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ドレスデン追悼式典とガウク大統領のスピーチ [海外メディア記事]

 先日亡くなったヴァイツゼッカーも印象的な言葉をいくつも残したが、いまのドイツ大統領のヨアヒム・ガウクも、非常に含蓄深いスピーチをした。各国の新聞も絶賛して伝えた。ここでは、とりあえずドイツ『シュピーゲル』誌の記事を紹介する。(ちなみに、ドレスデン空襲については、このブログでも伝えたことがあるので、興味ある人は以下のURLをクリックして欲しい。http://shin-nikki.blog.so-net.ne.jp/2010-02-16)。

 印象深いことはいくつかある。一つは、自分たちが戦争を始めたことを忘れて自国の戦争犠牲者だけを追悼するような偏狭なことは止めよと諌(いさ)めていること。まるで、日本の戦没者慰霊の態度を念頭に置いているかのように私には映る。

 もう一つの点は、「相互理解が国境を越えて広がるような追憶の文化」を大統領が求めていること。実際、この式典には、コベントリのようなドイツ軍が爆撃を行った都市からメッセージや記念品が寄せられたようだ。このように敵や味方の垣根がなくなって初めて、真に死者に対して安らかな眠りの祈りを捧げることができるのである。これと同じことが、東京大空襲の式典に起こるだろうか? その場に、韓国や中国から追悼のメッセージが届けられるようになって、初めてあの戦争は過去のものとなるのだが、そんなことは金輪際無理なのだろうか? おそらくそうだろう。そもそも日本では、東京大空襲の記念館を作ろうとすることすら「自虐的」だと見なす人間が非常に多くいるくらいなのだから。空襲の記憶を他国の人間と共有しようなどということはナンセンス以外の何物でもないだろう。また他国の人間もそんな偏狭な国民に関心や共感を示さないだろう。

 そして死者を政治の道具として利用するのは止めろということ。死者は政治の喧騒から解放されなければならない。しかし、そのことも日本では不可能であるようだ。


 ドレスデンの戦没者には安らかな眠りが訪れ、日本の戦没者にはそうした安らぎは未だに訪れてはいない。彼らには、死んだ後でも、対立や反目の中での眠りしか許されていないのである。そういう意味で、ドレスデンの戦没者はうらやましく、日本の戦没者は不幸なままなのである。



Gedenken in Dresden: Gauck warnt vor Relativierung der deutschen Kriegsschuld

http://www.spiegel.de/politik/deutschland/dresden-joachim-gauck-warnt-vor-relativierung-der-kriegsschuld-a-1018404.html




「 ドレスデン空襲70周年式典。ドイツの戦争責任の相対化を警告するガウク大統領



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(ガウク大統領は右から二番目)


ドレスデンは70年前の連合軍の空爆を追悼する。聖母教会での追悼演説でドイツの大統領ヨアヒム・ガウクは空爆の犠牲者を政治の道具にすることに反対する意志を表明した。


 ドレスデン - ドイツの大統領ヨアヒム・ガウクは、ドレスデンの空襲70周年の式典で、かつての犠牲者を政治の道具にしないように警告を発した。


 「私たちは、あのおびただしい死者を出した戦争を誰が始めたのかを知っている。そして、それゆえに、私たちはいまここでドイツ人の犠牲者を追悼するとき、ドイツが行った戦争の犠牲者を決して忘れようとはしないし、決せて忘れることはないだろう」。ガウクは聖母教会で行われた追悼式典でそのように述べた。

 1945年2月13日とその後の2日間にイギリスとアメリカの爆撃機がこのエルベ川沿いの都市を爆撃した。25000人もの人が焼夷弾による火の海の中で亡くなった。

 ガウクが、至るところを襲った爆撃戦の民間人犠牲者のことを考えていたのは明らかだ。彼は、ロッテルダムやレニングラードやコベントリに対するドイツ軍の空襲に言及した。この脈絡において、大統領は相互理解が国境を越えて広がるような追憶の文化が形成されるように説き勧めた。


 ドレスデンにおいてほど悲しみが強力に政治の道具として使われたところはない、とガウクは語った。歴史の改竄はナチス政権下で始まり、旧東ドイツで続けられ、今日でも一部のどうにもならない連中によって受けつがれている」。ネオナチは犠牲者の数をわざと高く見積もり、ドイツの戦争責任を相対化しようと努めている。


 そのような傾向に大統領は反対する。「大量虐殺のような途方もないことを仕出かした国は、処罰も損害もなく、自分が始めた戦争から抜け出せるだろうと思うことはできなかったのだ」。


 ガウクはどんな報復主義にも反対だし、様々な犠牲者団体が言い争うどんな状況にも反対する――そして、和解という意味で「犠牲者に目を向けその苦しみを認める」ことを求める。彼は次のように加えた。「傷口がふさがらないうちは、敵意が消えないだろう。怨念の芽がつまれていないならば、復讐と報復の欲求が育つものだ」。


 反イスラムのペギーダ運動のデモンストレーション行進はドレスデンにその起源をもっているのだが、その点について大統領は一言も触れなかった。



」(おわり)








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