So-net無料ブログ作成
検索選択
ブログパーツ

「小石の幸福」について [探求]

  最近たまたま東浦弘樹氏の『晴れた日には『異邦人』を読もう』(世界思想社)を読む機会があり、とても面白かった。

 興味をかき立てられる論点がいくつもあったが、そのうちの一つについて、ここで記すことにする。「小石の幸福」についてである(同書p.167~172)。



 東浦氏は、「小石」についてカミュが感慨を記した箇所をいくつも引用しているが、そのうちのいくつかを紹介しよう。



1-1   『幸福な死』の主人公メルソーにとって幸福とは、「小石」となって、世界に吸収され、その一部となることだった。夜の海で泳ぎながら、彼はこの「小石の幸福」を手に入れたと感じる。そして、この水浴で病状を悪化させた彼は「小石のなかの小石」となって、幸福に死んでいく。

「  「あと一分、あと一秒」と彼は考えた。上昇が止まった。そして、彼は小石のなかの小石となり、歓喜にひたりながら、不動の世界の真実へと戻っていった」。
 


1-2   『結婚』の「ジェミラの風」で砂漠の中にある遺跡ジェミラを訪れたカミュは、「風に磨かれ、魂まですり減らし」、「小石のなかの小石」となって世界とひとつになる。


「間もなく、世界の四隅に拡散され、すべてを忘れ、自分からも忘れられた私は、この風となり、風の中で、この石柱となり、このアーチとなり、熱い匂いがするこの石畳となり、ひと気のない街のまわりの青白いこの山々となる。私は、自分自身に対する冷淡さと世界への現存との両方を、これほどまでに感じたことはない」。



( 石だけが残ったジェミラ(Djemila)の遺跡)
GM_Djemila_Roman_Theatre02.jpg




1-3   エッセイ集『夏』の「ミノタウロス、またはオランの休息」でカミュは、海辺にありながら海に背を向けたオランの街を石に包囲された「倦怠の街」にたとえ、「ある時期、敵方に走りたいという誘惑、石に同化し、歴史とその動乱をものともしない焼けつく非情の世界と溶け合いたいという誘惑のいかに大きなことか」と書く。


「  「風と化すこと」、何千年もの間、この大いなる叫びが何百万人もの人間を欲望と苦痛に対する反抗に立ち上がらせた。そのこだまは、時代と大海を超えて、世界で最も古い海の上を渡り、ここまで来て死んだのだ。こだまは、今もオランの粒子のつまった岸壁にあたり、鈍い音をたててはねかえっている。この国では、誰もが、知らず知らずのうちに、その忠告に従っている」。


 少し判りづらい表現だが、要するに、オランの人々は「大地がわれわれにふりまく眠りへの誘い」にのり、石と化しているのだという。


( ほとんど石ばかりのオラン(Oran)の街並み)
oran.jpg





1-4   石は否定的な意味でもつかわれている。戯曲『誤解』で、夫ジャンを殺され、絶望して、神に救いを求めるマリアに、ジャンの妹マルタは、次のような呪いの言葉を投げつける。


「石と同じようにしてもらうよう、あなたの神さまに祈りなさいよ。それこそが、神さまが自分のためにとっている幸せ、ただ一つの本当の幸せよ。神さまと同じようになさい。どんな叫びも聞こえないようにして、間に合ううちに、石の仲間入りをなさい」。




1-5   最後に、哲学的随筆『反抗的人間』でカミュは、ギリシアの快楽主義者エピキュロスの思想とからめて「小石の幸福」を取り上げている。


 「存在とは石である。エピキュロスの語る奇妙な快楽は、とりわけ苦痛の不在にある。それは小石の幸福だ。エピキュロスは・・・運命を逃れるために、感受性を殺すのである」。


 
 エピキュロスは「快楽主義」の祖として知られるが(「快楽主義者」=「エピキュリアン」)、「快楽」といっても、現代の「快楽」とは何ら共通点はない。エピキュロスは「快楽」を「苦痛の不在」としてまったく消極的に規定したのだ。おそらく、カミュの「幸福」の独特の理解も、それに倣(なら)ったものだろう。幸福とは苦痛の不在だ。苦痛とは、生きることに必然的に伴う感覚の一つだ。だから人間がもっとも強く幸福を感じ取れるときは死の状態にあるとき、その状態に近づくときなのだ。死とは苦痛が全くない状態であり、エピキュロスの「快楽」の定義にこれほど当てはまるものはない。小石の幸福は、人が死に接近するときに、あるいは、死と同じような物質の静けさに近づくときに感じ取られるものなのである。



 
 東浦氏はこうした「小石の幸福」を、『異邦人』(とりわけ、そのラストの部分)に読み込もうとする。確かに、こうした「小石の幸福」の無感覚や世界との物質的一体感は、『異邦人』の主人公ムルソーの「無関心」に満ちた態度にも、最後に「世界の無関心」にムルソーが再び心を開いたときのモノローグにも感じ取ることができる。そう指摘されて目からうろこが落ちるような思いをするとともに、少し意外というか違和感のようなものを感じたことも事実だ。それは、やはり正直に言えば、カミュの内に「小石の幸福」という慎ましさを感じることがどうも難しく感じられてしまうからだ。同じことはムルソーにも言える。ムルソーは小石ではなかった。少なくとも、最後に沈黙を破って司祭に向かって饒舌に言葉を投げつけたときのムルソーは小石ではなかった。小石になることを望んではいたが、ついに小石になりきれなかった存在をそこに見るべきなのだろうか? そして、アラブ人の「あの何もない」質素な家で死にたいと望んでいながら、それとは全く違う死に方をしたカミュ自身にも同じことが言えるのではないだろうか? 



 
 小石の慎ましさとカミュとは、今ひとつ、しっくりこないという感想を抑えることができない。結局のところ、「小石の幸福」を願うということは、逆説的ながら(というか、当然ながら)、カミュ自身がいかに小石から遠い存在であったかを示しているにすぎないのだ。



( 
  もちろん、そんなことはカミュにも判りきっていたことだ。『シーシュポスの神話』の一節にはこう書いてある。


 「もし私が樹々のなかの木であれば、動物たちのなかの猫であれば、この生は意味をもつであろう。というか、むしろ、そのような問題は意味をもたなくなるだろう。なぜなら、私はこの世界の一部だということになるからだ」。

  もし私が石や木や猫であれば、私の存在は無意味ではありえないだろう。なぜなら私は世界の一部であり、世界の有意味性を構成しているのだから。しかし、もし私が「なぜ存在するのか?」と問いを発して、世界から離脱する瞬間、私が石や木や猫ではありえないことを意識する瞬間、つまり、私がこの世界のなかで「異邦人」であることを意識する瞬間、私は、答えの欠如、意味の欠如に苦しむことになる。

 それにつけても、やはり『異邦人』というタイトルは含蓄が深い。

   )




 では、誰が「小石」にしっくりくる存在だと言えるのだろうか? 「私を石に聞き耳をたてる者にしてください」と『貧困と死の書』で書いて、石と同じ静けさのうちにある最下層の人間たちにまなざしを向けたリルケだろうか?


 いやいや、そんな文学通のふりはしないほうが身のためだ。文学のことを度外視して言えば、私は「小石」というと、真っ先にフェリーニの『道(La Strada)』を思い出してしまうのだ。「この石だって役に立っているに違いない」と登場人物の一人が言うあの場面を。

 だが、フェリーニの『道』については、また別の機会に書くことにしようと予告して、この雑感をひとまず閉じることにしよう。









コメント(0) 
共通テーマ:日記・雑感

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:[必須]
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。