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ドナルド・トランプのカリスマ的な愚かさ [海外メディア記事]

スーパー・チューズディの勝利で、ドナルド・トランプの周辺がさらに騒がしくなりつつある。「トランプおろし」の動きが始まったようだが、はたしてうまく行くかどうか。



 気に入らない女性たちを「太った豚(fat pigs)」、「でぶ(slobs)」、「むかつく生き物(disgusting animals)」と呼んで顰蹙(ひんしゅく)を買ったのは序の口で、ライバルのルビオを「軽量(lightweight:未熟という意味もある)」、クルーズを「嘘つき(lying)」と呼ぶのを止める気配はないし、政策をくるくる変えても大して気にしないようだ。貿易で中国に負けている現状を批判する一方で、トランプの名前がプリントされた自分のTシャツが“Made in China”であっても、そんな矛盾など気に留めない(http://www.theguardian.com/commentisfree/2016/mar/05/republicans-donald-trump-party-anger)。 昨日の討論会では、自分の一物(いちもつ)の大きさを誇ったようだ(“Donald Trump defends size of his penis” http://edition.cnn.com/2016/03/03/politics/donald-trump-small-hands-marco-rubio/)。



 下品さが露呈したり自己矛盾を指摘されたりするのは、普通の政治家にとっては致命的になるのだが、そんな普通の尺度は通用しない。だから、前回の選挙でオバマと争った保守本流のロムニーが、トランプを「インチキ、詐欺師(a phony, a fraud)」とこき下ろしたが(http://edition.cnn.com/2016/03/03/politics/mitt-romney-presidential-race-speech/)、その程度ではぜんぜん堪(こた)えない。こういう怪物をへこませるにはどうしたらいいか、実は、誰にも判っていないのが現状ではないだろうか? 



 なぜトランプが人気化するのか、それをスピーチの特徴から解説した文章がPBSにあったので読んでみたが、トランプのスピーチは、まあ、解説するまでもない内容である。スピーチの最後の部分をちょっとだけ紹介するにとどめよう(http://www.pbs.org/newshour/updates/trumps-totally-unorthodox-take-on-the-political-stump-speech/)。



“Look. We don’t win anymore. We don’t win on trade, we don’t win at the borders. We don’t win with our military. Our military, the greatest military in the world, we can’t even beat ISIS,” Trump said. “Oh, we’re going to knock ISIS out so fast.・・・ We’re going to win, win, win, win,” Trump concluded. “We are going to make America great again, greater than ever before. I love you. Go out and vote. I love you all. Thank you, Georgia. Thank you. We love you. Thank you.””


 「 「いいかい、われわれはもう勝利者じゃないんだ。貿易で勝っていない。国境で勝っていない。軍事でも勝っていない。米軍は世界でもっとも偉大な軍隊なのに、ISISを打ち負かすことすら出来てないじゃないか。(わたしが大統領になれば)、ISISなんかすぐにノック・アウトだよ。・・・ われわれは勝利するだろう。勝って勝って勝ちまくるだろう」。 トランプは次のように締めくくった。「われわれはアメリカを再び偉大にするし、かつてないほど偉大にするだろう。大好きだ。投票に出かけよう。みんな、大好きだ。ありがとう、ジョージア。ありがとう。愛してる、ありがとう」」。




 難しい単語は出てこないので、英語の出来ない日本の中学生でも判るような内容である。それに、世界には、勝ちと負けしかないという価値観も、判りやすいといえば、これほど判りやすいものはない。 ”We’re going to win, win, win, win ”という言葉に感激する人は、無敵のヒーローにあこがれる子供そのものである。そうした単純な価値観を共有できない人間は、「太ったブタ」、「むかつく生き物」なのである。



 単純な意味でトークが面白く、複雑な現実を単純化して話すことができる人間には、多くの人が魅力を感じる。まして、金があり権力も加われば、多くの人がその人間になびいていくことは避けがたい。その人間に自己矛盾や下品さがあっても、そんなことは大したことではないように思われるようになる。多くの人が、トランプのうちにカリスマ的なものを見出すようになったのだろう。

 

 多くの人がエリートの小賢(こざか)しさよりもカリスマ的な愚かさの方を好むことには、つねにそれなりの理由がある。それに、エリートの政治家たちがいったい何をやってくれたんだという、困窮状態に追い込まれた白人層の悲哀がトランプ支持者たちからは漂ってくる。そこには、確かに、切実な現実がある。しかし同時に、トランプ支持拡大の動きには、人間のとても嫌な面が露呈しているのも確かである。


カリスマ的な愚かさが勝つのか、最終的には良識が制するのか? 個人的に、トランプをめぐる動きから目が離せなくなりつつある。












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宗教と進化 : 罰する神々が人類成功の秘訣 [海外メディア記事]

 宗教が存在する理由は何か?  それは人間の集団の結束力を創造するからだ、という考え方はだいぶ以前から存在していた。

 しかし、もう一歩掘り下げるならば、その問題は、善行をすれば神がご褒美を与えてくれるからというポジティブな理由が強いのか、それとも、悪業をすれば神が罰を下すからというネガティブな理由が強いのか、という問いに立ち至る。

 この問題に対して、経験的なレベルで答えようとした研究チームの論文が『ネイチャー』誌に掲載されたようだ。その答えは、すべてを見通す神が存在し、その神の罰に対する恐怖心から、人間は道徳的行為をするよう動機づけられている、というものである。


( 私も、「恐れ」が宗教の根底にあるという前提から自著の『レリギオ』を書いたが、こういう具体的な研究が出てきたのは非常に刺激になる。)


 以下は、その研究結果を紹介するドイツ『シュピーゲル』誌の記事である。



Strafende Götter als Erfolgsgeheimnis der Menschheit

Von Frank Patalong. Mittwoch, 10.02.2016 – 20:11 Uhr


http://www.spiegel.de/wissenschaft/mensch/die-angst-vor-goettlicher-strafe-beguenstigte-expansion-frueher-kulturen-a-1076614.html



