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製造業の衰退のなかで立て直しを模索する日本 [海外メディア記事]

 ソニーやシャープが記録的な赤字を出したり事業を縮小統合したりして、製造業には何かと暗い話しかない昨今。そのことをテーマにした『ニューヨーク・タイムズ』の記事から。

 製造業の未来に関して、二つの考え方が示されている。
 
 一つは、野口悠紀雄のように「製造業が日本の経済を破壊している」と考えて、もう見切りをつけるべきだという考え方。

 もう一つは、製造業こそ一切の産業の土台なので、それを見捨てるのは愚かなことだという考え方。

 どちらに未来があるのか? それとも第三の道があるのか?




Declining as a Manufacturer, Japan Weighs Reinvention


By MARTIN FACKLER
Published: April 15, 2012


http://www.nytimes.com/2012/04/16/world/asia/amid-manufacturing-decline-japan-weighs-a-reinvention.html?partner=rssnyt&emc=rss



 「 

 製造業の衰退のなかで立て直しを模索する日本



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 アジアの他の国ではもっと安価に商品が作られている中で、経済的な苦境にあると感じている東大阪市の金型工場




尼崎、日本 -- 数年前、工場がひしめき合うこの湾岸地帯は、日本の技術力の高さのシンボルだった高性能フラット・パネルの製造工場が密集していることから、「パネル・ベイ」と呼ばれていた。しかし、今やこの地域は、日本の製造業の衰退を示す不気味なシンボルになってしまった。


 かつては無敵とも思えたエレクトロニクス産業が中国や韓国の追い上げる企業に敗北するなかで、ここ数カ月間で「パネル・ベイ」の工場の多くが閉鎖や部分的売却の対象となってしまったからである。3月にはパナソニックだけでここにあった3つの工場の内の2つを閉鎖する一方で、シャープも、隣の堺市に100億ドルかけて作ったフラット・パネル工場の損失の穴埋めのために、台湾の電子機器メーカーからの救済を受けいれた――かつてアジアの経済的リーダーであることを自負した国にあって、これは唖然(あぜん)とするような暗転である。




 「パネル・ベイ」の終焉は、製造業中心の経済の空洞化――多くの日本人が恐れていることだ――を示す最新の徴候である。日本経済は1990年代初頭に不動産と株の双子のバブルが崩壊して以降、徐々にではあるが容赦のない衰退の道をたどってきた。この衰退は、主として、アジアのライバルが成長したこと、労働力が高齢化したこと、円高になったことなどの結果である。しかし、官僚や経済界のリーダーの多くは、昨年福島で起きた原発事故以降、このトレンドが加速してしまったのではないかと恐れている。あの事故のおかげで電気料金が上がり電力が不足するという見通しが高まったからだ。


 「製造業や製造業の職が失われてしまうのではないかという危機感は前からありました」と言うのは、経済産業省の「ものづくり政策審議室長」の田中哲也。「今、私たちが恐れているのは、電力についての懸念が、海外に移転するための口実をメーカーに与えてしまうことです」。


 価格競争の圧力がますます大きくなったおかげで、日本の巨大企業の多くが傷を負った。先週、ソニー――1980年代に、今のアップルのように技術革新で先陣を切っていたソニー――は64億ドルの赤字という業績予想を発表したが、それと同時に、同社が一万人の人員削減をするかもしれないという報道が出た―――これは、レイオフがまだ社会的に受け入れられないものと見なされている国においては思い切った措置だ。あの津波のために部品供給がストップしてしまったために、世界最大の自動車メーカーというタイトルをゼネラル・モーターズに返上したトヨタのような自動車メーカーでさえも、電気自動車での天下分け目の競争や、韓国などの低コストのメーカーに負けつつあるのではないかという恐れを抱いている。




 こうした状況の暗転のせいで、日本国民の間には将来に対する不安感が蔓延しているのだが、実際、日本は製造業からどれほど脱却してやっていけるのか――そして、工場離れをすることがそれほど悪いことなのかどうかについて経済学者の意見は分かれている。日本は、コンパクトなセダンやカラーテレビを製造することで1980年代に経済大国にのし上がったが、成熟しすぎたために昨今の「アジアの奇跡」に歩調を合わせることはもうできないので、新たな経済戦略が必要だ、という点で大半の経済学者は同意している。しかし、そのアプローチがどのようなものであるべきかということが、激しい論争点となっているのだ。


 
 
 「日本はそろそろ経済の新しいモデルを見つけなければならない時期に来ています」と言うのは関西大学の大西正曹教授。「わが国は、アメリカの後を追って脱工業化経済の方向に進むこともできるし、ドイツの後を追って高品質の製品の製造に進むこともできますが、大量生産で中国と競争しようとすべきではありません」。


 これらは、「ものづくり」として知られる職人の伝統を長らく誇りにしてきた国家のアイデンティティの核心に関わる問題であるのだ。この議論を、他のアジア諸国も注目して見守っているのだが、それは、これらの国々も、日本が先陣を切ったのと同じ追いつけ・追い越せという戦略につき従っているからだ。


