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ラーメン ―― 日本の超すばらしいヌードル [海外メディア記事]

『ニューヨーク・タイムズ』紙に「東京の素晴らしきラーメン新世界」が掲載されたのが、今年の1月31日。それについては、このブログでいち早く紹介しました(http://shin-nikki.blog.so-net.ne.jp/2010-01-31)。


 6月にはいって、イギリスの新聞にも立て続けにラーメンの記事が掲載されました。6月6日付の『インディぺンデント』紙の記事(http://www.independent.co.uk/life-style/food-and-drink/features/souped-up-a-whistlestop-tour-of-tokyos-best-ramen-restaurants-1989584.html)と、今回紹介する6月18日付の『ガーディアン』紙の記事です。(前者の記事は、今回の記事を翻訳する過程で、初めてその存在を知った次第です)。


 それにしても、いよいよ、日本のラーメンの認知度が国際的に高まってきた、と言っていいのではないでしょうか?  何となく嬉しくなったので、それにいつもは堅い記事しか書かないMcCurry氏が二郎のラーメンを食べたことに敬意を表して、紹介する気になった次第です。


 蛇足ながら、記事の冒頭にでてくる「コンフォート・フード」の『英辞郎』の説明を掲げておきます。

 コンフォート・フード(comfort food)…食べるとホッとする[心の安らぐ・元気の出る]料理◆子供の頃を思い出すとか、十分な満足感があるなど。

 もう一つ蛇足ながら、北と南の麺の違いなど少し事実誤認と思われるところがあったので、さりげなく手直ししてあります。
 

Justin McCurry
guardian.co.uk, Friday 18 June 2010 11.21 BST

 http://www.guardian.co.uk/world/2010/jun/18/ramen-japan-national-dish





「    ラーメン ―― 日本の超すばらしいヌードル  
 

1.jpg



 それは、炭水化物の禁断症状が現われるときに何百万もの日本人が食べようとするコンフォート・フードである。人気の高いマンガ作品や映画のネタにもなったし、門外不出のレシピについてマニアが下す批評は無数の雑誌、書物、ブログを飾る記事になっている。


 ミシュランは、昨年、東京を世界最大の美食都市と呼んだらしいが、日本の事実上の国民食であるラーメンを出す何千というレストランのエントランスにたった一つの星すら輝いてはいないのである。


 麺とスープの組み合わせに、野菜や硬くゆでた玉子やチャーシューをトッピングしたこの食べ物は元来は中国に由来するが、戦後の日本では栄養源の一つになった。


 最近では、時間のないサラリーマンや少ないお金でがっちり食べたい学生の食べ物になったが、日本食の宝庫をもっと深くまで探ろうとする外国人の観光客にもますます人気化している。---しかも一杯700円(5.20ポンド)なのだ。

 日本列島は、北にある北海道の太麺と味噌味のスープというタイプから、南西部にある九州のほっそりした麺が豚骨ベースのスープに浸るヴァージョンにいたるまで、無数のバリエーションを生み出してきた。

 ラーメン・マニアによると、完璧な一杯のラーメンには懐石コースにも劣らないほどの細心さが込められているが、ラーメンは、高級な懐石料理とは違って、街の人々の評判に支えられているのだという。


 伝説的なラーメンチェーンであるラーメン二郎の入り口へと続く長蛇の列でさえも、貪欲な東京人を思いとどまらせることはないのである。

 
 忍耐強くまったお礼として、二郎の常連には、脂の浮かぶスープに漂う噛み応えのある麺がはいった巨大なドンブリに豚肉の塊が飾りつけられたご褒美が出されるのである。栄養のバランスに唯一気を使っている点はスライスされたキャベツとモヤシだけである。二郎の男性ホルモンのみなぎるカウンターでは、途方もないラーメン一杯を食べきる能力は、美食上の忍耐力と男らしさを計る試金石となるのである。
  

 そのことは、350軒ものラーメン店を食べ歩いたアメリカ人のブロガーの“Ramen Tokyo”(http://www.ramentokyo.com/)が警告していることでもある。「確かに、ラーメン二郎は健康を意識する人が好むラーメンではないし、虚弱体質の人は、初めて二郎で食べた後では(無理に完食するなら特に)、胃がムカムカすることもある」。


 しかし、ラーメン店の店舗数がとても多いことは、鉄の胃袋をもっていない人でもラーメンを崇拝する気持ちになれる機会がたくさんあることを意味しているのである。


 もっとも包括的なガイドである「ラーメンデータベース」(http://ramendb.supleks.jp/)によると、日本には約2万軒のラーメン専門店があり、そのうち約5千軒が東京にある。

 優良店の多くは、外国人が主宰している英語のブログ、たとえば“ Ramenate”(http://www.ramenate.com/)、 “Ramen Adventures”(http://www.ramenadventures.com/)、“online tribute to all things ramen”(http://www.ramenramenramen.net/)などでそのレビューを読むことができる。
 

 新横浜ラーメン博物館では、中国や台湾からの観光客が店から店へと、日本の各地から選りすぐられ、1958年の東京を再現するようなセットの中に設置されているラーメン店のはしごをしているが、その年は安藤百福がインスタントラーメンを発明し日本をアマチュアのラーメン・シェフの国に変えてしまった年である。


 ラーメンが国際的なアピール度を増しているのは、未経験の人にも近づきやすいからである。開放的でない日本料理の店に入ると、食事をする上でのエチケットを学ばなければならず神経がすり減ってしまうことがあるが、ラーメン店はもっと自由奔放な食い道楽が自然に集まるような場所なのである。ルールは単純だ。麺を楽しげに音を立てて食べ、残りのスープをドンブリから直接飲み込み、汗が吹き出る額をぬぐい、見くびっていた周囲の人間の尊敬を勝ち取ることだけである。


 ラーメンには一匹狼的な意味合いが付きまとっており、それがラーメンに日本の大衆文化のなかで重要な位置を与えた。人気コミック『ラーメン発見伝』のダメな主人公が、夜にラーメンの屋台をひくことで、サラリーマン生活の苦役から逃れるのは偶然ではない。


 ラーメンが大きく扱われているものとしては、伊丹十三監督の1985年の「ヌードル・ウェスタン」映画『タンポポ』や『ラーメン・ガール』がある。後者は2008年の映画で、ブリトニー・マーフィーが東京で取り残されたアメリカ人に扮しているが、彼女は、厳格だが愛情ある主人の監督のもとでラーメン・シェフになっていくのである。


 「ラーメンに過去はありません」。そう語るのは『ラーメン王と私(The Ramen King and I)』の著者のアンディー・ラスキン(Andy Raskin)。その著作の中で彼は、カップヌードルの発明家でもあり哲学者を自認した安藤が、死後、いかに彼のよき助言者になってくれたかを記述している。


 「寿司や他の伝統的な料理と違って、マニュアルは存在しません。だから、シェフになったとき、自分の進む道を自分で見つけていかなければなりません。結果として、多くのバリエーションや流派が存在するようになるのです。私にとっては、だからこそラーメンは面白いし特別なのです」。


 東京の郊外で人気のラーメン店を開いているニューヨーカーのイヴァン・オーキンは、ラーメン以外の料理で生計を立てようとしたら苦戦しただろうということを認めた。


 彼の店に来る客は、「ラーメンが一匹狼的な料理だからこそ、アメリカ人が彼らのために一杯のラーメンを作るということを受け入れてくれるのです。ラーメンは、ルールブックをもたない唯一の日本料理なのです。普段は神経がピリピリしている人でも、一杯のラーメンを食べているときは、くつろいでいますよ」。


 


 





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