「 宗教と進化 : 罰する神々が人類成功の秘訣


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 急激に増大する社会的関係の中で生きていける能力を人類に与えたのは何か? それは神罰に対する率直な恐怖心だ、と主張する研究が発表された。神の仕事は、すべてを見通す監視者として始まったというのである。




 神は全能で、至るところに存在し、すべてを知り尽くしすべてを見通す。神は人類を見張り、神が語ったり行うことで重要でないものは何もない。神は善人には手厚い報酬を与え、悪人は容赦なく罰する。神は愛情深い父親だが、雷を落とし復讐し裁きを下す存在でもある。神は天国のイメージで誘惑する反面、永遠の罰で脅するのである。

 つきつめると、以上が、多くの文化が神について抱いてきたイメージの大枠である。人類学者や文化人類学者は、ずっと以前からそこに人類の大きな集団の共存を可能にするメカニズムを発見していた。神々は、至るところに存在し決して眠ることなく、善行や掟が守られているかを監視するという役割を果たしてきた。

同時に、神々は、答えのない問いに答えを提供し、世界とその意味を説明する。遂には、永遠の命を与えることで、死に対する恐怖を和らげてくれる――もちろん、従順な者に対してだけだが。だから、神々は、アメとムチをもって人類に対峙するのである。

 こうした神々に対する深い信念には、一義的なメッセージが伴っている。それは、われわれは皆、監視されている! というメッセージである。だから、人間よ、禁止されていることをしてはならないし、考えてもいけない、なぜなら、お前の頭や心も、神はお見通しなのだから! 


 こうした信念のうちに、権力の獲得・維持の道具を見い出すことは難しいことではない。実際、太古の昔から、聖職者の階級や神権を得た王たちは、宗教から権力を得ていた。それは権力を束ねるものだった。今日に至るまで、国王は自らの地位を「神の恩寵」から引き出している・・・。神を根拠とする権力や支配は、世界のいたるところ、あらゆる文化で見つけることができる。


 しかし、なぜこのような事態に立ち至るのか? そしてそれは何の役にたつのか? なぜなら、このモデルが成功し、もろもろの欲求に応え、宗教をもたない文化には不可能だった文化的事象を可能にしたことは明白だからである。このような問いに答えると称する理論は、昔から存在した。


・ 学者たちは、厳格な規則や法律、およびそれに目を光らせる法廷などに伴う宗教のうちに、家族や氏族や部族の連合体の範囲を超えて共存し協調することを可能にする方法を見る。つまり、宗教は人間の集団的結びつきを創造したのである。


・ より高次の存在に仕えることは(仕える人間たちのうちに)アイデンティティを創り出すように作用するので、無定形だった人間の集団のうちに公益的な行動が生まれるようになる。それに助長されて、古代に芽生えた人類最初の都市文化は、集団的に強固になり繁栄することができた。


・ 複雑な宗教的確信や儀式は、見知らぬ人間たちの間に共通の土台を創り出したし、いまだに創りだしている。それは、文化的・社会的クリップのようなものである。それは、同時に、よそ者を排除するのだが。


・ 宗教は、このように規模が拡大したヴァーチャルな共同体を定義するものである。それにより共同体は、その共通性(「同じ神、同じ法」)に基づいて自己を他の共同体から区別し、一つの共同体として行動し自己主張することができるようになる。


・ 攻撃的な時代の神の使命は、「同じ神をもたない者たち」に対して非人間的で、非道徳な行為を仕掛けることを正当化する。後にキリスト教の神となるヤハウェでさえも、初めは、非常に残忍な部族戦争の神として登場した。ヤハウェを表わすシンボルの一つは、すべてを見通す目である。


 進化論的に考えると、これらはすべて、文化や社会が拡大し生き延びるのに役立つ利点なのである。しかし、学者にとって適切で論理的に思えることであっても、宗教的な人間にとって侮辱となることがしばしばある。そういう人々は、宗教が社会を統一し、慰めと癒しを与える側面を宗教の成功の秘訣として強調するのである。




宗教はアメだったのか―――それともムチだったのか?


 宗教が成功したのは救いを約束したためかそれとも脅しをかけたためかという古くからある問いに、宗教という現象を進化論的に効果的で適応に役立つ利点という観点から探求する国際的な研究が新たな刺激をもたらした(http://nature.com/articles/doi:10.1038/nature16980)。



 その研究結果を「ネイチャー」誌に発表したのは、ベンジャミン・グラント・プルチスキーを中心とする研究者グループだった。研究者たちは、世界中から八つの根本的に異なる文化と、それ以上の数の宗教、一神教のキリスト教や混沌状態のヒンドゥー教の神々から、土着的な自然宗教や先祖崇拝にいたるまでの宗教を選び出した。そして、これまでの研究とは異なり、彼らは答えを宗教の専門書にではなく、それらの宗教を信じている人々のうちに求めた。


 彼らは、インタビューや実験を通して591人を被験者にしたが、そこで彼らは、その人々の宗教の特徴とともに、信仰を同じくする人々や部外者に対する彼らの行動を把握するように努めた。


 実験の際に、彼らは心理学者の経験的な道具を使用した。経済的な競争の枠組みでは、被験者がいかに進んで資源を共有するかをハッキリさせることが問題となった。研究は、利他的行動をどれほど進んで行うかという意欲を、被験者の特定の宗教と関連づけた。その背後にあるのは次の問いである。つまり、自己の利益にならない行動へと動機づけるのはどちらか――神の報酬に対する期待か、それとも、神が下す罰に対する恐怖か?


