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人間の進化における宗教、パート7 [海外メディア記事]

 ロバート・ベラーの書物についてのエッセイの第七回目。

 エジプトで一時的に試みられた一神教のシステム(もっとも、それが一神教と言えるかどうかは結構怪しいようだ)。それが本格化したのは、バビロン捕囚であえいでいたイスラエルの僧侶たちの間だった。捕囚以前のイスラエルは、周囲の異民族と同様に、多神教だったし、最高神エルには配偶者(アシェラ)もいた。神々の集団は、地上の王族の構成を反映したものであり、家族的な構成をとっていた。

 それが、捕囚による民族の消滅に対する危機感をバネにして、民族のアイデンティティを意図的に強化し民族の一体感を醸成する手段として、イスラエルの僧侶たちは伝承された神話の再構成に取りかかり、一神教という不自然なシステムによって自分たちの歴史を創りかえるにいたった。こうした捉え方は、旧約聖書学の専門家のコンセンサスになっていると言っていいと思うが、ベラーもそれを踏まえているようだ。




Religion in Human Evolution, part 7: Moses and monotheism


Andrew Brown
guardian.co.uk, Sunday 26 August 2012 09.00 BST

http://www.guardian.co.uk/commentisfree/belief/2012/aug/26/religion-human-evolution-moses-monotheism






 人間の進化における宗教、パート7:モーセと一神教


 モーセは歴史上の人物としてではなく、人々が王ではなく神の下で生きるようになった新たな体制の憲章として見られるべきだ




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 ベラーは、モーゼ五書を、捕囚下にあったイスラエルを規定するようになった一神教を正当化するために古い神話を組み換える試みだったと主張する






 おそらく一神教の最も根本的な刷新は、宗教に真実がありうるという考え方である。儀式は真実に関する問いを提起したりはしない。その行為が意味なのであって、その行為が間違った仕方で行われることはあっても、その行為が偽になることはない。同様に、初期の神話はグルーチョ・マルクスの原則に似ている。それが好きになれなければ、他のものがあるさ、という原則である。ベラーは次のように述べる。


 「ある神話的な文化を変える方法は、違う物語りを、普通はちょっとだけ違う物語りを語ることであるが、それは先行する物語りの否定をまったく伴わない。例えばデビッド・ヒュームが述べたように、一神教よりも多神教の方が「寛容」であることはよく知られているが、それは今日のわれわれが理解するような寛容という道徳的美徳ではなく、神話的文化の構造そのものの一部なのである。神話や、神話がその行動を語る神々の中には、他のものよりも中心的なものがあるだろうが、真偽の問題が生じることはない。神話とは「真ではないお話」とする考え方そのものが枢軸時代の産物である。部族的で古代的社会では、ある神話を信じている人であっても、別の神話を偽であると見なす必要性はないのである」。


 だから、アクエンアテン(アメンホテプ4世)の一神教の実験が、彼の死後50年足らずで完全に忘れ去られ、もし彼の墓が2500年以上たって発掘されていなかったならば、永久に知られずにいただろうことは必ずしも驚くべきことではない。アクエンアテンはエジプト人の思考の構造に大きな傷をつけた(その傷はすぐに癒えてしまったが)。ある意味で、アクエンアテンのやり方は全体主義的だった。彼が崇拝していた唯一の神はまだ部分的にファラオと同一視されていたからだ。一神教のこの形式は、とてつもない新たな権力の集中だった――神話的な多神教では、つねに、別の(王と同一視されない)神々のもとに逃げ込むことができたからだ。


 それから1000年が経ちその実験が繰り返された。それが復活したのは、権力の絶頂にあったエジプトではなく、イスラエルという部族、大帝国に挟まれて悲惨で打ちひしがれていた国民、国家としては完全に消滅したこともあったイスラエルにおいてだった。


 古代のイスラエルは一神教ではなかった。旧約聖書は信頼できる歴史的な記録ではないし、ユダヤ人の思考の発展ですら信頼のおける形で記録したわけではない。「ヘブライ語聖書の中で最も中心的な人物を一人挙げろと言われれば、それはモーセになるが、モーセはアガメムノンやアエネアスと同様に、歴史上の人物ではなかった」とベラーは言う。もっともモーセという名前は疑いなくエジプト的なので、「出エジプト」という観念には何らかの信憑性があるのではないかと考えられているが。「メレンプタ王の戦勝碑が語るように、紀元前13世紀の終りにパレスチナ北部の高地の国にイスラエルと呼ばれる民がいたとしても、それは取るに足らない意義しかなかった」。



 ベラーは続いて、ユダヤ・キリスト教の歴史の創設神話のほとんどすべてを真に受け取ることはせず、それどころか、ユダヤ人が矛盾のない独自性のある宗教的歴史をもっていたという主張すら真に受けなかった。ヤハウェはイスラエルの元来の神ではなく、エドムからやって来た新参の神なのだというのである。イスラエルの元来の神はエル(EL)だった――これはイスラエルという名前からも明らかである(「イスラエル(Isra-el)」とは「エルが支配する」の意味――訳者註)。もしこの民族名が「ヤハウェが支配する(Yahweh rules)」を意味していたならば、それは「イスラ・ヤフ(Isra-yahu)」となっていたはずだったからだ。しかも、エルは唯一の神ですらなく、多くの神々や精霊や先祖を表わす総称的な名前であったとも考えられるのである。おそらく、ヤコブがヤボクの浅瀬で格闘した生き物は神ではなかったし、天使でもなく、われわれが原始的な社会で見てきたように、「強大な存在」だった、とベラーは述べる。



 ある神話では、エル神は彼の妻である女神アシェラを介してヤハウェを生んだ。われわれが再構築することができる限り、エル神についてのあらゆる神話は、エル神を、別の多くの部族神と争う一柱の(あるいは幾柱かの)部族神として描いている。元来、このことはヤハウェイにも当てはまることだった。


 この歴史については、ほんのかすかな痕跡しかモーセ五書には見出されない。聖書の最初の5書は、世界の創造からモーセに至るまでのはるか彼方の過去を扱っているが、それは、聖書の歴史書の中では最も新しく編纂された部分であった。ベラーは、モーセ五書を、バビロン捕囚の下にあって編纂された文書集であると見なしている。その時期は、モーセ五書が描こうと称している出来事の少なくとも600年後のことだった。それらは、捕囚下のイスラエルを規定するにいたった一神教を正当化するために古い神話を組み換える試みだった。その中で、モーセは唯一の神に語りかけることができる唯一の人間になるのである――モーセには、法の源泉にして保証人として、もう死んでしまったという計り知れない利点があった。彼の言葉は不死だが、その解釈者は生きた人間でなければならないのだ。


 心理学と社会学、理性と感情を見事に結びつける手腕を示すある個所で、ベラーはこの変貌の重要性を強調する。


 「もしわれわれがモーセの物語りを歴史の描写としてではなく、新しい種類の人間、王のもとにある人間ではなく、神のもとにある人間の憲章として理解するならば・・・、われわれはモーセを一種の「過渡期のもの」として、王制の体制しか知らない民が王を放棄して、それに代わる体制はどのようになるかを理解し始める一つのあり方として理解してもよいだろう。






」(つづく)
















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