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愛は短命 (1) [海外メディア記事]

 愛は短命ということは、(たぶん)誰もが知っていることだと思うが、それをわざわざ科学的に追跡調査したり実証しようとしている科学者が少なからずいるらしい。そのことに触れたレポートを『ニューヨーク・タイムズ』紙より。筆者の SONJA LYUBOMIRSKYは、最近、幸福をテーマにした本を出したカリフォルニア大学の心理学の教授。

 こういうテーマは、誰もが気になるのだろう、ありふれた内容に思えるのだが、同紙で数日間「もっともよく読まれた記事」のトップに君臨していた。

 原文は2ページにわたっているので、2回に分けて紹介する。






New Love: A Short Shelf Life


SONJA LYUBOMIRSKY
Published: December 1, 2012

http://www.nytimes.com/2012/12/02/opinion/sunday/new-love-a-short-shelf-life.html?_r=0







新たな愛:短い寿命 (1)


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おとぎ話では、結婚はずっと幸せに続く。しかし、科学は、結婚生活の喜びはほんのわずかしか続かない、と私たちに教えてくれるのだ。



 結婚し15年結婚生活を続けた1761人をアメリカとヨーロッパの研究者が追跡調査した。結果は明らかだった。新婚カップルが抱く大きな幸福感は、平均して、わずか2年しか続かない。その後、格別の喜びは薄れ、少なくとも幸福の観点から見るならば、振出しに戻ってしまうのだ。2003年に行われた研究のこの調査結果は、最近のいくつかの研究によっても確証された。


  家族がいろいろな形で集まるホリデー・シーズンにとって良いニュースもあって、それは、新婚カップルが2年目のスランプをのりこえて長つづき――もう20~30年間――するならば、そのカップルは、子どもたちが巣立つ18年から20年後に、ハネムーンの時のワクワクした感じを取り戻すことがあるかもしれない、ということだ。そのとき、子供が巣立ってがらんとした巣の自由の中で、彼らはもう一度お互いを――そして、しばしば結婚当初のあの幸せを――発見できるようになるかもしれない。



 愛が新しいうち、私たちは、渋滞に巻き込まれたり歯を磨いているときでも大きな幸福を体験するという稀な能力を手に入れる。私たちは、研究者が情熱的な愛(passionate love)と呼んでいる状態に、強烈な憧れや欲望を抱き引きつけられる状態に陥っている。時とともに、この愛は友愛(companionate love)に、つまり、情熱の度合いは減るが、深い愛情と結びつきの混ざり合った愛に変わっていく。その理由は、100以上もの研究が示すように、人間には快楽に順応する傾向(hednic adaptation)がある、つまり、ほとんどの生活の変化に慣れて麻痺してしまう多大の能力が生まれつき備わっているからなのである。



 詩人やポップスの作詞家には申し訳ないが、新しい愛は、新しい仕事や新しい家や新しいコートや、喜びや幸福を与えてくれるその他の新品とほとんど同様に、快楽への順応の影響を受けるものだ。(概して、新しいものを手に入れるスリル感の方が色あせるのは速いが)。


 ポジティヴな経験が含まれるとき、快楽への順応はとても起こりやすい。これは残酷な言い方だが、本当なのだ。私たちは――心理的にも生理的にも――ポジティヴな経験を当然のことと見なす傾向がある。美しい部屋に引っ越しする。素晴らしいパートナーと結婚する。仕事でトップに上りつめる。何とスリリングなことだろう!  しかし、それも束の間のことだ。その後は、自然の諸力に動かされるかのように、私たちの期待は変化し多様化し広がっていくのであり、それにつれて、私たちはより良くなった新しい状況を当然のものと見なし始めるのだ。



 性的な情熱や興奮は特に快楽への順応の影響を受けやすい。メルボルン、オーストラリア、ニューヨーク州のストーニーブルックといったかけ離れた場所で行なわれた実験研究は説得力のあるものだ。その研究によれば、男でも女でも、繰り返し同じエロティックな画像を見たり、同じような性的な空想にふけった後では、興奮の度合いは減ってしまう。見慣れてしまうと、軽蔑の念が生まれることもあるし、そうならないこともある。しかし、見慣れることで無関心が生まれることは研究が示したことである。まったく、レイモンド・チャンドラーが次のように書いた通りなのだ。「最初のキスは魔法だ。二度目のキスは真心がこもっていた。三度目のキスはルーティンだ」。


 情熱的な愛が長続きしないのには、進化論的で生理的で実用的な理由がある。もし私たちがパートナーに対して際限のない妄想をいだき、一日に何度も――しかも毎日――そのパートナーとセックスをするなら、生産的な仕事をしたり、子供たちや友人や自分の健康に注意を向けることはなくなるだろう。(かつての恋人たちが十年後にばったり再会したことを描いた映画『ビフォア・サンセット』の台詞を引用すると、もし情熱が色あせなければ、「人生で何もせずに終わってしまうだろう」)。実際、恋に落ちている状態は、中毒やナルシシズムの状態と多くの共通点を持っている。もし愛が弱まらなければ、最後には死を招くだろう。



 では、なぜ、情熱的な愛から友愛への変化は自然の成り行きであるのに、それはしばしば大きな幻滅をともなうのか? それは、私たちが生物として多様性を切望するように出来ているからなのだ(もっとも、私たちはそれを理解していないかもしれないが)。多様性や目新しさは、薬とまったく同じ仕方で脳に影響を与える――つまり、ドラッグのハイな状態と同じように、神経伝達物質のドーパミンを伴う活動を引き起こすのである。


 進化生物学者は、性的な多様性は適応にプラスに働いたのであり、太古の環境で近親相姦や近親交配を防ぐために進化したと考えている。つまり、配偶者が兄弟と同じように見慣れた存在になるとき――私たちが家族になるとき――私たちは性的に惹かれ合うのを止めるのだ、と彼らは考えるのである。



」(つづく)























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