 彼らが見つけたこと:それは、神がすべてを見通す存在であることと、そこから帰結する罰への恐怖との間に強い相関関係がある、ということだった。

 つまり、道徳的なルールを与えそれに違反した人間には罰を与えると脅かす全能の神によってつねに見られていると被験者が感じるときに、利他的行動を進んでする意欲がはっきりと高まるのである。


 善良で道徳的な行動をすれば報酬がもらえるという期待は、罰に対する恐怖に比べると、動機づけの力としてははるかに弱いものであった。「神意を行為の動機とする」ことは、とりわけ、信仰を同じくする人々、つまり自分の集団のメンバーに対しては、有効に作用した。


 研究チームは、この結果を、すべてを見通す懲罰的な神が拡大する文化の結束力を強めることに対する史上初の経験的証拠であると評価する。そのような宗教モデルがなぜ多大な成功を収めたのかが、進化論的に説明されたのである。共通の信仰心以外に何も共通点がない人々と協調するように動機づけるのは、神罰に対する恐怖なのである。道徳心を説く神々と、超自然的な罰則に対する恐怖が、人類を本当に初めて社会的な存在にしたのである。






」(おわり)







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あなたに架ける橋 (A Bridge Over You) [海外メディア記事]

 ロンドンの南西部にある医療サービス団体(Lewisham and Greenwich NHS Trust)のスタッフのコーラス曲が、昨年のクリスマスの時期に、全英ポップ音楽チャートでジャスティン・ビーバーの曲を抑えて1位となったことは、いち早く『ガーディアン』紙が伝えていたし(http://www.theguardian.com/music/2015/dec/25/justin-bieber-beaten-by-nhs-choir-to-uk-christmas-no-1)、日本でも少しだけニュースになった(http://www.afpbb.com/articles/-/3071512)。


  この医療施設の合唱団については、NHKのBS1で放映された「ギャレス・マローンの職場で歌おう!」を私は見ていたので、「ああ、あのグループか」とすぐにピンと来た。最近になって、そのコーラス曲をYoutubeで見たら、歌も映像もとても良いので紹介しようという気持ちになった。

 「あなたに架ける橋 (A Bridge Over You)」という曲は、サイモン&ガーファンクルの「明日に架ける橋(Bridge Over Troubled Water)」と、コールドプレイの「フィクス・ユー(Fix You)」をミックスした作品のようだが、その原詩と訳詩を後に掲げておく。しかし、何はともあれ、Youtubeの映像をご覧ください。「明日にかける橋」の歌詞の内容と病院内の光景がとてもマッチしているのがとくに印象的である。


  「明日にかける橋」は、かつて、人種隔離政策のもとで差別と戦った南アフリカの人々に勇気と希望を与えたことはよく知られているが、現在では、イギリス中の病院で怪我や病気と戦っている人々に勇気と希望を与えているのかと思うと、ひときわ感慨深い。











「    A Bridge Over You

 (http://www.lyricsmania.com/a_bridge_over_you_lyrics_nhs_choir.html


Bridge over troubled water water
Bridge over troubled water water
Bridge over troubled water water
Bridge over troubled water water
Bridge over troubled water water
Bridge over troubled water water


When you're weary, feeling small,
When tears are in your eyes
I will dry them all


I'm on your side
When times get rough
And friends just can't be found
Like a bridge over troubled water
I will lay me down
Like a bridge over troubled water
I will lay me down

And high up above or down below
When you're too in love to let it go
But if you never try you'll never know
Just what you're worth


Lights will guide you home
And ignite your bones
And I will try to fix you


Sail on silver girl
Sail on by
Your time has come to shine
All your dreams are on their way


Sail on silver girl
Sail on by
Your time has come to shine
All your dreams are on their way


See how they shine
If you need a friend
I'm sailing right behind
Like a bridge over troubled water
I will ease your mind
Like a bridge over troubled water
I will ease your mind


Lights will guide you home
Like a bridge
And ignite your bones
And I will try to fix you





あなたに架ける橋


荒波の上に架かる橋
荒波の上に架かる橋
荒波の上に架かる橋
荒波の上に架かる橋
荒波の上に架かる橋
荒波の上に架かる橋



あなたが疲れはて、途方にくれて
涙が目に浮かぶとき
その涙をぬぐってあげる

あなたのそばにいてあげるから
つらくなって、友達が見つからないとき
荒波の上に架かる橋のように
身を投げ出してあげる
荒波の上に架かる橋のように
身を投げ出してあげる


どうにもならない位に好きになったら
気持ちが舞い上がったり沈んだりするけど
でも試しにやってみないと
自分にどれほど値打ちがあるかなんて判らない


いずれ光に導かれて落ち着いて
気持ちに火がついたら
あなたを元気にしてあげよう



出航しよう、白髪の少女よ
出航しよう
輝くときが来た
どんな夢も行く手に広がっているのだから


出航しよう、白髪の少女よ
出航しよう
輝くときが来た
どんな夢も行く手に広がっているのだから



見て、あなたの夢がどんなに輝いているかを
友達が必要ならば
すぐ後ろにいてあげる
荒波の上に架かる橋のように
あなたの気持ちを楽にしてあげる
荒波の上に架かる橋のように
あなたの気持ちを楽にしてあげる


いずれ光が橋のように導いてくれて
気持ちに火がついたら
あなたを元気にしてあげよう
     


         」








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死ぬことを学ぶ [海外メディア記事]

 ニューヨーク・タイムズに載った印象深いエッセイを紹介する。母の死から何を学んだかということがテーマである。著者は女性で、ニューヨークの大学英語を教えているようだ。いろいろな事が書かれているが、もっとも印象深いのは最後のパラグラフである。それが言わんとしていることは、結局、彼女が母の死を本当に受け入れるのに四年もの月日を必要とした、ということである。



Learning to Die:

