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スタンレー・ミルグラムと悪の不確かさ(2) [海外メディア記事]

  ミルグラムの実験の今日的意義の説く記事の後半。その実験について今日の研究者がいかに否定的あるいは肯定的見解を抱いているかをコンパクトにまとめている。

  実験はミルグラムの著作で述べられたものよりヴァリエーションがあったというのは確かに発見ではあっただろうが、それほど重要ではないかな? 結局は、いまだに賛否両論が拮抗状態にあるということが判ったことが、この記事を読んだことの報酬だったか。およそ性善説か性悪説かに結論が出ないように、ミルグラムの評価にも決定打はないのかもしれない。




 
Stanley Milgram and the uncertainty of evil

By Christopher Shea
SEPTEMBER 29, 2013



http://www.bostonglobe.com/ideas/2013/09/28/stanley-milgram-and-uncertainty-evil/qUjame9xApiKc6evtgQRqN/story.html







 スタンレー・ミルグラムと悪の不確かさ

この心理学者による人間性についての有名な研究結果は、50年間、私たちに付きまとってきた。だが、私たちはそれを信頼できるのだろうか?




Subway-1.jpg

1975年マンハッタンの地下鉄駅の外に立つスタンレー・ミルグラム博士







(前項からの続き)


 ミルグラムの実験が印刷物として初めて世に出たのは、1963年10月、『ジャーナル・オブ・アブノーマル・ソーシャル・サイコロジー(Journal of Abnormal and Social Psychology)』においてだった。その論文が焦点を当てた実験は、電気ショックを受け人物が始めはそのショックを黙って受け入れるが、電圧が300ボルトに達するとドアをたたき、そして再び315ボルトでもドアをたたくが――それからは静かになるという実験だった。それでも、被験者の65%は電気ショックを最も高い電圧にまで上げ続けた。


 ミルグラムは、彼の研究が世間に与えるインパクトを意識して、実験の最後の数日の被験者数人を撮影していた。次いで彼はその映像を利用して、『服従(Obedience)』と題されたドキュメンタリー・フィルムを作った。



 『服従』の中心人物の一人であるフレッド・プロージは、さっきまで叫んでいた「生徒」が黙ってしまった後で、明らかに困った様子で、「彼が大丈夫かどうか見に行かないのか?」と悲しげに尋ねた。



 「始まってからは行けません」と実験者は述べる。「先生、続けてください」。プロージは続けるが、席を外し、紙を脇にどけて、頭を抱えてしまう。

 
 人々はこの実験にすぐ魅了されたが、批判も現われた。1964年6月、『アメリカン・サイコロジスト(American Psychologist)』誌で、ダイアナ・バウムリンド(Diana Baumrind)という心理学者がこの実験の倫理性を非難し、ミルグラムの被験者に対する「無関心の姿勢」を名指して、こんな仕組みで、現実世界で人々がどのように行動するかということに対する何らかの洞察が得られるのだろうかという疑問を呈した。実験後にミルグラムは被験者と手短にくだけた調子で会話を交わし、そこで被験者を帰す前に、致命的なショックは何も与えられなかったと真相を告げるのだが、それは被験者が経験した試練を和らげるのに十分だったのかと疑問を呈している。これは今日までこの実験に付きまとっている批判である。



 ミルグラムはそれ相応の名声を得たにもかかわらず、彼の研究は彼の学者としてのキャリアの足しにはあまりならなかった。彼は1962年にハーバード大学に移ったが、そこで準教授になることはできず、研究のためのフォローアップ資金を認められることもなかった。彼は1984年に死ぬまでニューヨーク市立大学で教鞭をとった。大きな話題になったこともあって、この研究が元来の形式で繰り返されることを禁ずるガイドラインを作成する大学もあった。(今日では、大学ベースの研究はすべてキャンパス内の制度化された審査委員会によって承認されなければならない。審査委員会は、被験者が我慢させられうる肉体的・精神的ストレス・テストに厳しい制限を課している。)




 先見の明のある人間の常としてミルグラムには擁護者がいた。彼の研究に対する関心が近年再び高まっているが、それは、対テロ戦争での拷問の使用やアブグレイブでの捕虜の虐待などの事件が拍車をかけたものだ。マイアミ大学の心理学の教授アーサー・G.ミラー(Arthur G. Miller)による『服従実験:社会科学における論争のケース・スタディ』やメリーランド大学の心理学者のトーマス・ブラス(Thomas Blass)による『世界に衝撃を与えた男:スタンレー・ミルグラムの生涯と遺産』などの書物は、ミルグラムが拘束状態にある人間の行動について意義深い問いを提起したという前提から出発している。


