So-net無料ブログ作成
検索選択
ブログパーツ

ニーチェの弁神論 [雑感]

 世間一般の人と違って私は夏休みモードに突入している。ただし、自由な時間を利用して思う存分しているのは読書&原稿書きであるが。その成果の一部を以下に記しておこう。お読み頂ければ判るように、一種の覚え書きである。
 








 ニーチェの弁神論


 ニーチェといえば、あの「神は死んだ」という言葉や晩年のキリスト教批判があまりに有名なので多くの人が無神論者だと思っているようだが、必ずしもそう簡単に割り切ることはできない一面がある。このことは、初期の『悲劇の誕生』でニーチェが堂々と展開している「弁神論」の個所を読むならば、納得がいくはずだ。さっそくその箇所を見てみよう・・・と言いたいところだが、少しだけその前提となる点をいくつか見ておこう。


 「弁神論」とは、本来、いたる所に悪が存在するこの世界でいかにして神の存在(あるいは宗教の存在)を正当化できるかという問題設定である。つまり神の存在を肯定しながら悪の問題をどう説明するかという多分に倫理的な観点に立つ問題設定が「弁神論」であるのだが、ニーチェはそうした観点そのものを受け入れようとはしていない。世界が悪に満ちていることは言うまでもないことだ。だから、そういう意味では神も宗教も存在理由をもたない。これはニーチェにとって自明なことであった。だからニーチェには「弁神論」という考え自体縁遠いものだと言えるのだが、しかし他方で、「弁神論」の美的な解釈というものも可能であるというのがニーチェの偽らざる信念であった。『悲劇の誕生』はそうした解釈を提示する数少ない例の一つである。つまり、


 「美的現象としてのみ存在と世界は永遠に正当化される」(第5節)
 「存在と世界は美的現象としてのみ正当化された形で現象する」(第24節)



 『悲劇の誕生』が神や宗教に言及するさいにも、当然、この観点に立っていることは留意しておく必要がある。



 もう一つの大前提をあげるならば、『悲劇の誕生』の基調をなす「ペシミズム(悲観主義)」という世界観である。『悲劇の誕生』はショーペンハウアーの強い影響のもとに書かれたものであるが、ショーペンハウアーの「ペシミズム」がその全体の基調となっていることは、ニーチェ自身もはっきり認めている。しかし、その例証のためにニーチェが引用する古代ギリシアの伝説は、「ペシミズム」という言葉をもってしても言い当てられないほどの凄まじさを内包している。



 「 ミダス王はディオニュソスの従者であった賢いシレノスを長いあいだ森の中に追い求めたが、捕えることができなかった。しかし、王がついにシレノスを手中におさめたとき、王は、人間にとってもっとも善いこと、もっともすぐれたことは何であろうか、と問うた。

 この半獣はじっと身じろぎもせず口をつぐんでいた。だが、とうとう王に強いられて、けたたましい笑い声をあげ、突然こう述べた。

 「みじめな一日族よ、偶然と労苦の子よ、お前にとって聞かないほうが一番ためになることを、どうして私に言わせようとするのか? もっとも善いことは、お前にとって全く手の届かないものだ。つまり、生まれなかったこと、存在しないこと、無であることだ。しかし、お前にとって次に善いことはーーすぐに死ぬことだ」。・・・

 いまや、われわれの目の前に、オリンポスのいわば魔の山がその姿をあらわし、その根底を見せている。ギリシア人は、存在の驚愕と恐怖とを知っていたし、また感じていた。そもそも生存できるために、ギリシア人は、こうした凄まじい恐怖の相の前に、オリンポスの神々という輝かしい夢の産物を立てなければならなかったのだ」(第3節)




 
 「存在の驚愕と恐怖(die Schrecken und Entsetzlichkeiten des Daseins)」を古代ギリシア人は感じていた――プロメテウスの苦難やエディプス王の悲惨な末路や・・・、ギリシア悲劇の救いのない陰惨な出来事の多くを思い出していただきたい――がゆえに、それを打ち消すために「オリンポスの神々という輝かしい夢の産物を立て」た。このことが、「存在(Dasein)を美的現象として正当化」することに結びつくわけである。ここから、『悲劇の誕生』の「弁神論」は、以下のように導き出される。



