたのかを知っている。そして、それゆえに、私たちはいまここでドイツ人の犠牲者を追悼するとき、ドイツが行った戦争の犠牲者を決して忘れようとはしないし、決せて忘れることはないだろう」。ガウクは聖母教会で行われた追悼式典でそのように述べた。

 1945年2月13日とその後の2日間にイギリスとアメリカの爆撃機がこのエルベ川沿いの都市を爆撃した。25000人もの人が焼夷弾による火の海の中で亡くなった。

 ガウクが、至るところを襲った爆撃戦の民間人犠牲者のことを考えていたのは明らかだ。彼は、ロッテルダムやレニングラードやコベントリに対するドイツ軍の空襲に言及した。この脈絡において、大統領は相互理解が国境を越えて広がるような追憶の文化が形成されるように説き勧めた。


 ドレスデンにおいてほど悲しみが強力に政治の道具として使われたところはない、とガウクは語った。歴史の改竄はナチス政権下で始まり、旧東ドイツで続けられ、今日でも一部のどうにもならない連中によって受けつがれている」。ネオナチは犠牲者の数をわざと高く見積もり、ドイツの戦争責任を相対化しようと努めている。


 そのような傾向に大統領は反対する。「大量虐殺のような途方もないことを仕出かした国は、処罰も損害もなく、自分が始めた戦争から抜け出せるだろうと思うことはできなかったのだ」。


 ガウクはどんな報復主義にも反対だし、様々な犠牲者団体が言い争うどんな状況にも反対する――そして、和解という意味で「犠牲者に目を向けその苦しみを認める」ことを求める。彼は次のように加えた。「傷口がふさがらないうちは、敵意が消えないだろう。怨念の芽がつまれていないならば、復讐と報復の欲求が育つものだ」。


 反イスラムのペギーダ運動のデモンストレーション行進はドレスデンにその起源をもっているのだが、その点について大統領は一言も触れなかった。



」(おわり)








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貧困とテロリズム [海外メディア記事]

 2015年の最初の一ヶ月はシャルリ・エブドとイスラム国の話題ですぎていったように感じられるが、これはまだほんの序章にすぎなかったとならなければいいのだが・・・  


 『タイム』誌のテロと貧困の関係について触れた記事に目が止まったので紹介しておこう。学者のこれまでの研究では、テロと貧困の関係に否定的なものが優勢なのだとか。初めて知りました。まあ、日本でもイスラム国に行こうとして待ったがかかった人がいたが、あれは国立大学の学生だった。アメリカ人でイスラムに共鳴する若者の中にも、裕福で高学歴の人が結構いるのだという。しかし、その一方で、最底辺のソマリア系のアメリカ人もいるのだから、とても一筋縄で捉えることは難しい。


 この記事を書いたDavid Stermanは、貧困とテロは無関係と説く論客が最近増えていることに危惧の念を覚えて、この一文を書いたようだ。もっとも、その関係を実証する研究はまだない。貧困とテロの関係は、直感的に明らかに見えるが、実証するとなると難しいようだ。その研究が早くなされるようにという呼びかけが、この文章の趣旨である。しかし、こんな基本的なこともまだ解明されていないのか、それが判ったことが唯一の収穫だった。




Don’t Dismiss Poverty’s Role in Terrorism Yet
David Sterman Feb. 4, 2015
http://time.com/3694305/poverty-terrorism/




 貧困がテロリズムに果たしている役割を退けてはならない

 様々な研究が入り乱れているが、私たちの分析は性急であってはならない



 1月初めパリの「シャルリ・エブド」に対して行われたテロ攻撃とともに、過激思想になぜ若者が走るのかについてよく言われる動機を再び疑問視する識者の声が上がるようになった。メディアの論者たちは、貧困がテロリズムに果たしている役割をきっぱりと退けるのである。「ハードボール」で、クリス・マシューズ(Chris Matthews)は次のように述べた(http://www.today.com/id/56768558/ns/msnbc-hardball_with_chris_matthews/t/hardball-chris-matthews-wednesday-january-th/#.VMevM_7F92A)。「世界には、将来への見込みが何もない貧しい人々が何億といるが、彼らは人を殺そうとはしない。インドは貧しい人々でいっぱいだが、彼らは人を殺そうとはしない。アフリカも同じだ。(それに対して「シャルリ・エブド」を襲った)あの連中は殺人者だ」。『ウォール・ストリート・ジャーナル』紙の社説も次のように述べた(http://www.wsj.com/articles/islamist-terror-in-paris-1420675706)。「水曜日の攻撃は、暴力的なイスラムは中東の貧困や西側の政策に対する反応ではないことを改めて示している。それは、言論の自由と宗教の多元主義を含む西側の文明と原理に対するイデオロギー的な挑戦なのである」。



 コメンテーターたちが、テロの原因として貧困を退けるのは正しいのだろうか? 政治家たちはどうかといえば、彼らの一貫した傾向は、テロ行為の第一の動機として貧困をあげることだ。例えば、2014年に行われたバチカンの国務長官との会談後の発言で、ジョン・ケリーは次のような見解を表明した。「私たちは、貧困というこの問題にどう対処したらいいかということに大きな関心を共有している。貧困は、多くの場合、テロの根本原因であり、地球上で何百万もの人々が家を追われる根本原因となっている」。

