So-net無料ブログ作成
検索選択
ブログパーツ

ホラー映画トップ10 [海外メディア記事]

 イギリス『ガーディアン』紙と(その日曜版の)『オブザーバー』紙の批評家が選ぶ「ホラー映画トップ10」を紹介する。渋めの作品が目立つように思う。 

 個人的にホラー映画はあまり好みではないせいもあって、半分は観たことがない作品だった。観たことのある作品については、批評文を翻訳して付した。

 


 
Top 10 horror movies

theguardian.com, Monday 14 October 2013 17.49 BST

http://www.theguardian.com/film/filmblog/2013/oct/14/top-10-horror-movies







ホラー映画トップ10



10 .血を吸うカメラ(Peeping Tom,1960) 監督:マイケル・パウエル

Peeping-Tom-film-still-008.jpg



9. 吸血鬼(Vampyr,1932) 監督:カール・テオドア・ドライヤー

Vampyr-006.jpg




8. ぼくのエリ 200歳の少女(スウェーデン語: Låt den rätte komma in、英語: Let the Right One In,2008) 監督:トーマス・アルフレッドソン

Let-The-Right-One-In-2008-001.jpg




7. 吸血鬼ノスフェラトゥ(ドイツ語:NOSFERATU: EINE SYMPHONIE DES GRAUENS 英語:NOSFERATU: A SYMPHONY OF HORROR,1922) 監督:F・W・ムルナウ

Max-Schreck-Nosferatu-006.jpg




6.エクソシスト(The Exorcist,1973) 監督:ウィリアム・フリードキン

Linda-Blair-and-Max-von-S-001.jpg



 第一級ホラー映画の手本ともいうべき数少ない作品一つだが、監督のウィリアム・フリードキン――『フレンチ・コネクション』でオスカーを受賞した後で注目されていた――が、ウィリアム・ピーター・ブラッティの悪魔憑きを描いたヒット小説を次回作として採用したのはちょっとした驚きだった。


 30年代にメジャーな映画会社がホラーを作ったのはとっくの昔の話になっていて、ホラー映画はドライブ・インやB級映画館の飯の種になり下がっていたからだ。だが、フリードキンは、ジェイソン・ミラー、エレン・バーステイン、マックス・フォン・シド―のような一流の俳優をキャストに呼び寄せた。すでに数名の監督がこの映画を拒絶していた――テーマが合わないと思う監督もいたし、若い少女が悪魔憑きの犠牲者になる映画を作ることに気乗りがしない監督もいた――が、フリードキンはいつものように怖いもの知らずだった。メガホンをとったフリードキンは、ホラー映画でも、メジャーな俳優を使ってメジャーな会社から公開すればメジャーな映画を作れることを示したのであった。


 映画の物語りは、この監督のオーソドックスではない手法に満ちている。俳優を怯(おび)えさせる乱れ撃ちのようなホラーの数々から、俳優のリアクションを引き出すために肉体的に打撃を与えたり、セットを冷蔵庫のように冷やして俳優を不快にさせ彼らの息を蒸気のように見えるようにしたりする手法である。たしかに、彼が執着した考えはすべて上手くいった。ほとんどすべてのショットには荒涼としたムードが充満していた。どんな偉大なホラー映画と同様、これを観ることは一種の通過儀礼となった。『エクソシスト』を並みのホラー作品とは異なったものにしているのは、それがホラーを家庭や家族や無邪気な子供の内に置いたことだ(無邪気な子供はリンダ・ブレアが演じたが、彼女はこの映画の影から逃れられなかったようだ)。この映画の成功のキーとなったもう一人の人は、いまや伝説となったメイク・アップ・アーティストのディック・スミスである。スミスは(とても若く有能な弟子のリック・ベイカーの支援をうけながら)、(最初は)わずかな違いにしか見えない悪魔憑きの特殊メークを、リンダ・ブレアに対してだけでなく、老齢のマックス・フォン・シド―のメリン神父に対しても創り出した(マックス・フォン・シド―は、撮影時は、やっと40代になったばかりだった)。この映画は、一年後『ジョーズ』によってトップの座を追われるまで、史上最大の興行収入を挙げた作品だった。

フェリン・オニール(Phelim O'Neill)






