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ダイアン・アーバス:ヒューマニストかそれとも覗き見趣味か [海外メディア記事]

 写真家ダイアン・アーバスについて考察した『ガーディアン』紙の記事を紹介する。これは、記事の中にも書かれているように、最近出版されたアーバスの新しい伝記本に刺激されたものであるようだ。

 記事の書き手のショーン・オヘイガン(Sean O'Hagan)はイギリスでは名高い写真批評家であるようだ。

 写真家で何か論じてみたくなるという人はあまりいないと思うが、アーバスは例外中の例外。その特異な作品と特異な生き方を少しでも知ると、もっと知りたくなる。私もボズワースの伝記は持っている。彼女のフリーク好きは事実だが、それはあくまで素材にすぎず、あまりフリークとの一体性を強調することには賛成できないとオヘイガンは述べているが、それに私も同意する。

 アーバスはかつて写真について“a mystery about a mystery”と述べた。訳し方が難しい。世界は謎に満ちているが、それを撮るという行為(とその成果としての写真)も謎なのだ。だから、写真を撮るということは、謎の謎なのだ。謎にかかわるそれ自体が謎に満ちた行為なのだ。写真を撮りながら、アーバスはその謎の謎を反芻していただけなのだ。おそらくその単純な奥深さが、今日でも観る者を魅了するものなので、そこに写り込んだもの――フリーク、奇形、異常etc――は謎の一要素にすぎないのである。

 ちなみに、あまりアーバスについて知識がない人は、グーグルの画像検索を試してみられたい。“Diane Arbus”で検索すると232000件もヒットするので、十二分に堪能できるに違いない。


Diane Arbus: humanist or voyeur?

Sean O'Hagan
guardian.co.uk, Tuesday 26 July 2011 11.56 BST


http://www.guardian.co.uk/artanddesign/2011/jul/26/diane-arbus-photography-sideshow



「 

 ダイアン・アーバス:ヒューマニストかそれとも覗き見趣味か

 不安を抱え込んだアメリカの写真家が自らの命を絶って40年すぎたが、彼女の写真は依然としてカメラの略奪的本性を明らかにし続けている。


1.jpg
(1968年、ポートレイトのためにポーズをとるダイアン・アーバス)




 ダイアン・アーバスは、1971年7月26日、48歳のときに自ら命を絶った。没後40年となるこの日に彼女の芸術的遺産について再検討してみることも価値があることだろう。彼女の写真は今日でも観る者の多くに問題を突きつけてやまないが、それは彼女が、サーカスや見世物小屋にいた「フリークス」の写真を撮ることで(彼女は彼らの多くとずっと友人関係を続けていた)、肖像写真の伝統的な境界線を超え出てしまったからだ。


 アーバスは、自分が撮る余所者(よそもの)たちの間にいるとき安らぎを感じていたのは間違いないとしても、彼女はまた、余所者たちを撮るときに罪悪感にみちた喜びのスリルをまた経験したに違いない。「見世物小屋に行くときはちょっとしたスリルがあった」。彼女は、ある夜コニー・アイランドのサーカス小屋を訪れたときのことを思い返して、そう告白していたからだ。1960年代当時、芸人たちはサーカス小屋で生計を立てていたのだ。「私は恥辱と畏敬の入り混じったような感情を抱いた」。


 彼女の作品を観ると私たちは、どうして彼女は、批評家のスーザン・ソンタグが――彼女特有の上から目線で――言うところの「痛ましく、哀れで、不快でもある」人々を見たがるのかということに疑問を感じるだけでなく、われわれ自身もどうしてそのような人々を見たがるのか、という疑問を感じるようになる。ソンタグの『写真論』の中のおそらく最も怒りに満ちたエッセイで、ソンタグは、アーバスの視線が「距離感や特権に基づいている、つまり、写真を観る者が見るように求められている物が本当に異質な他者であるという感情に基づいている」と主張した。