 
 しかし、学者たちは、それとは反対の結論にしばしば到達した。1986年から2002年にかけて96カ国で行われたテロについての2006年の研究調査は、経済的尺度とテロとの間にいかなるつながりも見い出すことはなかった。2002年には、プリンストン大学の経済学と公共政策の教授であるアラン・クルーガー(Alan Krueger)と、チャールズ大学の中東・アフリカ研究所の准教授であるイトカ・マレコヴァ(Jitka Malecková)は、『ニュー・リパブリック』誌上で、テロで貧困が果たす役割を否定する主張を展開した。彼らは、ヒズボラとハマスから収集した証拠を含む幅広い証拠を提示して、テロリストに加わる割合は、上流階級や高学歴の人間の方がわずかに高いことを示したが、その理由は、テロ・グループが、多数いる潜在的な志願者の中から、上流階級の出身者や高学歴の人間のほうを選り好むからなのである」。



 このように学術的証拠が豊富にあるということは、貧困がテロの原因であると主張する人にとっては確かに水を浴びせるかけるような効果をもつだろう。しかし、貧困を即座に退けてしまう前に、識者は節度を示すべきであるし、学者はデータをアップデートし再分析し続けるべきである。


 評論家にせよ学者にせよ、貧困とテロについてあわてて判断を下すのを避けるべきであるのはなぜか? 一つには、貧困とある種のテロリズムとの間に関係――必ずしも因果的関係というわけではないが――があることを示す学術的な文献があるからである。2011年のある研究――クルーガーとマレコヴァはこの研究に異議を唱えているが――は、ドイツにおいて失業と右翼の過激派が引き起こした犯罪の間に正の相関関係があることを示した。1977年のテロリズムについてのある研究は、一般的に言ってテロリストは中流階級か上流階級の人間であるという結論を支持したが、暫定アイルランド共和国軍は社会階級という点でも学歴の点でも例外だったことに注意していた。バスクのテロリスト集団のETAは別の興味深い例を提供している。ゴールディ・シャバドとフランシスコ・ラモは「文脈の中のテロリズム(Terrorism in Context)」という論文集で、ETAのメンバー構成は、時が経つにつれて、上流階級の人間は減少し、労働者階級の人間が増えていったと指摘している。



 これらの例は、方法やアプローチに基本的な構造的問題があることを示している。特定の集団や個人に焦点を当てるよりも、複数の国をまたいで数十年にわたって考察できる単一のカテゴリとしてテロリズムを扱うことによって、我々は、あらゆるケースではないにせよいくつかのケースには存在するパターンを見逃してしまうのである。


 実際、テロリズムにいたるルートは多様で、その中には貧困を含むルートもあり、貧困を含まないルートもあることはきわめて確かである。こうしたデータが集められると、貧困に関連したルートは見えにくくなってしまうのだが、だからといって、そうしたルートが存在しないということにはならない。学者はしばしば注意を払ってこうした制限があることを認めるのだが、評論家はそうしたことに注意を払わず、貧困はテロを引き起こしたりしないのだと声高に主張するのである。


 テロと貧困の関係を評価するために使用される方法についての考え方を変えることで、精神疾患などのような、テロを説明する新しい次元が明らかになるかもしれない。最近の研究では、テロリスト集団に関与するテロリストが精神障害者である可能性は特に高いわけではないが、単独で行動するテロリストが、精神障害者である可能性は一般人よりもはるかに高いことが判っている。ある研究では、特定可能な精神疾患の問題を抱えている人の割合が、一般人ではわずか1.5%であるのに対して、調査対象となった98人の単独行動のテロリストでは40%だったことが判明している。

 
 
 あるサイズの服がすべての人にフィットすることは決してない。 テロを説明する要因として、単一のカテゴリの因果的な説明を求め、貧困や精神疾患のような関連する要素を退けることは、過激派の行動に光を当てる別のパターンを不明瞭にすることにもなりかねない。テロに関与したアメリカ人の中には富裕な階層の出身者もいる。アラビア半島のアルカイダで指導的役割を果たしたアメリカ人の聖職者であるアンワル・アウラキ(Anwar Awlaki)は、イエメンの有力な政治家の息子だったし、ムハンマドを描いたとしてTV番組「サウス・パーク」のクリエイターを脅迫して懲役25年の刑を宣告されたザカリー・チェサー(Zachary Chesser)は、バージニア州郊外の裕福な家庭に生まれた。他方、アメリカのソマリア人――2008年の国勢調査局の調査によると、その82%は貧困ライン近辺かそれ以下の生活をしている――は、海外のジハード集団とともに戦うために海を渡った最大のグループの母体となった。『ニューヨーク・タイムズ』は、 アル・シャバーブのために戦うために海を渡ったミネソタ州の集団――そのほとんどがソマリア系の住民だった――のことを「アルカイダと連携して過激派の運動に参加している疑いのあるアメリカ市民の最大の集団」と評した。その記事が出て以降、ミネソタのコミュニティは、シリアで戦うために渡航する人々を新たに輩出するという問題の扱いに苦慮している。


