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1万2000年前の宴の跡 [海外メディア記事]

 この、おそらくシャーマンの女性の葬儀跡の発見のニュースはあちこちで報じられています。

 ここで紹介する『シュピーゲル』誌の記事では、強調点は「新石器時代」以前から人間が定住し近隣の集団と交流していたことに置かれていますが(つまり、農耕→定住ではなく、定住→農耕という歴史の流れに強調点が置かれている)、ロイターの記事は「何がわれわれを人間的にするのか(What makes us human?)」という哲学的な題名になっていて、「会食は、共同体を統合し・・・ストレスを軽減する上で重要な役割を果たしていた。・・・会食、特に葬儀という脈絡での会食は、こうした共同体感覚を提供することによって、もろもろの共同体を統合するのに役立った」というマンロー博士の言葉を引用することによって、この発見は人間の本性についての洞察を与えるものだという観点から捉えています(http://uk.news.yahoo.com/22/20100830/tsc-life-us-israel-feast-011ccfa.html)。

 人間が誕生したり死亡したり結婚したり、そういう節目・節目の儀式には会食がつきもの。それは何故か? 共同体のメンバーが消滅したり、新たなメンバーが加わることは、共同体の構成に変化が生ずるという意味で、共同体にとっては小さな危機でもあるわけですが、その共同体の存続に関与する人々を一堂に集めて会食することは、死によって顕現する空白を埋め結束を再確認しあうことにつながるわけです。したがって会食は社会的な存在としての人間にとっては根本的な重要性をもつことになります。そういう集団に根ざした人間の本性は、農耕生活の開始に先立つはるか以前から形成されていたはずだという想定はずっと前からなされていたようですが、今回の発見は、そういう想定に現実的な証拠を提供したものと言えるわけです。


ドイツ『シュピーゲル』誌の記事より
http://www.spiegel.de/wissenschaft/mensch/0,1518,714553,00.html


「 
  石器時代のパーティーの遺構を研究者が発見

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 (石器時代の祭: この洞窟で1万2000年前の人間が会食を催した)

 研究者がイスラエルで約1万2000年前のパーティーの遺構を発見した。約71匹の亀とオーロクス(=17世紀に絶滅した牛の一種)が客の胃袋に消えた訳だが―――まだ農耕がまったく発達していなかった時代のことである。

 宴会は世界中の人々が行っているが―――それはずっと昔からそうだったようだ。研究者は、イスラエル北部にある洞窟に1万2000年前に行われた盛大な会食の遺構を発見した。それは、人間の祝祭文化の証(あかし)となる最も初期の証拠だという。

 「人間は新石器時代以前から、つまり1万1500年以上も前から宴会を開いていたと、科学者はずっと以前から考えてきた」。そう語るのはアメリカの考古学者でコネチカット大学のナタリー・マンロー(Natalie Munro)博士。彼女は、機関誌『米国科学アカデミー紀要(Proceedings of the National Academy of Sciences)』の最新号に掲載された研究報告書の主任執筆者である。「われわれは、農耕が発達する前に、近隣の人々とともに祝う宴会が存在したことを示す最初の証拠を発見した」。

 マンローと共同研究者でヘブライ大学のレオーレ・グロスマンは、イスラエル北部のガリラヤ地方にある洞窟から発掘されたものの中に、71匹分の亀の甲羅と3頭のオーロクスの骨に行き当たったが、それは石器時代としては異常なほど多い動物の遺物だった。研究者たちは、亀の甲羅や骨に残された痕跡に基づいて、動物が殺され、調理され、切り分けられたことを示すことができた。人間の集団が会食のためにこの洞窟に集まったのは明らかだった。


 かなり多くの客を招いてなされた葬儀後の会食

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(ヒラゾン・タクティット(Hilazon Tachtit)洞窟での発掘現場)


 この宴会はおそらく葬儀後の会食だったのだろう。科学者たちは、ヒラゾン川上流にある山腹に掘られた二つの洞窟に骨が散らばっているのを発見した。その内の一つには――亀の甲羅に囲まれた形で――儀式的に埋葬された女性、おそらくシャーマンと思われる女性の死骸があった。彼女の埋葬のために近隣の全住民が集まったのだろう、と科学者たちは推測する。亀の肉だけで、少なくとも35人を満足させるに十分だったはずだ。痕跡をまったく残さない食べ物がもっとあったことは十分考えられる、とマンロー博士は述べる。

 この宴会は文明の転換期に行われた。この地上に暮らす人間の数がますます増え、個々の集団の距離がますます縮まっていった。以前ならば周囲を歩き回れば再三新たな食料源を見つけられたのだが、こうした事情は石器時代とともに根本的に変わっていった。人口の増加によって、個々の集団がますます行き会うようになり、食料源がますます乏しくなる中でさらに遠出をすることはもはや望ましいことではなかった。こうした事情のために――他の要因ともあいまって――人間は定住生活を送るようになった。農耕や牧畜をした方が狩猟や採集よりも多くの食料の見込みが立ったのだ。

」(おわり)







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