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日本の回復力を測る予測不可能なテスト [海外メディア記事]

 
 今回の地震は、私個人にとって被害はない訳ではなかったが、東北地方の人々のそれに比べれば無に等しいので、それについて書くことはしない。今日はその後片づけも済んだのだが、それでも何をする気力もわかない状態で、ぼーっとTVを見ているだけだった。
 考えてみると、昨年の一月にハイチでの地震をここで取り上げたことがあったが(http://shin-nikki.blog.so-net.ne.jp/2010-01-16)、その時はハイチの悲惨さに目を奪われる思いだったが、やはり、遠い異国で起きることと自国で起こることでは感じるリアリティーに天地の差があることは今になってハッキリと判る。あの時は、ハイチで起こったことと同様の、あるいはそれをはるかに凌駕する災禍がわが国を襲うとは、想像することさえできなかった。
 しかし逆に考えてみれば、かつて私がしたように、メディアを通して、全世界の人々が日本に注視のなまざしを向けているのだ、ということも、心の内のどこかに留めておかなければならないとも思う。この出来事を狭く国内問題と捉えてはならないのだろう。もはや日本だけの問題などというのは存在しないのだから。そう考えて、この出来事が海外でどう報じられているかを紹介するのも無意味ではないかなと思ったのである。まずは『ニューヨーク・タイムズ』に載った東京在住のアメリカの科学者の一文を紹介しよう。金曜日の夜に書かれたものらしい。
 ちなみに、タイトルに使われている「テスト」という語は、日本語の「テスト」よりも重い意味をもち、「試練」や「あるものの真価を計るもの」という意味である。

 

An Unpredictable Test of Japan’s Resilience
By ROBERT J. GELLER

http://opinionator.blogs.nytimes.com/2011/03/11/an-unpredictable-test-of-japans-resilience/

「  日本の回復力を測る予測不能なテスト

ロバート・J.ゲラー

東京 ――― 私がこの文章を日本の自宅でタイプしているとき、日本のテレビ・チャンネルはすべて、金曜日に東北地方の太平洋沖で発生した地震によって引き起こされた信じられない被害の報道にその放送時間のほとんどすべてを費やしている。地震による揺れと津波と火災が組み合わさって、この信じがたい被害を引き起こしたのだ。過去の経験に照らし合わせると、最も被害の激しい地域との通信が未だに絶たれている現状では、被害の全貌が完全に明らかになるまで数日はかかるだろう。

 最大の地震が生ずるのはプレートが重なり合う地点においてである。 ストレスがたまり、そのたまったストレスが、このような大規模な地震によって放出されるのである。金曜日に起きた地震に規模の上で匹敵できる地震は、過去100年の間に4回発生した。1952年のカムチャツカ沖地震、1960年のチリ沖地震、1964年のアラスカ沖地震、2004年のスマトラ沖地震である。残念なことに、特定の大地震の具体的な時間、場所、および規模を予測することは、現時点では不可能であり、おそらく本質的に不可能なことであろう。

 そこでわれわれがしなければならない地震の危険に対する対処策は、耐震構造の建築物とインフラを設計し構築することであり、そして、地震の後で迅速かつ効果的に実行することができる対応措置をもつことである。 問題は、マグニチュード9の地震は地球規模では(過去100年間に5回発生したのだから)予測可能な出来事ではあっても、どこかの特定の地域でマグニチュード9の地震が起こる確率はとても低いので、そうした出来事は、当該地域の住民や政府にとっては常に予期できない出来事である、ということなのである。さらに、マグニチュード9の地震の威力は甚だしいものなので、どれほど準備したところで甚大な被害と多くの死傷者の発生を防止することはできないのである。

 実際日本はどのように対処したのか? 震源地から約200マイル離れた東京では、深刻な被害はほとんどなかったが、携帯電話や固定電話のサービスが復旧するまで約8時間かかった。鉄道や地下鉄のサービスは、地震後停止したし(ほとんどが予防措置としてだったが)、未だに再開されていない路線もいくつかある。それにまた、国民が正確な情報を得るまでに受け入れがたいほど長い時間がかかった。もちろん、震源地に近ければ近いほど事態は深刻さの度合いをずっと増していく。宮城県や岩手県の多くの町村は深刻な被害を受けたようだし、多くの家屋や道路が未だに水没の状態にある。津波は、家々や車や輸送用コンテナを、悲劇的にも津波に呑みこまれた人々もろとも、海へと運び去った。道路や線路はずたずたにされた。福島県にある原子力発電所では、放射性物質がある程度――その総量がどれほどかは今のところ判っていない――漏れ出したようだ。

 ハリケーン・カトリーナは、アメリカの政府や社会や国民が、大規模災害に対処する能力がどれほどあるのか、あるいはどれほどその能力を欠いているかについて、X線のような洞察力を与えてくれた。金曜日の地震の後での復元と復興の作業は、それと似てはいるが、おそらくもっと大規模なテストを日本に対して提供することになるだろう。私は、日本がこの難題を乗り越えられることを、十分に確信しているわけではないが、切に願っている。


 ロバート・J.ゲラーは東京大学で地球および惑星科学の教授をしている。



 







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