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脳の不協和音を解読する(1) [海外メディア記事]

 分離脳患者の研究の第一人者マイケル・ガザニガのインタビューが『ニューヨーク・タイムズ』紙に載っていたので紹介する。いや、紹介するのは、BENEDICT CAREY氏の記事の方だが、元記事のURLに行くとガザニガのインタビューvideoも見ることができる。

 右脳と左脳の機能的な違いや、言語中枢のある左半球が支配権を握って瞬時にデータを特定の方向に解釈しようとするメカニズムが、やはりガザニガの研究の一番面白い部分であるので、当然その部分がこの記事でも中心をなすようだ。

 原文は4ページに及ぶものだが、それを2回に分けて紹介しよう。

Decoding the Brain’s Cacophony

By BENEDICT CAREY
Published: October 31, 2011

http://www.nytimes.com/2011/11/01/science/telling-the-story-of-the-brains-cacophony-of-competing-voices.html?partner=rssnyt&emc=rss


「  
  脳の不協和音を解読する(1)
 
 脳の二重人格に関する研究書や物語りで知られる神経科学者で心理学の教授でもあるマイケル・ガザニガとのインタビュー


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 カリフォルニア州セント・ヘレナ――科学者たちは目配せをし合って息をのんだ。
 準備は万端だった。電極がセットされ、生きている猫の脳の両半球の間に差し込まれた。計器類は一方の半球から他方の半球への電気信号のチャタリングを拾いあげるために調整されていた。後は、脳自体の内部コードである電子音のささやきに耳を傾けることだけだった。

 アンプが音を発した――3人の科学者はわれ先にかがみこんだ――大きくハッキリと音が聞こえたのだ。

 
 「ぼくらはみんな黄色い潜水艦で暮らしている、黄色い潜水艦さ、黄色い潜水艦で暮らしているんだ・・・(We all live in a yellow submarine, yellow submarine, yellow submarine ....)」


 「ビートルズの曲だ! どういうわけか、われわれはラジオ局の周波数を拾ってしまったのです」と、マイケル・S.ガザニガは45年前のことを思い起こしながら、くすくす笑った。「脳の秘密の信号ですよ。そうでしょ!」。

 
 今カリフォルニア大学サンタバーバラ校の心理学の教授であるガザニガ博士(71)は、脳の左半球と右半球の分業体制としての脳の二重人格を明らかにした一連のすぐれた研究でもっともよく知られている。しかし、それに次いで物語りの語り手としても彼は有名だ。その多くが、脳研究という分野のトップクラスで彼がほぼ半世紀にわたって築きあげたキャリアの間に起きた失敗した実験や、ばかばかしい疑問やそのほかの間違いについての物語りである。

 いま彼が講義や新たな著書で伝えようとしているのは別の種類の説話である――これは真面目な物語りで、脳科学が社会の中で、とくに法廷で使用されることに関するものだ。

 脳科学は、「いずれは社会が正義や責任をどのように考えるかということに影響を及ぼし始めるだろう」とガザニガ博士は、エッジ財団主催の最近の会議で語った。

 その影響が良いものになるという保証は何もないのです、と彼は付け加えた。

 
 一つには、脳のスキャニングの技術は、法廷で求められる時間に間に合わないからである。それは、人々が思うほどの情報を提供してくれないのである。

 
 もう一つは、脳神経のプロセスに関する新たな知識は人間の責任について重大な疑問を提起しているからである。科学者たちは、脳が主に自動巡回システムによって動いていることを知っている。脳はまず行動し後になって疑問を発するのであり、どうしてそう行動したのかについて事後的な説明をする(=後から屁理屈をとってつける)こともしばしばある。行動の多くが自動的に行われるのであれば、その行動に対して人々はどれほど責任をもてばいいのだろう?

 ともかく、この潜水艦を動かしているのは誰なのか?


