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双極性障害に苦しんだある女性の半生(2)  [海外メディア記事]

 双極性障害に苦しんだリンダ・ローガンの半生の記録の二回目。入院してから受けた治療のあり方を、少なからぬ違和感を込めながら書いている。ローガンとしては、自分の「自己」が消えていくことに対する不安が大きかったのに、それに誰も関心を払わないことが大いなる違和感の原因だったようだ。
 
 文中に出てくる「サンディ・ダンカン」については、アメリカのwikiのページを見ると、何となく判るのではないだろうか。 http://en.wikipedia.org/wiki/Sandy_Duncan



The Problem With How We Treat Bipolar Disorder

By LINDA LOGAN
Published: April 26, 2013

http://www.nytimes.com/2013/04/28/magazine/the-problem-with-how-we-treat-bipolar-disorder.html?pagewanted=2&_r=0&src=me





双極性障害治療の問題

(Page 2 of 6)



 私の後ろで精神科の病棟のドアがロックされた瞬間、私は妻という身分、母親という身分、教師にして作家という身分を奪われ、患者・部屋番号・診断名に変えられた。私は許可なく冷蔵庫を開けることはできなかった。自殺しないように監視されていたときは、トイレに行くのにも許可が必要だった。寝る時間も起床の時間も、食事の時間もグループ・ワークに行く時間も、すべてが指定されていた。私の日課は、自宅では子供たちに密着した形で進んで行ったが、今や配膳用のエレベーターから病棟に毎日3回運ばれる食品トレーのカタカタいう音を中心に回っていった。夫と子供たちとは約1,000マイルも離れてしまった私は、恒星から切り離された惑星のようだった。子供たちの匂いや、私が電話をかけているときに子供たちが私の足にまとわりついてくる仕草が懐かしかった。私は息子の掛け布団を病院のベッドにもってきていた。息子が片足を布団から放り出して、パジャマから小さな足がはみ出ている様子を思い起こした。


 子供たちが訪れたとき、私は、たとえ30分であっても、母親としての自己を取り戻さなければならなかった。せめて母親の真似をしているように見えたらいいなと願いながら、私はシャワー室に自分を引きずっていき、きれいなスウェット・パンツと洗いたてのTシャツを身にまとい、唇に口紅を走らせた。


 私の医師は、私の最初の入院を新規まき直しのいわゆる洗い出しの期間として、つまり、私がそれまで服用していた薬を止めさせ、数種類の薬をいくつかの違う組み合わせのもとで服用させる期間として利用した。同時に多くの薬を服用することには嫌な予感があった。私はプロザックによってまったく新しい――もっと幸福で、軽快で、楽天的な――個性が与えられた人がいるという記事を読んだことがあったからだ。「私をどんな人間に変えるつもりなの? 」と私は医師に尋ねた。


 「誰にも変えたりはしませんよ」と彼は言った。「あなたはあなた自身になるだけです。もう少し幸せなあなた自身にね」。


 「私にはもう自己なんてないとさえ思っているのに」。


 「あなたの自己がいずれ見つかりますよ」。


 私は警戒していた。「私をサンディ・ダンカンにしないでね」。


  障害の症状によって自己に与えられる損傷はどれほどで、それを治療するために用いられる薬によって与えられる損傷はどれほどだろうか? 奇妙なことに、向精神薬は不安、緊張、判断力低下、躁病、軽躁、幻覚、離人症の感覚、精神病や自殺念慮を誘発することがあるが、しかもそうした症状の治療に用いられているときにそうした症状を誘発することがあるのである。入院の前は、私の毎日の気分は悪い状態(bad)ともっと悪い状態(worse)までの間を行ったり来たりしていたが、それでも各々の状態は、奥深い感情を伴っていた。私に与えられた最初の薬はアミトリプチリン(エラビル)だったが、それは私の絶望を軽減する過程で、それ以外のすべての感情を鈍化させた。私はもはや何も感じなかった。衛星放送のテレビから低俗なチャンネルに切り替わるようなものだった。


 私の気分を好転させる薬もあったが、以前は快活だった私の心をグニャグニャにしてしまう薬―― 特に気分安定薬――もあった。それを服用するととてもボーとしてしまうので、私の脳がよだれを垂らすことができたとすれば、あれがその状態だっただろうと思われるほどだった。単語は呼び出しづらくなり時間がかかった。創造力を司る脳のすべての部分に対するドアが閉まってしまったかのようだった。思考の明晰さと記憶力と集中力がすべて私から去っていった。私はゆっくり消滅しつつあった。


 私は消えつつある自己について医師と話し合おうとしたが、医師はこの点について語るべきことをあまり持っていなかった。その代わりに、医師たちは、私がアイ・コンタクトができるかどうか、どのくらいの表情を顔に浮かべることができるかに関心を集中させた。彼らは私のリチウムとコルチゾールのレベルをモニターした。彼らは私の頭のMRIを撮影した。私は心電図検査を受け、フル・スペクトルの照明にさらされ、睡眠剥奪療法のため一晩中寝るのを許されなかった。看護師は所見を書き留めた。アート・セラピーでの走り書きが検査対象になった。すべてが詳しく検査された――ただし、私の自己が変わってしまったこと、その喪失についての私の経験だけは検査されなかった。


 私が現在かかっている精神科医であるラッシュ大学医療センターのウィリアム・シェフトナーによれば、急性の精神障害をもつ患者を治療する場合、それは典型的な治療なのだそうだ。メンタル・ヘルスのもっとも危機的な状態のときの第一の目標は症状の軽減である。それは、患者の睡眠パターンや食欲や薬に対する反応のモニタリングを意味する――患者が現在何者なのか、そしてこれから何者になるのかといった哲学的問いを気にする時ではないのだ。「自己についての問題はそこにはありませんよ」と彼は私に言った。「だって、関心の対象は、実際に病状が改善しているかどうかにあるわけだから」。



」(つづく)















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