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東京の素晴らしきラーメン新世界(2) [海外メディア記事]

  東京のラーメンめぐり第二回目をお送りします。ちなみに、オリジナルのページにいけば、Matt Gross氏による東京ラーメン入門のビデオを見ることができます。

http://travel.nytimes.com/2010/01/31/travel/31ramen.html?pagewanted=2

 「 「あの時はすごかった」と彼は私に言った。『無敵家』のことがテレビで放映されたばかりだったし、特別なチャーシューが乗っかっているラーメンを出していたんだ。普通のチャーシューがあって、とろ火で煮こんだ豚があって、それから豚のミートボールがあって、ひき肉も山のように乗っかっていた。どうしてそういう趣向なのか理解できなかった。もちろん美味かったよ」

 

 彼は、はまってしまったのだ。グーグルで評価の高いラーメン店のリストを調べては、行列に加わって何時間も並び始めた。「どう見たって、まともじゃないよね」と彼は言った。「麺とスープだろ、そのために2時間も待つのかい? ちょっと変だよ(と誰でも思うよね)」。変だとしても、彼には彼なりのやり方があった。失業中だったし失業保険で食いつないでいたので、彼はブログを始めたのだ。

 今日、『無敵家』の行列は相変わらず長かったが、マクダクストンの好みは成熟し、この店の万人向けの豚骨スープとやや茹で過ぎの麺はもう美味いとは感じられなかった。『無敵家』のあと、彼は、小規模ながらチェーン展開をしていて、騒々しくネオン輝く渋谷のショッピング・歓楽街のちょっと外れたところに支店を出している『凪』の大ファンになった。ある晩マクダクストン氏が私をそこに案内してくれたとき、近辺の静かな景色が見覚えあるものであることに気づいた――2年前、私は友人たちと、食べ物屋を探して、この辺を歩き回ったことがあったのだ。東京の中でも上質なラーメン店の一つの傍らを歩いていたなんて、当時としては知る由もなかった。

 



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 それは誰もが陥りやすい間違いだった。『凪』は、繁盛しているラーメン店というより、客を選ぶ小さいバーのように見えるからだ。店内は、壁の装飾が茶色の小麦粉袋であったりするので、くつろげる雰囲気で、通常のように券売機からチケットを買って注文するのではなく、実際のウェイターに注文するのだが、そのときウェイターは麺の硬さ(やわらかさ)を決めてもらう。私たちはバリ―針がねのような硬さ―を頼む。そのようにして、細麺で楽しくなるほどモチモチとした(アル・デンテの日本風の表現)ラーメンがやって来た。それは、実際、とても美味かったので、私たちは丼にスープを残し、替え玉(ほとんど必需品とも言える追加の麺)を楽しんだ。 

 

 そのスープも悪くはなかったし―乳化して味わい豊かになるまで何日も煮込む豚骨スープだった―、トッピング(柔らかい焼き豚、信じられないくらい玉子っぽいじっくり加熱した玉子)も絶品だったが、この『凪』のラーメンはほとんどパスタと言うべきものだった。

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 マクダクストン氏が次に私を連れて行ってくれた『バサノバ』(渋谷から西に数駅行ったあまり騒々しくない所にある)では、スープが断然光っていた。それは、『バサノバ』がグリーン・カレー・ラーメンを得意にしていて、しかも賢明なことにタイ風の味わいを日本人の嗜好に合わせようなカレーになっているからだ。唐辛子の辛さとレモングラスとカフェライムの香気の刺激を同時にうけながら、このスープを飲み干すのは魅力的だったが、しかし、根本的には日本ならではのラーメンである。これはバンコクにはない味だ。

 『凪』と同様、『バサノバ』も落ち着ける場所だった。確かに、券売機があったし、ステンレス製のカウンターで食べるのだが、雰囲気のせいでビールを1~2杯飲んで長居したくなったし、店主は私たちが写真をたくさん撮るのを嫌がっていなかった。それどころかこちらに来て話しかけてくれたのだが、彼によると、彼の両親は日本の最北端と最南端の出身なので―だから、ラーメンの伝統も大きく違う地方出身なので―、自分が多国籍風のルートをたどるのは自然に決まったことだった、と説明してくれた。