 現地のコミュニティのメンバーは、不況のせいでミネソタ州のソマリア人コミュニティには聖戦への勧誘がひっきりなしに行われている、と主張する。ソマリアの女性を支援する非営利団体の創設者であるファルトゥン・ウェリは、「子供たちは聖戦に参加するように勧誘されています。それは事実です。それに対してどうするつもりかですって? ソマリア人の子供たちを弱者にしてしまうような根本原因について語らなければなりません。… 私たちのコミュニティーが貧困を終わらせられるような機会がなければならないのです」。


 これはつまり、テロにおいて貧困が果たす潜在的な役割を見るときに、もっとよく調べ分析する必要があるということなのである。テロリスト集団は志願兵の大きなプールから好みの工作員を選択することができるから、テロリストはしばしば中流階級出身で高学歴だという論証は文脈次第だということを考慮することも重要だ。ある種の集団、とりわけすでにかなり発展を遂げた集団は名前が知れ渡っているので好みでない人間をふるい落とすこともできるが、もっと新しい、あまり有名でない組織は、そうすることはできない。志願兵をふるいにかけることに関心を示さない集団もあるだろう。…


 実際、今日ISISは外国からの戦闘員を使用しているわけだが、その主な特徴の一つは、自分たちの組織に受け入れる人間がどのような人間であるかについて、ISISは特に選り好みをしていないということである。政治暴力研究国際センター(International Centre for the Study of Political Violence)の所長ピーター・ニューマンが言うように、「ISISは、他の多くの集団ほど選り好みはしません。もしあなたが西側の人間でアラビア語を話せず、とくに良い戦闘員でもなく特別の技能をもっていないとしても、ISISはあなたを受け入れるでしょう」。

 アラビア半島のアルカイダのような集団ですら、組織と密接な関係をもつ工作​​員を投入することが困難なところで攻撃を引き起こすために、爆破のやり方をオンラインで広めるためにオープン・ソースの手法を採用した。しかし、そんなオープン・ソースでリーダーを必要としない戦略を採用することで、彼らは戦闘員をふるいにかける能力をすべて放棄してしまったのである。


 このように述べたからといって、テロにおいて貧困が役割を果たしていると断言できることが明らかになった、というわけではない。しかし、そろそろこのテーマについて新たな研究をすべき時が来たようである。貧困が文脈が変わればどれほど違った結果をもたらすかを明らかにする方法を使ってもっと具体的な脅威の要因を考察しようと動き出すべき時が来たようである。これまでの研究によって、いま私たちが直面している事例にある動因は説明されるのだていると想定するとしたら、脅威が妨げられることなく増大していくことを許す盲点が生みだされることになるかもしれないのである。

 」(おわり)







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どうして脳は、些細な記憶を、万一のときに備えてため込むのか [海外メディア記事]

 久しぶりに、『ニュ-ヨーク・タイムズ』紙のBENEDICT CAREY氏による科学ネタを。


 「どうして脳は、些細(ささい)な記憶を、万一のときに備えてため込むのか? 」というタイトルだが、私は、珍しく、本文を読む前に、もうこの問いに対する答えを用意できていた。つまり、ある経験が些細かどうか、言いかえれば、重要かそうでないかは、現在の経験からだけでは決めることができないから、というのがその答え。

 人間の生は、体操競技の平均台に喩(たと)えることができる。もっともあれほど窮屈なものである必要はないのだが。それでもいつ何時、不意打ちを喰らって平均台から落下するか判ったものではない。生物としてのヒトの進化の過程のほぼ99㌫は、そうした危険と隣りあわせだったに違いない。そうした危険を察知するシステムは、人間の存在の奥深くに根ざしているはずなので、どれほど平和な人生であっても、脳は、落下という可能的事態に備えて監視する事を止めない。そのために、どんなちょっとした逸脱現象であっても、記憶に格納しておこうとするのである(おそらくは、無意識的に)。それが重要になる(かもしれない)ときに備えて。

 われわれの日常は、単調な平均台の上の歩みのように見えるが、実は、その歩みの最中に、こうした格納(上書き保存)と忘却(デリート)の作業が絶えず行なわれている。 以下の記事は、こうしたプロセスにおいて、ある感情と結びついた記憶がとくに保存されることを最近の実験が示した、という内容である。
 




How the Brain Stores Trivial Memories, Just in Case

By BENEDICT CAREY JAN. 21, 2015

http://www.nytimes.com/2015/01/22/health/study-shows-brain-stores-seemingly-trivial-memories-just-in-case.html



「  どうして脳は、些細な記憶を、万一のときに備えてため込むのか


 感情の高まりとともに、恥ずかしかった記憶、勝利感に満ちた記憶、がっかりした記憶があざやかに蘇ることがあるが、そうした感情が過去に遡り記憶を強化し、そのときはただ過ぎ去った一見つまらないものだったものが、振り返ってみると重要なものに見えてくる、ということがあることが新たな研究によって判明した。



 水曜日『ネイチャー』誌に発表された報告書によると、テレビで探偵が決まってする質問 ――「殺人の前の日に何か変わった振る舞いがありませんでしたか? ――は脳についてのしっかりした知見に基づいたものであるようだ。