 経済学者によれば、最大の問題の一つは、日本やアジアの輸出重視の新興国が、イノベーションを育成する方法を学べるかどうか、アメリカの経済成長を支えるアップルやグーグルやフェイスブックやその他の新規のテクノロジーを促進する方法を学べるかどうかにあるのだという。

 早稲田大学の経済学者である野口悠紀雄は、昨年の大震災を、日本が、それまで以上に柔軟でサービス業本位のアメリカのような経済に移行する好機だと呼んだ。彼によれば、時代遅れの製造業にしがみついていることが日本をダメにしたのだという。それにしがみついているから、低コストのアジアの競合他社と競争するために賃金も価格もカットせざるをえなくなって、ほぼ二十年間日本の国内経済の重荷となってきたデフレを一層ひどいものにしているのだと。「製造業が日本の経済を破壊しているのです」と野口氏は言った。


 このデフレは大企業のみならず、中小の工場が結びついて「系列」化された企業グループ――これこそ日本のトップ企業に高品質の部品を安定的に供給してきたのだし、戦後日本の職業の大きな供給源でもあった――をも傷つけてきたのだ。

 
 その一つの東光精機は、東大阪市のブルーカラーの町にあって、かつては任天堂のために金型を作っていたプラスチック部品メーカーである。任天堂が約10年前にもっと安い中国の製品を買い始めたとき、東光精機は、27人の従業員の給料をカットし、1990年代の中頃には月額約7000ドルという優に中流階級並みだった賃金をその半分以下に減給することによって、製品価格を引き下げた。2009年にはついに従業員を全員解雇し工場を閉鎖した。


 今日、同社の二代目のオーナーのオオガキ・ヒロシ(40)は日本と中国の他のメーカーのためにコンピュータ上でプラスチック部品を設計しているが、その作業は静かなワン・ルームのアパートの中で一人で行われている。「倒産ならいっぱい目撃しましたが、新規事業なんて見たことありませんね」と彼は言った。「日本の製造業はひたすら縮小し続けているだけですよ」。


 戦後日本の輸出マシーンの忠実な歩兵だった小規模工場の多くにとっても、似たり寄ったりの暗い話ばかりだ。経済産業省によると、日本の製造業の企業数は2006年までの10年間で、三分の一も減少し、54万社にまで落ち込んだ。日本の経済全体における製造業のシェアも、内閣府によると、1970年代には約35%もあったのに、2009年には18%にまで縮小してしまった。


 比較のために言えば、アメリカは依然として世界最大の製造業大国ではあるが、製造業は経済全体のわずか9%を占めるにすぎない。



 しかし、空洞化の懸念は誇張されたものだという経済学者もいる。福井県立大学の経済学の教授である中沢孝夫は、工場労働の減少は、実は、新たな省力化技術の導入によるものであると言い、日本で作られた工業製品全体の価値は1990年代初頭からほとんど変わっていないと指摘した。


 「空洞化なんて神話ですよ」と中沢は言った。



 そうではなく、実際に起こっているのは、他のアジア諸国の組立ラインでより安く量産できるテレビや他の家電製品から別のものへとシフトする動きなのです、と中沢は言う。彼によれば、生き残っている日本企業は、日本がまだ圧倒的にリードしている産業用ロボットやハイエンドの自転車用ギアのような品質に敏感な製品に向かっているというのである。


 これはパナソニックの新たな戦略でもある。パナソニックは、尼崎(大都市大阪に隣接する港湾都市)にある3つのプラズマ・ディスプレイ工場の2つを閉鎖することによって、昨年計上した過去最大の赤字からの脱却を計ろうとしている。パナソニックによれば、工作機械や電気自動車用のバッテリーのような収益性の高い製品に自社の生産ラインを集中させて、フラット・パネル生産の大部分はアジアの低コストの企業に外注することになるだろうという。


 「わが社が学んだ教訓の一つは、あらゆる種類の製品を自社で製造しようとすべきではない、ということです」と、パナソニックのスポークスマンのヒノキ・アツシは述べた。「でも、わが社が作っているものはまだたくさんありますけどね」。


 実は、多くのエコノミストや官僚たちは、日本の産業基盤の継続的な縮小は避けられないが、日本がアメリカと同じ程度に製造業を見捨てるとしたら、それは愚かなことだろうと言っている。輸出に集中してきたからこそ、こんなに資源の乏しい国であっても、エネルギーや食糧の輸入をまかなえるだけの巨大な貿易黒字を享受できたのだ(少なくとも昨年までは)。エコノミストや官僚は、日本の貿易黒字があったからこそ、巨大な財政赤字に資金を調達するという贅沢ができたのだ、と言うのである。


 「製造業は、金融や他のサービス産業が立脚する土台ですよ」。そう言うのは、1980年代半ばに通産省のトップ官僚として日本の産業政策を策定した小長啓一。「アメリカでさえ今このことに気づき始めていますよ。だからゼネラル・モーターズを救済したのです」。



」(おわり)








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