So-net無料ブログ作成
検索選択
ブログパーツ

かつての深夜放送に耳を傾ける―――金曜パックの一投稿 [雑感]



 かつてラジオの深夜放送が若者から絶大な人気を博していた時代があった。
 最初のリスナーは浪人生や大学生だったのだろうが、次第に高校生や中学生までもが聴くようになった。1970年代前半、折しもフォークソングの流行とも相まって、つまりフォーク・シンガー(吉田拓郎、南こうせつ等)がDJをしたことも手伝って、中・高学生の大半が、勉強の片手間にラジオを聞くようになった。


 私自身もそうだった。私は、もう中学で授業を聞く気持ちは失せていた。授業時間はほとんど寝る時間だった。家では、ひどいときは午前5時ごろまでラジオを聴く昼夜転倒生活をするようになった。私が暮らしていた地域ではTBS系列の「パック・イン・ミュージック」が流れていたので、自然とそれに親しむようになった。特に、金曜日をよく聴いた(略して「金曜パック」、あるいは「金パ」)。昨年逝去された野沢那智と、白石冬美の名コンビ(通称ナッチャン・チャコチャン)である。


 こう書いても、ほとんどの人は知らないだろう。これは、あの番組の質の高さを考えると、実にもったいないことだと思う。「金パ」の72年から最終回までの録音したものを、以前、とある方からお借りしてDVDに収めていたのであるが、何となく聞き直すことはしないできてしまった。これではいかんと思い、最近になって少しずつ聴きなおしている。昨日聴いた部分に、「珠玉の」としか言いようのない投稿がいくつかあった。ふと、ここで紹介してみようという気持ちになった。放送日は、実に、1972年10月20日で、「合いの子」のためにみんなからいじめられる「ミーちゃん」という女の子の話である。


 文中に「ハーフ」という表現がチラリと出てくるが、「ハーフ」という表現は当時はまだなく、「合いの子」が普通だった。国際結婚はまだ稀で、「合いの子」のほとんどは、日本人と米軍関係者の間に生まれた子供だっただろう。この「ミーちゃん」は、ハーフではなくクウォーターらしいので米軍とは無関係なのかもしれないが、読み出しの部分が少し切れているので(借りうけた最初の音源がすでにそうだった)、詳細は不明。最初は固有名詞が無遠慮に出てきて判りづらい。しかし話が進むにつれ、そんな細部は気にならなくなり、この女の子の独特の語り口に引き込まれるのではないかと思う。約10分、御用とお急ぎでない人は、ぜひお聞きください。




 









nice!(0)  コメント(0) 

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:[必須]
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。