 この発見は記憶についての現在支配的な理論にもフィットするものである。その理論によれば、記憶とは、どんな知識が将来重要になるかにしたがってたえずアップデートされる適応のプロセスなのである。


 新たな研究によると、人間の記憶は、実は、万一のときに備えるファイルなのであり、一見どうでもいいと思われる光景や音や観察事項を、やがてそれらが役に立つときのために備えて、しばらくの間、冷凍保存しておくものなのである。


 この実験は、トラウマの働きについては何も語っていない。トラウマは記憶を予測不能な仕方で具体化するものだからである。むしろ、この実験は、日常生活のさまざまな刺激を再現しようと目指すものだった。この研究は、わずかな電気ショックを使って不安を産み出し、その感情が以前に見た写真の記憶にどのような影響を及ぼすかを測定した。



 
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研究チームのリーダーであるジョゼフ・ダンスモア(Joseph Dunsmoor)と記憶研究で使われたパブロフ的な恐怖条件づけマシーン( Pavlovian fear conditioning machine )。



  以前の研究で、研究者たちは、遡及的統合( retroactive consolidation)と呼ばれる、この記憶の効果が動物やヒトにもあることの多くの証拠を見い出した。新しい研究は、この効果が、それに関連する重要な情報に選択的に適用されることを示したのである。


 「この研究は、具体的な遡及的強化があることの強力な証拠を提供します」。そう述べるのは、ハーバード大学の心理学教授であるダニエル
・L・シャクター( Daniel L. Schacter)。教授はこの研究に参加しなかった。「この研究結果は、われわれがヒトの内に以前に発見したものの先を行くものです」。


 彼は(他の専門家と同様に)、遡及的統合の詳細はまだ明瞭であることから程遠いと注意していた。ある感情的経験がどんな過去の記憶を呼び戻すか、それはどれほどまで過去に遡るのか、またそれが詳細を抑圧することがあるのかどうか、それはまだ誰にも判っていない。専門家によれば、記憶は、それが脳内にコード化されたときは、まだ固定化されておらず、それ以降の出来事によって弱まることもあれば、強化されることもあるのだという。


 ニューヨーク大学で行われた研究には、いくつかのステージがあった。最初のステージでは、119人の参加者がコンピュータの前に座り、スクロールしていく写真を眺め、それぞれの写真を道具(ハンマー、のこぎり、はしご)か、動物(馬、ワシ、カンガルー)かに分類していった。彼らは、決まった順序もなく、道具を写した30枚の写真と動物を写した30枚の写真を目にすることになった。


 5分後、男女の参加者はまたコンピュータの前に座らされたが、今度は一方の手首に電極線が取りつけられていた。認知神経科学の研究員ジョゼフ・ダンスモアが率いる研究チームは、参加者一人一人にあった衝撃レベルを決めていた。それは不快ではあったが苦痛を与えるほどではなかった。参加者たちは、ランダムな順序で繰り出される新たな60枚の写真、30枚は道具の写真で、30枚は動物の写真を分類していった。グループの半分は、動物の写真を目にするほとんどの場合に電気ショックを与えられ、もう半分のグループは、道具の写真を目にするほとんどの場合に電気ショックを与えられた。


 研究チームは、参加者に抜き打ちテストを行い、彼らがどれほどよくすべての写真(とくに、最初の実験の写真)を記憶しているかを測定した。結果は、参加者がテストをいつ受けたかで変わった。

 すぐにテストを受けた人は、動物も道具も同じくらい記憶していた。電気ショックは明白な効果をもたらさなかった。しかし、6時間後あるいは一日後に抜き打ちテストを受けた人は、電気ショックを与えられたカテゴリーの方を約7%以上も多く思い出した。たとえば、道具の写真を見たときに電気ショックを受けた人は、道具の写真のほうをたくさん覚えていたのである。

  
 「脳内にコード化された時点では、つまらないものに思われたものでも、それに電気ショックが加わって感情的な経験が形成されると、それらのものの記憶が強化されたり保存されたりするのです」とダンスモア博士はインタビューで述べた。「少なくとも、数時間後あるいは一日後にテストが行われたときは、そういう結果になりました」。…


 遡及的強化が起こるには時間がかかるのは事実だが――すぐに実験を行った人に遡及的強化があるのはどうかは不明だった――、どれくらいの間があればその強化が現われるかはハッキリしなかった。

 「それが私には最も驚くべき発見でしたね。記憶の強化が、われわれがまだ理解していない何らかの統合プロセスに依存しているということがね」とシャクター博士は述べた。

 
 この発見は、それが与える回答と(少なくとも)同じくらいの問いを提起する。この「万一に備えて」のモードの記憶がどれくらい続くのか? 弱すぎて統合されないものもあるのか? たいして重要でないものでも、多少強化されたり――または弱められたりするものもあるのか? そして、ためになる経験も同じように過去の詳細を強化するのだろうか? 