 この「異質な他者」は、かつてと今では違っている。われわれは今、こうした「他者」がいたる所――それが、「ビックリするような身体」を扱う覗き見趣味のTV番組であれ、露出狂や結合双生児についてのドキュメンタリーであれ――にあるような時代に生きているからだ。それにもかかわらず、アーバスの黒白の肖像写真は――特に、精神障害者や身体的異常を抱えた人々を撮った写真は――観る者を不安にし、心をかき乱すような力を失っていないのだ。これらの写真では、彼女の意図がどのようなものであったとしても、残酷が優しさを凌駕しているように見える。さらに、彼女の肖像写真を観ると、私たちは常にアーバスに立ち戻ってしまうのだ。あの被写体を撮ろうとしただけでなく彼らと親しくなろうという必要を感じた彼女自身に。異常なものに飽くことなく魅了された彼女自身に。しばしばもろく崩れた彼女の心の有り方に。(彼女が自殺した理由はいまだにはっきり判っていない)。


 今年後半、『ダイアン・アーバス:緊急事態をスローモーションで(Diane Arbus: An Emergency in Slow Motion)』という題名の新しい伝記が出版される予定になっている。著者はパシフィック大学の心理学の教授のウィリアム・トッド・シュルツ(William Todd Schultz)。彼は、彼が「精神分析的伝記」と呼ぶものを専門としている。アーバスを扱ったパトリシア・ボズワース(Patricia Bosworth)の有名な本と同様に、やはりこの伝記でも、写真にある程度の光を当てる試みの中で探究の対象となるのは、このアーチストの人生――と彼女の心――なのである。この研究のために、シュルツはアーバスのセラピストと長時間語り合った。これは、口うるさいことで定評のあるアーバス財団の気に入るやり方ではなかっただろう、と私は推測する。アーバス財団は、シュルツの最近の言葉によると、「芸術を解釈するどんな試みもその芸術の価値を下げてしまう、という考え方――その考え方に私は同意できないが――を抱いているらしい」。


 しかしアーバスにとっては、ナン・ゴールディン(Nan Goldin)にとってと同様に、人生と芸術は切り離しがたく結びついているのだ。だが、最近では、アーバスが被写体に対して一体感を感じたことは、ソンタグが主張したように、一種の物好きな覗き見としてではなく、世界を理解し世界の周辺部に新たな光を当てる一つの方法として解釈されてきた。「「フリークス」に一体感を感じた悲劇的な人物という役割をアーバスにあてがうのは、彼女が成し遂げたことを矮小化することである」と、サンフランシスコ現代アート美術館の写真部門のキュレーターをしているサンドラ・S・フィリップスは、2004年にスミソニアン・マガジンにそう語った。「彼女は、新たな写真芸術の最前線にいた偉大なヒューマニストの写真家でした」。

 私は、この発言の前半には同意できるが、後半には同意できない。アメリカの偉大な批評家でキュレーターだったジョン・シャーカフスキー(John Szarkowski)が、1967年にニューヨーク近代美術館で“New Documents”と題されたグループ展でアーバスの作品を初めて展示したときに認めたように、アーバスは、たしかに、粗野であるかと思えば確固としていて、心をかき乱すようなものかと思えば啓発的でもあるような新しい写真美学の先駆者だった。しかし、彼女をヒューマニストと言うのはいかがなものだろう? そのように言える人は、人間性に関する考え方が本質的に悲観的で、神経症的なナルシシズムの要素をもっている人だけだろう。

 アーバスは、彼女が撮影した人々に対して大きな共感を抱いていただろうが、彼らの余所者という身分にどれほど彼女が一体感を感じていたとしても、彼女はその一人ではなかった。彼女には彼女なりの悩みがあったが、それらは別次元の悩みだった。彼女が残した作品が力強いのは、その暗い様式美やその荒涼としたビジョンのためだけでなく、その写真を観る者に対して問いを発するからでもあるのだ。その問いとは、見ることの限界についての問いであり、写真が見る者にとって代わりそれを略奪してしまう本性をもっていることについての問いであり、そうしたことすべてにわれわれも共犯として加担していることについての問いである。

 われわれがアーバスの写真を観るとき、その被写体が今ではほとんど消滅してしまった時代と場所に結びついているとしても、われわれ自身が侵入者か覗き見をしている者であるかのように感じざるをえない気持ちになる。ある種の共犯の感覚 ――彼女と私たちの共犯の感覚――が彼女の写真の力の核心部分にあるのだ。彼女の写真は、われわれのよりよい本能が目をそらすように命ずるときでさえも、われわれを捉えて離さない。たぶん彼女の最大の才能は、彼女が本能的にその葛藤を理解していたことであり、そして誰よりもその葛藤を芸術的に利用したことだったのである。

」(おわり)








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