中国人が経営する中華料理の店は・・・ [雑感]
人形町で下車して、日本橋小学校の後ろ方面を目指す。汁なし坦々麺で美味い店があると小耳にはさんだので行ってみることにした「中国家庭料理楊 人形町店」。
都営線の駅名で言うと東日本橋から人形町にかけての一帯は、よく歩くのだが、あまり店に入ることはない。歩いていて感じるのは、中華料理の店がやたら多いということ。赤くて丸っこい提灯がさがっている所から見て、どの店もたぶん中国から来た人が切り盛りしているのだろう。ここら辺と中国とは何かつながりがあるのか? それとも、東京のいたる所で起きていることが、ここでも起こっているにすぎないのか?
まあ、それはともかく、初めて歩く場所にもかかわらず、「中国家庭料理楊」はすぐ見つかった。やはり、赤い提灯がぶら下がっている。中に入ると、まったりしたインストゥルメンタルの中国音楽がかかっている。典型的な中国人が経営する店だ。そんなにゆっくりもできないので、汁なし坦々麺と焼き餃子を頼む。
頼んでからけっこう待ったのだが、その間、調理する音が全く聞こえないことに気がついた。そういえば、自宅の近くにある格安の中華の店――やはり赤い提灯がぶら下がっていて、まったりした音楽がかかっている――も、調理の音が全くしない。上の階で調理しているのかもしれないが、ひょっとしたら、セントラル・キッチン方式なのではないかという考えが頭の中をよぎった。日本の巨大チェーンのような徹底管理されたシステムではないにせよ、それをもっとこじんまりした形で、一か所で集中的に作って、それをそれぞれの場所で解凍して若干のアレンジを加える。あるいは、ひょっとしたら、最近の中華料理店のかなりがそういう安直なシステムを利用しているのではないか? 思い当たる節があれこれ浮かんでくる。火を使わない中華料理の新システム? そんなことを考えていたら、食べる前からもう半分以上白けた気分になってしまった。
ついに調理音がしないままようやく来た汁なし坦々麺は、麺を口に入れると、冷たい部分と変に熱い部分のムラがあった。茹でた麺ではなさそうだ。しかし、来歴はどうであれフニャフニャした麺で、全くいただけない。中国人はこれでいいのだろうが、麺好きな日本人が好む麺は別なのだ。日本の麺文化を学ぶ姿勢がないのは中国人の中華料理店の悪癖の一つだが、やはりこの店もそのようだ。
使っている調味料は豆板醤らしい。しかもごく一般的な豆板醤。坦々麺に合う辣醤ではなく、ただ辛いだけで恐ろしく底が浅い代物。花椒や芝麻醤はほとんど感じられない。多分、使ってない。「中国家庭料理」ではそんな調味料は使わないのかもしれない。その代わりにピーナッツを砕いたものが大量に入っているのは、「家庭料理」を名乗るだけあっての大胆な手抜きと言うか何と言うか。ピーナッツなんてアクセント程度に入れるものだろ。このあいだ食べた「虎穴」の坦々麺を10とすれば、申し訳ないが、ここのは2くらいだな。
やはり、調理している人間の気配が感じられない店というのは信頼できない。私の中では、赤い提灯とあのまったりした中国のインストゥルメンタル音楽の組み合わせは、願い下げの部類になりつつある。
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カイロの厳重警戒をものともしないエジプトのデモ参加者たち [海外のニュース記事]
エジプトの混迷はさらに深まり、エルバラダイ氏が軟禁されたようだし、催涙弾の直撃を受けた少女が死亡したなどという情報も飛び交う。下の写真にもあるが、いくら催涙弾とはいっても、水平方向に発射された弾の直撃を食らえばひとたまりもないだろう。危機的な状態に近づきつつあるようだ。
どの写真にも緊迫する空気が漲っている。イギリス『ガーディアン』紙のスライド・ショーより。
http://www.guardian.co.uk/world/gallery/2011/jan/28/egypt-protests-cairo
「 エジプトの抗議デモ参加者カイロの厳重警戒をものともせず
反政府デモ4日目の今日、数千の人々がエジプトの首都の街頭に向かう
・ カスル・エル・ニール橋(Kasr el-Nile bridge)からデモ参加者を押し戻そうとする機動隊