By MARGOT MIFFLIN SEPTEMBER 30, 2015 4:15 AM

http://opinionator.blogs.nytimes.com/2015/09/30/learning-to-die/?_r=0







 死ぬことを学ぶ



 母は私に多くのことを教えてくれたが、最後には、そこに、いかに死ぬかということも含まれることになった。

 母の死は順調に進んだ。私の言わんとすることをきっと理解してくれる数少ない友人に、そう私は言った。母は苦しまなかったし、死ぬ前日まで意識はあったし、自宅にいたし、妹と私が一緒だった。それはこの上ない経験であり、多くのことを明らかにしてくれたし意義深いもの ―― 何ものにも換えがたいものだった。もっとも、母の生命と換えられるならば、話は別であるが。


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 死がどれほど控え目に、あるいはどれほど重苦しく、人を捉えるかは誰にも判らない。死は、さざ波のようにやって来る。動いているかと思うと、もう動いていない。母はそこにいて波間に漂っているかと思うと、もう母はそこにいない。死は母を通してあふれ出てくるかと思うと、同時に引き潮のなか母を向こうに連れ去っていく。そんなことが何時間もくりかえされたあげく、ついに母は死の力によって静かに消え去っていった。


  母は、死の直前の一週間、軽い幻覚を見た。モルヒネによって生み出された幻影は、母の死 ―― と、それに続くこと ―― が問題ないことを私に確信させた。「木になれればなあ」と母はある日言った。母は森が好きだったし、骨が徐々に減っていく多発性骨髄腫という母の病気のことを考えると、それはもっともな願いだった。母はもう一度しっかり立ちたかったのだ。立ち上がって根を張りたかったのだ。数日後、母は明るい声でこう言った。「お父さんが待っているわ」。旅立つ準備ができたのである。


 母が死んだ日、息を引き取った後の5分間、あるいは10分間、私は母を腕の中で抱きしめた。母はまだそこにいた。一時間後、母はもういなかった。しかし、母は連れ去られたのではなかった。母は自分で旅立ったと私は確信したし、母が旅立つのを目にして、私だって恐れることなく同じことができるだろうと考える勇気を私はもらった。


 私は夢の中で練習をした。ロウワー・マンハッタンの建物の屋根づたいに走っていくと、2~30階はある険しい絞首台に行き当たり、私は落下し始めた。死ぬんだなと思ったので、即座に自分に言い聞かせた。第一に、落ち着くこと。地面に激突するまでまだ時間はある。あわてず騒がない限り、死ぬまではすばらしい経験ができるのだから。第二に、きれいに着地し大ごとにならないように、水平の状態を保つこと。第三に、地面にたどりついたら、死ぬ前に、これは事故であって自殺ではないと説明すること。私のことを愛してくれる人々はそのことを知る権利があるのだから。


 私は地上に行き着いたが、再び走っていた ―― ビルをよじ登って、最近買ったばかりの本を置いてきたビルに戻ろうとした。どうしてもその本を取り戻したかったのである。私が死んで行き着いたのは ―― 書店だった。人生は続いていたのである。
 

 母が死んでからの一ヶ月間、母はまだ死の途中にいた。母の手紙を仕分けたり遺品を荷造りするために母のアパートに出向くと、母はそこにいた―― 一週一週と経つごとにその存在感は減っていったが、それでも母はそこにいた。部屋にやってきて、長イスに長々と身を横たえ、ティッシュを準備して、片手を伸ばし床にブラシを掛けたり、コーヒー・テーブルの上に並ぶ大量の雑誌を眺めたりしていた。母は夢に現われることもあった。そのおかげで私は信じられないほど長い間母を抱きしめることができた。母が死んでいることは二人とも知っていたけれども。そうして、数年間、私は母から離れずにいられたが、ただしそれは、私がへまをしなかったときに限られた。たとえば、ある夜、夢の中で、私は母と電話で長話しをしていたが、いまどこにいるのと問いかけると、母はむっとした口調になり、はぐらかすようなことを言ったかと思うと、夢がさめた。だから、私は問いかけることをしなくなった。


 そして、四年が過ぎた。母の死の前に起こったことと死後に起こったことのギャップが広がり、母はそのギャップに入り込んで私のもとに現われてくれたのだ。けれど、母が姿を現すことはなくなってしまった。長イスに座る幽霊の母も、電話口でシラを切る所在不明の母も、撒かれた遺灰が下生えにすっかり定着し、何度も季節がめぐるなか雪や野草の下に埋もれたまま木立の中に不在でありながら気配を長くとどめていたあの存在感も、もうすべてなくなってしまった。でも、私は、考えられないことをした過激で新しい母にようやく出会えたように思えるのである ―― 母は、末期の病気という荒野の奥深くへと旅立ち、私の目の前でまるで魔法にかけられたように姿を変え、そして去っていった裏切り者だった。それは素朴で罪のない裏切り、一つの思い違いの上に成り立つ裏切りだった。私は、母がいつまでも生きていてくれるだろうと単純に思い込んでいたからである。





」(おわり)






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日本南アに勝つ(ラグビーW杯) [海外メディア記事]


 日本人として、スポーツの国際的な試合でこれほど魂が震えるような体験を味わったことがあっただろうか? そう思えるほど素晴しい試合だった。最後に引き分けで終わる選択肢もあった中でトライを狙った場面は最高だった。結果がどうなろうと、私の中で、その選択をした選手たちに対して自然と尊敬の念が湧き上がった。その後のトライと日本の勝利は、私にとって、付け足しにすぎなかった。


 イギリス『ガーディアン』紙は、この試合結果を「日本が南アに勝利したのはラグビーW杯史上最大のショック(Japan beat South Africa in greatest Rugby World Cup shock ever)」と伝えた(http://www.theguardian.com/sport/2015/sep/19/south-africa-japan-rugby-world-cup-2015-match-report)。 


 速報画面の写真をいくつか紹介しよう。


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泣き崩れるローラ・バセット [海外メディア記事]