「 生きるために、ギリシア人は、これらの神々を最も深い必要から創造(schaffen)しなければならなかった。・・・ 恐怖というティタン族の神々の秩序から、歓喜というオリンポスの神々の秩序が、ゆっくりした経過をたどりながらアポロ的な美の衝動を通して発展していった。それは、棘(とげ)のある藪の中からバラの花が咲き出るようなものだった。もしも存在(Dasein)がより高い栄光につつまれて神々のうちに示されていなかったとしたら、あれほど鋭い感受性のもち主で、あれほどはげしい欲求をもち、あれほど苦悩にたいして類ない能力をそなえていたあの民族は、どうして存在することを耐えることができただろうか? 芸術を人生の中へと呼びこむ衝動が…オリンポスの世界を成り立たせ、そこでギリシア人の「意志」は美化する(verklaeren)鏡をかかげたのである。こうして神々は、人間の生を身をもって生きることにより、人間の生を正当化する――これだけが満足のいく弁神論なのだ!  こうした神々の澄んだ陽の光のもとで存在することが、それ自体として追求するに値するものと感じられるのである」(第3節)


 

 これが『悲劇の誕生』のニーチェの「弁神論」である。「アポロン的」な神の正当化というべきであろう。おそらくこれより一層根本的な形の弁神論があって、それは「ディオニュソス」的な弁神論と呼ぶことができるかもしれない。しかし、アポロン的な弁神論であれディオニュソス的な弁神論であれ、ニーチェが古代ギリシア人の文化の根底に見て取った宗教(または芸術)の誕生は、おそらくは同じことに帰着するはずなのだが、話が複雑化するので今はこの点に立ち入らない。


 アポロン的な弁神論に戻ろう。まず大前提となるのは「存在の恐怖」である。しかし、生き延びるためにはその恐怖に直面せずにすむようにし、それを「美化」――あるいは「理想化」――しなくてはならない。 (“verklaeren”はやはり、どこかしらネガティヴな意味がこもるものとして理解すべきだろう)。この「美化」(あるいは「理想化」)は「創造」行為であるが、「創造」の別名は「幻想(Illusion)」である。“Illusion”は『悲劇の誕生』で頻出する言葉だが、それは「幻想」とも「錯覚」とも「妄想」とも訳せるかもしれない。いずれにしても、神を創造する“Illusion”は「生き延びるための戦略」から生ずるものである限り、ニーチェはそこにある程度の正当性を見出すのである。

(生の必要性に由来するならば、“Illusion”は正当なのだという信念は、多分、ニーチェの一環した信念だったはずだ。このことを単純化して、「生」が関係するならば、あらゆることは正当化できるのだとすれば、ニーチェが忌み嫌ったキリスト教も、「生」の必要性に由来するものであるとすれば、正当化できるのではないかと思われるのだが、どうだろう)。




 以上のことから、いくつかのことを雑感的に引き出してみよう。



1. ハンダードという精神医学の研究者が、妄想を肯定的に捉えて「生き延びるための進化的戦略としての妄想を形成する脳の能力」という論文を書いたことをこのブログで紹介したことがあったが(http://shin-nikki.blog.so-net.ne.jp/2009-09-29-1)、ニーチェの弁神論はこうした包括的な観点の中で捉え直す必要があると私には思われる。



2. 上で述べたことはアポロン的な世界観である。これをニーチェは(第一節で引用されているが)ショーペンハウアーの考え方から引き出したのだろう。参考のために、ニーチェにとってもっとも印象的だったショーペンハウアーの考え方の一節を掲げておこう。ショーペンハウアーは、人間がこの世界でどのような位置にあるかを、次のような比喩的な言い回しで語っていた。
 