・ 負傷した同僚をカスル・エル・ニール橋から運び去ろうとする警察

・ 気を失った男性に玉ねぎをかがせるデモ参加者

・ 警察が発射した催涙ガスの間をぬって走るデモ参加者

・ カスル・エル・ニール橋を渡ろうとするデモ参加者に放水を浴びせる機動隊

・ カスル・エル・ニール橋で機動隊に対峙するデモ参加者

・ 警察が放水を浴びせる中、国旗を掲げるデモ参加者

・ アル=イスティカマ・モスク(al-Istiqama mosque )の前の通りで礼拝する人々

・ アル=イスティカマ・モスクの前でデモ参加者目がけて催涙ガスを発砲する警察

・ 金曜日の礼拝を行うエジプト大統領の批判の急先鋒モハメド・エルバラダイ(正面右)

・ デモ参加者が起こしたと思われる火事の煙がカイロ上空に立ち上る

」
ホロコースト犠牲者追悼の日 [海外のニュース記事]
今日1月27日はホロコースト犠牲者を追悼する国際デー(International Holocaust Remenbrance Day)だった。アウシュビッツ・ビルケナウ強制収容所の解放に因んで、2005年に国連総会本会議で決議されたそうだ。
ドイツのどの新聞や雑誌も強制収容所について何らかの形で触れている。語りつくされた感じもない訳ではないが、いまだに新たな研究書が途絶えることなく出ている現状を『シュピーゲル』誌は伝えている。やはり、なぜあのような歴史が生み出されたのか、まだ謎だらけなのだろう。もっとも、この分野の研究は、最近あまり進展がないようだが。
最近、アウシュビッツの囚人だったプリーモ・レーヴィの著作(『溺れるものと救われるもの』)を読む機会があったが、彼によれば、収容所からの解放は決して心から喜べる出来事ではなかったのだそうだ。なぜなら、すでに十二分に非人間的な体験を収容所の中で味わいつくした(自らも恥辱的なことに加担した)以上、もはや真人間の社会に復帰できるかどうか深いためらいがあったからだ。4枚目の写真の、決して単純な喜びに浸っている訳ではない顔の中に、そうした複雑な心情を垣間見ることが出来るような気がする
ドイツ『シュピーゲル』誌のスライド・ショーより。http://www.spiegel.de/fotostrecke/fotostrecke-63964.html
「
・ 1944年5月: ユダヤ人の囚人たちがアウシュビッツに到着する

・ ナチス占領下のオーストリアにおける反ユダヤ的な暴言
ヴィーンのユダヤ人地区の商店。(「ユダヤ人よ、一掃されたら、ダッハウ(強制収容所)で休暇を取りな!」と読める落書きが書かれている)

・ 1943年のワルシャワのゲットー(ユダヤ人隔離地域):ユダヤ人の一般市民がナチス親衛隊の将校によって自宅から追い立てられる。

・ 1945年5月、オーストリアのエーベンゼー強制収容所の解放後の囚人たち。「私たちは、ベルリンの壁の崩壊後、ナチスのについての議論は片づいてしまうだろうと思っていましたよ」と語るのは歴史学者のズザンネ・ハイム。「でも明らかにそれほどの進展はありませんでしたね」。

」
エジプトに飛び火する反政府デモ [海外のニュース記事]
チュニジアで発生した反体制運動の波が中東各地に飛び火して、その先々で衝突を生んでいる。確かに、各国の長期政権はもはや賞味期間がとっくに過ぎているので起こるべくして起きた動きではあるのだろうが、これがイスラム原理主義をさらに勢いづかせたり、新たな民族的な衝突の原因にならないという保証はなく、西側各国も固唾をのんで注視しているという所だろう。
どうやら、今年は、世界の政治情勢が大きく塗り替えられる一年になるかもしれない。そんなことを予感させる一枚一枚の写真である。
イギリス『ガーディアン』紙のスライドショーより。
http://www.guardian.co.uk/world/gallery/2011/jan/25/egypt-protests-in-pictures
「 エジプトの反政府抗議デモ――写真で見る
・ 機動隊が道路を封鎖する中、パンを運ぶ少年が走り去る

