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万霊燈籠供養会をのぞいてきた [雑感]

 夕食後、浅草寺に散歩がてら万霊燈篭供養会をのぞいてきた。毎年8月15日の夕刻に浅草寺で行われる先祖供養(および戦没者慰霊)のセレモニーである。





 午後6時半頃本堂に上がると、ちょうど燈篭に灯が点され始めたばかりだった。浅草寺のHPにあるように(

http://www.senso-ji.jp/annual_event/banreitouroukuyoue.html)、この後、法要、そして燈篭の焚き上げが行われる。炊き上げまではまだ一時間以上もあるので、私は帰ってきてしまった。炊き上げは、例年、浅草寺裏手に即席で作られる炉で行われるのだが、↓の三枚目にあるように、ちょっと即席すぎ・無骨すぎて風情も何もあったものじゃないようにも見える。もっとも、こうした儀式は飾り立てた所で行うものではないという思想があるのかもしれないが。











 浅草寺のHPにも見えるが、こうした供養会は、元来は、「施餓鬼(せがき)」会といったらしい。「施餓鬼」が気になったので、小学館の『日本国語大辞典』で調べたら、こう書いてあった。

 「仏語。「餓鬼道」に落ちて飢餓に苦しむ亡者(餓鬼)に飲食物を施す意で、無縁の亡者のために催す読経や供養。」

 もともとは無縁仏を供養するものだったが、それがいつの間にか盂蘭盆(うらぼん)と混同されるようになったようだ。
 燈篭が置かれる棚を「施餓鬼棚」と言うらしい。では、そこに載っているものを「燈篭」と呼ぶのは即物的な言い方で、「燈篭」は「餓鬼」を表わしていることになるのだろう。

 私が、本堂で写真を撮っていたとき、かたわらを通りすぎたご婦人が連れの女性に「死んだらお終いよねえ」と呟いていたのが耳に残ったが、ひょっとしたらそう思わない人もいるだろう。上掲辞典の「施餓鬼棚」の項には、俳諧・懐子七(1660)の次のような句が添えられていた。

 

 「玉のありかそこと知べし施餓鬼棚」(泰次)











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