5.シャイニング(The Shining,1980)   監督:スタンリー・キューブリック

The-Shining-010.jpg



 スティーブン・キングのベストセラー幽霊小説のスタンリー・キューブリックによる映画化をファンは熱い思いで待ち焦がれていたが、封切り当時は期待外れと見なされた。特に小説のファンは、あらすじの変更(小説では生き延びるキャラクターをキューブリックは殺してしまった)に激怒したし、当時の特殊効果には限界があったので、原作では動きまわる生垣の動物が迷路に置き換えられたことにもファンは失望したからだ。しかし、この映画の名声は歳月とともに高まった。ダニーがホテルの廊下を三輪車で乗りまわすトラッキング・ショットのおかげで、この作品はステディカムの可能性を存分に活用した最初の作品の一つとなったし、多くの場面やセリフ( "Redrum" 、不気味な双子、 "Heeeere's Johnny!")は今ではとても有名になったので、別の映画やテレビ番組で数えきれないほどパロディ化されてきた。それに耳障りな現代音楽のサウンドトラック(ペンデレツキ、リゲティ、バルトーク)も比類ないものだ。


 ジャック・ニコルソンは、80年代のあの過剰な演技の数々の走りとなるこの作品で、ただ単に過剰な演技をしていただけでなく(chew the scenery:直訳すれば「場面を噛む」)、場面全体を呑み込む(swallows it whole)ような演技をした。彼が演じるジャック・トーランスは、不快な歴史をもつ人里離れたコロラドのホテル「オーヴァールック」の管理人の仕事を得た作家志望の男だ。妻ウェンディ(シェリー・デュバル)と霊力のある息子(ダニー・ロイド)のせいで彼はアル中に陥り、その憤りは殺意へと変貌していく。それは、あふれ出る血の海や237号室の「キチガイ女」や亡霊バーテンダーのロイドよりもずっと恐ろしいものだった。


 『シャイニング』は、単一のシーンのテイク数の記録をもっていることや(ウェンディが野球のバットを振るシーンに127テイク、ホテルのシェフのディック・ハロランが「シャイニング」を説明するシーンは148テイクだった(テイク数はソースによって違う))、監督がデュバルをいじめたことでも悪名高い。これは、監督の娘のビビアンが監督した「メイキング」(MAKING 'THE SHINING' A Film by VIVIAN KUBRICK)で垣間見ることができる――これは、彼女の父親の映画を補完してくれる魅惑的な作品である。

アン・ビルソン(Anne Billson)





4.ウィッカーマン(The Wicker Man,1973) 監督:ロビン・ハーディ

Edward-Woodward-in-The-Wi-001.jpg





3.赤い影(Don't Look Now,1973) 監督:ニコラス・ローグ

Dont-Look-Now--008.jpg




 ジョンとラウラのバクスター夫婦(ドナルド・サザーランドとジュリー・クリスティが演じる)を描いたダフネ・デュ・モーリアの短編を映画化したこの忘れらない作品で、ニコラス・ローグのトレード・マークである物語りに対する非直線的なアプローチが嫌になるくらい活用されてた。二人は、幼い娘の事故死というつらい出来事に折り合いをつけるためにヴェネツィアにやって来た夫婦である。映画のこの幕開けがとても運命的な予感に満ちたムードを定めているので、この映画を観る人は、狭く迷路のようなセレニシマ通りをくぐり抜けると必ずや、おぼろげな橋をすぎて行く赤いレインコートを着た子供の姿を一目見られるのではないかと思わずにはいられなくなるのである。

 
 オープニングのシーンから、美術修復家のジョンが予言の才能に恵まれているのはハッキリしている――しばしば、彼はそれに基づいて行動できないしそれを認識すらできない――のだが、その結果悲劇が待ち構えるのである。水の映像と赤という色彩と割れたガラスが、繰り返し、不吉な前兆の万華鏡のような形で交錯する。ヴェネツィアに潜む連続殺人犯の存在は、この映画をサイコスリラーにしているというより、しばしば出てくる陰気な川と合流してこの映画の背景をなしている。


 
 『赤い影』は批評家によって好意的に受け止められたが、ジョンとローラの(当時としては)異常なほどきわどいセックス・シーンが実は見かけのものではないという噂のおかげでかなりの悪評も得た。ご多聞にもれず、ローグは、夫婦が夕食のために服を着るというシーンで、セックスの行為自体を打ち切っている。


