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男性が沈黙する理由 [海外メディア記事]

 何か問題を抱えているとき、女性はその問題を打ち明けようとして多弁になるのに対して、男性は、むしろ、寡黙になる。どうしてこういう違いが生ずるのか?
 
 まあ、どうでも良いようにも見える疑問だが、こういうちょっとしたことがもっと大きな問題の解決の手がかりになることもあるので、端から馬鹿にするものでもないのかもしれない。

 しかし、この記事でも指摘されていることだが、あまり精度の高くないアンケートを主体にした手法で、こういう問題が解けると考えるのは単純すぎる。少なくとも、そのことだけははっきり示されたようだ。

  ドイツ『シュピーゲル』誌の記事より。


Warum Frauen besser uber Kummer reden konnen
24.08.2011
Nina Weber

http://www.spiegel.de/wissenschaft/mensch/0,1518,782081,00.html



「  なぜ女性のほうが悩みについてより上手く語ることができるのか?



1.jpg
 男性は黙りこむ:困っていることを打ち明けることがどうして男性には難しいのか、心理学者がその理由を明らかにしようとしている





 「ねえ、困っていることがあるの」。そう言って、女性はきちんと話そうとする――が、男性はできれば何も言わずにその場から離れてしまいたいと思う。なぜ女性の方が男性よりも、容易に自分の感情を他人に打ち明けられるのだろうか? アメリカの心理学者がその理由を発見したというのだ。しかし、それは本当に論理的なのだろうか?


 女性は絶対にどんな些細なことまでも語ろうとするのに対して、男性は沈黙しようとする。それはよくあるパターンにすぎないとしても、その核心には真実が潜んでいるかもしれないのだ。男性は女性よりも自分の感情を顕わにすることが少ないし、問題が生じた場合でも、それを打ち明けることにためらいを覚えてしまう。しかしそれはどうしてなのか?

 
 米国の心理学者のチームが、その理由を、約2000人の子供や青年を対象にした研究において突き止めたと主張している。彼ら自身の言い分によれば、彼らは古い偏見を一掃したというのだ。「長年にわたり著名な心理学者たちは、少年や成人男性でも自分が抱えている問題について話したいとは思っているのだが、話すことが恥ずかしかったりそれによって弱みを見せるのではないかという不安から、男性は話すことをためらうと主張してきました」と、ミズーリ大学コロンビア校のアマンダ・ローズ(Amanda Rose)は言う。彼女のチームは、専門誌『チャイルド・ディベロプメント(Child Development)』(オンラインで読むことはまだできない)で、別の原因がそうした行動を説明すると発表した。「少年たちの答えは、彼らが問題について話し合うということを特に意味ある行動とは見ていない、ということを示唆しているのです」。

 心理学者のチームは、8歳から16歳までの子供や少年少女に対して4つの研究を行った。かいつまんで言えば、彼らは参加者たちに、自分が抱えている問題を誰かに打ち明けて話し合ったとき、何を期待するかと尋ねたのだ。

 一方には、話し合いに期待することとして、次の6つの肯定的なものが並んでいた。

 ・ 気持ちが上向いたように感じる
 ・ 人に理解されたと感じる
 ・ 孤独の感情が薄らいだように感じる
 ・ 否定的な感情が積み上がらないという感じをもつ
 ・ 問題が解決される希望
 ・ 問題がいろいろあっても人間としてはまったく大丈夫だという感じ

 

 それらに9つの否定的な期待が加わる:

 ・ 人が自分を笑いものにするのではないかという不安
 ・ 自分の問題を誰かに知られたら恥ずかしい
 ・ 人が自分のことを悪くとるのではないかという懸念
 ・ 自分の問題を誰も親身になって解決してくれないという嫌な予感
 ・ 問題を打ち明ける相手が動揺したりショックを感じるのではないかという懸念
 ・ 話し合う前よりもいっそう怒りが大きくなること
 ・ 話し合うことで問題を実際以上に大きくしてしまうこと
 ・ 自分を変で(英語の原語は"weird")不快だと感じる
 ・ 話し合いはたんに時間の無駄だという感情



  結果はというと、少年も少女も、話し合いには懸念よりも希望を結びつけていたが、その傾向は少女の方がややはっきりしていた。そして、研究者がはっきりした違いを発見したのは、否定的な期待の2つのケースだけであった。少年は、自分の感情について話すとき、自分を変なものと感じてしまうのだ。そして少年がそれを時間の無駄と見なすことは、少女よりも頻繁だった。研究者はこの結果を様々な実験で確かめることができたので、これが単なる統計的異常値であるということは排除してかまわないのだという。

 「この結果は、われわれが少年たちの話し合いに対する意欲についてどう考えればいいかという点で、考え方を大きく改める必要があることを示している」と心理学者のチームは記している。少年たちは、他人の反応が怖いとか気分が悪くなるからという理由で、問題について話し合う機会を避けているわけではないということになるからだ。

 
 
  奇妙で変なのか ――それとも単に恥ずかしいだけなのか?

 

 「変な(weird)」という単語はないほうがよかったのかもしれない。ローズと共同研究者自身も、少年たちが話し合うことで自分のことを変だと感じるのを恐れるとき、それがどういう気持ちなのかはもっと正確にされなければならない、と述べているからである。"weird"という語は、奇妙な、変な、こっけいな、おかしな、風変わりな、等に翻訳できる。これらは、今の文脈では、恥ずかしいとか嫌だという言葉からかけ離れているわけではない。


 では、結局のところ、昔から心理学者たちが考えてきたことに帰着するのではないだろうか? つまり、恥ずかしいまたは不快な状況に対する不安は少女よりも頻繁に少年を苦しめるので、だから、少年は、悩みを抱いているとき、沈黙してしまうという昔ながらの見解に舞い戻ってしまうのではないだろうか?

 
 それにまた別の問題がつけ加わるのだが、それは、こうした問題群を扱う心理学者がいつも直面してきた問題なのだ。人間には、社会的に望ましいとされる答えを好む傾向がある。十代の少年に上に掲げた希望と懸念のリストを見せるとき、彼は、その方が他の選択肢を選ぶよりもカッコいいからという理由で、問題の話し合いを全くの時間の無駄として退けてしまう、ということも十分考えられるのである。


 それにもかかわらず ――やはり、少年や成人後の男性の多くが、女性よりも沈黙する傾向が強いことは確かである。この性差による決まりきったパターンは、心理学者の見解によれば、とくに両親の態度によって打破できるものだという。問題についての話し合いは解決に結びつくものであり、だから単に時間の無駄ではないのだということを、親が子供に早い時期から示すことで、そうした決まりきったパターンは打破できるのである。

 では少女の方はどうなのか? ローズのチームの見解では、彼女たちは、時として、自分の感情についてあまりにも多くを語りすぎ、その結果、くよくよ思い悩む傾向があるのだという。そうなった場合は、あまりに細かいところまで突っ込んで話し合うことが問題を解決するための唯一の可能性ではないということを、両親が教えてあげるべきなのかもしれない。



」(おわり)











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