 2015年7月2日は日本がワールドカップ準決勝でイングランドに勝った日というよりも、イングランドが負けた日として、ローラ・バセットが身動きできなくなるほど泣き崩れた日として記憶されることだろう。その画像が世界中に配信されたが、どれほど多くの人がその画像を見て一緒に泣くことだろう。




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http://www.glamourmagazine.co.uk/news/features/2015/07/02/laura-bassett-womens-world-cup-semi-finale-finals-2015-defeat-own-goal


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http://www.theguardian.com/football/2015/jul/01/womens-world-cup-heartbreaking-own-goal-kills-englands-dreams




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http://www.heraldsun.com.au/news/england-own-goal-video-laura-bassetts-injury-time-goal-sees-japan-into-womens-world-cup-final/story-e6frf7jo-1227424914139



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http://www.itv.com/news/2015-07-02/japan-beat-england-2-1-in-womens-world-cup-semi-final/



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http://www.sportsnet.ca/soccer/fifa-womens-world-cup-japan-england-laura-bassett/



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http://www.itv.com/news/2015-07-02/japan-beat-england-2-1-in-womens-world-cup-semi-final/








 マーク・サンプソン監督の言葉

 「ローラ・バセットは勇気があり力強かったし、この集団を一つにまとめてくれた、あんな結果になるなんてふさわしくない(それほどの活躍をしてくれた)。彼女は英雄として、率先して敵の攻撃を防いだローラ・バセットとして見なされることだろう。 Laura Bassett has been courageous, strong, kept this group together, she didn’t deserve that. She’ll be looked upon as hero, the Laura Bassett who headed and blocked. 」。
http://www.independent.co.uk/sport/football/international/japan-vs-england-match-report-laura-bassetts-cruel-own-goal-sees-lionesses-defeated-in-womens-world-cup-semifinal-10359664.html








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クリムトの「ゲルトルート・レーブの肖像」 [海外メディア記事]

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  クリムトの「ゲルトルート・レーヴの肖像」が24日ロンドン・サザビーズのオークションで落札されたというニュースは海外の新聞では報道されたが、有名な作品ではないし2480万ポンド(約48億円)という控え目な落札額(それでも予想をかなり上回った)のせいか、日本ではまったく取り上げられなかった。


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http://www.theguardian.com/culture/2015/jun/24/gustav-klimt-piece-sells-almost-25m-sothebys


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(Portrait of Gertrud Loew by Gustav Klimt, 1902. Photograph: Sothebys)

 しかし、この肖像画は、クリムトの絢爛たる画面からフェロモンが妖しく漂ってくるようなあの有名な絵画の数々とはまるで趣を異にしている。モデルは、ウィーンの高名な医師アントン・レーヴの当時19歳だった愛娘であるそうだ。(ちなみにこの医師はマーラーやヴィットゲンシュタインを診断したこともあったらしい)。まだ熟していない壊れそうな少女の美にクリムトも敬意を表したのだろう、淡く地味な色調で性の要素を微塵も感じさせない。1903年に公開されたとき、ある批評家はこの肖像画を評して「パレットによって生み出しうるもっとも甘美な香りの詩」と述べたそうだ(http://www.theguardian.com/artanddesign/2015/jun/04/klimt-painting-with-sad-history-to-be-auctioned-at-sotherbys)。

 確かに、そんな感想の一つや二つをひねり出したくなる作品だと思う。





 


 





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日本vsオーストラリア戦のガーディアン紙の論評 [海外メディア記事]

 朝早く起きて女子サッカーワールドカップの日本vsオーストラリア戦を観た後、この試合についてのコメントがどこかに載ってないかと探したら、イギリス『ガーディアン』紙にもう載っていた。さすがサッカーの本場。自国とは直接関係ない試合でも、綿密にウォッチしているとは。それを紹介しよう。


Women's World Cup quarter-final: Australia v Japan as it happened

http://www.theguardian.com/football/blog/live/2015/jun/28/womens-world-cup-quarter-final-australia-japan





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 サッカーは本質的に残酷なものだ、それは周知のことだが、87分のゴールによる敗戦にオーストラリアがどれほど失望したとしても、日本のプレーがオーストラリアを完全に上回っていたことは認めるしかないだろう。オーストラリアのこれまでの試合に比べると、今日の選手たちは元気がなく疲れているように見えたし、日本を混乱させるのに必要なエネルギーを持続することができなかったのに対し、日本はパス回しが上手く、すばやくチャンスを築いていたし、攻撃のときも守備のときもボールの周りで数的優位をつねに保っていた。一次リーグが死のグループだったことや決勝トーナメントでの対ブラジル戦で力を使い果たしたのかもしれないが、コンディションが万全であったとしても、日本に勝つのは容易ではなかった。

 落胆しながら負けを率直に認めたオーストラリア・チームのアレン・スタイチッチ監督の言葉を紹介しよう。

 「勇気や闘志や敢闘精神という点ではすばらしい試合だったが、ゲーム運びという点では最高の試合ではなかった。今日は日本の方が良かった。目の覚めるようなゴールではなかったが、日本のプレーが得点に値しないものだったとは言えない。

 日本の方がわれわれよりもボール際で冷静で落ち着いていた…われわれはあまりに安易にボールを相手に渡しすぎた。後半の2~30分間は競り合いだったが、何度か安易なターンオーバーがあったために、ボールを支配されコーナーキックを与え、結局それが痛い失点につながった。

 選手たちの努力は本当に誇りに思う・・・暑さは影響はなかったと思う。勝敗を分けたのは熟練やテクニックであって、暑さではない。日本の方がチームの出来が良かったし試合運びも上だった。




」(おわり)






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静かに進行する幇助死推進の動き [海外メディア記事]