 ブライアン・デ・パルマの最も上手くいった数作品の音楽を手掛けることになるピノ・ドナジオは心に迫るサウンドトラックで映画音楽のデビューを飾ったし、この映​​画の最後のショッキングな種明かしは、『サイコ』以降もっとも有名になったものの一つである。

アン・ビルソン






2. ローズマリーの赤ちゃん(Rosemary's Baby, 1968)  監督: ロマン・ポランスキー

rosemarysbaby460.jpg




 ロマン·ポランスキーのハリウッドでの初作品は、アイラ・レヴィンのベストセラーの映画化だったが、その成功は70年代の後々まで続く悪魔の赤ちゃんや悪の化身の子供や悪魔の妊娠などを扱う映画のトレンドの走りとなった。原作は、最初、低予算ホラー映画の興行家のウィリアム・キャッスルが本読みにかけてもいい映画の題材として認めたのだが、彼は結局プロデューサーに回り電話ボックスの外で葉巻をふかす男としてワン・シーンに登場しただけだった。

 

(おそらく根も葉もない)映画業界の伝説によると、ポランスキーは、それまで小説を映画化したことがなかったので、変更が許されることを理解していなかったらしく、その結果、彼の脚本はレビンの本に非常に忠実になったのだそうだ。

 
 テレビのメロ・ドラマ『ペイトン・プレイス物語り』の役で、またフランク・シナトラ(撮影中に離婚届を提出した)の妻としてもっともよく知られていたミア・ファローがローズマリー・ウッドハウスを演じた。素敵なカトリックの女性で、売れない俳優の夫ガイ(ジョン・カサヴェテス)とともに、不吉な歴史をもつニューヨークの古い一角であるブラムフォードのアパートに引っ越してくる。(撮影は、マンハッタンのアッパー・ウエスト・サイドにあるダコタ・ビルの外で行なわれたが、そこで後にジョン・レノンが射殺されることになるのだ)。ルース・ゴードンとシドニー・ブラックマーが、とても嫌らしい――悪魔崇拝者であることが判明するずっと前から嫌らしい――騒々しい隣人であるミニーとローマンのカスタベット夫妻を演じた。ゴードンはアカデミー最優秀助演女優賞を獲得したが、これは1991年の『羊たちの沈黙』までホラー映画に対して与えられた唯一のアカデミー賞だった。


 この映画は複数のレベルから成り立っている――超自然スリラーでもあるし(超常的だとハッキリ判る要素は、幻想的な夢のシーンと赤ちゃんの目の最後のショットに限られているが)、陰謀の中心に自分がいると想像する誇大妄想の妊婦を描いた心理スリラーでもあるし、そして、この映画のもっとも卑劣な悪党は、配役を得るのと引き換えに妻が悪魔にレイプされるのを許すガイなのであるから、夫婦間の裏切りの最新版でもあるのだ。


 ポランスキーの偉業は、私たちがローズマリーの視点に完全に立って見るようにさせた点にある。その結果、彼女が友人たちから次第に切り離され、夫がカスタベット夫妻と共謀して赤ちゃんを傷つけようと悪魔的な計画を進めているのではないかと思い始めるにつれて、私たちは彼女の疑いや混乱や疑心暗鬼を共有するにいたるのだ。悪魔崇拝者たちは異国の変人としてではなく、どんな都会の街で出会ってもおかしくないありふれた人間として描かれているので、これは、霧の中のカルパチアの城ではなく、現代の生活に根ざしたホラーなのである。

