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牛肉よりむしろ犬の肉を [海外メディア記事]



題名が示唆するのとは違って、犬の肉をどんどん食べようという趣旨でないことは最後まで読めばわかりますが、最近あちこちで菜食主義の記事を見かけるのは、この記事でも名前が挙がっているジョナサン・サフラン・フェール(Jonathan Safran Foer)の著書“Eating Animals”の影響であろうか?  ドイツ『フォーカス』誌の記事より。



http://www.focus.de/wissen/wissenschaft/mensch/essverhalten-besser-hunde-als-rindfleisch_aid_542166.html





 人間は、理論的に食べられるもののごく一部分しか食べていないし ―― しかも間違った部分を食べている、とジョナサン・サフラン・フェールはその著『動物を食べる』で主張している。

 世界の国の中には犬の肉に魅力を見い出す国もある。フィリピン人は、不運続きにピリオドを打つために、犬を食べる。中国人や韓国人の中には、犬の肉が病気を治すと信じるものもいるし、リベリア人には犬肉が精力を高めると信じるものもいる。

 グリルに犬の肉があると考えるだけで、中央ヨーロッパ人の大半は吐き気を催す。何らかの動物種の個体に名前を与え、それと語り合い、それに餌を与え、耳の裏をそっと撫で、定期的に獣医のもとに付き添っていくような人は、それと同じ種の個体を好んで食べようとはしないだろう。それに対して、大半のヨーロッパ人は、マスタードに漬けた柔らかな、焼きたての豚のうなじのステーキならば、余計なことを考えることなく食べるだろう。



 非論理的なタブー



 それが普通なのである。食のタブーなしに済ませている社会はこの地球上には存在しない、とボン大学の東南アジア学の教授クリストフ・アントバイラーは説明する。「タブー視されるのは、いつも、食料となりうるものなのです」。タブーの理由はタブーの規則そのものと同じくらい多種多様である。生態学的な理由もあれば、医学的な理由もあり、宗教的に動機づけられた理由もある――だがタブーは、常に、アイデンティティを作り出すのに適している。
 「食べ物を用いる戦略は、敵と味方を分けるもっとも効果的なメカニズムの一つなのです」とアントバイラーは言う。自分たちを隣接する人々から区別することによって――あいつらのしゃべっているのは言葉じゃない。野蛮人のたわごとだ。あいつらの食っているものは、へどが出るような代物だ――、「われわれ」という集団感情が作り出される。それによって食べ物は、集団的自己意識のより所になりうるのである。

 犬は、ドイツで食糧増産計画に入っているわけではない――その代わりに、犬に劣らないほど知的な別の動物が計画の対象となっている。ドイツ統計庁のまとめによると、昨年一年間に屠殺された豚は56,451,489匹、牛および子牛は3,803,554頭、羊および子羊は1,045,718匹、山羊27,821匹、馬9413頭だった。
 それに加えて50億羽以上の鶏や、カモやガチョウや別の家禽が加わるのも言うまでもない。犬肉を進んで放棄するのは非論理的だ、とアメリカ人の著者ジョナサン・サフラン・フェールは自著『動物を食べる』で主張する。食べ物のタブーに関心寄せる民族学者や生物学者もその主張に賛同している。



 犬は健康にとって害となるか?



 犬肉は他の肉より健康に悪いわけではないし、(屠殺に際して)少なくとも他の動物ほど苦しむわけでもないし――それに(牛と違って)屠殺に先立って地球を半周するほど移動することもない、とフェールは書く。
 最後に、有用動物を国内で飼育することは、世界規模の輸送手段による取引よりも、地球温暖化防止に関してもう40パ―セントも貢献するのだという。3年間、著者は畜産業界のいまわしい慣行を収集してきた。
 数えきれない実例から3つ紹介してみよう。子豚は、麻酔されることもないまま、尾と歯を切断される。七面鳥は、その肉がより美味になるように、ブイヨンを皮下注射される。産卵鶏は、一年中産卵できるように、人工の照明の下で消耗するまで管理される。犬肉の消費の可能性に関して、自分自身犬のオーナーであるフェールは次のように言う。「あまり感情的にならないようにしましょう」。もちろん、家のペットを家族から引き離すのは意味のないことである。「しかし、人工飼育の肉のためには動物を繁殖して飼育しなければならないのに対して、犬はすぐにでも食用に提供できます。年間、300万匹から400万匹もの犬・猫が薬殺されている。つまり、何百万キロもの肉が毎年捨てられているのです」。野良犬(猫)や逃亡犬(猫)をそれに加えることもできるだろう。



 フェールもこうした提案を100パーセントまじめに考えているというわけではない。彼にとって問題なのはむしろ次のような問いだ。つまり、われわれが犬を大事にするならば、なぜ別の動物も大事にしないのか? という問いである。速く走ったり泳いだりできる豚や、遊び好きな子羊や子牛の肉をわれわれが食べるのは、食事の間、動物が皿の上にのっているなどとは考えないからである。『動物を食べる』という書物は、エピソードや事実を配列して、他の人々も達した結論に達する。つまり、60億もの人間は、理性的に考えて、動物を食料とすべきではないという結論である。フェ-ルは、肉食の完全な放棄に人々を誘導するつもりはない。 しかし、人々が食べる肉の量がもっと減るならば――それによって人工的飼育が終わりを迎えることに貢献するならば――世界はもっと住みやすい場所になるだろう、と彼は確信しているのである。









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MAMAGON

犬の肉ですかぁ…

牛や豚・鶏肉は、何にも罪悪感が無く食べているのに、
【犬の肉】って聞いただけで、『ウッ!』っと来るのは…

子ども時代には【チャボ】を飼っていたけれど、
罪悪感無しで、鶏肉は食べている。

でも、犬だと… 同様に、猫でも…

言い方を変えれば、どれも【家畜】ですよね。
でも、食べようと思える動物と、
ペットとしてしか見ていない動物とに分かれる。

皮肉というか…なんと言うか…
犬は、食べようとも考えませんね。

MAMAGON
by MAMAGON (2010-08-20 22:06) 

MikS

 ペットとして飼っている自分のワンちゃんを主役にしているブログをよく見かけますが、そういう人がこの記事を読んだら、どういう反応をするんでしょうね?  
by MikS (2010-08-21 19:38) 

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