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人生は美しい [雑感]

 「 ちょうど今、ナターシャが中庭から窓のところにやって来て、私の部屋に風がもっと自由に入るよう窓を開けてくれた。塀(へい)の下には、輝くばかりの青々とした芝生が細長く伸びているのが見える。塀(へい)の上には澄みわたった青空が広がり、太陽の光があたり一面にふりそそいでいる。人生は美しい。未来の世代をして、人生からすべての悪と抑圧と暴力を一掃させ、心ゆくまで人生を享受せしめよ。 」



 トロツキーの遺書の最後のパラグラフである。遺書の全文を読みたい人は、https://www.marxists.org/nihon/trotsky/1930-3/isyo.htmで読むことができる。


 イタリアの俳優・監督のロベルト・ベニーニが、この遺書からインスピレーションを得て、『ライフ・イズ・ビューティフル』を作ったことは良く知られている。もっとも、この映画をこの間授業で取り上げたとき、この映画自体を知らない学生が非常に多かったので、私の中の常識はもうすでに常識ではなくなっているのかもしれないけれど・・・ 。

 
 トロツキーの遺書を収録している上のURLでも書かれているが、この遺書は、肉体の衰えから死が間近に迫っていることを自覚したトロツキーが書き記したものである。

 スターリンとの権力闘争に敗れ、亡命生活を余儀なくされ、最後には、故郷ロシアからはるか離れたメキシコに流れついた。しかも、スターリンが放つ刺客に怯えながらの生活だったはずだから、トロツキーの晩年の人生は不自由や制約や欠乏に満ちていただろうと想像される。そういう意味で、彼の人生は不運や不幸のうちに終わったと言うことができるだろう。事実、彼の最期は、ピッケルで頭を砕かれるという悲惨なものだった。


 言うまでもなく、遺書とは、死に臨んでもっとも述べておきたいと思うことを書き残すためのものである。遺書を書いたときのトロツキーの心をもっとも打ったのは、自分の個人的な不運に満ちた暗い後半生ではなく、むしろ、「人生は美しい」という感慨だった。死に直面して、生きることの美しさが何よりもトロツキーの胸に迫った。そのことに、私はとても深い感銘を覚えるのである。



 死にのぞんで、「人生は美しい」という言葉を書き記すことができるだろうか? 個人的な不運や不幸を意識しながら、それらを凌駕するような人生の美しさを肯定できるだろうか?  今の私には、そう自問して、確たる答えを思いつくことは出来ないと感じられる。そんなポジティヴな感慨をもつことができれば良いのだけれど、と思うばかりである。







 

 
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