 「四方はてしなく、山なす波が、猛りつつ起伏している荒れ狂った海上で、一艘(そう)の小舟にひとりの舟人がすわり、そのたよりない小舟に命を託している。それと同じように、苦悩の世界のまっただ中で、個体としての人間が安らかにすわっているのは、『個体化の原理』にささえられ、それに命を託しているからである」。




 この「個体化の原理」については詳しく解説することはできないが、簡単に説明してみると、この例にあるように、世界は大海のような絶えざる(ヘラクレイトス的な)流れであるわけだが、人間はその切れ目のない連続的な世界をあたかも非連続的な「個体」から成り立っているかのように捉える。そうした「幻想」によって世界を人間にとって御しやすいものとして捉えるわけである。「個体化の原理」の意義はそこにある。アポロン的な世界観はそうした幻想に立脚しているのである。


 しかし、それをあたかも否定するかのような別の原理がある。上の例からまた引き合いに出せば、それは、小舟を苦もなく飲み込んでしまうような海の破壊的・否定的な作用である。その作用そのものになることに「ディオニュソス的なもの」の原理があるのだが、この点にさらに深入りすることはできない。ただし、確かなことは「アポロン的なもの」も「ディオニュソス的なもの」も、やはり“Illusion”である点では変わりないということだ(第18節の冒頭部分を参照)。時として「アポロン的なもの」は表層的な錯覚であるのに対して、「ディオニュソス的なもの」はもっと根底的で真実に近いものという捉え方を見かけるが、そんな把握はありえない。いずれも「生き延びる戦略として妄想」のヴァリエーションなのである。いずれも「存在の恐怖」になす術もなく飲み込まれてしまうのを防ぐために、人間が自己と世界の間に掲げる幻想なのである。だから、どちらがより高次のものという捉え方はありえない。



3. ニーチェが他の個所で「弁神論」を試みているのかどうか私は知らない。おそらくないだろう。そういう意味で、『悲劇の誕生』の弁神論は「若気の至り」というか、初期の著作の未熟な部分にすぎないと評価する人もいるだろう(というか、それが通説かもしれない)。とくにワーグナーを神格化するような気持ちは、ニーチェ自身から急速に消え失せていったわけだから、確かに同書に成熟していない部分が多々あったことは否定できない。しかし、ワーグナーに関わる点をすべて度外視しても、『悲劇の誕生』には奇妙だが決定的な点が色々あるように思えてならない。たとえば、そこで語られる「(演劇のための)舞台」とは一種の「教会」なのではないかと思わせるような書き方があったりするし、マルチン・ルターの内にディオニュソスのドイツにおける生まれ変わりを見たりするような点に、ニーチェの内にある「宗教的な」体質(体臭?)を感じ取らないわけにはいかない。それは「若気の至り」では済まない根本的なものを蔵しているのではないだろうか?  



 かりに初期の著作にあるそうした「宗教的」な要素は、ニーチェの思索が深化するにつれて捨てられていったのだと考えてみよう。しかし、最晩年になってまたニーチェは『悲劇の誕生』の考え方に舞い戻っていったのではないかと考えたくなるような箇所がいくつもあることも確かなことだ。たとえば、ニーチェは自分自身をディオニュソスと同一視するようになっていったが、そのことが最も判りやすい例の一つである。それ以外にも、最晩年の「芸術」についての考え方は、『悲劇の誕生』のくり返しのように見えることがしばしばある。


 かつて『権力への意志』として出版された時の断章番号を使うと、断章822に見出される印象深い言葉、つまり「真理は醜い。われわれが芸術をもっているのは、真理ゆえに没落することがないためである」という簡潔で印象深い言葉に含まれる洞察は、『悲劇の誕生』と同じ目線に立つものだ。芸術がなければ、世界の一切は醜い。そこに価値あるものなど何一つ存在しないのだ・・・ここにはシレノスの英知と同じものがあるはずだ。やはりシレノスは正しかった。「もっとも善いことは…生まれなかったこと、存在しないこと、無であることだ。しかし、お前にとって次に善いことはーーすぐに死ぬことだ」。ショーペンハウアーに対するニーチェの評価は劇的に変化したかもしれないが、ニーチェの「ペシミズム」的な気質は根本的に保たれていたと私は思うのである。



