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海を描いた絵画ベスト10 [海外メディア記事]

 イギリス『ガーディアン』紙の日曜版『オブザーバー』紙の目玉企画となりつつある「ベスト10」もの。その最新作は「海を描いた絵画ベスト10」。選定は美術批評家のLaura Cumming。(その中のいくつかは解説付きで)紹介することにしよう。

 セルミンスには目を奪われるが、フリードリヒとケンセットのとても同じ対象を描いたとは思えない対照性も興味深い。
 
 ちなみに、ターナーのニックネームの「司令官パギー・ブース」の「パギー・ブース」とは飲み屋のこと。ターナーは周囲の人間との接触を極力避けて暮らしていたので、ターナーが何をしている人間か誰も知らなかったという。街の人は、勝手に推測して、「退役した艦隊の司令官」とか「飲み屋のオヤジ」と呼んでいたようだ。





The 10 best sea pictures

Laura Cumming
The Observer, Saturday 13 July 2013 16.00 BST


http://www.guardian.co.uk/culture/gallery/2013/jul/13/10-best-sea-pictures








海を描いた絵画ベスト10



 ダ・ヴィンチが想像して描いたイタリアの海岸線からターナーの抽象的な絵画まで――『オブザーバー』紙の美術批評家のローラ・カニングがお気に入りの海景を選んだ



・ 「海岸の鳥瞰図(Bird’s Eye View of the Sea Coast)」  レオナルド・ダ・ヴィンチ(C1515)


海は地球の表面のほぼ4分の3を占めているが、飛行機時代以前のほとんどの画家は、海が地球の広大な範囲に広がっている様子を描こうとは考えなかった。レオナルドは、他の多くの点でもそうだったように、パイオニアだった。この絵で彼は、イタリアの沖合の海が、曲線状の入り江にぴったり収まり、青のカーペットのように陸地に接している様子を想像している。この想像図は、ある意味では地図だが、ある意味ではレリーフである――陸地も山並みで波打っているのだ――が、主眼としては、海に覆われた世界が上空高くからどのように見えるかのビジョンを提供したものだ。

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・ 「オーシャン(Ocean)」 ヴィヤ・ セルミンス(Vija Celmins) (2005)


ラトビア出身でアメリカ人画家のヴィヤ・ セルミンスは、大海の一瞬の様子を大きな鉛筆画で捉え、数フィートの波立つ海面を精緻に描く点描画に仕上げた。彼女は海面上にいて、深海の上を漂っているかのようだ。曇りの日は単色になり、休むことのない不規則な動きがほとんど無限の色調となって現れる大海にとって、鉛筆は打ってつけの手段であることが判る。セルミンスの描画はその得がたい細部においてほとんど写真のように見えるが、測り知れない謎の陰影をもつ月面の光景のように地上のものとは思えないように感じられる。

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・  「海辺の僧侶(The Monk by the Sea)」 カスパー・ダーヴィト・フリードリヒ(Caspar David Friedrich)(1808~1810)


陸・水・空:これら三つの自然力が三すくみの形で対峙している、根本的に抽象的な絵だ。しかし、水平の線は、陸地の端に一人で立っている小さな直立の姿の僧侶によってバランスを保たれている。僧侶の前には黒い大海が計り知れないほど彼方まで続き、慰めとなる絵画的な境界線もない深淵のように広がっている。ドイツ・ロマン派のカスパー・ダーヴィト・フリードリヒは、鉛色の雲の上にわずかな青空が広がることにわずかな希望しかもたないまま、暗闇の海の畏怖させるような光景に取りかかって2年過ごした。僧侶は、希望に反する二つの罪、つまり勝手な思い込みと絶望という二つの罪の中間に立っている。これは信仰の海なのである。

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・ 「ニースのアンジュ湾(Baie des Anges, Nice)」  ラウル・デュフィ(Raoul Dufy) (1927)

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・ 「大波(The Great Wave)」  北斎(c1831)


北斎の驚くべき作品は、大きな紺碧の波が盛り上がり、遠くにそびえる小さな富士山に爪で掴みかかろうとしている様子を描いている。波が海面を打ちつける前の一瞬に、この不死の山は凍りついてしまったかのようだ。うねる波と格闘する三艘の船が、まるで絵画の隠れん坊遊びのように、部分的に見てとることができ、飛散する波しぶきが。富士に降り積もる雪ともなっている。北斎は、西洋からプルシアン・ブルーという新たな色を獲得し、そのお返しに根本的に新しいアイデアを提示した――つまり、つまらない中景を埋めることなく、前景と後景を劇的に並置できるというアイディアを提示したのだった。

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 「ウェスト・ポイント、プラウツ・ネック(West Point, Prout’s Neck)」 ウィンスロー・ホーマー(Winslow Homer)(1900)

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・ 「サンセット(Sunset)」 ジョン・ケンセット(John Kensett) (c1872)


光を追及した19世紀の画家ジョン・フレデリック・ケンセットの芸術において、海はこの上なく静かだ。嵐が過ぎ去り、海面が落ち着き、係留用の杭が広大な水平線上できらめく中、点描された雲が明るさを増す。ここで海は太陽の最後の光線を映す鏡となっており、夏の夕暮れの暖かさの中で、オパール色の海に波紋が広がっている。これはケンセットの最後の絵の一枚で、彼が暮らし大西洋の海岸を描いたロング・アイランドで描かれた。哀愁を漂わせているが、絶対的に安らぎに満ちている。海が広がっていく先には純粋な光の世界があるのだ。

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 「ライル・サンズ(Rhyl Sands)」 デイヴィッド・コックス(David Cox)  (c 1854)

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・  「砕ける波(Waves Breaking)」 クロード・モネ(Claude Monet) (1881)

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・ 「海の嵐(Storm at Sea)」  JMW ターナー(JMW Turner)  (c 1820-1830)


偉大な船乗りとも言えるJMW ターナーは、千点を超える海景を描いた。彼は、海のたえず変わりつづける印象を一点ごとの作品で描こうとした。このすばやく描かれた見事な習作では、空気と水が回転する渦となる中で波と空が出会い、溶け合って一体となっている。「何もないし、たぶん何も描いていない絵」。それがヘイズリットの辛辣な批評だった。現代の批評家はこれを逆に見て、ターナーは抽象絵画のパイオニアになった。海とは、動きと色彩と光の完璧な抽象以外の何ものであろうか? ターナーが暮らしていたチェルシーでは、ターナーの街中でのニックネームは――推測された職業にちなんで――「司令官パギー・ブース(Admiral Puggy Booth)」だった。

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」(おわり)














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