 
昨年の秋、ブリタニー・メイナードという女性が自らの幇助自殺をネット上で宣言して実際に亡くなったことが話題になった(このブログでも扱ったhttp://shin-nikki.blog.so-net.ne.jp/2014-10-29)。実は、あの一件は静かに波紋を広げているようなのだ。そのことを報じるPBSの映像を、transscriptの翻訳とともに、紹介しよう。






After Brittany Maynard, right-to-die movement finds new life beyond Oregon
March 7, 2015 at 1:30 PM EDT

http://www.pbs.org/newshour/bb/brittany-maynard-right-die-movement-finds-new-life-beyond-oregon/


「 ブリタニー・メイナードの死後、死の権利運動はオレゴン州を越えてよみがえる

 





 昨年の秋、合法的に自分の生を終わらせるためにオレゴン州に引っ越してきた29歳のブリタニー・メイナードさんが話題となったおかげで、自殺幇助の問題が再びスポットライトを浴びることになった。いまや、自殺幇助運動がふたたび勢いづてきたことが、何百万もの人々にとっての終末期ケアに影響を及ぼすことになるかもしれない。NewsHourのスティーブン・フィーがレポートする。




 
スティーブン・フィー: 何百万ものアメリカ人と同様、オレゴン州のパム・ワルドもまた、自分自身の人生を終わらせるために昨年この州に越してきた脳腫瘍に苦しむ29歳の女性のブリタニー・メイナードさんの映像に釘付けになった一人だった。

パム・ワルド: 「あのビデオを見ました。何度も見返して、特にあのビデオを最後に見たとき、彼女の目から視線をそらすことはありませんでした」。

スティーブン・フィー: メイナードさんはカリフォルニア州に住んでいたが、オレゴン州の尊厳死法を利用するために移住してきた。オレゴン州は、運動の支持者たちによって医師幇助死( physician assisted dying )と呼ばれているが、より一般的には医師幇助自殺( physician assisted suicide)として知られているものを許可している。

ブリタニー・メイナード: 「私は、母と夫に見守られながら、夫と共有している二階の寝室で死ぬことにします」。


スティーブン・フィー: メイナードさんは、11月に自分の命を絶ったが、「共感と選択(Compassion and Choices)」という名のグループのメディア戦略で大々的に利用されることとなった――20年前、その前身のグループは、オレゴンで全米最初に誕生することになる死の権利法案を推進するうえで決定的な役割を果たしたグループである。

1994年には、パム・ワルドさん自身もオレゴン州の尊厳死法を支持していた。

スティーブン・フィー: 「それであなたは賛成票を投じたわけですが、でも「自分に関係することだ」とは考えてはいなかったのですね」。

パム・ワルド: 「ええ、まったく。あれは同情心からの行動でした。そんな状況になったとしたら、選択する権利があって当然でしょう。どのように人生を送り、どのように死ぬかを選択できることは重要なことです」。

スティーブン・フィー: 「しかし、その後、あなた自身がそうした状況になってしまったわけですね」。

パム・ワルド: 「そうです」。

スティーブン・フィー:  「どこであなたは---どこで、自分自身の話となったのですか」。


パム・ワルド: 「ええと・・・これが私の夫です」。


スティーブン・フィー:  2011年、パムさんの43歳の夫だったベン・ワルドさんは、早期の癌が再発したことを知った――すぐに、癌は深刻な影響を及ぼし始めた。パムと娘のボニーは、かつては頑丈だったベンが急速にやせ細っていくのを目撃した。癌が骨に転移すると、痛みは耐え難いものとなった。

パム・ワルド : 「ベンは真夜中に私を起こしてこう言いましたた。「パム、話がある。もうこれ以上はだめだ、判っているだろう。もう僕は死ぬんだ、パム。君とボニーと良い人生が送れた。こんな風に生き続けていたいとは本当は思っていない。オレゴン州の尊厳法死を調べてみたいんだ」」。

スティーブン・フィー: オレゴン州の法律では、末期患者の余命が六か月かそれ以下であるという医師の診断がなければならない。もう一人の医師が署名し、患者の精神状態が健全であることに両医師が同意して初めて、医師は生命を終わらせる処方箋を書くことができる。患者は、最初に(死ぬための)薬を要求してから15日経った後で、再び薬を要求しなければならない。しかし、患者がひとたび薬を手にしたら、医師の役割は終わるのである。


スティーブン・フィー: 法律が1997年に施行されてから、1300人以上の人が生命を終わらせる処方箋を受けとった---しかし、実際にその薬を飲んで死んだのは859人だけだった。それ以外は服薬する前に死ぬ人もいたし、心変わりをする人もいた。

スティーブン・フィー: ベンの健康が悪化するにつれて、彼とパムはブリタニー・メイナードをサポートしたグループである「共感と選択(Compassion and Choices)」から援助を仰いだ。2012年、同グループは彼らを二人の医師にとりつぎ、医師たちはベンの望みを承認した。

パム・ワルド: 「月曜日、ベンに処方の許可がおりました。それはつまり、水曜日には処方箋が入手できるということです。処方箋があっても、しばらくは様子を見ようと、当時の私は考えていました。夫ともう少し一緒にいられるだろうと思っていたのです。でも彼は私にこう言いました。「パム、僕は今週の金曜日に薬を飲みたいんだ」」。

スティーブン・フィー:  ポートランドの医師であるビル・トフラーもブリタニー・メイナードと同じ状況に直面した。彼もブリタニーさんの話に心が動いた。トフラーの40歳の妻が癌と診断されたのは2009年のことだった。


トフラー医師 : 診断がなされた後、私たちには5年もの歳月に恵まれました。そして彼女は、わずか4ヶ月半前に亡くなりました」。

スティーブン・フィー: トフラー医師と妻にとって、自殺幇助は選択肢の一つではなかった。彼が主催する医師たちのグループ(Physicians for Compassionate Care Education Foundation)は、終末期の患者に致死薬を処方することに反対している。

