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人間の進化における宗教、パート6 [海外メディア記事]

 ロバート・ベラーの書物についてのエッセイの第六回目。

 メソポタミアからエジプトにいたり、一神教がエジプトに萌すまでのプロセスを描く。

 ベラーは、正義の感覚の高まり→死後の裁き→一神教というプロセスをたどって「枢軸時代」に辿りつこうとしているようだ。そういう全体の方向性が、今回の個所で、ようやく明らかになってきた。

 まあ考えてみれば、「枢軸時代」(世界中で普遍的な倫理意識を唱える大宗教が出現する時代)を到達点として設定したそもそもの最初から、こうした方向に収束するのだろうなという予測はついていたが、しかし、ちょっと当たり前すぎるというか、詰まらない持って行き方のようにも感じられないこともない。この点についてはいずれまた。
 



Religion in Human Evolution, part 6: justice and the afterlife


Andrew Brown
guardian.co.uk, Monday 20 August 2012 08.30 BST

http://www.guardian.co.uk/commentisfree/belief/2012/aug/20/religion-human-evolution-justice-afterlife






人間の進化における宗教、パート6:正義と来世



エジプトにおいて死後の裁きという考え方が登場する。目に見える世界を超えたところにある正義というものを構想する第一歩なのだ



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エジプトにおいてようやくわれわれは死後の裁きという考え方に行きつく。魂は吟味され、地上での行いに応じて、先に進めたり進めなかったりする。





 ポリネシアには専制君主の宗教があった。徐々に、そうした宗教は正義の宗教を求める探求によって穏健なものになり始める。王は、初めて正義の存在であると主張するようになるが、それは、そうする方が自分の優越性の一部として理解されるからだ。それ以降、王は自分の権力相応しいように正義に基づく身の処し方をすべきであると思われるようになる。さらに根本的なレベルでは、神または神々は、正義を保護し分配する存在であるべきだと思われるようになる。こうした展開は不可避なものというわけではない。正義は、例えばアステカの政治においては、大きな問題だったとは思えないからだ。しかし、正義はエジプトと古代イスラエルで擡頭するようになる。


 ロバート・ベラーの著作の最も驚くべき部分のいくつかは、それがキリスト教徒であると公言している人によって著されたものでありながら、旧約聖書の倫理的方向性が、それをとりまく文化の政治や社会にいかに深く組み込まれていたかを示している点にある。ノアの箱舟の神話が姿を変えて中近東のいたる所に見い出されるものであることをわれわれは知っている。しかしイスラエルの物語りにとってもっと根本的であるのは、契約という観念である。イスラエルという国の歴史は、神との契約という観点から理解されるようになった――それはアッシリアの奴隷契約の思想と言語から出たものだったようだ。旧約聖書の神が血に飢えた専制君主に見える人々は、その神がアッシリアに由来していることを感じているのだろう。


 しかし、少し先走ってしまった(ので、話を元に戻そう)。


 正義に対する待望が最初に書かれた記録は、メソポタミアの神殿文明と、特に、ハムラビ法典に由来する。この法典は、判決や先例をまとめたものだった。しかし、そこにある誇大宣伝の意義は永遠に残るかもしれない。ハムラビは次のように書いた、あるいは次のように書かせた。「私は正義の笏をもって平和をもたらす良き羊飼いだ。私の慈悲深い陰は私の都市を覆った。私はわが懐にシュメール人とアッカド人を連れてきた。私を対象とした神の御加護のゆえに、彼らは繁栄した」。 これは、今でも衰えていない自己の誇大視のスタイルだ。『ヴァニティー・フェアー』誌の人物紹介には多少ともつきものだが、もっと純粋な形でそれが見られるのは、健康や資産についてのカリスマ的な伝道師の宣伝文句だろう。


 これらすべての場合に、この世の権力と富との明らかに逆らい難い組み合わせが見てとれる。しかし、そもそもの最初からそれに抵抗するような動きはあった。自分の不運は自分の罪だと誰もが信じていたわけではない。バビロニアからの証拠は、多くの人がそう信じていたことを示しているが。『人間の進化における宗教』でロバート・ベラーは次のように書いている。


 「膨大な数の厄払いの文書や懺悔の歌から、正義はしばしば過去の中に探し求められたことをわれわれは知っている」。


 そして正義を探し求めても見つからないことがしばしばあった。後に現われる有神論のルーツには、無神論的な神学的な議論、しかも最も強力で最も生産的な神学的な議論がある。ベラーは、バビロニアの神義論として知られている匿名の文書を引用している。


 「神を求めない人々は繁栄の道を歩むが、女神に祈りを捧げる人々は窮乏し貧者となる・・・自分にとって良いと思われるものは、神の前では犯罪だ。自分の心にとって悪いと思われるものは、神の前では良いものとなる」。



  ベラーの著作は、ここでエジプトに向かい、そこで二つの新しい考え方が登場する。第一の考え方は死後の裁きという概念だ。これは、われわれが知る限り、それ以前のいかなる宗教にも全くなかったものだ。たとえばメソポタミアでは、ギルガメッシュの国家創設の神話は、死は征服できないことを知るヒーローを扱っている。死後についての漠然とした観念はあったが、報酬や罰はなかったし、しかもそれはとてもどんよりしたものだった。


 エジプトにおいてようやくわれわれは死後の裁きという考え方に行きつく。魂は吟味され、地上での行いに応じて、先に進めたり進めなかったりする。これは、権力の鉄の定めに亀裂を入れるために利用できるもう一つ別の手段となった。正義が重きをなす来世を想像することは、目に見える世界を超えたところにある正義というものを構想する最初で、不可欠の一歩だった。


 自分の行く末を想像して神話に踏み込んでいくというこのプロセスは、遊びから哲学に移行する上での重要な段階である。エジプト文明が死の観念を拒絶した――少なくとも支配層にとっての死を拒絶した――異常な力の入れようは、ピラミッド――ヘロドトスの言い方を借りると、「時間を怖がらせた」建物――の圧倒的な外観に表われているだけではなく、ピラミッド内部に描かれ像として刻まれた感覚的な細部や鮮やかさの内にも表われていた。もちろん儀式的行為や、政治的な言明もあった。しかし、ピラミッドのどこかに置かれれば、子供でも確信するだろう。もしゲームが現実のものになるとすれば、現実とはゲームがやがてなる姿のことなのだと。


 そしてエジプトでも、一神教の考え方が登場する――すぐに抹殺されることになるのだが。





」(つづく)



















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