・ 反政府抗議デモの参加者との衝突の後、バイザーを上げる負傷した警察官

・ 負傷したデモ参加者が地面に横たわる

・ 抗議デモ参加者がカイロ中心部で機動隊と組み合う

・ 数日前の抗議の呼びかけは「乏しい成果」しか生まなかったが、今日のデモは、アル・ジャジーラTVによると、「空前の」規模だった

・ 警察の放水車を取り囲むデモ参加者

・ 抗議デモ参加者はホスニ・ムバラク大統領の退陣を求めている

・ 警察と衝突するデモ参加者

・ ムバラクの退陣を求めるプラカードを掲げる抗議デモ参加者

・ 機動隊と対峙するカイロのデモ参加者

・ ほぼ30年にわたるムバラク政権の終焉を求めるデモ参加者に警察が催涙ガスを発射する

・ 警察に投石する抗議デモ参加者

・ デモ参加者たちから退却する警察

・ カイロ中心部における抗議デモ参加者の群れ

」
依然続くチュニジアの抗議デモ [海外のニュース記事]
前政権の転覆をもたらした市民デモが、旧体制の生き残りを排除しようと依然として抗戦活動を継続している。中東一体に民主化の大波を波及させつつあるこの運動は、かつて共産主義諸国でおこったような、短期間における独裁体制の連鎖的崩壊という事態をもたらすことになるのだろうか? チュニスでの市民による抗議活動の様子を紹介する。
イギリス『ガーディアン』紙のスライド・ショーより。
http://www.guardian.co.uk/world/gallery/2011/jan/24/tunisia-protest
「
チュニジアの抗議デモ――写真で振り返る
チュニジアの周辺地域から来た抗議デモの参加者たちは、チュニスの首相府の外での集会に参加するために夜を徹して歩いてきた
1・ チュニスでのデモの最中、前大統領ジン・アビディン・ベン・アリとその妻レイラの写真を焼く抗議者たち。

2・ 現首相モハメド・ガンヌーシのチュニスの公邸の外でデモをする抗議活動の人々。

3.法務省の外で息子の写真を掲げるチュニジアの女性たち。ここに抗議活動の人々が集まったのは、失脚した指導者ベン・アリ政権によってテロの嫌疑をかけられ投獄された人々の釈放を求めるためであった。

4.チュニス中央部にある学校で待つ少年。ベン・アリの23年に及ぶ統治が終わった後に誕生した国民統一政府に抗議して「無制限の」ストライキを教師が呼びかけて以降、政府が再開を命じたにもかかわらず、1月24日現在、多くの小学校は閉鎖されたままになっている。

5.チュニスの首相公邸近くの市役所のモニュメントのところで、抗議活動の人々に語りかけるラシード・アマール陸軍参謀長。

6.「自由なチュニジアのために生涯を」という言葉が書かれた壁を背にするチュニジア人抗議活動家。

7.首都チュニスの首相公邸の前で行われたデモに参加するチュニジアの地方からやって来た男性

8.チュニスの雑誌店

9.モハメド・ガンヌーシのチュニスの公邸の外で眠る抗議活動家

10.チュニスの首相公邸近くの市役所のモニュメントに登って、ラシード・アマール参謀長の話に耳を傾ける抗議活動家たち

11.モハメド・ガンヌーシ首相公邸の外でデモを繰り広げる活動家たち

12.チュニス中心部の首相公邸に向かって行進しながら、スローガンを歌うチュニジアの周辺地域からやって来た人々

13.チュニス中心部に向かって行進しながら、失脚した指導者のベン・アリの引き裂かれた写真を掲げる周辺地域からやって来た抗議活動家たち

14.チュニスの首相公邸の外で抗議活動をする若い女性。地方からやって来た抗議活動の人々は夜通し歩いて首相公邸に向かい、カミソリのような鋭利な針金でできたバリケードを壊してしまった。

」
虎穴で汁なし坦々麺を食す [雑感]
二年前に私の秘かなマイ・ブームになったのが、汁なし坦々麺。ただし、これは食べ歩きではなく、自分の料理のマイ・ブーム。汁なし坦々麺は、きちんとした調味料が揃っていれば、それを和えるだけなので、難しくはない。最低でも辣醤(私は「風味辣子鶏」という鶏肉入りの辣醤を愛用した)と芝麻醤と花椒だけあれば、それなりに美味しい汁なし坦々麺が完成するのであるから。
そうした調味料もネット注文で容易に手に入るが、これにしか使わない調味料に冷蔵庫の一角を占拠させておくことに気が引けて、使い切った後は追加注文しなかった。残念ながら、汁なし坦々麺のマイ・ブームは「風味辣子鶏」一瓶分で終わりを告げたのだった。
坦々麺は、発祥の地でそうであるように、汁なしで食べるのが良い。さっと作って、さっと食べる、本来はそういう軽い食べ物だ。しかし残念ながら、汁なし坦々麺を供している店はまだまだ少ないし、坦々麺というと辣油がメインの辛いスープのラーメンと思っている人が多そう。または、芝麻醤をたくさん使うのが良心的だと思っている店もあるが、そんなことをしたら、ただでさえ重いスープがますます重くなるだけだ。辛さと重さを同居させてはいけないのである。
さて、本格的な坦々麺を出す店があると聞いて、今日「虎穴」に行ってみた。このあたりは、ほぼ毎週土曜日通りかかるところだが、「虎穴」は初訪問。ごく最近まで名前も知らなかった。『都寿司』のすぐ近く。土曜だから大丈夫だろうと高を括っていたが、行列が出来ていた。人気店である。


