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ローマへ (準備編その1) [雑感]

 10数名の学生とともに、ローマに行くことになった。

 8月のほぼ最後の一週間をかけて、主にカタコンベ・初期の聖堂からヴァチカンにいたるまでのキリスト教のモニュメントを体感しようという企画である。もっとも、私が興味を抱くのは、キリスト教が公認される以前の遺構に限られる。したがって、カタコンベが最大の焦点になるのだが…ただ、カタコンベ内は撮影禁止であり、なかなかデータという形で残しづらいのが難点ではあるが、さて、どうなることやら。

 今回の旅は、大学側の協力を得た。補助金と助成金で7万もの支援が受けられるのは嬉しいことだが、やはりお金が交付されるとなるときちんと書類を書かないといけない。これが結構面倒であった。また旅行会社との交渉も自分一人で行ったのだが、このやり取りも、時には楽しくないこともあったし、学生一人一人との連絡も苦労があった。しかし一応すべてクリアした今となっては、あとは事前の下調べに磨きをかけるだけである。

 
  ローマに到着したその日のスケジュールを下に掲げてみよう。これは学生が選定・作成したもので、いかに彼らが優秀であるかを物語っている。



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  さて、私は26~7年前にローマに一泊したことがあるが、その時はフィレンツェをメインにしたので、ローマは文字通り一泊しただけだった。その時の印象を少しだけ語ろう。驚いたのは、ホテルの部屋につくなりテレビをつけたら、関西系のお笑い番組をやっていたことだった。しかも吹替なしで。誰も分からないような番組をどうして流すのだろう? あれはいまだに謎。ローマの町並みは、通り過ぎただけだったが、小汚いという印象しかない。おまけに、翌朝フィレンツェ行きの列車に遅刻しそうになったために急ぎ足で駅に向かっていたときケッチャプをコートにかけられた嫌な記憶がある。つまり、詐欺の一種にあいそうになったわけだが、こっちは遅刻しそうだったので、詐欺師の男に取り合っている余裕がなくそれきりだった。当時私は貧乏オーバードクターだったのだが、イタリア人には金をもっていると思われたのだろうか? 何しろ、バブルははじけたと言っても、まだまだ金満日本という印象は強かったころだったからね。しかし、まあ、ケッチャプのかけられ損である。
 
 フィレンツェのホテルの女性に紹介してもらったクリーニング店にコートをもって行くと、出てきたのは6~70のお婆さん。おそらく、フィレンツェから一歩も外にでたことがないような典型的な庶民のお婆さんである。かつては白かったのだろうが、何十年着続けている間に茶色に変色してしまった割烹着のようなものを着ていたのが今でも印象に残っている。私の顔を見るなり、彼女は拒絶反応を示した。私が英語で事情を説明しても、英語など通じない。「別のところに行っておくれ」とにべもない反応を示したが、私が投宿しているホテルの名前を叫ぶと態度が変わり受けつけてくれた。始めはそっけなくても、根が良いのがすぐ判るような反応だった。

 他には、タクシーでぼったくられたということくらいかな、悪い思い出は。まあ、ある程度は覚悟しなくてはならないとは思うものの、学生を引き連れているのだから被害はないに越したことはない。

 次回は、上の表にあるラテラノ大聖堂、サント・ステファノ・ロトンド、サン・クレンメンテ教会を話題にすることにしよう。                             (つづく)

 










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