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沖縄で日本と決別する話題が真剣味を帯びる [海外メディア記事]

 久しぶりに『ニューヨーク・タイムズ』東京支局長のマーチン・ファクラー氏の記事を紹介する。


 何となく小耳にはさんだことがあった話題だが、『ニューヨーク・タイムズ』の記者が取材に訪れるにまでなっているとは知らなかった。沖縄の独立の問題はまだまったく萌芽的な状態であるようだが、これから深刻な問題となる意義を秘めているかもしれない。

 基地移設が進展しないまま時間だけが過ぎていくという現状に業を煮やして立ち上がる人間がいる一方で、そういう人に対して「中国の手先」という在特会並みの粗暴な言葉を投げつける新聞社(どこの新聞社?)があるという状況は、いまの日本が置かれている退廃的な状況を象徴的に示しているように思えてならない。





In Okinawa, Talk of Break From Japan Turns Serious

By MARTIN FACKLER
Published: July 5, 2013

http://www.nytimes.com/2013/07/06/world/asia/in-okinawa-talk-of-break-from-japan-turns-serious.html?pagewanted=all








沖縄で日本と決別する話題が真剣味を帯びる




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琉球独立党の党首の屋良朝助。「独立は機が熟したアイディアです」






那覇・日本――露店が切断された豚の頭や絹の着物の反物を並べる活気ある市場の隅にある窓のない部屋で、最近までほとんどの人があえて真剣に考えようとしなかったある政治的なアイディア――琉球諸島の日本からの政治的独立を宣言するというアイディア――について学ぶために沖縄の人々が集まっていた。


 
  年代がまちまちのほぼ20人ほどの人々が聞き入る中、話し手は、沖縄が均質的な日本の固有の一部であるという公式見解を疑問視し、その代わりに、沖縄人は日本人とは異なる民族集団であって、一度は独立していたその島々は1879年に日本によって強制的に占拠されたのだという私見を述べた。その後で、気分を軽くするために、主催者は『さよなら、日本!』を見せてくれた。独自の小さな共和国になる架空の沖縄の島についてのコメディだ。


 「いままで、独立を話題にしたら笑われましたよ」と一人の話し手は語った。彼は、引退したジャーナリストのコブン・ヒガ(71)で、小さな独立運動の歴史について彼が書いた本は、いまオンライン上で話題の一冊となっている。「でも、独立が、米軍基地から解放される唯一の現実的な方法なのかもしれません」。



 ヒガ氏も別の支持者も、実際に沖縄のために独立を模索している島民はほとんどいないことを認めている。(沖縄は日本の最南端の群島で、140万の住民と日本を拠点にしている5万人の米軍兵士と海兵隊員の半分以上が暮らしている)。しかし、米軍の耐え難い駐留に不満を募らせ、沖縄が米軍の削減を訴えても中央政府が無視し続けていることことがますます明らかになるにつれて、ますます多くの島民は、地元の政治家や学者がこの数十年見たことがないような仕方で、日本から決別するというアイディアを公然と喜んで口にするようになった。



 5月には、沖縄の大学教授が率いる新たなグループが独立についてのシンポジウムを開き、250人もの人が集まった。平和的手段によって日本からの分離を提唱しているある小さな政​​党は、数十年の休眠状態を経て息を吹き返した。もっとも、その候補者たちは最近の選挙では票が伸びなかったが。最近、沖縄選出のある国会議員は、自分のブログで、「沖縄、ついにヤマトから独立へ」と題した記事を投稿するまでにいたった。ヤマトとは日本本土を指す沖縄の言葉である。


 「以前だと、独立というのはお酒を飲みながら議論するものだったのですけどね」と語るのは、以前の沖縄県知事の太田昌秀。彼は独立運動のメンバーではない。



 「今は、それがもっとずっと真剣に受け取られています」。



 独立の運動はまだ始まったばかりで、積極的な支持者はせいぜい数百人にとどまっている。しかし、太田氏や他の人々は、この運動が、この地域の影響力をめぐって日本が中国と繰り広げている争いを複雑化する可能性を秘めていると言う。



 その争いは最近拡大し、日本による沖縄の支配を疑問視する中国の半公式的なキャンペーンらしきものもそこに含まれるようになった。一部のアナリストは、このキャンペーンを、ここ数カ月の間に国際面の見出しをにぎわした尖閣列島をめぐる論争における中国の立場を強化するための策略と見なしている。中国の学者の中には、19世紀後半の日本の帝国主義的膨張政策の時に併合された島々(沖縄やそれよりも小さな島々)の所有権の正統性について、日本国内でも意見の相違があると言うために、この独立運動を利用するように呼びかける者もいる。



 
 沖縄は、島の熱帯性の気候や活気に満ちた音楽文化や低い平均所得という相違点があるために、沖縄以外の日本とは異なっているように見えていたしそう感じられてきた。戦略的に東アジアの中心部に位置し、かつて琉球王国という名前だった沖縄諸島は、その併合以降、第二次世界大戦中の日本軍による沖縄の民間人の強制自殺や戦後押し付けられた米軍基地を含め、日本とともに苦痛に満ちた歴史を味わってきた。



 長年、沖縄は、米軍基地に対する怒りの多くを合衆国に向けていた。しかし、4年前、当時の日本の首相の鳩山由紀夫が、騒々しい普天間の海兵隊基地を――以前の政府が承認したように、本島のもっと人口の少ない場所に移設するのではなく――県外に移設するという選挙公約を破ったとき、その事態は変わった。その後、沖縄県民の多くは、怒りの多くを沖縄以外の日本に向け換えるようになった。沖縄以外の日本は、中国の高まる勢力を殺ぐために、米軍の駐留は望んでいるが、犯罪や騒音や事故に対する恐れから基地の負担をもっと肩がわりしたいとは思っていないからだ。



