So-net無料ブログ作成
検索選択
ブログパーツ

人間の進化における宗教、パート5 [海外メディア記事]

 ロバート・ベラーの書物についてのエッセイの第五回目。

  メソポタミアあたりになると、神が崇拝の対象として前面に出てくるが、それは現実の社会で権力の階層的上下関係が厳密化した動向を反映したものなのだろう。

  ちなみに最後に出てくるデイビッド・スローン・ウィルソンは、ドーキンスが先鞭をつけた従来の進化論の主流が「個体」に定位していたのに対して、「集団」を基本的単位として自然選択を考えようと試みて、現代の進化論の潮流を変えたと言っていいた理論家の一人。
 
  そうした生物学的な見解に敬意を表しつつも、集団的な適応は宗教の一つの側面にすぎないので、ベラーは(あるいは、ブラウンは)は進化論の理論には大した期待を示していないようだ。たぶん正しい選択と言えるだろう。
   



Religion in Human Evolution, part 5: group cohesion and identity


Andrew Brown
guardian.co.uk, Monday 13 August 2012 10.30 BST

http://www.guardian.co.uk/commentisfree/belief/2012/aug/13/religion-human-evolution-group-identity






 人間の進化における宗教、パート5:集団の結束力とアイデンティティ


最初の社会は、宗教的な観念を中心に組織的に形成されたが、宗教は単なる「集団性」への適応以上のものだった



Buddhist-monks-pray-while-008.jpg

 タイのワット・プラ・タンマガーイ寺院で世界平和を祈念する仏教の僧侶たち。





「多くの建築家たちが読む雑誌は この地を
 見つけられうる限りの最悪の街の中心部に挙げていた
 しかし、人の心の変わることのない傾向をこれほど
 見事に反映している場所を どうしてけなすのだろう?」


 キングズリー・エイミス(Kingsley Amis)のこの警句は――これはポースコール(Porthcawl)の街について述べたものだ――、宗教についてのかつての私の考え方でもあった。つまりそれは、われわれの本性のもっとも醜くて望ましくない側面が表に現われたものだが、それから逃れられるとすれば自己欺瞞という代償を払うしかない、と私は考えていた。


 今から考えてみると、われわれは皆、潜在的に、教会総会(General Synod)の一員であると思い込むことは原罪という教義の特に陰気な捉え方である。喜ばしいことに、私はもうこんなことは信じていない。


 ロバート・ベラーは宗教を、とても深いところにある創造性と想像力の源泉につながっているものとして論じている。それは、われわれがそれなしでは、文字通り、生きていけない思考様式から生じるものなのだ。もっとも、そう考えたところで、特定の宗教の信者に慰めとなるわけではない。神話と儀式とメタファーは、本当に忌まわしい社会体制が上手くいくために欠かせない部分である。


 ベラーは、新しい秩序を基礎づけるものとしての人身御供について次のように述べている。


 「最もよくある形式は家臣犠牲(retainer sacrifice)と呼ばれるもので、妻や家臣が、時には大量に、死んだ王とともに埋葬される犠牲である。・・・しかし、ほとんどの場合、葬式以外の儀式で人間が犠牲にされることは珍しいことではなかった。古代中国の商王朝、マヤ、インカ、ヨルバ族などでそうだったし、そしてもっとも大々的だったアズテック族では、数千人の戦争捕虜がスペインの征服直前までテノチティトランの大寺院で犠牲に供されたのだった」。



 これはたんに思慮のない残酷さと野蛮さの記録なのではない。人身御供は、儀式化された有意義な残虐行為なのである。これは、階層的上下関係をもっとも厳格にドラマ化したものなのである。



 だから、神の僕(しもべ)たちの権力が増大するにつれて、神々も強大になっていくのは驚くべきことではない。メソポタミアでは、最初の都市が紀元前3200年ごろに登場した。こうした都市は、動物が肉以外の目的でも利用されるようになった農業の第二の局面――動物は鋤や荷車をひいたり、牛乳や羊毛を提供するようになっていた――の上に築き上げられた社会の中心だった。紀元前2500年ごろ、メソポタミアの都市ウルクには、5万もの住民がいた。それはペルシャ戦争時のアテネよりも多かったし、ハドリアヌス帝のローマに匹敵する。群を抜いて大きかった建物は寺院だった。


 「神々への奉仕」――それは要求が厳しく困難だったが、喜ばしくやりがいのあるものだった――が、メソポタミアでの生活の中心にあった。大きな寺院に陣取る神や女神(や、その係累や家臣たち)に奉仕するために経済の一大セクターが組織化された。神や女神を描く像はすべて衣食満ち足り、宝石で飾られなければならなかったし、祭りのときには、通りをパレードし近隣の寺院まで船で運ばれたりした。


 ほぼ5000年前から、こうした儀式は巨大な人形遊びのような様相を呈してくる。しかし、そもそも宗教を純粋にまたは本質的に何物かとして見ることが間違っているように、宗教を純粋にまたは本質的に子供っぽいものとして見ることは間違っているのだ。


 メソポタミアの社会が宗教的な観念や行動を中心に組織されていたのは明らかだが、しかしそこから、宗教とは集団形成と淘汰の事柄にすぎない(あるいは「本質的に」集団形成と淘汰の事柄だ)という結論を導き出すことはできない。これは進化論の理論家であるデイビッド・スローン・ウィルソン(David Sloan Wilson)の考え方である。それはドーキンスよりはましだが、それ以上のことは言うことができるすべてのことだ。


 スローン・ウィルソンが正しいと仮定し、われわれが生物学者だとすれば、宗教は「集団選択」への適応だと考えることが最良の理解となるのかもしれない。しかし、だから何だというのか? 



 ベラーがもっとも上手く明らかにしたことの一つは、違った仕方で「集団選択」を行なって成功をおさめた集団が実に多種多様あるということだ。スローン・ウィルソンは、カルバンのジュネーブが宗教的実践と組織化の極致であるように思っている。しかし、カルバンのジュネーブは、われわれの知る限り、それと同じくらい宗教的である諸々の社会によって倒されたり拒否されたりしたのだ。


 
 ウイルソンは正しいし、宗教的な関心事は集団の結束とアイデンティティに絶対あると私は思っている。しかし、それが宗教のすべてではない。ベラーは、儀式や宗教が遊びやB-認知(B-cognition)に心理的起源をもつことを、はっきり示した。



 いずれにせよ、「集団選択」説の大きな科学的弱点は、それがさほどの予測力がないことである。どんな集団が生み出されようとしているのかが特定化されないならば、集団選択を一つのカテゴリとして考えてもあまり役には立たない。キリスト教は、さまざまな時代や場所で、瞑想的な修道女の教団や、孤独な隠者たちや、戦闘的な教団を産み出してきた。無神論的な宗教と考えられる仏教もそうである。これらすべての人々や隠者でさえも、社会が一体となる仕方の一部であると述べることは、研究の終りではなく、始まりなのである。




」(つづく)















コメント(0) 

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:[必須]
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

Facebook コメント