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ニーチェの道徳・政治哲学(その1) [探求]

 今回から、スタンフォード大学・哲学百科事典の「ニーチェの道徳・政治哲学」(ブライアン・ライター執筆)を見ていくことにする。


 最近、ある必要から、ニーチェについて少し勉強しようかと思うようになった。具体的に言えば、イエスおよび原始キリスト教の思想とニーチェの哲学を並べて読んでみたいと思うようになったからである。
 
 ニーチェといえば仮借ないキリスト教批判で有名だが、そこに私の興味があるわけではない。例えば、『アンチ・クリスト』等に見られる彼の「キリスト教」批判は、私に言わせれば、まったく底の浅いキリスト教理解に基づいているとしか言いようがないのだが、そうした表面的な批判や薄っぺらな誤解を取り除いてみて、なおも、ニーチェとイエスの共通部分を語ることができるのではないか? そこから出発して初めて両者の差異を語ることができるのではないか? そういう観点から、ニーチェについての再読をしてみようかと考えたのである。

 しかし、それはともかく、正統的な(?)ニーチェ解釈がどんなものなのかを知っておくのも無駄ではないだろうという思いから、スタンフォード大学の哲学百科事典の「ニーチェの道徳・政治哲学」の項目を紹介しようと思った次第である。相変わらず、この項目も長大なので、細切れな形での紹介になると思う。最初は、ごく短い序論の部分だけにとどめる




 
Nietzsche's Moral and Political Philosophy . By Brian Leiter.
http://plato.stanford.edu/entries/nietzsche-moral-political/




  ニーチェの道徳・政治哲学(その1)



  ニーチェの道徳哲学の方向性は大体において批判的である:ニーチェは道徳を攻撃するのだが、それは道徳が、人間の行為についての支持できない記述的(形而上学的および経験的)主張にコミットしているためであり、最高のタイプの人間(ニーチェの言う「高級な人間」)が繁栄することに道徳特有の規範や価値が有害な影響を及ぼすためでもある。彼の倫理についてのニーチェのポジティヴな見解は、(ⅰ)善についてのニーチェの暗黙の理論としての帰結主義的な卓越主義(consequentialist perfectionism)と(ii)形式的な要素と実質的要素をともに含む人間の卓越性の考え方との組み合わせとして、もっとも良く理解することができる。しかし、ニーチェは、価値については反-実在論者であるため、彼は自分のポジティヴな見解や、それに基づく批判的部分を、特別な認識論的身分をもつものとは見なさない。だから、彼の「少数向けの」道徳理論はレトリカルで用心深い性格をもつことになるのである。ニーチェが (例えば、人間の平等について)自由主義的でない態度をとっているのは明白であるが、国家や社会の本質についての体系的な(部分的にでも体系的な)見解を何らもっていないので、ニーチェに何らかの政治哲学を帰さなければならない理由は何もない。少数向けのモラリストとして、ニーチェが目指したのは、道徳についての間違った意識(道徳は自分たちにとって善いものだという誤った信念)から高級な人間たちを解放することにあったのであって、社会全体の転換ではなかったのである。

1.道徳の批判
1.1 批判の及ぶ範囲: 悪い意味での道徳(=MPS)
1.2 MPSの記述的構成要素の批判
1.3 MPSの規範的構成要素の批判

2.ニーチェのポジティヴな倫理観

3.ニーチェのメタ倫理

3.1 何かに特権を認める読み方(The Privilege Readings)
3.2 ニーチェの反-実在論

4.ニーチェにおける政治哲学の欠落

文献







」(つづく)











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