トフラー医師: 「もう限られた時間しか残されていないことが判っていたので、一日一日が違って見えましたよ、それは、妻がはっきり癌と診断される以前の私には見えなかったことです。そして、患者さんたちには、私が彼らを医師として尊重していることを判ってもらいたいのです、どれほど障害があろうと、どれほど重病であろうと、彼らの生には意味と価値があるということを認識してほしいのです。患者自身にそのことが見えてなくとも、私はそう考えていたいのです」。



スティーブン・フィー: でも、死にまつわる恐怖や痛みはどうするのです? 患者が求めた場合、助ける必要があるでしょう? と私はトフラー医師に尋ねた。

トフラー医師:  「それはとても怖い時間です。その時、私は当人のそばに来たいのです。彼らと一緒に歩きたいのです。私は私になれる最良の医者でいたいのです。私は、その時まで以上に医師であるように求められているのです。私は当人が自殺するのを手伝う人間であるわけではありません。それはあまりに安易です」。

スティーブン・フィー:  米国医師会は、ある政策提言書の中で、次のように述べている。「医師幇助自殺は、治療者としての医師という役割とは根本的に相容れない」。ある種の宗教団体、とくにカトリック司教全米会議は、医師幇助自殺に強力に反対してきた。


調査会社のギャラップによると、自殺幇助を支持するアメリカ人はわずかの差で多数派となっている。幇助自殺が合法なのは、オレゴン州、ワシントン州、バーモント州だけだが、ブリタニー・メイナードさんの死以来、十を超える州が尊厳死法の制定を議会に提出したか提出を再考している最中である。


そして、幇助自殺の支持者たちは法廷でも前進を遂げた。モンタナとニューメキシコ両州での判決は、幇助死への扉を開いた。先月、カリフォルニア州とニューヨーク州で原告が幇助死を認める訴訟を起こしたし、カナダの最高裁は、国が幇助死を全国的に禁じていることに違憲の判断を下した。

 
 生命倫理学者のアーサー・カプラン――かつては幇助自殺には反対だったが今はその支持者になっている――によると、議論の条件はここ20年間で変わってはいない、ブリタニー・メイナードのケースをめぐってずいぶん話題になることが増えたとしても、何も変わってはいないという。

 メイナードさんが昨年末に亡くなる前に、私たちは彼に話を聞いた。


アーサー・カプラン: 「私の考えでは、この論争でこれまでと違っている点は、ブリタニー・メイナードさんが29歳で、魅力的で、理路整然としていて、死を選択する権利についてほとんど情熱的と言ってもいいくらいであったことです。そのおかげで、これまで関心を払わなかったグループ、つまり若い人々にとっても議論の焦点ができたのです」。


 ジャック・キボキアン医師のような人物に対する恐れから、1990年代の死の権利運動は脱線してしまったのだが、終末期ケアが改善したおかげで死の苦痛に対するアメリカ人の懸念は緩和した、とカプランは述べた。


ブリタニー・メイナード: 「この幇助死がわたしにどれほどの安堵を与えてくれたかは、言葉にならないほどです・・・・」。

 しかしカプランは、ブリタニー・メイナードのケースが自殺幇助の支持者に新たなはずみを与えるかもしれないと述べた。

 アーサー・カプラン: 「彼女のおかげで、政治状況がシフトして、婚姻法が拡大され同性愛者が広く認知されるのに関わった人々が動き出して、「これは私が望む選択だ。彼女も選択したのだから、これは私の関心事である」と言い出すようになるかもしれませんからね」」。

スティーブン・フィー: 2012年5月4日に、パムとベンは、リビングルームに親しい友人を集めた。彼らは一緒に歌を歌い、その後、共有する寝室で、パムはベンに彼の人生を終わらせる薬を手渡した。彼は躊躇せずにそれを飲んだ。

パム・ワルド: 「夫のもとに来て、私たちが初めて一緒になったころ、私たちは一緒にベッドに横になって、彼は考えごとをしながら、手をこんな風に動かしたものよ。手がしょっちゅう動くの。こんなふうにね。考え事をするときも、何をするときも。

 
忘れられないのは、彼の手が胸の上にこんなふうにあったこと。私はその上に私の手を置いた。でも、彼の手があんなふうに動くことはなく、じっとしていた。安らかだったから。そして、彼の最後の言葉は「ありがとう」だった。 そして、2時間後に亡くなりました」。


スティーブン・フィー: ベン・ワルドは75歳だった。

オレゴン州の経験から、私たちは何を学ぶことができるか?

オレゴン州保健局のカトリーナ・ヘドバーグ――幇助自殺の問題に関して彼女は中立的だ ――は、オレゴン州の尊厳死法についての統計を調査している。


カトリーナ・ヘドバーグ: 「最初の頃、この法律には多くの懸念を人々が抱いていました。市民権のない人、教育のない人や、障害をもつ人等に対して不当に多くこの法律が使われるのではないかという懸念ですね。ところが、私たちが実際に見出したのは、この幇助死に参加する人々が、自分の死に関するタイミングや方法をコントロールしたいと願っている人々であるということです」。


それでも、トフラー医師は、自身の妻との経験から学んだように、最後の月日は決して短縮されるべきではないと言う。

トフラー医師: 「私たちは結婚して40年たっていました。最後の5年間が私たちの最良の年月だったと私は思っています――彼女が実際には末期の癌だと診断されてからの5年間がね。私は、その最後の5年間を他の何かに代えようとは思いませんね」。

スティーブン・フィー: パムについて言うと、彼女は今、「共感と選択(Compassion and Choices)」のためにボランティア活動をしていて、彼女が身をもって知ったプロセスのガイド役となって、他の家族の世話をしている。