 その答えをテレビの探偵ならば知りたがるだろうが、科学者だって同じなのだ。「これらすべての問いは、これからの研究課題です」とダンスモア博士は述べた。





」(おわり)













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プラカードに見るペギーダの主張 [海外メディア記事]

  ドイツでも反イスラムの動きが活発化して注目を集めている。 ドイツ人と反民族的主張が合体するとどうなるか・・・・多くの人が過敏にならざるを得ないので、まだそれほど大きな問題になっていないうちから、各国のメディアで報道されているのは当然であろう。


 その反イスラムの動きの中心にいるのが「ペギーダ(PEGIDA)」。Patriotische Europäer gegen die Islamisierung des Abendlandesの頭文字をとってPEGIDA。 そのドイツ語は、英語に直すと、 Patriotic Europeans against the Islamisation of the west。 「西洋のイスラム化に反対するヨーロッパ愛国者」くらいの意味だが、ドイツ語の' Abendland'には独特の古い意味合いがあって(「日の没する国」が元来の意味)、言葉の選択自体に保守性を感じさせる。



 先日行われたデモの一こま http://www.mdr.de/sachsen/pegida-demonstration-dresden100_zc-f1f179a7_zs-9f2fcd56.html


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 横断幕の文字の部分は、「ドイツの国土で行われている宗教戦争に対して、非暴力で連帯して戦おう! 」という意味。イスラム勢力が勢力を伸ばしている現状に対して、立ち上がろうと呼びかけている。




 それと目立つのは、人が何かをゴミ箱に捨てているロゴ。 http://www.ouest-france.fr/allemagne-le-pays-divise-face-pegida-nebuleuse-raciste-3098217


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 捨てられているのは、下から順に、ナチズム、共産主義、反ファシズム運動、イスラム国のシンボルであるようだ。つまり、右でも左でもないことを言いたいようだが、「反ファシズム」であることはファシズムとの親和性を暗示している。(「ペギーダをわれわれは支持する!  過激思想のゴミはすべて捨ててしまおう!」)。





  もう一つ目立つのは、'Wir sind das Volk'というフレーズ(下の写真にはそのフレーズとともに、「われわれはもう騙されない」という文句も)。 http://rt.com/news/216859-germany-anti-islam-protest-dresden/


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  'Wir sind das Volk'という文句は、「われわれは(一つの)国民だ」という意味。元来は、ベルリンの壁崩壊の際に民主的な自決権を讃えるために歌われた一節だったようだが、それがいまや民族差別のために使われようとしているのである(http://www.theguardian.com/commentisfree/2015/jan/18/germany-xenophobic-anti-islamic-pegida-france)。
  

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  「宗教的狂信主義に反対する」というプラカードも見られる。http://www.n-tv.de/politik/Union-will-Pegida-nicht-der-AfD-ueberlassen-article14143291.html 反イスラムの風潮はドイツでも昔からあったが、このペギーダのデモ行進は、昨年の10月から始まったとされる。やはりあのイスラム国の残忍なビデオが一つのきっかけになったことは容易に推測できる。



 しかし、幸いながら、反イスラムの動きに反対する人々が、ドイツでもまだ大半を占めているようだ。「(民族的)単一性ではなく、多様性を」というプラカードを掲げる女性のデモ参加者。
http://www.zeit.de/gesellschaft/zeitgeschehen/2015-01/pegida-internationale-presse


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  最近何かと注目されている風刺画の一つを紹介しよう。「イスラム化」に過敏になっている人々を嗤っている。「あああー!。西欧のイスラム化が始まったぞ!」(三日月と星はイスラム の象徴)。
http://de.toonpool.com/cartoons/Pegida%20Demos%20Rassismus%20Islam_236103

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 ドイツはまだ経済が好調だから、反イスラムの動きに同調する失業の若者が吸い寄せられることも少ないだろうが、ギリシャの政治・経済の不安が本格化してヨーロッパが不況に突入ということにでもなれば、何が起きるかわからないということも感じさせる一連の動きである。






 

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コーランは偶像崇拝を禁止していない [海外メディア記事]

 シャルリ・エブドの一件で誤解してはならないことは、偶像崇拝についてである。過激派はムハンマドを漫画に描くことを、偶像崇拝を禁じたイスラム教に対する冒涜であるかのように主張しているが、それはコーランに根拠を持つ主張というわけではないらしい。つまり、コーランははっきり偶像を禁止しているわけではないようなのだ。そのことを解説したドイツ国際放送ドイチェ・ヴェレ(Deutsche Welle)の記事を下に掲げておく。

 しかし、かりにコーランに偶像崇拝禁止が打ち出されていたとしても、それをビジュアルが氾濫している現代の状況にそのまま適用するのは、やはり時代錯誤だろう。旧約聖書では偶像崇拝の禁止が強く打ち出されている。おそらく、ユダヤ教ではその戒めはまだ守られているだろう。しかし、モーセの映画がいまアメリカで上映されているが、そういうことに対してユダヤ教徒が「これはわれわれの宗教に対する冒涜だ」と抗議するだろうか?

