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気になる言葉――「気丈に」 [雑感]

 ラモス瑠偉氏の奥方が亡くなられた。

 そのことよりも、それを報じたデイリ―スポーツ紙の記事の表現の方に私の目は行った。




 ラモス氏、妻の通夜で気丈に振る舞う

デイリースポーツ 7月21日(木)21時24分配信
 元日本代表MFで、ビーチサッカー日本代表監督のラモス瑠偉氏の妻で19日に転移性肝がんで亡くなった初音さん(享年52歳)の通夜が21日、東京・千代田区の聖イグナチオ教会でしめやかに営まれた。サッカー界からはラモス氏とヴェルディ時代の黄金期を戦った三浦知良(現横浜FC)夫妻、武田修宏氏らに加え、前日本代表監督の岡田武史氏ら多数の関係者が参列した。
 ラモス氏は憔悴(しょうすい)した様子ながら、気丈に喪主を務めた。参列した三浦は「ラモスさんの背中が少し小さくなったような気がした。本当に僕らの勉強になる夫婦だったし、残念です」と、故人をしのんだ。

」。


 「気丈に」という言葉が二度使われているが、どうも違和感を覚える。辞書的には「気持ちがしっかりしている・こと(さま)」(大辞林)だから問題ないように見えるが、それは少し違う。

 この表現は、気弱でかよわい人(主に女性、場合によっては子供)が、深い悲しみの中にありながらも、それを表に出すことをしない健気(けなげ)な有り様を指して使う表現で、ラモス氏のような(たぶん、普段から気持ちがしっかりしているであろう)男性に対して使うものではない。肝心なことは、気持ちの強さではなく、健気な様子が、傍から見て涙を誘うということなのだ。

 ラモス氏も懸命に涙をこらえていたのかもしれないが、それは健気ということとは違うだろう。それを言いたいなら「懸命に涙をこらえていた」と言えば済むことだ。あまり男女の別を強調するのは良くない気もするのだが、男性にこの表現を使うのは、本来の慣用からは外れていると思う。男性が「気丈に」振る舞うのは当然であり、そこで「気丈に」という言葉を使うのは冗長なのだ。先の記事の場合も、単に「妻の通夜に立つ」、「喪主を務めた」で良いので、「気丈に」は要らない。「気丈に」と言うことで、かえって滑稽にさえ見えるのだ。

 しかし、これは慣用的なニュアンスの問題だから、その慣用に縁のない(要するに、教養に欠けるということだが)人間が「別に問題ないじゃん」と言ってしまえば、それまでのことかもしれない。

 だが、いくらスポーツ紙とはいえいやしくも天下の公器たる新聞なのだから、表現には細心の注意を払ってもらいたいものだ。

 ちなみに、グーグルのニュースで「気丈」を検索すると、男性を主語にして「気丈」が使われている例がけっこう多いことが判る(そのほとんどがスポーツ紙)。もう蔓延してしまって改めるのは手遅れかもしれない。スポーツ紙は臆面もなく「ゲキを飛ばす」などという表現を広め続けた前歴があるが、その歴史にまた新たな一項目を付け加わえたと言うべきだろうか?








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