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ホープ・ソロ・・・すごい人 [海外メディア記事]

 女子サッカーの決勝戦はああいう結果で終わったわけだが、主審のミスジャッジが話題になったりしているものの、総じてあのまま受け入れるしかない内容だったような気がする。あえて言わせてもらうと、日本が負けたとかアメリカが勝ったと言う以前に、ホープ・ソロがその存在を誇示した、ということを印象づけた一戦のように思われた。


hope-solo-save.jpg





 私にとっては、一年前のワールド・カップの決勝戦も、勝ち負け以前に、ホープ・ソロの言葉が何よりも強く記憶に残った一戦だった。その時に紹介した記事にも記されているが(http://shin-nikki.blog.so-net.ne.jp/2011-07-18)、敗戦後、ホープ・ソロはこう語っていた。「日本は私がいつも多大な敬意を抱いてきたチーム。このチームには何か大きなものが味方していたと、私は心底思う。優勝のタイトルは私もずっと望んできたけど、このタイトルを他のチームにあげられるのであれば、それは日本でなければならない、と私は思っていた。日本が優勝して私もうれしいし、彼女たちはほんとうに優勝に値するチームです」。


  スポーツ選手にして、これほどヒューマンな言葉を言える人がどれ位いるだろうかと、私はその時思ったし、今でもそう思っている。私にとって、昨年のワールド・カップの決勝戦は、何よりも、試合後にホープ・ソロが感動的な言葉を残した一戦だった。だから、ホープ・ソロに対する興味は消えずに残っていた。


 そして、今回の「アメリカを救った」と評される一連の好セーブである。試合の評価などよりも、ちょっとホープ・ソロという人に対する興味が募ったので、ニュース記事や何やらを調べてみることにした。


 そこで目についたのが、およそスポーツに縁がなさそうな『ファイナンシャル・タイムズ』の記事。近々、ソロの自叙伝が出版されるらしいが、その内容もちょっと織り込んだ記事である。


 それを読んで判ったことは・・・ ・・・そう、いろんな意味で、ホープ・ソロはすごい人のようだ、ということ。想像していたのと、ちょっと違った。 というか、あれほどヒューマンな言葉を発することができるのは、やはり、普通とは違う環境下で育成された感性があるからなのだ、と思った次第。

 “Solo”という語を広い方向に考えていけば、一人であること、周囲に交わらず染まらない、独断的などの意味を含むことができるが、ホープ・ソロは、そうしたすべての側面をあわせ持っている人のようだ。

 なお、オリジナルの記事は、決勝戦に先立って投稿されたものである。


(追記:  リッチランド・ハイスクールのHPを開くと、キノコ雲と爆撃機が描かれた表紙を見ることができる(http://www.richlandbombers.org/ ))




Solo by name, solo by nature
By Simon Kuper
August 8, 2012 6:14 pm

http://www.ft.com/intl/cms/s/0/7aa026f8-e16a-11e1-92f5-00144feab49a.html#axzz237yBeaIj





 「 


 名前はソロ、性格もソロ
 


 アメリカ・チームのゴールキーパーであるホープ・ソロは、木曜日、二大会連続の金メダルを獲得することになるかもしれない。しかしアメリカの女子チームが日本を破ることになっても、それはソロの人生の中の些細(ささい)なエピソードの一つにすぎないことだろう。彼女は、伝説になるためのあらゆる要素――スーパーヒーローにふさわしい名前、崩壊した家族、逆境に対する勝利、騒動、美、名声、アスリートとしての天分――をもう所有しているからだ。全米サッカー協会のスニル・グラティ(Sunil Gulati)会長はこう言う。「彼女は女子サッカーを超越してしまった」。