 今月Ecco/HarperCollins社から出版される新著『誰が責任をもつのか? 自由意志と脳科学(Who’s in Charge? Free Will and the Science of the Brain)』で、ガザニガ博士は、その疑問に対する答えはハッキリ見えるところにあると主張している。問題は、どこに目を向けるかなのである。



 分離脳


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 (1945年ストライプのシャツを着て家族と一緒に写るマイケル・ガザニガ)


 彼が責任の本性について真剣に考え始めたのは長い間その問題を放置した挙句のことだった。 

 マイク・ガザニガは、ロサンゼルス東部の広々とした野原が広がる田舎を探検したり、時折ガレージで、時には優れた外科医だった父の助けを借りて実験をしたりしながら、カリフォルニア州グレンデールで育った。実験は楽しかった。実験は、生化学を理解するための真面目な試みだったのだ。ダートマスのアルファ・デルタ・ファイ友愛クラブ(映画『アニマルハウス』にインスピレーションを与えた)に加入した後でも、彼はパーティーや悪ふざけの合間を縫って、専攻した分野である脳科学の流儀で、誰が何をしていたかを跡づけていた。

 特に、彼はカリフォルニア工科大学で、動物の発達しつつある神経細胞が脳内の特定の領域に集まるような遺伝情報をもっていることを示す研究に従事し始めた。この研究は二つの理由で魅力的だった。

 第一に、それは、当時の常識に反しているように見えた。当時の常識は、記憶のような脳の特定の機能は脳内に広く――そして均一に――分布しているのであって、局所的に集中しているわけではない、と考えていた。

 第二に、彼のガールフレンドがカリフォルニア工科大学の近くの場所で夏のアルバイトをすることになっていたからだ。

 彼はその研究プログラムの責任者である著名な神経生物学者ロジャー・ウォルコット・スペリー(Roger Wolcott Sperry)に(最初の方の理由を強調する)手紙を書いた。スペリー博士は夏のインターンを使ったりしますか、と尋ねる手紙だった。「彼はいいよと言ってくれましたよ」とガザニガ博士は言った。「私はいつも学生たちに言っているんです。「とにかく、一緒に研究したい人に直接手紙を書いてみるんだ。どんな返事が返ってくるか判らないじゃないか」ってね」。

 大学3年目が終わったその夏のカリフォルニア工科大学で、彼は自分の未来を垣間見た。彼はいわゆる分離脳の患者のことを知ったのだ。彼らは左半球と右半球を結びつける神経を切断する手術を受けた重度のてんかん患者たちだった。この分離手術は発作を大幅に減らしたが、それ以外には影響を及ぼさないように思われていたのである。」


(1ページ目終わり)



 「ダートマスに戻っても、彼はそのことについて考えるのを止めることができなかった。左右の半球を分離しても、全く何の影響もないだって? 手術の影響を検出しようとする最善の試みをもってしても、ロチェスター大学で手術を受けた26人の患者の思考や知覚の内にいかなる変化も発見できなかったことを、彼は文献を調べまくって知ったのだった。


 そんなことがありうるのだろうか? 彼は自分で患者の知覚をテストしてみたくなったので、彼はまた手紙を書くことにしたが、今度は外科医宛ての手紙だった。彼は、患者の知覚をテストしてもよいという許可を得た。


 「春休みだったし、もてる道具を全部かき集めて、わざわざロチェスターまで行ってみたものの、あの外科医は心変わりをしていました」とガザニガ博士は言った。「「君か、お家にお帰えり!」みたいに言われました」。


 卒業後、彼はわき目も振らずカリフォルニア工科大学に進んだ。


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 (1963年カリフォルニア工科大学の学生だった頃のガザニガ博士)



 「野心だけではなく、何かそれ以外のものがありましたね――彼にはガッツがあったんです」と語るのはかつてスペリー博士の研究室にいたミッチ・グリックスタイン。彼はいま『神経科学:歴史序説』という本を執筆中である。「大学の三年生ながら、分離脳の患者についてありとあらゆることを知っていて、独創的な研究をしようという意欲に燃えているんですからね。わずか20歳で」。