女性一人で料理以外のすべてを切り盛りしているために、順番が巡ってくるのが遅く感じられたが、女手一つでは無理気味なのは明らか。傍で見ていて少し気の毒に思えてくる。それには目をつぶって、目の前に汁なし坦々麺が来るのを心の支えとして、ひたすら待った。といっても、30分程度だったが、ほとんど行列に並ばない私にはとてつもなく長く感じられた。ようやくカウンターに通されると間髪を入れずに「汁なしを辛口で」と注文してまたじっと待った。

さて、運ばれてきたものを一口食べると、懐かしの辣醤の味。愛用していた「風味辣子鶏」にも入っていた鶏肉の硬い断片の感触も久しぶりだった。ピリっとクールな刺激の辣醤をやさしく包みこむクリーミーな芝麻醤、その両者を花椒がキリッとハードに引きしめ一体のものにする。そう、こうでなくちゃ、この三位一体の感覚が坦々麺の醍醐味なんだな、と思わず呟きたくなるくらいだった。
というわけで、本物の坦々麺を久しぶりに味わった気分になることができた。これほどきちんとした坦々麺を出す店は、東京でもあまりないのじゃないだろうか? これならば、行列の長さも納得だが、また並ぶ気になる? う~ん、いや、それはまた別問題かもしれないが・・・

そうした調味料もネット注文で容易に手に入るが、これにしか使わない調味料に冷蔵庫の一角を占拠させておくことに気が引けて、使い切った後は追加注文しなかった。残念ながら、汁なし坦々麺のマイ・ブームは「風味辣子鶏」一瓶分で終わりを告げたのだった。
坦々麺は、発祥の地でそうであるように、汁なしで食べるのが良い。さっと作って、さっと食べる、本来はそういう軽い食べ物だ。しかし残念ながら、汁なし坦々麺を供している店はまだまだ少ないし、坦々麺というと辣油がメインの辛いスープのラーメンと思っている人が多そう。または、芝麻醤をたくさん使うのが良心的だと思っている店もあるが、そんなことをしたら、ただでさえ重いスープがますます重くなるだけだ。辛さと重さを同居させてはいけないのである。
さて、本格的な坦々麺を出す店があると聞いて、今日「虎穴」に行ってみた。このあたりは、ほぼ毎週土曜日通りかかるところだが、「虎穴」は初訪問。ごく最近まで名前も知らなかった。『都寿司』のすぐ近く。土曜だから大丈夫だろうと高を括っていたが、行列が出来ていた。人気店である。
女性一人で料理以外のすべてを切り盛りしているために、順番が巡ってくるのが遅く感じられたが、女手一つでは無理気味なのは明らか。傍で見ていて少し気の毒に思えてくる。それには目をつぶって、目の前に汁なし坦々麺が来るのを心の支えとして、ひたすら待った。といっても、30分程度だったが、ほとんど行列に並ばない私にはとてつもなく長く感じられた。ようやくカウンターに通されると間髪を入れずに「汁なしを辛口で」と注文してまたじっと待った。
さて、運ばれてきたものを一口食べると、懐かしの辣醤の味。愛用していた「風味辣子鶏」にも入っていた鶏肉の硬い断片の感触も久しぶりだった。ピリっとクールな刺激の辣醤をやさしく包みこむクリーミーな芝麻醤、その両者を花椒がキリッとハードに引きしめ一体のものにする。そう、こうでなくちゃ、この三位一体の感覚が坦々麺の醍醐味なんだな、と思わず呟きたくなるくらいだった。
というわけで、本物の坦々麺を久しぶりに味わった気分になることができた。これほどきちんとした坦々麺を出す店は、東京でもあまりないのじゃないだろうか? これならば、行列の長さも納得だが、また並ぶ気になる? う~ん、いや、それはまた別問題かもしれないが・・・
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丸直で直次郎ラーメンを食す [雑感]
一月いっぱいは、一日中ずっとパソコンの前から離れられないような仕事が続き、慣れているとはいえ、それなりにストレスがたまる。のんびり食事を楽しむという気分にもなれないし、そもそもそんな時間はない。こういうときは、おのずと足がラーメン屋に向いてしまうというのが個人的な性癖の一つ。私の場合、何故か、ラーメンがストレス解消法にもなるのである。
そこで、前々から気になっていた「丸直」に行くことにする。なぜ気になっていたかというと、以前、天王洲に住んでいたことがあり、北品川あたりはよく知っている。しかし、こんなラーメン店はなかった。だから気になったのである。もっとも、私が品川区民だったのはもう10年前に遡るので、かなり昔のことだ。当時評判だったラーメン店と言えば「イレブン・フーズ」位しかなかった。イレブンは私には合わなかった。そして品川近辺は、食の不毛地帯だった。天王洲の店はつまらない店ばかり。わずかに北品川商店街に面白い店が数軒あるだけだった。いまは変わったのだろうか?
そんな回想をしながら店に入ると、まあ何とも年季の入った店内。元来はパッとしない定食屋だったのだろうが、若い店主が最近のラーメンの流行を勉強して、二郎風や和え麺や中本風やらの模倣を次々と供しているうちに、ラオタの口コミが広がって人気店になったようだ。創意工夫でじり貧の店を立て直す途中には、けっこう涙ぐましいこともあったのではないか? そんな余計なことを想像してしまいたくなるような店内の佇まいであった。もちろん、ひそかに応援したくなるのが人情というものである。
ジャージャー麺が期間限定のウリらしいが、最初だから基本の直次郎ラーメンを頼む。注文してけっこう時間がたってから来たそれは、カネシのトゲがない、優しい味の二郎風だった。もう模倣の域を脱して、この店の一大レパートリーになっているのだろう。自然な仕上がりになっていた。300グラムの野菜もうれしかった。