 私たちが店を出ると、私たちに好奇の目を向けていた一人の若い女性がついてきた。通りに出ると、彼女はナガシマ・カナと名乗った。シンガポールで10年過ごしてから帰国したばかりで、大学でラーメン同好会を始めた大学生だった。彼女の笑いの絶えない精力的なおしゃべりは楽しかったし、私たちは彼女のことが気に入ったし、それと同じくらい彼女も私たちのことが気に入ったらしい。次の店に行く前に、彼女とマクダクストン氏はアドレスを交換していた。何という素敵な出会い。

 国と国をまたぐ別のダイナミズムが、もっとずっと西のほうの『アイバン・ラーメン』という名前の気取らない角の店で進行中だった。『アイバン・ラーメン』の創始者アイバン・オーキンは、ニューヨーク生まれの43歳、かつて『リュテス』で調理人として働いていたが、2003年に日本人の妻と息子とともに東京に移住したまでは良かったが、職がなかった。店がオープンする前のある朝に彼が私に語ったところによると、彼自身「ラーメン・ファン」だったので、その後の進路は決まったも同然だった。彼は2007年に『アイバン・ラーメン』を始め、時として古い考えの人から疑いの目を向けられたにもかかわらず、『アイバン・ラーメン』はヒットした。彼の定番―驚くほど一本気な塩ラーメンと醤油ラーメン―と、「たこ」ラーメンやライ麦粉のつけ麺(つけ汁とともに湯切りした麺がそのまま出される)という変わり種が非常に人気を博したので、彼は、店の外でもサークルKサンクスと組んでカップめんを発売したり、約20社と提携して商品を販売している。

 「ラーメンが脅迫妄想のように好かれる理由の一つは、それが本当に万人向けの食べ物だからです」とオーキン氏は言った。「価格的にも、ほとんどみんなの手の届くものだしね。ドンブリに入ってやってくる。美味い一杯のラーメンはバランスが完璧にとれているのです。スープ、麺、トッピング、すべて協働しています。だから、そんなラーメンを食べているときは、バラバラな素材が合わさっているだけなのに、まるで一つのものを食べているかのように感じられるのです」。


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 『斑鳩』のラーメンほどバランスの取れた一杯を私は食べたことがない。『斑鳩』で私は、メーター・チャンと彼の助手のヨコイ・ナオコと一緒に食べた。チャンは、芸能界で働きラーメンについて中国語の本も書いたことのある香港で売れっ子のコーディネーターである。私たちが外で20分も行列を作って立っていたとき、チェン氏は期待に満ちあふれていた――彼は『斑鳩』のロゴが気に入ったのだ。「美味いかどうかは」、オーナーがデザインにどれほど注意を払っているかで判るんですよ、と彼は後になって語っていた。

『斑鳩』の店内は、テーブルとカウンターの間に充分なスペースがあり、明るく和やかだった。調理人もウェイターも明るく和やかで、襟までボタンのある黒いシャツを着て静かな笑顔を湛えている。ここはオアシスのような所だった。私は、なぜこの店が、ラーメンと言えばマッチョという紋切り型のイメージに立ち向かった女性向けの食通ガイドで特集されたのかを理解した。 

 で、『斑鳩』のラーメンは? 『斑鳩』のラーメンをばらばらに分解して、かすかにカツオの香りが漂う深い豚骨のスープや、周辺部がキャラメルのように甘く、肉質は柔らかいがあまりに脂っぽいわけではない煮豚や、麺の歯ごたえや、柔らかな玉子の玉子らしさなどを別個に賞賛するのはほとんど邪道なことのように思える。このラーメンは完璧だった、と言えば充分なのだ」 。(つづく)










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