アン・ビルソン






1. サイコ(Psycho,1960)  監督:アルフレッド・ヒッチコック

Psycho-008.jpg




 ジョセフ・ステファノの脚本が基づいた小説の著者ロバート・ブロックは、アルフレッド・ヒッチコックの『サイコ』を「隣にいる少年の恐怖」を具体化したものだと述べた。ブロックにとっての恐怖とは、殺人者が「あなたの隣に座っている人かもしれない」ということにあった。ブロックは、殺人者であり死体愛好家でもあることが判明した一見普通にみえるウィスコンシン州の孤独な男性エド・ゲインに関する新聞報道にインスピレーションを得て本を書いた(ヒッチコックは映画の結末をサプライズにするためにその本を何冊も買い占めたと言われている)。「ウィスコンシンの墓荒し」と呼ばれたエド・ゲインは死者の皮膚から装飾品や衣類を作った人物で、下らない『ディレンジド』から一時代を画した『悪魔のいけにえ』やオスカーを受賞した『羊たちの沈黙』にいたるまでのショッキングなフィクション映画の遺産の数々にインスピレーションを与えた。しかし、ごく普通に見える怪物に対する現代的な恐怖を最も完璧に抽出したのは、『サイコ』で母親に対する妄想に取りつかれた社会的不適合者のアンソニー・パーキンスだった。「僕の名前はノーマン・ベイツ。僕は普通の人間さ・・・」と1981年に英国のシンセ・コンボのランドスケープは歌ったが、これはパーキンスが生み出した役柄が初演から二十年経ってもまだポップ・カルチャーで名声を保っていたことを証明している。


 『サイコ』のシャワーのシーン――それは映画史中でおそらく最も名高い殺人のシーンである――の由来とパワーについてはいまだに激しい論争が続いている。デザイナーのソール・バスの準備的な絵コンテがあのシーンの一瞬一瞬をとても詳細に伝えているので、彼こそあのシーンの生みの親という名声をヒッチコックと分けあうべきだと主張する人がいる。また、バーナード・ハーマンの(かん高い無調の絃による)突き刺すような音楽こそが真のパンチを喰らわせていると言い張る人もいる。


 しかし『サイコ』を新聞の見出しになるほどのニュースにしたのはヒッチコックの観客をひきつける大胆不敵な興行家としての才能だった。あの忘れがたいほど気取った予告編――そこでヒッチコックは観客を「犯罪現場」に案内しシャワーカーテンを開けると叫び声を上げるヴェラ・マイルズが現われる――から、『サイコ』の上演が始まったら誰も映画館に入ることは許されないという大々的に宣伝されたルールに至るまでの興行家としての才能だった。「サイドドアや非常口や換気口から入り込もうとするどんな不正な試みも力づくで取り押さえられます」と、ロビーに置かれた(きびしい表情で腕時計を指さす)ヒッチコックの厚紙の切り抜きは告げていた。「もちろん、こんな普通でない方針の目的はすべて、皆さんが『サイコ』をより楽しんでいただくための手助けをするためなのです」。


 こうした神経質な売り込みの美学や掟破りの「トイレの水を流す」ショット(それはシャワーのシーンよりも物議を醸した)は、『サイコ』が、今日でも衰えることを知らない――あるいは腐敗するまでになっている?――残酷や異常を売り物にして金を稼ぐ手法のテンプレートを作ったことを意味している。『サイコ』は『ハロウィン』(ジャネット・リーの娘のジェイミー・リー・カーティスを主役にした)と『13日の金曜日』(母と息子の殺人の関係がこっそり逆になっている)に直接的なインスピレーションを与えたし、テレビ映画を含む一連の続編を生み出し、映画がすぐにビデオ化される時代にベイツの遺産を伝えることになった。



 その後、ガス・ヴァン・サントのいわゆるポストモダンなカラー版のリメイクから、ダグラス・ゴードンの混乱するほど祝祭的なインスタレーション(『サイコ』をカタツムリの歩みに合わせてスローにしただけの)『24時間のサイコ』にいたるまで、うならせるような芸術作品も登場した。ヒッチコックはそんなもったいぶることはしなかっただろう。彼は、普通の映画好きの観客を楽しませるために『サイコ』を素早く安上がりに制作したし(製作費はたった807,000ドルだった)、いつものTVクルーを使い、作品をシネマ・ベリテ風のニュース映像調にするために白黒で撮影した。マリオンの殺害後に排水口を流れる血は真っ赤だと言い張る人は多いが、想像力が茶色のチョコレート・シロップを赤く見せているのである。恐怖を与えてから半世紀経った今でも、『サイコ』のおかげで、シャワー室に入って安全だと感じることができる人はいないのである。
 
マーク・カーモード(Mark Kermode)












」(おわり)






コメント(0) 

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:[必須]
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。