 やはり、宗教の戒律に抵触するとはいっても、それを理由に表現の自由を制限しようとするのは、あってはならないことなのである。たしかに、シャルリ・エブドの一部の漫画に低俗な表現があったのは問題だっただろうが、それは公序良俗の問題なのである。




Die Angst vor der Macht der Bilder
http://www.dw.de/die-angst-vor-der-macht-der-bilder/a-18186266



  画像のパワーに対する不安



  「シャルリ・エブド」は、恐れることなく、世界を描いた。しかし、過激派が風刺家とその画像を狙ったのはなぜか? 宗教における画像の禁止の歴史を手短かに示そう。




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預言者ムハンマドとカアバ神殿



 イスラム教徒は絵画や写真や映画を好まない――イスラム教を宣伝するものは別だが。しかし、そうするとき彼らは、コーランやイスラム教の創始者のムハンマドに依拠することはできない。コーラン――信者にとっては神の言葉だが――を読む人は、画像の禁止の明確な証拠を見い出すことはない。神は、人間やそれ以外の生き物を創造した、とそこには書かれている。人間には創造はできないとも書かれている。人間が生き物の絵を描いたとしても、そこに生命を吹き込むわけではないのだと。


 テュービンゲン大学の東洋学のルディ・パレート ―― イスラムの研究者の間で今日に至るまで標準的に使われているコーランの翻訳は彼に由来する ―― は、「画像の禁止」をコーランよりも後に書かれたハディースの文献に見つけた。ハディースは、預言者ムハンマドの伝承された言行や言い伝えを集めた文書群である。そこに、画像に対して批判的で、ときには敵意を抱いているような文書がある。ハディースは10万もあると推定されている。




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コーラン


 また、イスラム法学のフィクフでも、画像の禁止について論争があった。ハディースを書いたアル・ブハリは、ムハンマドの次のような金言を伝えている。「私は神の使いが次のように言うのを聞いた。天使たちは、犬や画像がある家や部屋には入らないものだと」。預言者は、人間が生き物を描写することで「神を模倣」しようとすることを恐れたのだろうか? 犬はイスラム教では汚れたものである。偶像と同一視される画像も汚れたものである。したがって、画像があるところで、祈ることはできないのである。



 イスラム教では画像は禁止されていない


 画像の一義的な禁止は、ムハンマドの死後200~300年後に書かれたハディースからも読み取れない。いずれにしても、そうした文書は歴史的に理解されなくてはならない。コーランと同様に、ハディースも均一な内容を語っているわけではないからである。同じコーランでも、後の章は前の章を撤回したり、補ったり修正したりしている。どれが正しいかとか、その神学的意義については、今日までイスラムの学者たちが意見を戦わせているのである。



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 メッカ巡礼 預言者ムハンマドはカアバ神殿から偶像を取り去った



 「汝いかなる像を作ることなかれ」。この戒めの背後にあるのは、とりわけ偶像崇拝に対する恐れである。神ではなく画像に祈りを捧げるべきではないし、像で神を模倣すべきでもない。紀元630年メッカ入城後、ムハンマドがカアバ神殿から偶像を取り去ったのは、おそらくそうした理由からだった。それにより、カアバ――イスラム教誕生以前からすでに聖地だった――は、イスラム教の中心的な聖地になった。異教徒の神々は、すぐにそこにはいられなくなった。スイス人の東洋学者シルビア・ネフは、「イスラム教誕生以前のアラブ人の偶像崇拝に対して闘いを挑み、一神教的な信仰によって置き換えられなければならなかった」と書いている。


 メッカの偶像破壊運動は、画像のパワーに対する不安を証拠立てているのではないか? スンニ派では、画像の禁止はさらに徹底されている。しかし、つねに禁止というわけではない。そうでもない限り、イスラムの絵画が誕生した理由がわからなくなるからだ。本の挿絵や細密画には、時にはベールをした、時にはベールなしの姿で、預言者ムハンマドとその母アーミナが描かれている。イブラヒム(アブラハム)も、コーランの伝統の別の人物と同様に絵画的に描かれた。ペルシャ人の挿絵は、宗教的なテーマも世俗的なテーマも描くのだが、大いにもてはやされたものだ。同じことは、ムガールの細密画や挿絵にも当てはまる。19世紀に写真が、20世紀にテレビが登場して、生きた存在を描くことについてイスラム教徒の間で議論が盛んになったのである。
 



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 ビザンチンでの画像をめぐる論争は、東方教会で画像の禁止を終わらせた


 
 キリスト教でも生きた存在の描写について論争がなかったわけではない。「旧約聖書は明確に神の像を描くことを禁止していますからね」と東洋学のネフは思い起こさせる。だから、ビザンチンで8世紀から9世紀にかけて、偶像崇拝禁止論者と偶像崇拝者を巻きこむ像をめぐる論争があったのも納得がいくことである。論争の焦点は、世界の支配者としてのイエスと聖母マリアだった。その両者の絵を描いていいのだろうか? 東方教会の正統派は、像を描いてもよいという決断を下した。それによて、イコンという聖画像の豊かな伝統が誕生した。


 西方の教会でも、像が偶像崇拝につながるかもしれないと怖れる人がいた。紀元600年頃、教皇グレゴリウス1世は偶像を敵視することにも過度に偶像を崇拝することにも反対すると明言した。同時に、彼は像の教育的利点を認識していた。794年のフランクフルト教会会議も同様の主張をした。かくして、カトリック教会は、12・13世紀になってようやく像を無条件で認めるようになった。しかし、16世紀になって宗教改革が起こり、再び偶像が破壊されるようになった。カルバンやツウィングリのような改革者たちは教会から像を追放した。マルティン・ルターは「冒涜を促し、信仰の喪失を引き起こ」しかねない像を用いないようにと警告を発した。


