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双極性障害に苦しんだある女性の半生(5) [海外メディア記事]

 双極性障害に苦しんだリンダ・ローガンの半生の記録の五回目。

 治癒の途上を歩みながら創造的行為や社会的活動を始めながら、双極性障害の総括に乗り出すにいたった軌跡が語られる。途中で紹介される「障害がお前から奪い取ったものを見てはいけない、障害がお前に与えたものを見つけようとするんだ」という父親の言葉が印象深い。


 ちなみに途中に出てくる「ターン・ページャー(turn-pager)」とは「ワクワクしてページをめくってしまいたくなるほど面白い本」という意味らしい。本の宣伝文で使われる言い回しのようで、日本的に言えば「一度読み始めると止められなくなる本」という感じだろうか。それを筆者の子どもは本の題名と勘違いしたのだろう。



The Problem With How We Treat Bipolar Disorder

By LINDA LOGAN
Published: April 26, 2013

http://www.nytimes.com/2013/04/28/magazine/the-problem-with-how-we-treat-bipolar-disorder.html?pagewanted=5&_r=3&src=me






双極性障害治療の問題


(Page 5 of 6)


 
  1995年ごろ、私は小さな変化を感じ始めた。薬は変わりなかった。依然として父の主治医に診てもらっていた。家族や夫からのサポートに変わりなかった。夫は、かつて私が一日許可をもらって帰宅したとき、家に通じる私道沿いにパンジー――それは私の好きな花だった――を植えさせた人だ。彼が作ってくれた繭のように私を保護してくれる家は、時間と共に、私の自己が再び成長することを可能にしてくれた。私は自分の自己が満たされていくのを感じることができた。



 次第に、私は母親としての役目をもっと果たすことができるようになった。宿題を手伝ったり、ピアノのレッスン送り向けをしたり、学校で最悪のライス・クリスピー・トリーツを作ったり。以前からの家政婦は、まだ大きな助けになっていたが、一次的養育者というよりもまさかの時のセーフティ・ネットになっていた。私が好きだったことの一つは、子供を乗せて運転しながら、オールディーズの歌に合わせて一人で歌ったり、「太陽は地上に落下するの?」とか「最初の車はどこにあるの?」とか「なぜターン・ページャーという名前の本があるの?」といった子供たちの質問に答えることだった。私は家族の誰かやその時々で仲良くなった人と昼食をとった。自信が容易に私の自己に戻って来るようになったので、私は家の近くにある拒食症の財団でボランティアの活動を始めた。私は自分の机の端に石を並べた。書くことは容易になり、言葉の鍵は解除されていった。ある日私は下の二人の子どもとベランダにいて、子どもたちがクレヨンで落書きをしていたとき、私は "pain(痛み)"という文字を書きつけた。何げなく、私はクレヨンを拾いあげて、その単語の末尾に“t”という字を追加した(paint)。30分後、私たちは画材店に行き、ブラシと絵具のチューブとキャンバスを買った。私たちは、自宅の使っていない4階のフロアをキャンバスだらけのスタジオに変えてしまった。情熱が戻り、それと一緒に、創造性も戻ってきたのだ。



 約8年前のある日、双極性障害は、私に最初から配られた手札なのではないかという思いが私の脳裏をよぎった。ボストンから引っ越すときに父が私に言ったことを私は思い出した。「障害がお前から奪い取ったものを見てはいけない、障害がお前に与えたものを見つけようとするんだ」。私は、あるメンタル・ヘルスの組織の地方支部の家族教育の授業で話し始めるようになった。私は講演ではペーパーを配った。話す機会が増えれば増えるほど、私の経験の衝撃度は薄れ、悲しくなくなり、苦しみも少なくなり、それにどういうわけか、個人的でないように思われるようになったからだ。




  自分は何者であるかの感覚にダメージを与える精神疾患に苦しんでいる患者を治療するときに、自己がめったに言及されないのはなぜかについて、長年にわたって私は臨床医と話し合った。どちらかといえば、精神医学は、自己が議論の対象になりうるモデルから遠ざかっているように見える。多くの精神科医にとって、精神障害は薬で治療されるべき医療問題であり、患者の自己が危機に瀕していることは、精神薬理学者との15分間のセッションで話題にあがることはあまりありそうにもないことなのだ。


  ニューヨークにあるジョン・ジェイ・カレッジの刑事司法学部の心理学の助教授のフィリップ・ヤノス(Philip Yanos)は、自己の感覚が精神疾患によってどのように影響を受けるかを研究している。彼が私に語ってくれたところによると、彼の研究が助成金の審査にかけられたとき、最初は懐疑のまなざしで見られたそうだ。彼が「病気下のアイデンティティー」と呼ぶものは、一部の患者では精神障害と過剰に一体化するものとして現われるのだが、そんなものは、患者が経験する認知障害や自殺念慮のような他の重大な症状に比べるとあまり重要ではないトピックスだと考える人もいた。


 「患者」から「人格」へと自分のアイデンティティを形成し直すには時間が必要だとヤノスは私に語った。私にとって、患者から人格に移行することはそれほど困難​​ではなかった。自分がパスタではないと理解してしまえば、私の人格性の一部は復元したからだ。しかし、自分の自己を再構築するにはもっと時間がかかった。


 カリフォルニア大学デ​​ービス校の精神科医であるエイミー・バーンホースト(Amy Barnhorst)がその理由の一つとして私に語ってくれたことだが、躁状態や軽躁状態を経験した人は独特の難問に直面するようなのだ。「躁状態や軽躁状態はとても恐ろしいものになることがありますが、その時に現われてくる諸々の自己の部分部分は、とても現実的なもので」、そのために患者が「それらの振る舞いを、慣れ親しんだ自己と調和させることが」難しくなるのです、と彼女は語った。躁状態や軽躁状態では、病んだ自己に全く説明責任はないのである。多くの説明をしたり、時として謝罪をすべきなのは、病状が改善したときの自己なのである。





」(つづく)














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