ただ、当然とはいえ客が見事なまでにむさ苦しい男だらけ。左隣の小太りの男性は待っている間、一心不乱にゲーム機相手に格闘していて、ジャージャー麺が来ると一心不乱に爆食モードに切り替わったが、人間らしい要素が見当たらず、むさ苦しいサイボーグのように見えた。前にいたラオタ風の三人組は楽しそうに談笑しながら食べていたが、30前後にしてどれもこれもメタボの危険水域に達しているのが無残なほど顕わだった。最近流行のラーメンが大食漢の男をますます大食漢にして見るも無残な存在に変貌させる手助けをしていること;ただでさえ女性に縁のなさそうな男がますます性的にも社会的にも孤立を深めるのに手を貸していること;そんなジャンクフード中毒の進行形の現場を目撃しているような感じに捉われた。ああいうラーメン好きの男のグループは、ラーメン・データベースやらブログやらの横のネットワークを利用したりして、相互に切磋琢磨し合いながら異形の存在へと転落していっているんだろうな。まあこんな感想は、まったくもって、大きなお世話なのだが。
味覚的には大満足だったが、見てはいけないものを見てしまった後味の悪さは如何にもいただけない。それを脳裏から必死に振り払いながら店を後にした。
そこで、前々から気になっていた「丸直」に行くことにする。なぜ気になっていたかというと、以前、天王洲に住んでいたことがあり、北品川あたりはよく知っている。しかし、こんなラーメン店はなかった。だから気になったのである。もっとも、私が品川区民だったのはもう10年前に遡るので、かなり昔のことだ。当時評判だったラーメン店と言えば「イレブン・フーズ」位しかなかった。イレブンは私には合わなかった。そして品川近辺は、食の不毛地帯だった。天王洲の店はつまらない店ばかり。わずかに北品川商店街に面白い店が数軒あるだけだった。いまは変わったのだろうか?
そんな回想をしながら店に入ると、まあ何とも年季の入った店内。元来はパッとしない定食屋だったのだろうが、若い店主が最近のラーメンの流行を勉強して、二郎風や和え麺や中本風やらの模倣を次々と供しているうちに、ラオタの口コミが広がって人気店になったようだ。創意工夫でじり貧の店を立て直す途中には、けっこう涙ぐましいこともあったのではないか? そんな余計なことを想像してしまいたくなるような店内の佇まいであった。もちろん、ひそかに応援したくなるのが人情というものである。
ジャージャー麺が期間限定のウリらしいが、最初だから基本の直次郎ラーメンを頼む。注文してけっこう時間がたってから来たそれは、カネシのトゲがない、優しい味の二郎風だった。もう模倣の域を脱して、この店の一大レパートリーになっているのだろう。自然な仕上がりになっていた。300グラムの野菜もうれしかった。
ただ、当然とはいえ客が見事なまでにむさ苦しい男だらけ。左隣の小太りの男性は待っている間、一心不乱にゲーム機相手に格闘していて、ジャージャー麺が来ると一心不乱に爆食モードに切り替わったが、人間らしい要素が見当たらず、むさ苦しいサイボーグのように見えた。前にいたラオタ風の三人組は楽しそうに談笑しながら食べていたが、30前後にしてどれもこれもメタボの危険水域に達しているのが無残なほど顕わだった。最近流行のラーメンが大食漢の男をますます大食漢にして見るも無残な存在に変貌させる手助けをしていること;ただでさえ女性に縁のなさそうな男がますます性的にも社会的にも孤立を深めるのに手を貸していること;そんなジャンクフード中毒の進行形の現場を目撃しているような感じに捉われた。ああいうラーメン好きの男のグループは、ラーメン・データベースやらブログやらの横のネットワークを利用したりして、相互に切磋琢磨し合いながら異形の存在へと転落していっているんだろうな。まあこんな感想は、まったくもって、大きなお世話なのだが。
味覚的には大満足だったが、見てはいけないものを見てしまった後味の悪さは如何にもいただけない。それを脳裏から必死に振り払いながら店を後にした。
ドレスデンを見守る立像たち [海外のニュース記事]
いつものように『ガーディアン』紙の画像を見ていたら、印象的なショットに出くわしたので紹介する。
最近、しばしばドレスデンの記事や写真を見かけるなと思ったら、ドレスデン空爆の記念日が近づいているせいか、ということに気づいた。ドレスデンが空襲によって徹底的に破壊された様子は昨年記事で紹介したので興味ある方はそちらをご覧いただきたい(http://shin-nikki.blog.so-net.ne.jp/2010-02-16 )。改めて見ても、やはり空爆による破壊の凄さには息をのむ思いがする。無残に地面に転がったマルチン・ルター像が哀れである。
ところで、去年の記事の上から二枚目の写真は、何者かが街を見下ろす構図になっているのは判るが、その何者が何なのか判らなかったのである。しかし、今日たまたま見かけた写真で、その謎が解けた思いがした。次の印象深い写真である。
http://www.guardian.co.uk/news/gallery/2011/jan/17/24-hours-pictures#/?picture=370698734&index=11