 神の怒りに対する不安


 この偶像の禁止は、宗教史の中では奇妙に見えるものだが、かつて誕生したばかりの一神教を保護したのであった。3つのアブラハムの宗教 ―― ユダヤ教、キリスト教、そしてイスラム教 ――は、偶像崇拝の禁止を守らなければ、神の怒りが下されるのを恐れたのである。しかし、多くのことが起こり、その禁止は空洞化してしまった。今日、過激思想の持ち主たちが、アッラーの名のもとに偶像禁止を蒸し返そうとしている。彼らは、ムハンマドが描かれることに腹を立てる。「パリで起ったように画像を理由に人を殺害するなんて、像と神を区別しようとしたがらないイスラム教の少数の集団の政治的戦略ですよ! 」と美術史家のホルスト・ブレーデンカンプは、南ドイツ新聞でのインタビューで語った。







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シャルリ・エブドの最新号の表紙に再びマホメットの姿が登場 [海外メディア記事]

 シャルリ・エブドの最新号の表紙にマホメットが登場する。

 フランス「ル・ポアン」誌によると、シャルリ・エブドの最新号の表紙にマホメットが描かれるという。そのことを報じた記事の一部を紹介する。(「マホメット」は、「ムハンマド」と記すのが正しいのだろうけど、 「シャルリ・エブド」誌は'mahomet'と記しているので、それを尊重してそのまま音訳する)。

http://www.lepoint.fr/societe/trois-millions-de-charlie-hebdo-dans-les-kiosque-ce-mercredi-12-01-2015-1895961_23.php




 シャルリ・エブド : マホメットが一面に! 
 
 フランスから外国から注文が殺到していることから、300万部がキオスクで売られることになるだろう


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  「シャルリ・エブド」の最新号の表紙には、「すべては許される(TOUT EST PARDONNÉ)」のタイトルのもとで、マホメットが、涙を流しながら、「私はシャルリ」というプラカードをかかげる姿が描かれることになる(描画はLuz氏)。したがって、この風刺雑誌は、水曜日に編集部を襲った殺戮にもかかわらず、その表紙にイスラム教の預言者の姿を再び描くことになる(通常の発行部数は6万部であるのに対して、300万部が発行される予定である)。


 この最新号は、「当然ながら」これまでと同様、マホメットの漫画を掲載すると、雑誌の弁護士であるリシャール・マルカは月曜日に予告した。「何も譲歩はしない。さもないとすべてが無意味になってしまうからだ。「シャルリ・エブド」の精神は、冒涜的な表現に対する権利をも意味するからだ、と弁護士は明言した」(以下省略)。

 





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私はシャルリ : 大行進のすばらしいプラカードの数々 [海外メディア記事]

 11日、フランス各地で行われた反テロの行進は空前の規模にふくれ上がったが、その中で印象的な言葉を記したプラカードを紹介しよう。

 おもにフランス『ヌーヴェル・オプセルヴァトゥール』誌のスライドショーから(最後の一枚だけは別だが)。この一枚一枚が、政治的な「自由」とはどういうことなのかを、具体的に示している。民族差別的排外主義が横行している日本ではありえない光景だ。



 Les plus belles pancartes de la grande marche

http://tempsreel.nouvelobs.com/galeries-photos/photo/20150111.OBS9724/photos-les-plus-belles-pancartes-de-la-grande-marche.html





「  大行進のすばらしいプラカードの数々



・  「アマルガムにはノンを、ユーモアにはウイを」
(「アマルガム」とは、イスラムはすべて悪といった十把ひとからげ的な同一視のこと。性的小道具を使っているのは、性的表現を好んだシャルリ・エブドへの敬意の印のようだ)

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・  (上の段)「卑怯」「臆病」「怖がり屋」    (下の段)「彼らは隠れなかった」     「彼らは逃げなかった」  
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・ 「自由。立ち上がれフランス」

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・  「ちっとも怖くないぞ」 

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・ 「僕は君の名を記す」
(ポール・エリュアールの「自由」という詩の一節。君の名とは自由のこと)
 
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・ 「無神論者であれ、カトリックであれ、イスラム教徒であれ、ユダヤ教徒であれ、プロテスタントであれ、仏教徒であれ・・・・私はフランス!! 私は自由!! 私はシャルリ、そしてこれからもシャルリ」

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・ 「私はシャルリ(アラビア語で)」。「自由は偉大なり」
 (デモの起点の共和国広場のマリアンヌ像の台座に置かれたプラカード。右の文句は、もちろん、「神は偉大なり」のもじり。左のプラカード同様、ヨーロッパとイスラムの融和を示している)

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・  「冷静を保とう。私はムスリム。テロリストではない」
  (これは、印象的だったので、別のニュース・サイトから取ってきたもの。ムスリムを排除しないような空気があるからこそ、ムスリムも参加できた。この行進が移民やイスラムの排斥運動につながらないような配慮がいたるところで働いていたようだ)