 地元の首長や学者によると、沖縄県民が前に公然と独立のことを話題にしたのは、合衆国が1972年に沖縄の戦後の占領を終える前にアメリカの支配に対して時として激しい不安があった時期だったという。


 「沖縄人は植民地支配の主人をワシントンから東京に換えただけだったという感覚が高まっています」と語るのはシナコ・オヤカワ(32)。彼女は琉球大学の博士課程に在学している学生で、琉球の民族的アイデンティティーの研究を進めるグループである「Okinawan Studies 107 (オキスタ107)」の共同創始者である。


 このような不満が広がっているために、琉球の島民は日本人とは異なる民族集団を形成しているという考え方を促進しようとするこうしたグループが増えていくのだ。それにまた、昨年オープンし沖縄の言語や文化に関する授業を提供する個人経営の学校である琉球ホールのような場が生み出されるのだ。



 最近のとある週末、1945年の米軍の沖縄侵攻の生存者が琉球語で話をするのを聞くために、約30人が、小さくて質素な内装の2階建ての建物のその学校に集まった。



 「私たちのアイデンティティーを取り戻すことが、独立を取り戻すための第一歩です」。普天間空軍基地のある宜野湾にあるその学校の共同設立者であるミドリ・テルヤ(41)はそう言った。




 独立の話題はすっかり広まったので、東京でもその話題は耳に入るようになり、東京の保守的な新聞の中には、沖縄の独立を求める活動家たちを中国の「手先」と呼び始めるところも出た。



 活動家たちが手先であるかどうかはともかく、独立の運動を利用することについては中国でも議論があることは確かである。最近、中国の国営新聞である『環球時報(Global Times)』紙の社説は、「琉球諸島の独立の回復を求める勢力を沖縄に増やすことによって」中国は日本に圧力をかけることができると書いた。


 
 中国が沖縄の所有権を得ようとしていると考える人はほとんどいない。しかし、日本のアナリストたちは、この非公式のキャンペーンを、日本では尖閣諸島、中国では釣魚島という名前の群島を取り戻そうとして中国がくりだす諸々の試みの最新の戦略と見なしている。つまりこれは、本質的には、日本が中国の主張を無視すれば、中国はその主張をこれらの島々を超えて展開することになるだろうという警告なのである。




 「もし中国政府がこの問題を利用しようとするならば、それは私たちにとっても厄介な問題となるでしょうね」。そう語るのは、5月に独立に関するシンポジウムを開催するのに尽力したマサキ・トモチ沖縄国際大学教授。


 トモチ氏や他の活動家たちは、かつて沖縄が独立したとき、琉球人は中国に支配されることをほとんど恐れなかった、なぜなら琉球人は、日本に支配される前の数世紀間にわたって、中国とは友好関係を保っていたのだから、と語った。




 トモチ氏のグループは、パラオのような太平洋の島嶼国が、どうすれば将来の琉球共和国のモデルとなりうるかの研究を紹介するために2回目のシンポジウムを予定している。そこでの課題は、独立運動が直面する大きな難題とトモチ氏が見なすものを克服しようとすること――日本的な生活水準に満足しているように見える沖縄人を説き伏せること――なのである。



 「今、独立が話題になってますが、どれほど現実的なんでしょう?」と、沖縄国際大学で経済学を専攻しているヨシナオ・ヒヤネ(22)は問いかけた。「僕らの世代は日本人として育ったわけですからね」。



 市場での映画上映会で、独立の支持者たちは、琉球共和国のカラーコピーされた「通貨」を配ることによって、自分たちのアイデアが空想以上のものであることに説得力をもたせようとした。彼らは、党首の屋良朝助が共和国の国旗と呼ぶ三つの星のある青い旗の前に立った。



 「最近、日本国民と琉球国民の利害は明らかに離れてしまいました」と琉球独立党の党首である屋良氏(61)は述べた。「独立は機が熟したアイディアです」。







」(おわり)









コメント(1) 
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HIYANE

はじめまして。
この独立の記事で、当時マーティンさんから取材を受けた大学生の比屋根と申します。
この記事を取り上げていただき、しかも訳をあげていただきましてありがとうございます。
記事の中で、私という人物は、独立否定派のような印象で受け取られるかも知れません。
「世代が日本人として育ったわけですから」「独立はリアリティがあるか?」というまとめ方で、私のコメントととしたところには、このときのマーティン氏の希望もあるように感じます。また私を独立賛成派(クリアする条件は多々ありますがそれがクリアされれば独立した方がよいと「強く」思っている派)と描かなかったことで、まだ若かった私を誹謗中傷から守ったというとこにつながるかも知れません。
独立や基地やいわゆる琉球処分など、多くの日本人は、沖縄で起きていることは沖縄問題や過去のことだと思っているようです。しかし本当は歴史問題であり、現実の問題であり、日本問題、国際問題だと思います。
これらについて、多くの日本人側の意見や、日本人にとって気持ちいいことを言う人などが特に求められているように感じます。問題を直視せずにすむ方法は、沖縄で起きていることを日本の都合のいいように否定することが重要であり、それが沖縄人であるというところが重要なんだなとつくづく思います。そして沖縄人も考えなくてすみますし。あんまり深刻な話はついてきません。この島で生まれ先祖代々脈々と受け継がれる生活様式の中で育ち、日本人として教育されたはずなのに日本人として違和感を感じる自分は何人なんだろーと、当時の自分なりに悩みや問いをマーティンさんへ頑張ってしゃべったのに、伝わってなくて残念です。。。
by HIYANE (2016-10-06 22:16) 

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