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ダイナミックから意気消沈に変わる日本 (1) [海外メディア記事]

 『ニューヨーク・タイムズ』のMartin Fackler氏の記事がアップされたので、紹介しようと思って読んでみたところ、いつもと文章のスタイルが違う。記事の下に‘Steve Lohr contributed reporting from New York’とあるので、共作というのか合作というのか。まあ、いずれにせよ、意気消沈した日本についての記事を紹介します。少し長いので、2回に分けます。

 この記事は、いま欧米諸国が恐れている「日本のデフレ」に焦点を合わせたシリーズ物の第一回目という位置づけのようです。このデフレのシリーズ記事(原題は‘The Great Deflation:Coping With Decline’)については、可能な限り追っていきたいと思っています。

 下の記事にも出てくるが、「日本化(Japanification)」という言葉や「われわれは日本ではない(We're not Japan)」という発言が示しているとおり、日本が回避されるべき典型として欧米諸国から見られているのが悲しい現実なのだろう。ただ、それ以上に、日本人自身が活気のなさを嘆き悲しむ以上のことをなしえず、手をこまねいたままさらに活気を喪失していくという現状こそが「最も不吉」であるという診断は肝に銘じておかなければならない、と思う。



By MARTIN FACKLER  Published: October 16, 2010
 
http://www.nytimes.com/2010/10/17/world/asia/17japan.html?src=me&ref=world
http://www.nytimes.com/2010/10/17/world/asia/17japan.html?pagewanted=2&ref=world&src=me


「 ダイナミックから意気消沈に変わる日本 (1)

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意気消沈  オカ・アキコは2002年に自分の店を閉じてから、大阪のとある衣料品店でパートとして働いている。彼女は、日本の活気のなさが嘆かわしいと言った


大阪、日本――日本の中流階級の多くのメンバーと同様、マサト・Yは、20年前、世界の羨望の的だった豊かさを享受していた。中小企業のオーナーであるマサト氏は、50万ドルのコンドミニアムを購入し、休暇をハワイで過ごし、最新モデルのメルセデスを運転した。

 しかし、彼の生活水準は日本の経済全体と歩調を合わせてゆっくりと崩れていった。まず彼は、海外旅行に行く回数を減らし、そして海外旅行を取りやめざるを得なくなった。それからメルセデスをもっと安い国産車に取り換えた。去年彼はコンドミニアムを売却した――その額は、買ったときの3分の1で、17年前に組んだ住宅ローンの残金にも満たなかった。

 「日本は、かつてまばゆくて明るい時期があったけど、いまでは誰もが暗く沈んだ生活をせざるをえない状態です」とマサト氏(49)は言う。彼は、11万ドルの住宅ローンの返済がまだできないでいるので、フルネームは勘弁してくれとのことだった。

 最近の歴史で日本ほど経済の命運が著しく逆転した国はほとんどなかった。アジアで初めてサクセス・ストーリーを展開した日本は、1980年代に歴史に残る投機的な株式と不動産バブルの大波に乗り、西洋の長い支配に挑戦するアジアで初の国になった。

 しかし、バブルは1980年代終わりから1990年代初頭の期間にはじけ、日本は、巨額な財政赤字によっても金融緩和による巨額の資金放出によっても食い止められない、緩慢ではあるが容赦のない衰退に陥った。今となってはほぼ30年間ずっと、この国は、低成長と腐食性のある価格の下方スパイラルの罠(デフレとして知られる)にはまったまま、世界経済におけるゴジラという身分からほんの付け足しの国という身分に転落してしまった。


 さて、米国およびその他の西側諸国が債務や資産バブルからの回復に苦戦している中で、ますます多くの経済学者たちは日本を指して、欧米諸国の暗い将来像を体現している国として挙げるようになった。FRBのバーナンキ議長が、新しい型破りな経済刺激策を準備している時でさえ、米国や多くのヨーロッパ諸国の経済は長期にわたる低成長、あるいは最悪の場合、デフレに直面するかもしれないという懸念の声が高まっている。デフレは、あの「大恐慌」以降では、日本以外に持続的な形で目撃されたことのない現象である。