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死を呼ぶ風刺画:シャルリ・エブド [海外メディア記事]

 風刺でたびたび物議をかもしてきたフランスの週刊誌『シャルリ・エブド』がテロの標的になった。

 もっとも、ヨーロッパの政治に関心をもたない人にとっては、この雑誌の名前は初耳であろう。私もそうだったので、どういう風刺画がイスラム原理主義者を刺激したのかを、グーグルの画像検索で調べてみた。政治状況がわからないので理解できないものが多かったしつまらない下ネタが多い中で、すぐに理解できたものの中から、イスラムに関連するいくつかの漫画を下に掲げてみよう。




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「コーランなんて糞の役にも立たない」。「弾丸を止められないじゃないか」。




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「非妥協的保守主義者に包囲されるマホメット」。「間抜けどもに愛されるのはつらいよ」。




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(左)「(エブドの至上の法)死ぬほど笑わなければ鞭打ち百発だ!」。 (右)「愛は憎しみよりも強い」。




 まあ、あまり品が良いとは言えないとしても、この程度の毒は容認されるべきだと思う。もっともその一方で、以下のような刺激的な漫画もあって、特にこういうのが過激派の怒りを買うのかもしれない。(ちなみに右側には、マホメットの発言として「スターが誕生した」と書かれているのだが、私には意味が判らなかった)。


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 これらの風刺画を書いた人も銃弾に倒れたのだろうか?  

 とある国際政治の学者が、ヨーロッパの政治的混乱が今年の世界にとって最大のリスクとなるだろうという予測を述べていたが、早くもその予測が血なまぐさい形で実現することになったと言えるのかもしれない。 








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パディー・サマーフィールドの写真集: Mother and Father [海外メディア記事]

   パディー・サマーフィールドの写真集から印象に残ったいくつかの言葉と画像を。

Paddy Summerfield : Mother and Father   (http://www.amazon.co.jp/Mother-Father-Paddy-Summerfield/dp/190789361X/ref=sr_1_1?ie=UTF8&qid=1420270812&sr=8-1&keywords=Mother%EF%BC%86Father%E3%80%80paddy)。


   
  パディー自身の説明:  「私は、母が世界を失ったこと、父が母を失ったこと、その二人を私が失ったことを記録した」。
 
  この写真集は、ウェールズの田舎にある手入れが行き届いた実家の庭が主な舞台で、60年に及ぶ結婚生活の最後の10年の間に撮られた写真からなる。母はアルツハイマー病の影響でだんだん自由な動きが難しくなる。父は母の介護をする一方で、庭の手入れを楽しみにしている。やがて母は庭に出ることもできなくなり、とある晴れた日を境に父は独りになる。その後も父は庭の手入れを続けるが、やがて父もいなくなる。最後に取り残された雑草の生い茂る庭が印象的だ。

 








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 以上は、シェリル・ニューマン(Cheryl Newman)が昨年印象に残った写真集について『テレグラフ』紙に寄稿した一文に基づいている。

http://www.telegraph.co.uk/culture/photography/11304547/My-favourite-photo-books-of-2014.html






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今でも盛んな奴隷労働 [海外メディア記事]

 奴隷労働と聞いて、それは過去のことと思うのは大きな間違い。今でも人身売買や奴隷労働は盛んであるようだ。人身売買の現場から犠牲者が救助される動画、および、現在の奴隷労働の状況についてウォーク・フリー財団が発表した報告書の概要を紹介する記事を、いずれも『ニューヨーク・タイムズ』より。




人身売買の船からバングラデシュ海軍によって解放される約600人の犠牲者。バングラデシュとミャンマーの境界付近。







http://www.nytimes.com/2014/11/18/world/millions-forced-to-live-as-slaves-a-human-rights-group-reports.html


「 ある人権グループの報告によると、何百万もの人が奴隷として生きることを余儀なくされている



 ある人権団体によると、全世界でほぼ3600万の人々が奴隷としての生活を送っている。月曜日にリリースされた一覧によると、モーリタニア、ウズベキスタン、ハイチ、カタール、インドが現代の奴隷制が突出している国として挙げられている(奴隷の総数ではインドが最高で、人口に奴隷が占める割合としてはモーリタニアが最高だった(4パーセント)。オーストラリアに拠点を置く人権団体のウォーク・フリー財団(The Walk Free Foundation)は167カ国を調査し、インドでは奴隷労働の被害者が1430万人にも及ぶことを突き止めた。

 この報告書は、利潤やセックスのために搾取する意図をもって自由を奪うような仕方で(普通は暴力や強制を通して)、人間を管理したり所有することと奴隷労働を定義している。この定義には、強制労働、強制結婚、負債による束縛が含まれている。ウォーク・フリー財団の報告書によれば(http://www.globalslaveryindex.org/)、インドに続く国は、中国が最大で320万人、その次はパキスタン(210万)、ウズベキスタン(120万)とロシア(100万)である。同報告書によれば、米国では約60100人が強制労働者として搾取されている。他のグループは、違うグローバルな推定値を提供している。国際労働機関によると、2012年に強制労働の被害者だったのは約21万人だった」。






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