これは、ドレスデンのカトリック宮廷教会(Katholishe Hofkirche)。この教会の2段階式の屋根には78体の聖人石像が並んでいるとのこと(http://hvanilla.web.infoseek.co.jp/dresden/dresden3.html )。そうか、あの二枚目の写真はこの聖人の後方から撮った写真だったのかも知れないな、と思ったのである。
これらの聖人たちが古都ドレスデンを見守っていたのだが、それでもナチスによる支配や空爆による破壊は防ぐことは出来なかったのだ。
最近、しばしばドレスデンの記事や写真を見かけるなと思ったら、ドレスデン空爆の記念日が近づいているせいか、ということに気づいた。ドレスデンが空襲によって徹底的に破壊された様子は昨年記事で紹介したので興味ある方はそちらをご覧いただきたい(http://shin-nikki.blog.so-net.ne.jp/2010-02-16 )。改めて見ても、やはり空爆による破壊の凄さには息をのむ思いがする。無残に地面に転がったマルチン・ルター像が哀れである。
ところで、去年の記事の上から二枚目の写真は、何者かが街を見下ろす構図になっているのは判るが、その何者が何なのか判らなかったのである。しかし、今日たまたま見かけた写真で、その謎が解けた思いがした。次の印象深い写真である。
http://www.guardian.co.uk/news/gallery/2011/jan/17/24-hours-pictures#/?picture=370698734&index=11

