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税金逃れと社会の結束力・・・スティグリッツのロムニー評 [海外メディア記事]

 経済学者のスティグリッツが、大統領候補のミット・ロムニーに対して疑問を呈した一文を紹介する。ロムニー的な人間は経済のみならず社会の結束にも悪影響を及ぼすという主張だ。


 わたしは経済音痴なので、経済関連の記事はあまり読まないのだが(読んでも理解できないことが多いしね)、さすがにスティグリッツくらいになると、経済音痴にも理解できる言葉で語ってくれて嬉しくなる。これをきっかけに、ちょっとスティグリッツの本でも読んでみようかなという気持ちにさせてくれる。

 イギリス『ガーディアン』紙より。



ジョセフ・スティグリッツ
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Mitt Romney's tax avoidance weakens bonds of American society

Posted by Joseph Stiglitz
Monday 3 September 2012 13.31 BST

http://www.guardian.co.uk/business/economics-blog/2012/sep/03/mitt-romney-tax-avoidance-society


「 ミット・ロムニーの税金逃れはアメリカ社会の結束を弱めてしまう


 もし政治家やその周囲の人間が応分の税負担をしないならば、どうして他の誰かにそれを期待できるだろう?



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オハイオ州のシンシナティで遊説する共和党大統領候補ミット・ロムニー



 ミット・ロムニーの所得税が、アメリカの大統領選挙の大きなテーマとなっている。これは次元の低い足の引っ張り合いにすぎないものだろうか、それとも本当に大事なことなのだろうか? 実は、本当に大事なことなのだ――しかも、それが大事なのはアメリカ人にとってだけではないのである。


 アメリカの根本的な政治論争の大きなテーマの一つは、国家の役割と集団的行動の必要性である。民間企業は、現代の経済では中心的な役割をはたしているが、それだけでは上手くやっていくことはできない。例えば、2008年に始まった金融危機は、適切な規制が必要であることを証明した。

 
 さらに、(競争のための公平な土俵を確保することを含む)効果的な規制だけでなく、現代の経済は技術革新に基づいているが、技術革新は、政府が資金を提供する基礎研究を前提している。それは公共財の一例である――公共財とは、われわれが皆そこから恩恵を受けるものだが、もし頼るものが民間企業しかなければ、そこにはわずかしか資金が供給されない(あるいは、まったく供給されない)ものなのだ。


 アメリカの保守的な政治家は、公共財としての教育や科学技術やインフラの重要性を過小評価する。政府がこうした公共財を供給する経済は、そうしたことがなされない経済よりも、はるかに優秀な成績をあげるものなのだが。


 しかし、公共財は税金でまかなう必要があり、誰もが応分の税金を払うことがどうしても必要である。それが何を意味するかについては色々な意見があるだろうが、トップクラスの収入を得ていながら、申告された所得(ケイマン諸島やそれ以外の租税回避地で発生した所得は、米国当局には申告されないかもしれない)の15パーセントしか所得税を払わない人々が、応分の税金を払っているとは言えないのは明らかだ。


 魚は頭から腐るという古いことわざがある。もし誰も税を払わないならば、どうして、私たちが必要としている公共財に資金が供給されることがありうるだろうか?


 民主主義の国家は、信頼と協調の精神をもって税を払うことに基づいている。もし誰もが金持ちと同じくらいのエネルギーと資金をつぎ込んで応分の税の支払いを逃れようとするならば、現行の税制は崩壊するか、それよりもはるかに権利侵害的で強制力のあるシステムに取って代わられなければならなくなるだろう。どちらの選択肢も受け入れがたいものだ。


 
 もっと視野を広げて言うならば、もしすべての契約が訴訟をとおして実行されなければならないとしたら、市場経済はうまく機能しないだろう。しかし、信頼と協調とは、システムが公平であるという信念がある場合にのみ生きのびることができるものだ。最近の研究が示すところによると、経済システムが不公平であるという信念をもっている人は、協調も努力もしなくなるという。ところが、アメリカ人は自分たちの経済システムが不公平であると、ますます信じるようになっているのだ。税のシステムが、そうした不公平感を象徴的に示しているのだ。



 億万長者の投資家ウォーレン・バフェットは、払わなければならない税金しか払うつもりはないと主張したが、同時に、自分の所得に対する税率が自分の秘書よりも低いというシステムは根本的に間違っているとも主張した。彼は正しい。ロムニーがそれと似たような立場をとるならば、彼は許されたかもしれない。もしそうしたら、それはニクソンが中国を訪問したあの衝撃にも例えられたかもしれない。権力の頂点にいる金持ちの政治家が富裕層に対して増税を提唱したなら、それは歴史の流れを変えることになったかもしれない。

 
 しかし、ロムニーは、そうしないことを選んだ。勤労よりも投機の方に低い税率を課す税のシステムが経済を歪めてしまうことを、ロムニーが認識していないのは明らかだ。実は、収入がトップランクの人々に発生するお金の多くは、経済学者がレント(rent:投資や資産からの収益)と呼ぶものなのだが、レントは、経済のパイの規模を増大させることによってではなく、現行の経済のパイから一部をむしり取ることによって発生するものだ。


 トップ層の中には、次のような人々が含まれる。生産を制限して反-競争的慣行に関わることで収入を増やす独占主義者(その数は、他の階層ではありえないほど多い)。コーポレート・ガバナンス法の不備を悪用して企業収益のますます多くを横取りしようとする(労働者にはますます少ないものしか取っておかない)CEO。略奪的な貸付やクレジットカードの乱用をすすめる(しばしば貧困層や中産階級の世帯をターゲットにする)慣行に従事する銀行家。トップ層に対する税率が下がり、規制が骨抜きにされ、現行のルールがあまり厳格に行われなくなるにつれて、ひたすらレントを追求するレント・シーキング(rent-seeking)と不平等が増加してきたことはおそらく偶然ではない。レント・シーキングのチャンスとそれによるリターンが増大したのだ。


 今日、総需要の落ち込みがほとんどすべての先進国を苦しめ、高い失業率や、賃金の低下や、不平等の増大や、そして――めぐりめぐって、悪循環を描きながら――消費の低迷を生み出している。いまや、不平等と経済の不安定・弱体化との間に関連があるのではないかという認識が高まっているのだ。



 別の悪循環もある。経済の不平等は政治の不平等に変わり、今度は政治の不平等が経済の不平等を強化するという悪循環がそれだが、その中には、ミット・ロムニーのような人々――ロムニーは、過去10年間「少なくとも13パーセント」の所得税率に服してきたと主張している――が応分の税を払わなくてもすむような税のシステムも含まれる。その結果生ずる経済的不平等――市場原理の結果であるとともに政治が生み出した結果でもある――が、 今日の経済全体を弱体化させているのである。


 ロムニーは脱税していないかもしれない。アメリカ国税庁の徹底した調査だけがその点にシロクロをつけるだろう。だが、アメリカのトップ層に対する限界所得税率が35%であることを考えると、彼が大々的に税金逃れをやってきたことは確実だ。そして、もちろん、問題はロムニーだけではない。そんなレベルの税金逃れを誰もが行うならば、公共財――それなしでは現代の経済は繁栄できない――の資金を調達することは困難になってしまうのだ。


 しかし、それよりもはるかに大事なことは、ロムニー的な規模で税金逃れが行われれば、経済システムの根幹をなす公平性に対する信念が損なわれ、社会をまとめる結束力が弱まってしまうことなのである。



」(おわり)


















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