 同断章853でも同じ趣旨のことが述べられていた。これは『悲劇の誕生』を回顧する文章であるが、『道徳の系譜』にあったとしてもおかしくはない文章である。

 
「われわれは、生きるために虚言を必要とする。…形而上学、道徳、宗教、科学――これらは『悲劇の誕生』では虚言のさまざまな形式として考慮されている。これらの虚言の助けをかりてわれわれは生を信ずることができるのである。「生は信頼を注ぎ込むべきである」と、このような課題が立てられるのであるが、これはとてつもない課題である。これを解決するためには、人間は本性上すでに虚言者でなくてはならない。人間は何にもまして芸術家でなくてはならない。…芸術だ、何よりも芸術だ! 芸術は生を可能にする偉大な手段であり、生への偉大な誘惑者であり、生の偉大な刺激剤である」。




 晩年のニーチェの宗教批判は、宗教(とくにキリスト教)が生に対して根本的に否定的であることに向けられたものだった。生は肯定されなければならないのだ。だが、それ以前に、生を可能にする虚言(芸術)を肯定しなければならないのではないだろうか? 


 ここには奇妙な点が多々ある。というのも、ニーチェ自身、「芸術」という「虚言」を排した「生そのもの」を肯定してはいないからだ。「生」が可能になるには芸術的な虚言が必要だ。そうした媒介のない生をどうして肯定できようか?  ニーチェの洞察はニーチェ自身にはね返えざるをえない。つまり、ニーチェが「生」に関して言うこともすべてある種の虚言にならざるをえないのは言うまでもない。では、なぜニーチェは宗教を批判できるのか? なぜキリスト教の虚言性を非難できるのか? という疑問を抑えることはできない。そもそも生そのものが虚言に支えられているとすれば、生に関する考え方について何かを批判したり間違いを指摘するということに一体どんな意味があるというのだろう?  


 (それとも虚言性を無邪気に否定しているという点でキリスト教は非難されるべきなのだろうか? では、虚言性(芸術性)を根底に置くディオニューソス的・ルター的(?)宗教であるならば、肯定されるべきなのだろうか? ニーチェが「超人」に言及するときに念頭に置いているのは、そうした宗教性だったのだろうか? おそらくそう解釈すべきなのかもしれないが、でもまあ、これはつまらない解釈だな)。



 詳しい点にまで立ち入ることは最早できないが、私としては、ニーチェが『悲劇の誕生』で示した「弁神論」をニーチェはのり越えることはなかったのではないかと思う。つまり、あの処女作でニーチェは、既に、行き着くところまで行ったのではないかと思うのだ。あの異常な深さに比較すれば、後にニーチェがやってみせたキリスト教批判などは、俗受けはするだろうがきわめて底の浅いものであるようにさえ映るのである。


 問題は、あの弁神論から更に何かを引き出せるかということである。ニーチェが晩年の草稿で立ち返っていたのはその点であると思われる。しかし、晩年のニーチェはあの弁神論を追認することしかしなかった。「虚言」という言葉を狂犬のように投げつけることしかしなかった。宗教は虚言だらけだが、そもそも虚言抜きに生は可能ではない。とすれば、どこに真実があるのか? おそらく、それは、他の虚言よりも真実らしく見えると見なされる虚言にすぎないだろう。
 
 だが、こういう形で言葉をもて遊んでいるとき、すでに「虚」と「実」の区別は失われている。それは、つまり、「虚言」という言葉を使う根拠すら崩しているのである。そしてその議論全体の信憑性を無に帰する効果しかもたないのである。

 
 かくして、すべてが振出しに戻る。私には、まるで、あの弁神論でニーチェはすでに限界地点に達していて、そこから一歩たりとも進まなかったように思えるのである。








」(おわり)



コメント(0) 
共通テーマ:ニュース

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:[必須]
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。