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ギロチン小史 [海外メディア記事]

 フランス革命の陰の主役とも言うべきギロチン。30年前まで使われていたなんて知りませんでした。意外にきゃしゃな造りなんですね。

 これは、『シュピーゲル』誌がフランス革命の特集号を組んだことに関連して書かれた記事のようです。ドイツの新聞・雑誌は、歴史関連の記事が重厚で面白い。いつか時間がある時に、歴史の記事をきちんと紹介したいと思っています。とりあえず、豆知識として一読下さい。

http://www.spiegel.de/fotostrecke/fotostrecke-51195.html

 1. 1920年頃のフランスでのギロチンによる罪人の処刑。この処刑道具は、フランス革命後も長らく死刑執行のために用いられた。1899年から1939年まで職務にあった死刑執行官アナティール・デブレールはその期間に299人の首をギロチンではねた。

 2.  使用されるギロチン(素描):フランス人医師ジョゼフ・イグナス・ギヨタンは、惨忍で恥辱的な処刑のやり方を廃止するために、1789年10月10日、機械的な斬首の方法の導入を提案した。医師の提案には6つの点が含まれていたが、その中には、処罰は「もっぱら単純な機械的装置によって行われる」べきであるという文言が見うけられる。しかしパリの議員たちは斬首の問題を先延ばしにした。

 3. ギロチンを使用する死刑執行官: 1792年になって、ギヨタンの提案が改めて議題に上った。とりわけ、フランス革命時の首切り役人のサンソンが、将来のために斬首の方法を機械化するように強く迫った。判決を斧や刀で執行するのはあまりに手間がかかりすぎるし、罪人は必要な「平静を保ち」痛がらないですむから、というのが彼の言い分だった。当時でも、首切り役人はしばしばヘマを犯し、何度もやり直すということがあったのだ。

4. 1793年1月21日、パリの「革命広場」にて。ルイ16世もギロチンで死んだ。

5. 断頭台の前で。ギロチンに向かうフランス人弁護士ジョルジュ・ジャック・ダントン(1759-1794)と同士カミーユ・デムーラン(1760-1794)。デムーランは、ジャコバン党党首ロベスピエールによる死刑宣告により、ダントンや他の仲間とともに処刑された。1794年4月5日、彼は断頭台にたち、ギロチンを指して、こう叫んだ。「これもまた、自由の最初の使徒に対する褒美だ。私の血を欲する怪物どもの命もそう長くはないだろう」。 

6. ジョゼフ・イグナス・ギヨタン(1738-1814):斬首のための機械は、彼にちなんで命名された。

7. 19世紀および20世紀に使用されたギロチン:1981年に死刑が廃止されるまで、フランスでは死刑はギロチンによって執行されていた。

  










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