 
 ペリーの本が指摘していることだが、この研究はそれほどきっちり型にはまったものではなかった。人々の記憶に焼きついているのは最初に発表された研究論文や『服従』のシーンであるのだが、実はミルグラムは、強制の度合いを変えながら、2ダースほどの関連した実験を行っていたのである。ある実験では、「先生」役は「生徒」役の手を電気プレートに押しあてなければならなかった。別の実験では、実験者はショックを与える手順についての指図を出してから、部屋を出ていった。第三の実験では、二人の「実験者」がいて矛盾する助言を与えていた。(両方の実験者が部屋にいるとき、被験者は一人として最高レベルまで電圧を上げることはなかった。)



 半分以上の実験で、被験者の少なくとも60%は、最大電圧に達する前に、実験者の命令に服従することを止めた――この数字は、被験者がいかに従順であったかについての印象を変えることになるかもしれない。それでも、被験者が実際に誰かを傷つけていると思っていたかどうかについては疑問が残る。その4分の3は実験の仕組みを信じて疑わなかったとミルグラムは報告しているが、そこには「ちょっと疑わしい」と疑念を抱いた24%が含まれていた。



 こうした複雑な要因のある程度は、ミルグラム自身が1974年に出版した『権威への服従:実験による見解』で述べられていた。それ以外の要因もアーカイブから学者によって発掘された。ペリーは、自著で、ミルグラム・アーカイブで研究した別の研究者によっても触れられたもっと深い問題を提起した。それは、研究室でミルグラムが実際に行ったことは、彼が論文で報告したものとはかなり食い違っている、ということだ。例えば、今年の『ヒストリー・オブ・サイコロジー(History of Psychology)』に掲載された論文で、英国のヨーク・セントジョン大学で心理学の上級講師をしているスティーブン・ギブソン(Stephen Gibson)が述べていることだが、時に実験者は、突然黙り込んでしまった「生徒」役のことをチェックするために壁の裏側に行ってくれないかという被験者の要求に従うことがあった。それが起きたとき、実験者は戻って、生徒は大丈夫だと報告したそうだ。こうした重要な細部はミルグラムが書き上げた論文や著作では省略されてしまった。



  録音されたテープはまた、ミルグラムの実験者が時おり台本からはずれてしまって、それが研究結果の信頼性を全体的に低くしていることを示唆している。たとえば、ミルグラムは、実験で使うことのできる4つの明快な催促の言葉を挙げている。それは、「どうぞ続けてください」、「実験は、あなたが続けることを求めています」、「あなたが続けることが絶対に必要です」、「他に選択肢はありません、続けなければなりません」の四つである。この実験を述べるにあたって、ミルグラムは、(この点については曖昧だが)、ひとたび実験者がこの催促の言葉を言い終わってしまって、それも被験者がまだ尻込みしてるならば、そこであたかも実験は終了するかのような印象を与えていたのである。




 しかし、保管されたテープを聞いていたとき、ペリーは実験者が催促の言葉を繰り返したり新たな催促の言葉を導入したりして、「人を困らせ」ている様子を聞き取った。女性の被験者を対象とする一連の実験で、実験者は一人の女性に続けるよう26回も主張したし、別の被験者が怒ってショック・マシンの電源を切った後に、実験者が電源を入れ直し、第三者と口論になったこともあった。「[実験者が]どれほどその女性に研究室に留まるように強制したかを聞くと、状況はかなり悲惨だったことが判ります」とペリーは述べる。



 被験者の心痛は、ペリーの調査時の最大の関心事となったが、実験後の限られた話し合い――そこでこの実験の仕組みが明かされた――が、以前考えられていたよりもずっと部分的だったということを発見して、その関心はさらに高まった。ミルグラムは、被験者の84%が実験に参加できたことを喜んだし(1.3%は「遺憾」か「きわめて遺憾」で、それ以外は無関心だった)、誰に対しても「真相が告げられた」と報告した。しかし、総勢760人のうち600人に対しては、ショックは最初の説明ほどひどいものではなかったとだけ告げられ、ショック・マシーンがまったくの偽物であることは告げられなかった。ミルグラムは後に実験を詳しく説明した文書を郵送したが、それは実験からほぼ一年後のことだったし、手紙が届かなかったり、明らかに読むことができなかった人もいた。ペリーが突き止めた被験者のボブ・リーは、コネチカット・ポスト紙であの実験についての記事を読んだ1993年になって、ようやく自分が何を経験したのかを知った。彼はペリーに、こんな実験を行う人間は「くそ野郎」だと語り、未だに戸惑っているように見えた。「ともかく、あれは何だったんだ?」。(彼女は彼に部分的な答えしか教えなかった。)