 多くのエコノミストは、米国の政治システムは日本ほど鈍感ではないしアメリカ人は資本主義の創造的な破壊力に対して日本人以上に寛容なので、アメリカは日本の停滞を回避するだろうと確信している。日本の指導者たちは、最初、自国の問題が深刻であることを否定し、その後、雇用創出のための公共事業のプロジェクトに多額の予算を当てたが、それは、痛みを伴うが避けられない構造変更を後回しにしただけだった、とエコノミストたちは言う。

 「われわれは日本ではない」とスタンフォード大学のロバート・E.ホール経済学教授は言う。「アメリカでは、消費や投資に人々を向かわせる方法が何らかの形できっと発見されますよ」。

 とはいえ、連邦政府の支出と財政赤字の削減を求める政治的圧力が増大するにつれて、「日本化(Japanification)」の警告――消費者は消費するのを拒み、企業は投資を控え、銀行は貸し出しを渋る需要崩壊という、日本が陥ったのと同じデフレの罠に陥るのではないかという警告――を発するエコノミストも出てきた。日本化は、悪循環がさらに自己自身をを強化するシステムになる。価格がさらに下落し賃労働が消えるにつれて、消費者はさらに財布のひもを締め、企業は支出を切りつめて事業の拡大計画を先延ばしにするという悪循環だ。

 「米国、イギリス、スペイン、アイルランド、これらの国はすべて、10年前に日本が経験したことをいま経験している最中です」と述べるのは、日本が世界に対して示す教訓についての本を最近書き上げた野村證券チーフ・エコノミストのリチャード・クー氏。「何百万人という個人も企業も赤字のバランス・シートを抱えているので、負債の支払いに借金をして支出する代わりに、現金を使用しているのです」。

 インフレがアメリカ人の一世代に傷跡を残したのと同様、デフレが日本人に深い爪あとを残し、世代間の緊張と、悲観主義や運命論(fatalism:運命と思って諦める思考法)や期待感の希薄な文化を生み出した。多くの点で日本は依然として豊かな社会ではあるが、特に首都圏の外側では、ますます厳しくなる状況に日本は直面しているのであり、万一もっとも不吉な予測が当たるならば、日本の状況は、米国およびヨーロッパの将来に対する一瞥を提供するものである。



 縮小する希望


 日本人の希望が小型化していることは東京の街並みで見て取れる。両親の世代の住宅が狭かったことは世界的に有名だが、それすら買えなかったり完済まで何十年もかかる伝統的なローンを組めるほどの職の安定を欠いている日本の若者たちの間では、コンクリート製の「狭小住宅」が人気化している。

 こうしたマッチ箱サイズの住宅は、SUV車がぎりぎり駐車できるほどの広さの土地に建っているが、クローゼット・サイズのベッドルーム、スーツケース・サイズのクローゼット、潜水艦にならばピッタリする小さなキッチンの三階建てなのだ。

 「こうすれば、将来について不安であっても家を所有できるのです」と語るのは、東京を拠点として狭小住宅を建築する会社ザウスのジェネラル・マネジャーの近藤君代。

 40歳以下の多くの人にとって、こうした現実が1980年代といかにかけ離れているかを把握するのは困難である。80年代には強大な――脅威的な――「日本株式会社」が、自動車メーカーからスーパー・コンピューターにいたるまでのアメリカの産業全体を今にも破壊しそうに見えたものだ。日本の株式は4倍にも膨れ上がり円が想像を超えた高さにまで急騰するに伴い、日本の企業は世界中の経済を支配し、ハリウッドの映画スタジオ(ユニバーサル・スタジオやコロンビア・ピクチャーズ)、有名なゴルフコース(ぺブル・ビーチ)、象徴的な不動産(ロックフェラー・センター)などの知名度は抜群の物件を次々と飲み込んでいったのである。



 1991年、経済学者たちは、日本が2010年までに世界最強の経済大国として米国に追い抜くだろうと予測していた。実は、今の日本の経済規模は91年当時のままで、現在の為替レートに直すと5.7兆ドルのGDPである。同期間に、アメリカ経済の規模は2倍になり14.7兆ドルになり、今年は中国が日本を抜いて世界第2位の経済大国になった。


