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最弱者が生き残った [海外メディア記事]

 『ニューズウィーク』誌のSharon Begley女史の記事をまた紹介します。少し古いのですが(といっても10月29日アップされたものですが)、かつてネアンデルタール人絶滅の記事を紹介したことがある手前(http://shin-nikki.blog.so-net.ne.jp/2009-05-19)、きちんとフォローしておこうと思ったからです。以前の記事は「人類はネアンデルタール人を食べていたかもしれない」という推測(たぶん、これはオーソドックスな考え方)を中心としたものでしたが、今度は絶滅は「単なる偶然」の所産だったという考え方のようです。そう聞くと、何か肩透かしを食らったような気分になるのは何故か?

 いずれにせよ、典型的なネアンデルタール人の想像図を見ると、いずれも筋骨隆々としていて耐久性に欠けていたらしいことは納得がいきます。環境の変化についていけなかったのか、 勇敢な狩人達よ!

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 記事の最後に出てくる「ジブラルタルの岩山の洞窟」の写真も掲げておきますが、後は大西洋しかないところまで追い詰められて、細々と2000年も耐えてこんな不便な洞窟で滅んでいったとは、ひたすら哀れ。

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Survival of the Weakest
Why Neanderthals went extinct.


Sharon Begley Published Oct 29, 2009 From the magazine issue dated Nov 9, 2009
http://www.newsweek.com/id/220146


 
「  最弱者が生き残った

 なぜネアンデルタール人は消滅したのか?


 ネアンデルタール人は慎重なハンターで利口な道具製作者であったし、たぶん言語の才にも恵まれていたはずだという最近の発見のおかげで、以前彼らに対して向けられていた品のない中傷のいくつかは当てはまらなくなってきた。とくに、「北方の間抜けな獣」(進化生態学者のクリーヴ・フィンレイソンは一般的なイメージをそう描写したのだが)という中傷は、もうネアンデルタール人には当てはまらない。しかし、われらがホモ・サピエンスという亜種がヨーロッパでの本拠地でネアンデルタール人に取って代わった3万年前にネアンデルタール人が消滅したのは、彼ら自身が間抜けだったからだという容疑が晴れることは一度もなかった。現生人類がネアンデルタール人に大量虐殺的な攻撃をしかけ、優越した技能によって勝利をおさめたのだ、という説明が一方にある。現生人類は、より大きな進化的適応を獲得することにより(たとえば、現生人類のいっそう大きな知性を獲得するとか、性的分業のようないっそう進んだ社会組織を作ることにより)、ネアンデルタール人を絶滅に追いやったのだという別の説明もある。


 教科書を書くのは勝者である。このことは有史以降の歴史に限ったことではなく、有史以前にも当てはまる。だから、ネアンデルタール人に取って代わった現生人類の子孫であるわれわれが「自分を勝者という役割において描き、他の系統の人類を征服された者という低い階層に貶める」のはなんら驚きではない、とフィンレイソンは書いている。「われわれが今存在していることを偶然の産物として受け入れるには、大変な謙虚さが必要である」。しかし、『消滅したヒト:なぜネアンデルタール人は絶滅しわれわれは生き延びたか?』という挑発的な書物で、彼は、偶然こそがわれわれをここにもたらしたのだ、と主張している。「ちょっと運が変わっていたならば、ネアンデルタール人が今日、ずっと前に生きていた別の人類の消滅について議論しているかもしれません」と彼は主張する。

 進化生物学者たちは以前から、生存競争においてどの種が栄えどの種が滅びるかということにおいて、ニッチ(すき間)を見つける才能が果たす役割に気づいていた。たとえば、6億5千万年前の小惑星の激突がなければ、哺乳類があれほど素早く、地球上のほとんどすべての生態的なすき間に広がることはなかっただろう(恐竜が邪魔をしたからである)。しかし、なぜわれわれの祖先が生き延びネアンデルタール人は生き延びられなかったのかという問いのように身近に感じられるテーマが問題となると、科学者たちは偶然に主役を与えることを拒み、古風なホモ・サピエンスの優越性を信じるほうを選ぶのである。どちらもホモ・エレクトゥスの子孫である。ある者は180万年前にユーラシア大陸に広がり、30万年前にはネアンデルタール人へと進化していたし、別の者はアフリカにとどまり、20万年前までには、解剖学的には現生人類となり、約4万5000年前にはヨーロッパに到達していた。

 これらの成り上がりたちは、(石のみならず)動物の骨や象牙の道具や武器や宝石をつくったり洞窟に絵画を描いたりすることで、技術的・文化的によりいっそうの進歩を遂げたものとしてしばしば描かれる――宝石や絵画は彼らが象徴的思考ができた証拠と見なされている。フィンレイソンは疑いを抱いている。ネアンデルタール人も絵画を描いただろう(ただし、崩れやすい表面に描いたのだろう)。彼らは道具製作者として怠けてはなかった。彼らのDNAを調べた結果、彼らもわれわれと同じ言語を司る遺伝子をもっていたことが判明している。「彼らはほぼ30万年間生き延びたのですよ」と、フィンレイソンはジブラルタルから電話で語った(彼は今ジブラルタル博物館の館長なのである)。「現生人類がヨーロッパに浸透する前にオーストラリアに到達していることは、ネアンデルタール人が長い間彼らを寄せつけなかったことを示唆しています。つまり、ネアンデルタール人はそれほど後進的ではなかったのですよ」。


 それよりむしろ、現生人類は、ただ、ただ運がよかったのだ――フィンレイソンが実際に起こったことを「最弱者の生き残り」と呼ぶほど運がよかっただけなのだ。約3万年前、ユーラシア大陸の広大な森林が後退し始め、樹木のないステップ(大草原)やツンドラが残り、森林に棲む動物たちは広大な範囲にわたって散り散りにならざるを得なかった。現生人類は、ヨーロッパに広がる前はアフリカの温暖な気候で進化していたので、マラソン・ランナーのような体形をしていて、獲物を追いかけて長い距離を走り回ることには適応できた。しかし、ネアンデルタール人はレスラーのような体形をしていた。その体形は、かつては至る所にあった森林で日々行っていた待ち伏せの狩猟には適していたが、耐久性がもっと大事なステップではハンディキャップとなった。運にかかわる部分とは次のことである。広々とした、アフリカによくある地形において現生人類は、筋肉の少ない、もっとほっそりとした体形を進化させたのだが、そうした地形がヨーロッパでは「もっと後になってから非常に広がった」とフィンレイソンは書いている。そしてそれは「まったくの偶然」であった。


 ネアンデルタール人はツンドラで動物の群れを追いかけるのが上手ではなかったので、彼らは、森林地帯が後退するのに伴って撤退しなければならなかった。彼らは、わずかな森林地帯が残った場所で最後の抵抗をした。ジブラルタルの岩山の洞窟もそういう場所の一つだった。フィンレイソンと彼の同僚たちが2005年に見つけたのだが、そこでネアンデルタール人は、ほかのどんな場所と比べても少なくとも2000年も絶滅を耐えしのいだのである。彼らは、後から来たホモ・サピエンスの本質的優秀さの犠牲者だったことは言うまでもないが、進化のどんな敗者にもまして不運の犠牲者だったと言えるのである 」。

 









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