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ある人類学者の戦争の物語り [海外メディア記事]

 『ニューヨーク・タイムズ』に載った人類学者のナポレオン・A.シャグノンの新著『高貴な野蛮人(Noble Savages)』の書評を紹介する。


 私の関心を引いたのはいくつかある。カトリックの政治性という点も面白いが、やはり一番興味をそそったのは「自然状態(state of nature)」における人間のあり方だった。このホッブス以来の問題に人類学者がどう答えるかの実例がここにあったからである。

 
 シャグノンが見出したのは部族間の「絶えざる争い」だった。やはりホッブスは正しかったのか? しかし争いの理由はホッブスの想定とは全然別のところにあったようだ。ヤノマミ族の人間の言葉が下で紹介されているが、これはとても印象的だ。「女! 女! 女! 女! 女だよ!」。 

 

 もちろん、ヤノマミ族の社会構造から、自然状態=戦争状態とただちに結論づけることはできない。これはあくまで一例であって、リチャード・ソーレンセン(Richard Sorensen)がヒマラヤの深い谷やオセアニア諸島で発見したように、攻撃性とは全く無縁の部族が存在していることも知られている(http://shin-nikki.blog.so-net.ne.jp/2009-05-01)。こうしたルソー的な人間観を裏打ちするような例と、ホッブス・シャグノン的な人間観とはどう折り合うのだろうか? 人間のメンタリティーや社会構造は周囲の環境に左右されるにすぎないものなのか?それとも一定の公分母があるのだろうか? 
 






An Anthropologist’s War Stories

By NICHOLAS WADE Published: February 18, 2013

http://www.nytimes.com/2013/02/19/science/napoleon-chagnons-war-stories-in-the-amazon-and-at-home.html?ref=science






ある人類学者の戦争の物語り


 
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                  「高貴な野蛮人」


狩猟採集的な群れからもっと複雑な定住社会に移行したときのわれわれの祖先はいったいどのようだったのか? この問いの答えにもっとも肉薄したのは、ベネズエラとブラジルに住むヤノマミ族(Yanomamö)を35年間にもわたって研究した人類学者ナポレオン・A.シャグノン(Napoleon A. Chagnon)だったかもしれない。




 彼の新著『高貴な野蛮人(Noble Savages)』は3つのテーマをもっている。それはまず、シャグノン博士が、まったく異質な文化と環境の中で、戦闘行為に明け暮れる村々やジャングルで彼の後をつけ回すジャガーに囲まれながら、いかに生きのびる術をえていったかを美しく描いた冒険物語りである。第二にそれは、ヤノマミ族の社会が実際にどのように動いているかというジグソー・パズルのピースを博士が徐々につなぎ合わせていった様子を記述したものである。第三にそれは、彼のアメリカ人類学会に対する悪戦苦闘ぶりを物語っている。


 人類学者によって研究されたほとんどの部族は、西側の影響の下で自分たちの文化や社会構造の多くを失ってしまった。しかし、シャグノン博士が最初にヤノマミ族を訪れた1960年代、ヤノマミ族はまだ自然状態にある人間に可能な限り近い状態だった。彼らの戦争は植民を進める支配者によって抑圧されていなかった。ヤノマミ族は、彼らの言語が他の言語とほとんど、あるいはまったく関連性をもたなくなってしまうほど長い間、アマゾンの他の部族から孤立していた。250の村に住む約25万人から成るヤノマミ族は、プランテーンを栽培したり野生の動物を狩猟しながら、絶え間なく互いの部族を襲撃し合っていた。


 人類学を専攻する前はエンジニアとしての教育を受けていたので、シャグノン博士はヤノマミ族がいかに機能しているかのメカニズムに興味を抱いた。彼には親族がもろもろの社会を結びつける接着剤の働きをしていると思えたので、ヤノマミ族の精密な家系図を作り始めた(‘Yanomamö’はしばしば‘Yanomani’と綴られる)。



 家系図作りは数年もかかったが、それは、死者の名前を口にすることへのヤノマミ族のタブーのせいでもあった。完成すると、その家系図はヤノマミ族の社会の多くの重要な特徴を解き明かす鍵を握っていることが判った。シャグノン博士の発見の一つは、戦闘で人を殺した戦士は殺さなかった男性に比べて3倍も多くの子供の親になれる、ということだった。



 それを報告する彼の論文は1988年に『サイエンス』誌に掲載されたが(http://www.sciencemag.org/content/239/4843/985.abstract)、それは、人間の自然状態は戦争ではなく平和だと信じていた当時の人類学者の間に嵐のような反響を引き起こした。シャグノン博士のヤノマミ族の戦争の記述はとても具合の悪いものだった。攻撃性は報われ受け継がれることもあると彼は言っているように見えたからだ。