 ニューヘブンでかつて信用組合の従業員だったビル・ミノルドのように、ミルグラムが意図した教訓を理解した被験者もいた。「ここに悪があるっていうことですね」と、彼は、自分自身を指さして言った。また、どの電圧で止めたか――ミルグラムに対する怒りと敬意の間で引き裂かれ――を思い出すことができず、強迫的にこの問題を心配し続けている被験者もいた、とペリーは報告している。別の被験者の息子は、この実験を母親の人生における「恐るべきエピソード」と呼んだ。



 後のテクストに登場したこの実験の手短かな記述は、「従順な」被験者のほとんどがいかに引き裂かれたような心境だったかを捉えそこなっている、とペリーは述べている。テープを聞きながら、彼女は「用心深く、苦悶しながら、知的にふるまう」人々の様子を聞き取れたが――、それでも、「彼らには、ナチスの強制収容所の看守と同じような口調で語りかけられた」。




***



 今日、ミルグラムの実験は計り知れないほどの価値があったと考える心理学者もいる一方で、無意味な苦しみを生み出しただけと思う心理学者もいる。その実験は、「科学者が一般の人々に何をさせることができるかについてある程度のことを、1961年と1962年の実験室で証明した」とペリーは否定的に述べた。



 ミルグラムの伝記の著者であるブラスは、ペリーと同じアーカイブの文書の多くを読んだが、実験者としてのミルグラムに対する感銘は変わらなかった。ブラスはペリーの本の活気を賞賛するが、「肯定・否定のどちらの方にも考え方をもって行けるとき」、ペリーは決まって「ミルグラムを非難するような方向にもって行くのです」とブラスは述べた。真相の報告が不完全だからミルグラムは批判されるべきなのか、それとも、多くの研究者が真相を告げなかった時代に、真相を打ち明けたことで賞賛されるべきなのか? とブラスは問いかける。…


 はっきりしている問題は、倫理的な標準が高まってきたために、社会科学のほとんどの発見とは違って、ミルグラムの発見は再現が根本的に不可能になったということである。しかし2009年に、サンタ・クララ大学の教授であるジェリー・M.バーガー(Jerry M. Burger)が再現してしまったのだ。彼は、大学の倫理委員会の承認を得られるように慎重に工夫したミルグラム的な研究の結果を発表した。被験者が感じる不安は慎重にスクリーニングされ、被験者が150ボルトのレバーを押し「生徒」役が抗議の声を一回発すると実験は終了したし、実験後には被験者の誰に対しても、真相が詳しく告げられた。その実験では、70%の人が最大の電圧までレバーを引っ張った。



 「ミルグラムの研究結果をどのように解釈するかについて意見の一致が見られないと言うことはまったく正しい」とバーガーは述べる。「彼は本当に服従を研究しているのだろうか? それは本当にホロコーストに関連しているのだろうか? 過去50年間にこの疑問について何冊もの本が書かれました。しかし、だからといって、この研究結果が信頼できないと言うことにはならないのです」。


 ミルグラムの研究について誰もが認める弱点は、なぜ人々があのように振舞うかについての確固とした理論を提供しなかったことである。ミルグラムは単に、被験者は行為の権利を権威的人物に譲ったと主張しただけだったのだが、これは研究室で生じている相互作用の複雑性にマッチしているようには見えない主張だ。セント・アンドリュース大学の心理学者であるスティーブン・D.ライカー(Stephen D. Reicher)は、最近の論文で、人々はミルグラムが主張したように受動的ではなく、きわめてあいまいな状況の中で、自らの行動が肯定的で好ましくなるような道を探し求めたと論じた。つまり、自分は真面目なイェール大学の実験に参加しているのだし、科学を前進させていると言い聞かせていた、というのだ。


 ペリーの見解もそれほど違ったものではない。「黒か白という単純な状況ではありません」と彼女は言う。「人々は曖昧さを解くカギを探していたし、実験者をアイビー・リーグの大学を代表する人として見ていました。イェール大学は誰かに害を与えたりはしないという信頼の念を多くの人が表明していました」。



 ミルグラムの方法の欠陥が何であれ、危害を与えよという圧力に人がどのように反応するかについてじれったくなるような未解決の問いをミルグラムが提起したことは明らかである。今の問題は、倫理基準が変わり厳格になった時代の中で、厄介な問題を探りながら――ミルグラムの研究がまだ投げかけている影響のもとで――ミルグラムの研究をいかにのり越えていけるかという問題である。バーガーは、有望な研究プロジェクトを構想している誰に対しても彼が作った21世紀のショック・マシンを提供すると公言してきた。しかし、これまでのところ、申し出る者は一人もいないそうだ。





」(おわり)





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