 当時のカリフォルニア工科大学はノーベル賞候補者たちのためのクラブハウスみたいなところだった。ぶらっと研究室に現れては実験について皮肉まじりのことを言う物理学者のリチャード・ファインマンがいた。その一方で、どうしたらファインマン博士をやり込められるかを思案してイライラするスペリー博士がいた。ある夜、スペリー博士の若い学生が逃げ出した実験動物を追いかけて四つんばいで廊下にとび出して著名な化学者のライナス・ポーリングにあわやタックルを喰らわせそうになった。(「そんなことをするより、ゼリーに麻酔をかけたらどうなんだ?」とポーリング博士は冷たく言い放った。)

 その頃、その一つ一つが脳というブラック・ボックスをのぞき込むスナップショットのような実験が行われていた。1960年代初頭、ガザニガ博士はまだ大学院生だったが、スペリー博士と脳外科医のジョゼフ・ボーゲン博士とチームを組んで、ヒトの左右の半球がそれぞれ特殊な働きをしていることを如実に示す報告書を矢継ぎ早に発表していた。

 研究者たちは、右半球だけに自転車の絵を瞬時に見せる方法を考案した。分離脳の患者に何が見えたかを尋ねると、彼らは「何も見えなかった」と答えた。左右の半球のつながりが切れているので、言語中枢のある左半球は、視覚的なインプットも右半球からの情報も得られなかったからである。自転車が「見えた」右半球の方は、 それを名づけるための言葉を持っていなかった。

 しかし、ここで意外なことが現れた。右半球は、そのコントロール下にある手に命令を下して、自​​転車の絵を描かせることができたのだ。

 別の研究で、3人の科学者は、右半球が触覚によって物体を識別できること、画像を見せられた後に触ることによって正確に歯ブラシやスプーンを選ぶことができることを示した。

 ここに含まれている意味はすぐに明らかになった。左半球は知的で言語を操る脳である。それが右半球から切断されても、IQに被害が及ぶことはない。右半球は芸術家であり、視覚や空間の専門家なのであった。



 これらの発見は、特定の機能が脳内で広くかつ均一に支えられているという理論を打破した。また、それによって「左脳/右脳」という対概念が、能力のタイプや人間のタイプを簡単に表わすものとして、一般的に用いられるようになった。それでも、徐々にしか進まず、しばしばわずかな人々にしか理解されない進歩によって明確になる分野において、カリフォルニア工科大学のチームは特大のホームランをかっ飛ばしたのだった。

 ガザニガ博士は、当時まだ25歳だったが、自分の研究を自分で決めることができた。彼はすぐに猫の脳の2つの半球間の電気信号のチャタリングを記録する研究のために助成金を獲得した。



 インタープリター


 あの実験でレシーバーを通して聞こえてきたビートルズの曲は、ガザニガ博士にほとんど洞察と同じくらい貴重なものを提供した。つまりそれは面白い話だったのだ。しかしそれは、彼と彼の同僚が脳についての前提において重要な何かを欠いていたことを包み隠さず想起させてくれる出来事にもなった。


 「問題は、突きつめるならば、「なぜ?」ということでした」とガザニガ博士は語った。「われわれが右脳と左脳という別々のシステムをもっているならば、なぜ脳は一体感をもつのだろう?という問題ですね」。


 人生の早い段階で勝利をおさめカリフォルニア工科大学からカリフォルニア大学サンタバーバラ校へ、そして最後にダートマス大学に移るというキャリアを積み重ねた時でも(途中何回か立ち止まりはしたが)、あの問いは未解決のまま、満足な答えを得られなかった。1970年代後半、心理学者で言語学者でもあったジョージ・A.ミラーとともに、彼は、そうした難問を解くために心理学と生物学を合体させた認知神経科学という分野を立ち上げた。


(2ページ目おわり)

(つづく)








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