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宗教と進化 : 罰する神々が人類成功の秘訣 [海外メディア記事]

 宗教が存在する理由は何か?  それは人間の集団の結束力を創造するからだ、という考え方はだいぶ以前から存在していた。

 しかし、もう一歩掘り下げるならば、その問題は、善行をすれば神がご褒美を与えてくれるからというポジティブな理由が強いのか、それとも、悪業をすれば神が罰を下すからというネガティブな理由が強いのか、という問いに立ち至る。

 この問題に対して、経験的なレベルで答えようとした研究チームの論文が『ネイチャー』誌に掲載されたようだ。その答えは、すべてを見通す神が存在し、その神の罰に対する恐怖心から、人間は道徳的行為をするよう動機づけられている、というものである。


( 私も、「恐れ」が宗教の根底にあるという前提から自著の『レリギオ』を書いたが、こういう具体的な研究が出てきたのは非常に刺激になる。)


 以下は、その研究結果を紹介するドイツ『シュピーゲル』誌の記事である。



Strafende Götter als Erfolgsgeheimnis der Menschheit

Von Frank Patalong. Mittwoch, 10.02.2016 – 20:11 Uhr


http://www.spiegel.de/wissenschaft/mensch/die-angst-vor-goettlicher-strafe-beguenstigte-expansion-frueher-kulturen-a-1076614.html



「 宗教と進化 : 罰する神々が人類成功の秘訣


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 急激に増大する社会的関係の中で生きていける能力を人類に与えたのは何か? それは神罰に対する率直な恐怖心だ、と主張する研究が発表された。神の仕事は、すべてを見通す監視者として始まったというのである。




 神は全能で、至るところに存在し、すべてを知り尽くしすべてを見通す。神は人類を見張り、神が語ったり行うことで重要でないものは何もない。神は善人には手厚い報酬を与え、悪人は容赦なく罰する。神は愛情深い父親だが、雷を落とし復讐し裁きを下す存在でもある。神は天国のイメージで誘惑する反面、永遠の罰で脅するのである。

 つきつめると、以上が、多くの文化が神について抱いてきたイメージの大枠である。人類学者や文化人類学者は、ずっと以前からそこに人類の大きな集団の共存を可能にするメカニズムを発見していた。神々は、至るところに存在し決して眠ることなく、善行や掟が守られているかを監視するという役割を果たしてきた。

同時に、神々は、答えのない問いに答えを提供し、世界とその意味を説明する。遂には、永遠の命を与えることで、死に対する恐怖を和らげてくれる――もちろん、従順な者に対してだけだが。だから、神々は、アメとムチをもって人類に対峙するのである。

 こうした神々に対する深い信念には、一義的なメッセージが伴っている。それは、われわれは皆、監視されている! というメッセージである。だから、人間よ、禁止されていることをしてはならないし、考えてもいけない、なぜなら、お前の頭や心も、神はお見通しなのだから! 


 こうした信念のうちに、権力の獲得・維持の道具を見い出すことは難しいことではない。実際、太古の昔から、聖職者の階級や神権を得た王たちは、宗教から権力を得ていた。それは権力を束ねるものだった。今日に至るまで、国王は自らの地位を「神の恩寵」から引き出している・・・。神を根拠とする権力や支配は、世界のいたるところ、あらゆる文化で見つけることができる。


 しかし、なぜこのような事態に立ち至るのか? そしてそれは何の役にたつのか? なぜなら、このモデルが成功し、もろもろの欲求に応え、宗教をもたない文化には不可能だった文化的事象を可能にしたことは明白だからである。このような問いに答えると称する理論は、昔から存在した。


・ 学者たちは、厳格な規則や法律、およびそれに目を光らせる法廷などに伴う宗教のうちに、家族や氏族や部族の連合体の範囲を超えて共存し協調することを可能にする方法を見る。つまり、宗教は人間の集団的結びつきを創造したのである。


・ より高次の存在に仕えることは(仕える人間たちのうちに)アイデンティティを創り出すように作用するので、無定形だった人間の集団のうちに公益的な行動が生まれるようになる。それに助長されて、古代に芽生えた人類最初の都市文化は、集団的に強固になり繁栄することができた。