 彼の本の中で繰り返されるテーマは、彼の経験的な発見と別の人類学者のイデオロギーの衝突である。人類学の理論の一般的傾向はマルクス主義に大きく依存している、とシャグノン博士は書いている。彼の研究者仲間たちの主張によれば、ヤノマミ族は物質的な所有物をめぐって争っていたのだが、シャグノン博士の信念によれば、争いはもっと根本的なものをめぐるものだった――それは、成熟した若い女性を誰が手に入れるかということをめぐるものだったというのがシャグノンの信念だった。


 彼の見解では、人間社会を理解させてくれる最も有望な理論は進化論と社会生物学であって、マルクス主義ではなかった。その考え方からすれば、ヤノマミ族の中の闘いは、(そしておそらくヤノマミ族と同じ歴史の段階にいたあらゆる人類の社会の闘いは)、生殖のアドバンテージを求める闘いだったと考えることは完全に筋が通ることだ、と彼は書いている。


 男性が連携するのは、女性へのアクセスを得るためだ。一部の男性は多くの妻をもつことができ、妻をシェアしたり独身でいなければならない男性がでてくるため、女性がとても希少なものとなってしまう。ヤノマミ族が絶えず互いの部族を襲撃し合うのはそういう理由からなのだ。



 女性をめぐる襲撃は、もっと複雑な問題を生み出す。戦争をサポートするために必要な社会的結束を維持するという問題である。村が分裂する大きな原因は女性をめぐる争いだ。しかし、小さな村は大きな隣村に対して身を守ることができない。そこで、親族のつながりを通して村を大きくしかつ結束力も保つためにもっとも効果的な戦略は、二つの男性系統の集団が結婚でいとこを交換することだ。これこそまさにヤノマミ族が行なっている一般的システムであることをシャグノン博士は見出したのだ。


 どうして村々が次々と小さい敵対的なグループに分裂するのかについて、現地のインフォーマントの一人であるシャーマンのデデヘイウィにしつこく質問したところ、相手は切れてシャグノン博士はきびしい非難を浴びた。「そんなバカバカしい質問はするな! 女! 女! 女! 女! 女だよ! 」。



 ヤノマミ族の中に入って研究している間、シャグノン博士は、ヤノマミ地域に大きな影響を及ぼしていたカトリックの伝道集団であるサレジオ会の人々ともめることがあった。サレジオ会の人々は、カヌーや徒歩で遠く離れたヤノマミ村に遠征せずに、ヤノマミの人々を自分たちの伝道地の近くに移住させようとしたが、移住すると、彼らがほとんどあるいはまったく免疫をもっていない西欧の病気に彼らはさらされることになった、とシャグノン博士は書いている。彼はまた、サレジオ会がヤノマミ族の人々に銃を与えることにも反対した。部族の人々は、狩猟のためだけでなく互いに撃ち殺すために銃を使ったからである。



 作家のパトリック・ティアニー(Patrick Tierney )が『エルドラドの闇(Darkness in El Dorado)』(2000年)を出版して、シャグノン博士と高名な医療遺伝学者のジェームズ・V.ニール(James V. Neel)が1968年にヤノマミ族の間に意図的にはしかを流行らせたといって非難したとき、サレジオ会とシャグノン博士の学問上の敵たちは、シャグノンに批判的な勢力を結集する絶好の機会だと思った。



 こうした非難に基づいて、シャグノン博士の学問上の批判者のうちの二人が彼をナチスの医師ジョセフ・メンゲレに喩えて、アメリカ人類学会に告発した。人類学会が立ち上げた委員会は、はしかを流行らせた嫌疑についてはシロとしたが、それでも敵対心は消えず、ヤノマミ族の利益を損ねたといって彼を非難した。



 2005年、人類学会のメンバーによる投票は、2対1の票差で、委員会の報告書の受理を取り消した。しかし、一度受けたダメージは取り消せなかった。ブラジルにいるシャグノン博士の敵対者たちは、博士がさらに調査旅行をすることを阻むことができた。ヤノマミ族についての彼の研究の最後の数年間は混乱したものだった。


 2010年、アメリカ人類学会は投票により、その長期的なミッション計画から「科学」という語を削除し、それに代えて「一般の理解」に焦点を当てることにした。人類学会が科学を毛嫌いしシャグノン博士を攻撃したことはこの学会の記録の消えることのない一部となったのである。



 他方、シャグノン博士の遺産は、自然状態で暮らしていた最後の生き残りの部族に対する深い洞察を彼が得ることができたことだ。『高貴な野蛮人』は、文明との接触をもたなかった人間社会の複雑な働きを解明するために、あるエンジニアが35年もの歳月をかけた努力を証言する素晴らしい著作である。




」(おわり)


















コメント(1) 
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もうつ

内容もさることながら、感傷にも無骨にも流れない成熟した文章に感心しました。
by もうつ (2013-02-25 21:53) 

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