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日本の失敗という神話(3) [海外メディア記事]

 「日本の失敗という神話」の最終回。

 日本が大きくつまずいたのは事実だが、その苦境から立ち直るのに苦労しているかのような素振りを戦略的に取りつづけながら、一方で厳しい対外的な要求を回避しつつ、他方、その背後で着々と新たな産業構造へと脱皮を図ることによって、いつの間にか日本はアメリカをはじめとする欧米諸国を出し抜いてしまったのだ、だから、いわゆる「失われた数十年」の日本に何が本当に起こったのかは、ほとんどだれの目にも見えていなかった。むしろきちんとした検討はこれからなされなければならない、それができた暁には、「最も見込みがない状況でさえもアドバンテージに変え」た見習うべき国として評価されるにちがいない、それがこの記事を書いたフィングルトンの見立てである。
 
 
  なお、記事の終わりに、著者についての次のような紹介文が添えられている。「イーモン・フィングルトン(Eamonn Fingleton)は1990年代の日本のバブル崩壊を予言した書物の著者で、現在、アメリカン・ドリームの終焉についての本を執筆中」。


The Myth of Japan’s Failure
By EAMONN FINGLETON
Published: January 6, 2012

http://www.nytimes.com/2012/01/08/opinion/sunday/the-true-story-of-japans-economic-success.html?pagewanted=3&_r=2





日本の失敗という神話(3)





 心理的な要因はさておき、欧米諸国が日本を理解する妨げになった大きな要因の一つは、東京にいるほとんどすべての人が、日本についての悲観的な話題から恩恵を得ていたという点にある。外人の営業マンにとって、ノルマを達成できない時、日本が不景気だということにすれば無罪放免になれる。日本の財団組織にしてみれば、アメリカの大学や寄付金を五月蠅く募ってくるその他の非営利団体からの勧誘を丁寧に断る完璧な言い訳になる。外務省にしてみても、対外援助の受益者の期待を値切るときに同様の口実が使える。アメリカの投資銀行にとっても悪い知らせを強調する理由となる。投資銀行がいわゆる円キャリートレードから利益を上げているのは周知のとおりだが、これは、事情通にしてみれば日本円が周期的に弱くなる時を狙って利益を上げる難解だが強力な投資戦略なのだ。



 経済的なイデオロギーも不幸な役割を果たしてきた。多くのエコノミスト、特に右派系シンクタンクは自由放任主義の忠実な支持者なので、彼らは、社会主義的な医療制度や政府の規制がいたる所に張り巡らされている日本の非常に異質な経済制度には反射的に軽蔑の念を示してしまうのだ。1980年代後半の株式市場のバブル期にこうした見方は影を潜めていたが、バブル崩壊後また復活したのである。

 
 1990年に株式市場が崩壊した後、日本の貿易交渉担当者は、外国資本の気分がまるで嘘のように軟化したことを見逃さなかった。以前は海外勢が日本に嫉妬の念を抱いていたものだが(それに、保護主義的な政策が真面目な話題になったものだが)、状況が変わると、アメリカやヨーロッパの貿易交渉担当者は「堕ちた巨人」に対して憐憫の情を示す態度に変わっていた。日本の貿易交渉担当者は、とりわけ呑み込みが早かったので、それ以来同情を乞うような態度を取りつづけたのである。


 この戦略はワシントンで特に効果的だったようだ。騎士道精神にあふれるアメリカの当局者は、ダウンした相手を蹴ってはならないという思いから、日本の市場の開放を求めることをほとんど止めてしまった。けれど、1980年代後半にアメリカが訴えた貿易上の大きな苦情――米(こめ)や金融サービスや自動車および自動車部品に関する苦情――は、改善されることは決してなかったのである。


 「堕ちた巨人」のお話は、他の東アジア諸国にも、アメリカとの貿易交渉を進める上で有益であった。


 このお話がアメリカ人の考え方にどのように影響を与えたかの印象的な一例は、アナリストのジョージ・フリードマン(George Friedman)の『100年予測(The Next 100 Years)』にはっきり表われている。「2020年の中国:張り子の虎」と題された章の中で、フリードマン氏は、1990年代に日本が「失敗した」のとまったく同様に、中国にもいずれ天罰が下るだろうと主張している。ワシントンは、すでに世界史上最も破壊的であるかもしれないし最もアンバランスであるのは間違いない米中の貿易関係に直面しているのに、フリードマンのお話は、そんなワシントンに慢心と混乱の種を力強くばらまいているのだ。

 
 本当に日本に起きたのは何だったのかという問いは、地政学的に第一級の重要性をもつ問いであるのは明らかだ。アメリカ人の通念を見事に出し抜きながら、日本はそれまで以上に洗練された産業基盤を着々と構築してきたのだ。このことが最も明瞭になるのは、日本の製造業が一皮むけていわゆる生産財を作るようになったという事実である。生産財は通常、高度な部品や材料、または高精度の製造装置から成り立っている。それらは消費者には見えないが、それらがなければ現代の世界は文字通り存在することはないだろう。こうした製造業は高度に資本集約的で高度なノウハウをつぎ込むことで可能になるものだが、1950年代と1960年代にアメリカがほとんど独占していた業種であり、アメリカの経済的リーダーシップの本質を構成していたのだ。



 日本の大きな競争相手――ドイツ、韓国、台湾、そしてもちろん中国――がほとんど停滞することなく生産を続けているだけに、日本のこうした実績はなおさら印象的である。東アジア諸国の多くが製造業に「標的を定めた」おかげでこの二十年間に世界は産業の急速な大転換を経験する羽目になった。それでも日本の貿易黒字は上昇したのである。

 日本は、そうなってはならない警告の対象としてではなく、モデルとして持ち出されるべきなのだ。国が奮起して一丸となって事に当たろうとするならば、最も見込みがない状況でさえもアドバンテージに変えることができる。そうしたモデルとして持ち出されるべきなのだ。日本が絶えずインフラを改善していることがきっとインスピレーションを与えてくれるとすれば、それはこの点においてなのだ。それは、しばしば幅広い政治的勢力の協力を必要とする戦略なのだが、そうした協力は、過去においてアメリカの政治システムの手の届かないものではなかった。あの大恐慌時代の象徴的なプロジェクトとしてのフーバー・ダムは七つの州にまたがる交渉を必要としたが、それでもどうにか建設された――そしてその過程で16000人もの国民に雇用を提供した。それに似た事業を推し進めることを妨げるものは何もない――妨げるものがあるとすれば、下らない政治論争だけなのである。

 
」(おわり)








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