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死ぬことを学ぶ [海外メディア記事]

 ニューヨーク・タイムズに載った印象深いエッセイを紹介する。母の死から何を学んだかということがテーマである。著者は女性で、ニューヨークの大学で英語を教えているようだ。いろいろな事が書かれているが、もっとも印象深いのは最後のパラグラフである。それが言わんとしていることは、結局、彼女が母の死を本当に受け入れるのに四年もの月日を必要とした、ということである。



Learning to Die:

By MARGOT MIFFLIN SEPTEMBER 30, 2015 4:15 AM

http://opinionator.blogs.nytimes.com/2015/09/30/learning-to-die/?_r=0







 死ぬことを学ぶ



 母は私に多くのことを教えてくれたが、最後には、そこに、いかに死ぬかということも含まれることになった。

 母の死は順調に進んだ。私の言わんとすることをきっと理解してくれる数少ない友人に、そう私は言った。母は苦しまなかったし、死ぬ前日まで意識はあったし、自宅にいたし、妹と私が一緒だった。それはこの上ない経験であり、多くのことを明らかにしてくれたし意義深いもの ―― 何ものにも換えがたいものだった。もっとも、母の生命と換えられるならば、話は別であるが。


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 死がどれほど控え目に、あるいはどれほど重苦しく、人を捉えるかは誰にも判らない。死は、さざ波のようにやって来る。動いているかと思うと、もう動いていない。母はそこにいて波間に漂っているかと思うと、もう母はそこにいない。死は母を通してあふれ出てくるかと思うと、同時に引き潮のなか母を向こうに連れ去っていく。そんなことが何時間もくりかえされたあげく、ついに母は死の力によって静かに消え去っていった。


  母は、死の直前の一週間、軽い幻覚を見た。モルヒネによって生み出された幻影は、母の死 ―― と、それに続くこと ―― が問題ないことを私に確信させた。「木になれればなあ」と母はある日言った。母は森が好きだったし、骨が徐々に減っていく多発性骨髄腫という母の病気のことを考えると、それはもっともな願いだった。母はもう一度しっかり立ちたかったのだ。立ち上がって根を張りたかったのだ。数日後、母は明るい声でこう言った。「お父さんが待っているわ」。旅立つ準備ができたのである。


 母が死んだ日、息を引き取った後の5分間、あるいは10分間、私は母を腕の中で抱きしめた。母はまだそこにいた。一時間後、母はもういなかった。しかし、母は連れ去られたのではなかった。母は自分で旅立ったと私は確信したし、母が旅立つのを目にして、私だって恐れることなく同じことができるだろうと考える勇気を私はもらった。


 私は夢の中で練習をした。ロゥワー・マンハッタンの建物の屋根づたいに走っていくと、2~30階はある険しい絞首台に行き当たり、私は落下し始めた。死ぬんだなと思ったので、即座に自分に言い聞かせた。第一に、落ち着くこと。地面に激突するまでまだ時間はある。あわてず騒がない限り、死ぬまではすばらしい経験ができるのだから。第二に、きれいに着地し大ごとにならないように、水平の状態を保つこと。第三に、地面にたどりついたら、死ぬ前に、これは事故であって自殺ではないと説明すること。私のことを愛してくれる人々はそのことを知る権利があるのだから。


 私は地上に行き着いたが、再び走っていた ―― ビルをよじ登って、最近買ったばかりの本を置いてきたビルに戻ろうとした。どうしてもその本を取り戻したかったのである。私が死んで行き着いたのは ―― 書店だった。人生は続いていたのである。
 

 母が死んでからの一ヶ月間、母はまだ死の途中にいた。母の手紙を仕分けたり遺品を荷造りするために母のアパートに出向くと、母はそこにいた―― 一週一週と経つごとにその存在感は減っていったが、それでも母はそこにいた。部屋にやってきて、長イスに長々と身を横たえ、ティッシュを準備して、片手を伸ばし床にブラシを掛けたり、コーヒー・テーブルの上に並ぶ大量の雑誌を眺めたりしていた。母は夢に現われることもあった。そのおかげで私は信じられないほど長い間母を抱きしめることができた。母が死んでいることは二人とも知っていたけれども。そうして、数年間、私は母から離れずにいられたが、ただしそれは、私がへまをしなかったときに限られた。たとえば、ある夜、夢の中で、私は母と電話で長話しをしていたが、いまどこにいるのと問いかけると、母はむっとした口調になり、はぐらかすようなことを言ったかと思うと、夢がさめた。だから、私は問いかけることをしなくなった。


 そして、四年が過ぎた。母の死の前に起こったことと死後に起こったことのギャップが広がり、母はそのギャップに入り込んで私のもとに現われてくれたのだ。けれど、母が姿を現すことはなくなってしまった。長イスに座る幽霊の母も、電話口でシラを切る所在不明の母も、撒かれた遺灰が下生えにすっかり定着し、何度も季節がめぐるなか雪や野草の下に埋もれたまま木立の中に不在でありながら気配を長くとどめていたあの存在感も、もうすべてなくなってしまった。でも、私は、考えられないことをした過激で新しい母にようやく出会えたように思えるのである ―― 母は、末期の病気という荒野の奥深くへと旅立ち、私の目の前でまるで魔法にかけられたように姿を変え、そして去っていった裏切り者だった。それは素朴で罪のない裏切り、一つの思い違いの上に成り立つ裏切りだった。私は、母がいつまでも生きていてくれるだろうと単純に思い込んでいたのである。





」(おわり)






 
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