これは、ドレスデンのカトリック宮廷教会(Katholishe Hofkirche)。この教会の2段階式の屋根には78体の聖人石像が並んでいるとのこと(http://hvanilla.web.infoseek.co.jp/dresden/dresden3.html )。そうか、あの二枚目の写真はこの聖人の後方から撮った写真だったのかも知れないな、と思ったのである。
これらの聖人たちが古都ドレスデンを見守っていたのだが、それでもナチスによる支配や空爆による破壊は防ぐことは出来なかったのだ。
憂鬱だった二日間 [雑感]
この土曜と日曜(1月15~16日)はとても憂鬱な二日間だった。
両日とも、朝6時前に起きてとっとと着替えて駅に向かう。↓日の出前の吾妻橋。日曜は、晴れていたが、雪がチラホラ舞っていた。なぜか、伊勢正三の『なごり雪』が脳裏に浮かぶ。

誰もいない地下鉄のプラットホーム。こういう閑散とした地下鉄構内の風景を見ると、私は、いつも、サイモン&ガーファンクルのファースト・アルバム『水曜の朝、午前3時』のジャケットを思い出す。でも、ちょっと、現代の駅の構内は明るすぎて、抒情性がないな。6時15分の電車に乗る予定。


連日、ほぼ12時間の難行だった。まあ、この程度で愚痴っては罰が当たりそうなので、この辺で止めておこう。


postscript : サイモン&ガーファンクルの『水曜の朝、午前3時』を引き合いに出したが、自分の記憶が正しいかどうか確かめるために画像検索をして確認したところ、それほど閑散とした感じではないな~。確認できたのは、やはり人間の記憶はいい加減だということだった。

両日とも、朝6時前に起きてとっとと着替えて駅に向かう。↓日の出前の吾妻橋。日曜は、晴れていたが、雪がチラホラ舞っていた。なぜか、伊勢正三の『なごり雪』が脳裏に浮かぶ。
誰もいない地下鉄のプラットホーム。こういう閑散とした地下鉄構内の風景を見ると、私は、いつも、サイモン&ガーファンクルのファースト・アルバム『水曜の朝、午前3時』のジャケットを思い出す。でも、ちょっと、現代の駅の構内は明るすぎて、抒情性がないな。6時15分の電車に乗る予定。
連日、ほぼ12時間の難行だった。まあ、この程度で愚痴っては罰が当たりそうなので、この辺で止めておこう。
postscript : サイモン&ガーファンクルの『水曜の朝、午前3時』を引き合いに出したが、自分の記憶が正しいかどうか確かめるために画像検索をして確認したところ、それほど閑散とした感じではないな~。確認できたのは、やはり人間の記憶はいい加減だということだった。

ティー・パーティーのオバマ攻撃の数々 [海外のニュース記事]
このブログでも何度か触れたティー・パーティー。銃乱射事件で、その攻撃的な言動が改めて世界中で問題視されているようだ。事件から数日たってようやくペイリンは自分の見解をヴィデオに流したが、忌わしいユダヤ人の迫害に結びつく陰惨な表現を使って、これがまた物議をかもした。憎悪や暴力を表わす言葉しかこの女性の頭にはないかのようだ。
さて、フランスの『ヌーベル・オプセルバトゥール』誌が、ティー・パーティ―の運動のあり方を具体的に示すスライド・ショーをアップしたので、それを紹介しようと思う。
昔、まだ保守対革新といった対立軸で政治が語られていた頃、都知事選で某リベラル派の候補の演説を聞きに行ったとき、やたら右翼の街宣車がうるさく、「ソ連へ帰れ」とバカの一つ覚えのような連呼に辟易(へきえき)した記憶があるが、その記憶が不意に蘇ってくるような思いだ。リベラル派をすべてロシア(ソ連)や社会主義に結びつける単細胞な思考法は、世界のどこにでもあるようだ、ということがよく判るショットの数々である。
http://tempsreel.nouvelobs.com/galeries-photos/monde/20110110.OBS5980/en-images-le-mouvement-ultraconservateur-des-tea-party-aux-usa.html
「 アメリカのティー・パーティーの超保守的な運動
・ 2009年4月サンタ・バーバラでの、(ボストン茶会事件が起きた)1773年当時のスタイルでのティー・パーティーのデモ運動。土曜日トゥーソンで起こった銃乱射事件は全米に衝撃を与え、アメリカの左派の一部は、直ちに、超保守主義者たちの「毒を含むレトリック」に非難を浴びせた。彼らによれば、そのようなレトリックこそがあのような暴力行為の温床となるのだ。