 ソロ(31)は、服役中の父親のもとに母親が夫婦の訪問(conjugal visit)をした際に身籠って生まれた。ワシントン州の東南の端にあるリッチランドで生まれたが、リッチランドは主に原子爆弾用のプルトニウムを生産するために作られた街だった。ソロは、今度出版される自叙伝の中で、リッチランドが作るプルトニウムを満載した爆弾が、67年前の木曜日、日本の長崎に投下されたと述べている。彼女はこう付け加えた。「私の生まれ故郷では、いまだにあの原爆投下を祝うセレモニーが行なわれている。私の通った高校のロゴは原爆のキノコ雲だ」。学校のチーム名はリッチランド・ハイ・ボンバーズ(Richland High Bombers)で、ファンは決まってこう叫んだという。「やつらに原爆を落とせ、やつらに原爆を落とせ、やつらが炎上するまで原爆を落とせ!(Nuke ‘em, nuke ‘em, nuke ’em till they glow!)」。ソロは「リッチランドの人々の振る舞いは政治的に正しくない」と説明しているが、それはおそらく余計な説明というものだ。


 ソロの母はプルトニウムのサンプルを検査していた。ソロの最愛の父、ジェフリー・ソロは、娘にスポーツの手ほどきをした。彼はまた、同時に少なくとも二つの家族をもっていた。奇妙なことに、いずれのパートナーもジュディ・リン・ソロと呼ばれた。ベトナム戦争の退役軍人である彼は、多岐にわたる犯罪に手を染め、しばしば刑務所で暮らした。彼は一度ソロとその兄弟を誘拐したが、結局は、小切手を現金にしようとしたときに武装警官に取り囲まれて終わった。それは、アメリカの女子サッカーのスターにしては異常ともいえる子供時代だった――彼女のチームメートのほとんどは裕福な家庭の出だからである。


 ソロの父親は最終的にホームレスになった。ある日彼女はシアトルの公園で彼とばったり出くわし、再び連絡を取り合うようになった。2007年に中国で行なわれたFIFA女子ワールドカップで娘の姿を観戦できるようになる直前に、彼は心臓発作をおこして亡くなった。


 そのワールド・カップを通してソロは国民的に知られる存在になったが、準決勝のブラジル戦を前にベンチに下げられてしまった。ベテランのキーパーのブリアーナ・スカリーが出場し、米国は4-0で負けた。後になってソロはこう言った。「私だったらあんなゴールはみんな防いでいたことに一点の疑いもないわ」。


 彼女の毒舌がソロを強い女の典型にしたのだ、と思う人がいる。しかし、誰が見てもチームの決まりに従わおうとしない態度に、チームメートたちはうんざりした。「名前はソロ、性格もソロ(独断的)( Solo by name, solo by nature)」、それがチームメートの見方だった。「チームメートはしばらく彼女を相手にしませんでした」と彼女の代理人であるリチャード・モツキンは言う。ソロは一人でワールドカップから帰国した。しかし、最終的には「みんな前向きに変わることができましたけどね」と彼は言う。それでも、ソロの自叙伝の出版がオリンピック終了後になったのは、古傷がいろいろとあるからなのだろう。もう自叙伝は(予約で)飛ぶように売れている。グラティは言う。「米国のサッカー選手で、予約販売が好調な本を書ける人がどれくらいいますか? 今までで一人だけですよ」。



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(「僕をミスター・ソロにしてくれ」)



 感情がくすぶっているようなあの容貌も彼女の名声に火をつける一因になった。あるファンのプラカードには「結婚してくれホープ、僕はソロ(独身)だ(Marry Me Hope, I’m Solo)」と書かれていた。スキャンダルをおこしやすい彼女の性癖もその一因だ。2008年にオリンピックで金メダルを獲得した後で、彼女は自分の部屋に名前が明かされていないあるセレブをこっそり招き入れたという。そのオリンピックの直前に、彼女はドーピング検査で陽性反応が出たとして注意処分を受けた。彼女は月経前に服用した処方薬が原因だとした。


 今回のオリンピックが始まって数日後、NBCのコメンテーターのブランディ・チャステイン(Brandi Chastain)がアメリカのあるディフェンダーを批判した後、ソロは、ツイッターで、かつての米国代表でワールドカップの覇者でもあるチャステインは「もっと勉強すべきだ」とつぶやいた。ソロは彼女に「サッカーは10年前とは変わったのよ」と言ったのだ。アメリカ・サッカー界の多くの人は、あざけるようなこの発言を非礼なものと見なした。だが彼らは知っているのだ、ソロを黙らせておく方法がないということを。


」(おわり)







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