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生誕教会のいま [海外メディア記事]


  ベツレヘムの生誕教会(the Church of the Nativity in Bethlehem)は、イエスが生まれたと広く信じられている洞窟の上に、ほぼ1700年前に建てられた聖堂。ローマ・カトリック(フランシスコ会)、ギリシア正教、アルメニア使徒教会が区分所有している。
 

(ベツレヘム ヨルダン川西岸: 処女マリアがイエス・キリストを産んだとキリスト教徒が信じる洞窟内で祈りをささげる僧侶と尼僧。
http://www.guardian.co.uk/news/gallery/2010/dec/15/24-hours-pictures#/?picture=369782494&index=5

 

 ただし建物の老朽化がひどく、二年前にワールド・モニュメント財団(World Monuments Fund)によって危機に瀕する世界の史跡のリストに加えられた。特に屋根の材木の多くが、19世紀以降取り換えられてこなかったため、腐敗が進み雨漏りがひどいために、建物のみならず12世紀に造られたモザイク壁画や絵画類も損傷が進む状態だった。

 しかし三つの宗派の区分所有のために修復の協議も容易に行われなかったのだが、二年前にパレスチナ自治政府が間に入って宗派間の合意を取り付け、修復委員会の発足にこぎつけたのだそうだ。


(生誕教会での日曜日のミサの間、キャンドルを掲げるパレスチナ人でキリスト教徒の少年)


 

パレスチナ自治政府のジアード・バンダーク修復委員会代表によると、「表面的な修復は何度か行われてきましたが、1700年前の教会の創設以降、包括的な修復事業はこれが初めてです」。


(修道会「カルカッタのマザー・テレサ」の尼僧が洞窟内で祈りをささげる)




  以上は『ガーディアン』紙の記事より抜き出したもの(http://www.guardian.co.uk/extra/extra-blog/2010/dec/13/1)。
 

 イエスの生誕の場所というと多くの人が「馬小屋」と言うのではないかと思うが(実際、聖書にそれを示唆するような文言があるわけだし)、洞窟を生誕の地と定めたのはローマ皇帝コンスタンテイヌスの母へレナ。それにしたがってコンスタンティヌス帝が325年に「生誕教会」を建てたようだ。



 伝説によると、この洞窟でヘレナがイエスの十字架を発見したらしいのだが、こういう伝説は、既に広く流布していた別の神の別の伝説(たとえば、ディオニューソスが洞窟で誕生したといった伝説)の焼き直しにすぎないような気がするし、ここがイエスの出生地というのも史実ではないだろう。

 

 また、ベツレヘムと言えば、ヨルダン川西岸に位置しており、イスラエルの入植活動がパレスティナの土地を侵食する前線でもある。2002年にはこの生誕教会を舞台にパレスチナ人とイスラエル軍の銃撃戦が繰り広げられた。写真で見る静謐な祈りの空間を一歩外側に出ると、激しい戦闘行為にいつ結びついてもおかしくないような対立や憎悪が至る所で渦巻いている。 

 しかし、この地域では、こうした対立や憎悪は今に始まることではなく、数千年前から日常茶飯の事だった。そうした救いのない状況が恒常的にあったからこそ、救いを求める祈りも先鋭化していったわけである。だからこの地域が、信仰の極端な形式としての一神教の発生地だったことは偶然ではない。そして比較的激しい内乱や外圧から無縁だった日本が比較的に無宗教的な風土を育んだのも偶然ではないだろう。







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toshi

1986年に生誕教会を観光しました。
by toshi (2011-05-05 18:08) 

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