・ 複雑な宗教的確信や儀式は、見知らぬ人間たちの間に共通の土台を創り出したし、いまだに創りだしている。それは、文化的・社会的クリップのようなものである。それは、同時に、よそ者を排除するのだが。


・ 宗教は、このように規模が拡大したヴァーチャルな共同体を定義するものである。それにより共同体は、その共通性(「同じ神、同じ法」)に基づいて自己を他の共同体から区別し、一つの共同体として行動し自己主張することができるようになる。


・ 攻撃的な時代の神の使命は、「同じ神をもたない者たち」に対して非人間的で、非道徳な行為を仕掛けることを正当化する。後にキリスト教の神となるヤハウェでさえも、初めは、非常に残忍な部族戦争の神として登場した。ヤハウェを表わすシンボルの一つは、すべてを見通す目である。


 進化論的に考えると、これらはすべて、文化や社会が拡大し生き延びるのに役立つ利点なのである。しかし、学者にとって適切で論理的に思えることであっても、宗教的な人間にとって侮辱となることがしばしばある。そういう人々は、宗教が社会を統一し、慰めと癒しを与える側面を宗教の成功の秘訣として強調するのである。




宗教はアメだったのか―――それともムチだったのか?


 宗教が成功したのは救いを約束したためかそれとも脅しをかけたためかという古くからある問いに、宗教という現象を進化論的に効果的で適応に役立つ利点という観点から探求する国際的な研究が新たな刺激をもたらした(http://nature.com/articles/doi:10.1038/nature16980)。



 その研究結果を「ネイチャー」誌に発表したのは、ベンジャミン・グラント・プルチスキーを中心とする研究者グループだった。研究者たちは、世界中から八つの根本的に異なる文化と、それ以上の数の宗教、一神教のキリスト教や混沌状態のヒンドゥー教の神々から、土着的な自然宗教や先祖崇拝にいたるまでの宗教を選び出した。そして、これまでの研究とは異なり、彼らは答えを宗教の専門書にではなく、それらの宗教を信じている人々のうちに求めた。


 彼らは、インタビューや実験を通して591人を被験者にしたが、そこで彼らは、その人々の宗教の特徴とともに、信仰を同じくする人々や部外者に対する彼らの行動を把握するように努めた。


 実験の際に、彼らは心理学者の経験的な道具を使用した。経済的な競争の枠組みでは、被験者がいかに進んで資源を共有するかをハッキリさせることが問題となった。研究は、利他的行動をどれほど進んで行うかという意欲を、被験者の特定の宗教と関連づけた。その背後にあるのは次の問いである。つまり、自己の利益にならない行動へと動機づけるのはどちらか――神の報酬に対する期待か、それとも、神が下す罰に対する恐怖か?


 彼らが見つけたこと:それは、神がすべてを見通す存在であることと、そこから帰結する罰への恐怖との間に強い相関関係がある、ということだった。

 つまり、道徳的なルールを与えそれに違反した人間には罰を与えると脅かす全能の神によってつねに見られていると被験者が感じるときに、利他的行動を進んでする意欲がはっきりと高まるのである。


 善良で道徳的な行動をすれば報酬がもらえるという期待は、罰に対する恐怖に比べると、動機づけの力としてははるかに弱いものであった。「神意を行為の動機とする」ことは、とりわけ、信仰を同じくする人々、つまり自分の集団のメンバーに対しては、有効に作用した。


 研究チームは、この結果を、すべてを見通す懲罰的な神が拡大する文化の結束力を強めることに対する史上初の経験的証拠であると評価する。そのような宗教モデルがなぜ多大な成功を収めたのかが、進化論的に説明されたのである。共通の信仰心以外に何も共通点がない人々と協調するように動機づけるのは、神罰に対する恐怖なのである。道徳心を説く神々と、超自然的な罰則に対する恐怖が、人類を本当に初めて社会的な存在にしたのである。






」(おわり)







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