・ この政治運動は、さらに、バラク・オバマが主導する政治に断固として反対する姿勢を打ち出している。

{プラカードには「マルクス主義者のオバマ」}
・ オバマ大統領は、実際、その「社会主義的な傾向」のために攻撃されている。

{「社会主義者たち」左から、マルクス、エンゲルス、レーニン、スターリン、毛沢東、オバマ}
・ リベラルなメディアも、左派を益していることで非難の対象になったのだが、やはり同様に、2010年10月17日のこの写真が示すように、ティー・パーティー参加者によって狙われていた。ティー・パーティーのメンバーのうち365人がニューヨーク・タイムズのビルの前でデモを行った。

{「リベラルなメディアを信じるな」}
・ ティー・パーティーのもう一つの十八番:政府の支出に対する攻撃である。運動参加者は2010年4月15日の抗議の日に、ニューヨーク8番街に集まった。

{豚の絵が描かれているプラカードは、銀行に資金援助するなという意味だと思われる}
・ 11月2日、中間選挙でいくつかの議席を得られることを期待してワシントンのキャピトル-ヒルで行進する数千もの保守派の人々。

{「我々には仕事がなければならない」「オバマをストップさせよう」}
・ アラスカ州の前知事で、このティー・パーティー運動のシンボリックな人物で、4月14日、ボストンのティー・パーティーの時に所信を述べるサラ・ペイリン。この運動は、また政府の権力の制限と愛国心の高まりを強く主張する。

・ ティー・パーティー運動のバッジ。

{「アメリカを破産させる? イエス、ウィー キャン」「オバマよ、俺はお前のATMじゃないぞ」}
」
さて、フランスの『ヌーベル・オプセルバトゥール』誌が、ティー・パーティ―の運動のあり方を具体的に示すスライド・ショーをアップしたので、それを紹介しようと思う。
昔、まだ保守対革新といった対立軸で政治が語られていた頃、都知事選で某リベラル派の候補の演説を聞きに行ったとき、やたら右翼の街宣車がうるさく、「ソ連へ帰れ」とバカの一つ覚えのような連呼に辟易(へきえき)した記憶があるが、その記憶が不意に蘇ってくるような思いだ。リベラル派をすべてロシア(ソ連)や社会主義に結びつける単細胞な思考法は、世界のどこにでもあるようだ、ということがよく判るショットの数々である。
http://tempsreel.nouvelobs.com/galeries-photos/monde/20110110.OBS5980/en-images-le-mouvement-ultraconservateur-des-tea-party-aux-usa.html
「 アメリカのティー・パーティーの超保守的な運動
・ 2009年4月サンタ・バーバラでの、(ボストン茶会事件が起きた)1773年当時のスタイルでのティー・パーティーのデモ運動。土曜日トゥーソンで起こった銃乱射事件は全米に衝撃を与え、アメリカの左派の一部は、直ちに、超保守主義者たちの「毒を含むレトリック」に非難を浴びせた。彼らによれば、そのようなレトリックこそがあのような暴力行為の温床となるのだ。

・ この政治運動は、さらに、バラク・オバマが主導する政治に断固として反対する姿勢を打ち出している。

{プラカードには「マルクス主義者のオバマ」}
・ オバマ大統領は、実際、その「社会主義的な傾向」のために攻撃されている。

{「社会主義者たち」左から、マルクス、エンゲルス、レーニン、スターリン、毛沢東、オバマ}
・ リベラルなメディアも、左派を益していることで非難の対象になったのだが、やはり同様に、2010年10月17日のこの写真が示すように、ティー・パーティー参加者によって狙われていた。ティー・パーティーのメンバーのうち365人がニューヨーク・タイムズのビルの前でデモを行った。

{「リベラルなメディアを信じるな」}
・ ティー・パーティーのもう一つの十八番:政府の支出に対する攻撃である。運動参加者は2010年4月15日の抗議の日に、ニューヨーク8番街に集まった。

{豚の絵が描かれているプラカードは、銀行に資金援助するなという意味だと思われる}
・ 11月2日、中間選挙でいくつかの議席を得られることを期待してワシントンのキャピトル-ヒルで行進する数千もの保守派の人々。

{「我々には仕事がなければならない」「オバマをストップさせよう」}
・ アラスカ州の前知事で、このティー・パーティー運動のシンボリックな人物で、4月14日、ボストンのティー・パーティーの時に所信を述べるサラ・ペイリン。この運動は、また政府の権力の制限と愛国心の高まりを強く主張する。

・ ティー・パーティー運動のバッジ。

{「アメリカを破産させる? イエス、ウィー キャン」「オバマよ、俺はお前のATMじゃないぞ」}
」