 中国のおかげで日本の影はすっかり薄くなってしまったので、日本のことを気にかけるアメリカの知識人はほとんどいなくなったし、かつては混雑していたアメリカの大学の日本語の授業もすっかり閑散としてしまった。レーガン政権下で貿易交渉の任に当たり、日本がアメリカに及ぼす脅威について1980年代に書いた文書がワシントンに警戒心を掻き立てたクライド・V・プレストウィッツまでもが、今は中国語を勉強中だよと言った。「もう日本に行くことはほとんどないな」とプレストウィッツ氏は言った。

 こうした衰退は日本人にとっても苦痛に満ちたものだった。企業やマサトのような個人が株式市場や(現在の株価は1989年の4分の1しかない)、不動産で(現在の平均的住宅価格は1983年と同じである)数兆ドルを失ったからである。しかも、将来はもっとずっと暗いものに見えるのだ。日本は、世界最大の――GDPの約200パーセントに当たる――政府債務残高、人口の減少、高まる貧困や自殺率に直面しているからである。

 しかし、おそらく最もインパクトのある注目すべき点は日本人の自信の喪失だった。わずか20年前、日本はエネルギーと野心に満ち活気あふれた国で、傲慢と思われるほどに誇り高く、円に基づいてアジアの新しい経済秩序を創出しようと熱心だった。今日では、こうした天翔けるような大望は脇に置かれ、疲労と未来への恐怖、そしてほとんど息が詰まるような諦めの空気に取って代わられてしまったのだ。日本は殻に引きこもり、世界の表舞台からゆっくり消えていくことを甘んじて受け入れているように見える。

 かつては貪欲だったメーカーも今は、ハングリーな韓国や中国のライバル社に、次々とどの産業でも、屈服していくように見える。かつてはマンハッタンやパリに飛行機で派手なショッピング旅行に出かけた日本の消費者は、不確実な未来のために貯蓄したり、ユニクロのような格安ブランドによって新しい倹約のトレンドを作り上げたりしながら、いまでは国内にとどまることが増えた。

 このまだ裕福な国の生活水準が徐々に目減りしていくにつれて、新たな倹約が日本の若者の世代の間で目立つようになった。若者は経済の停滞とデフレしか知らないのだ。彼らは、車やテレビなどの高額商品を購入するのを拒み、アメリカに留学しようとする者も減ってしまった。

 日本人の積極性の喪失は若者にとても顕著である。彼らは、年長者にはあった職場で際限もなく働こうとする意欲や恋愛で成功しようとする意欲を欠いているために(日本の出生率が低下しているのはそのためだと、冗談半分ながら、多くの者が若者を非難している)、「草食系」として幅広い層から揶揄されている。「日本人はかつてエコノミック・アニマルと呼ばれていました」と語るのは、化学業界の巨大企業昭和電工の元最高経営責任者の大橋光夫氏。「しかし、いつの間にか、日本は動物的なスピリットを失ってしまいましたね」。


 日本の衰退について何十人もの日本人にインタビューで尋ねたところ、政治家や企業幹部から街で買い物をする人にいたるまでの日本人が、この驚くべきバイタリティーの喪失にくり返し言及していた。日本が多くの問題、とりわけ社会の急速な高齢化に苦しんでいる中で、かつては豊かでダイナミックだったこの国が深い社会的・文化的なマンネリ状態へと衰退していることが、おそらく、今日の世界に対して日本が発している最も不吉な教訓なのだろう。
 

 デフレの弊害の古典的な説明は、ものの価格が下落している時の合理的な振舞い方は、現金の価値が高まる以上、現金を手放さないことであるのだから、デフレによって個人も企業もお金を使いたがらなくなる、というものである。しかし、日本では、デフレがほぼ一世代続いてきたので、デフレははるかに深い影響を及ぼしたのであり、日本人の世界観にまで無意識的に及んでいる。それは、未来についての深い悲観論とリスクをとることへの恐れを生み出し、それによって日本人は消費や投資を本能的に回避するようになり、需要――と価格――をさらにずっと押し下げることになったのである」。 (つづく)







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