パム・ワルド:  「死んでいくことや死について話をしたいと思う人はいません。しかし、いったん私たちがそういう状況に立ち至ると、それは本当に愛の行為になるのです。本当にね」。



」(おわり)










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ISISと終末論 [海外メディア記事]

 ISIS関連の記事の見出しをGoogleニュースでさらっていたら、apocalypse(黙示録、終末論)という単語が目についた。CNNの記事だったが、その内容は国際問題の専門家の分析を載せたものだった。
 
 ISISに劣らぬほどの極悪非道な犯罪を仕出かした組織は過去にもあったが(ナチスやクメール・ルージュなど)、そういった組織は極秘裏に事を進めていたのに対して、ISISは隠すどころか、世界に向かって大々的に宣伝している。「なぜISISは敵をつくり続けるのか?」というのが、この記事のテーマである。

 そしてこの記事の筆者は、ISISのイデオロギーの中心に黙示録的終末論があることを指摘する。かつて、預言者ムハンマドは、シリアのダビクという町で、イスラムとローマの軍隊が最終戦争を行い、終末が到来し真のイスラムが勝利すると預言したそうなのである。その預言を成就するために、むしろ西欧諸国がシリアにやって来ることをISISは待ち焦がれているのだという。 (その内容については、以下に抄訳を掲げたので、参照願いたい)。


 私はイスラム教については無知なのだが、やはりキリスト教の末裔という側面があるので、キリスト教の黙示録(終末論)的要素を受けついでいるのか、ということをあらためて認識した次第である。


 多くのイスラム教の関係者は、イスラム教とISISは何の関係もない、と主張する。宗教の仮面をかぶったテロ集団だと。それはそうだろう。だが、宗教には多くの側面があるということもまた確かなことである。旧約聖書には多くの戦闘の記述や好戦的なイデオロギーが随所に見られる。ユダヤ民族の独立と現支配体制の崩壊を待望する終末思想が、ある時期から形成されるようになる。そもそも「出エジプト」の物語りにそういう意味合いがあったのだが、本格的な終末論は「ダニエル書」(紀元前160年ごろに成立)あたりから始まるようだ。イエス・キリストがどの程度政治にコミットしたかは定かではないが、「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」という言葉も終末の待望と考えることができる。しかし、世の終末を待望する終末思想がもっとも好戦的な形で述べられたのが「ヨハネ黙示録」である。オウム真理教で有名になったあの「ハルマゲドン」が出てくるのも、この黙示録である。これが正典として聖書に収められていることを問題視する専門家もいるほど厄介な文書なのだが、その根は聖書のいたるところにあるのだから、「ヨハネ黙示録」を削除して済むという問題ではない。


 オウム真理教の問題は片づいたのだろうか? 類似の人々、類似の集団はつねにいたる所に潜んでいる。それは宗教として、思想として、妄想として、精神の病として、精神の情熱として、おそらく絶えることはないだろう。ISISの問題は、終末論に対する需要がつねに一定程度あることを改めて示した。そして、世界のいたるところで終末を待望する者たちがいて中東地域に目を向けているという現実を示しているのである。








Why does ISIS keep making enemies?
By Peter Bergen, CNN National Security Analyst

http://edition.cnn.com/2015/02/16/opinion/bergen-isis-enemies/index.html



「 … ISISを理解する手がかりの一つに、英語の「機関誌「ダビク(Dabiq)」がある。先週、ダビクの第七号がリリースされたが、それを詳しく読むとISISの世界観がある程度わかる。


 ISISについて考えるときに陥りやすい誤りは、ISISが合理的な振る舞いをしていると見なすことである。それどころか、機関紙が記しているように、ISISのイデオロギーは、われわれが終末の時に生きていて、ISISの行動は終末の到来を早めていると信じる黙示録的なカルト集団のイデオロギーなのである。


 ダビク(Dabiq)という雑誌の名前そのものが、ISISの世界観を理解する手がかりになる。ダビクというシリアの町は、預言者ムハンマドが、イスラムとローマの軍隊が最終戦争のために闘い、時が終わり真のイスラムが勝利すると預言したとされる場所なのである。


 ダビクの最新号は次のように述べる。「世界はダビクで行われる「大戦」に向かって進んでいるので、単なるオブザーバーとして傍観するというオプションは失われつつある」。言い換えれば、その論理においては、ISISの側に立つか、異教徒の十字軍の側に立つかの二者択一しかないのである。



 アメリカ人の支援団体の一員だったピーター・カシグが 11月にISISによって殺害されたとき、「ジハード・ジョン」――多くのISISのビデオに出てきた覆面のイギリス人殺害者――は、カシグについてこう述べた。「われわれは十字軍の一人目を埋葬する、残りの軍勢が到着するのを待望しながら」。



 言い換えれば、ISISは西側の地上軍がシリアに侵攻するのを望んでいるのである。ダビクの預言の正しさが確かめられることになるからだ。


 私たちはますます世俗的になる世界に住んでいるので、他人が信じこむ宗教的信念を真に受けられないことがしばしばある。われわれの多くにとって、ダビクというシリアの無名の町で「ローマ」とイスラムの戦いが行われ時の終わりが到来するという観念は、人身御供が将来の出来事を左右するというマヤの人々の信念と同じくらい馬鹿げたことに見える。


 しかし、ISISにとって、ダビクの預言はおそろしいほど重大なのである。ISISのメンバーは、自分たちは宗教戦争を戦う先兵であると信じている。そしてその戦争は真のイスラムの勢力の勝利に終わるとアラーは定めたのである。


 これは、テロの専門家であるJ.M・バーガーとジェシカ・スターンがISISについて書いた新著の結論でもある。彼らによると、ISISは、他の多くの「暴力的で終末論を説く集団と同じく、自分たちのことを、善と悪との宇宙的な戦争に参加していると見なしている。その戦争においては、道徳的規則は適用されないのである」。…(以下略)


」(おわり)








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