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偽善のための神経回路  [海外メディア記事]

  私がひいきにしている記者の一人、Sharon Begleyの記事です。
期待して訳していったのですが、(訳したくせにこう言うのもなんですが)いつもほどの面白さはないですね。それは、この実験で示されたことの意味がまだ充分引き出されていないことにあるのでしょうか?

 実際、これまでの信念から逸脱したことを行った場合、その逸脱を訂正することもできるし、その逸脱を正当化することもできるわけですが、面白いのは、そうした逸脱を脳が絶えずチェックしているらしいこと。そしてその逸脱を、場合によっては、正当化する余地を残そうとする、という点でしょうか?

 ここから判ることの一つは、人間は、他の動物のように一定不変の行動原則(=本能)があるわけではないので、常に逸脱していく余地があることを、脳自体が折り込み済みであること、その逸脱に正当性があるならば、信念そのものが変わっていくということ。つまり、人間の存在そのものの「可塑性(plasticity)」 の基礎をなす脳の可塑性の一面がここに伺える、と言えるのでしょうか?

 しかし、これは肯定的に見た場合のことで、洗脳などの否定的側面もこれで説明できるような気がしますが・・・
 ちなみに、環境保護を訴えていながら、何かと理由をつけてハマー(Hummer)を買ってしまうことを「偽善」の典型にBegley女史は「偽善」の典型にあげていますが、少し前まではハマーに乗ることに大部分のアメリカ人は何の疑問も持っていなかったはずなので、私などは、ここに、アメリカにおいてさえも環境問題に対する意識が大いに変わった一つの例を見てしまうのです。 


Wired for Hypocrisy
Why it's so easy to justify our bad behavior.

Sharon Begley  Oct 21, 2009

http://www.newsweek.com/id/218637


偽善のための神経回路 
  自分の悪しき行いを正当化することはなぜ容易なのか?

 偽善を芸術の域に高めたのは金持ちの有名人だけではないが、ジョン・エドワーズのような貧者の味方が壮大な豪邸を建てたり、テッド・ハガードのような家庭の大切さを説く説教師が性的にみだらな行為をしたと告白したりするとき、やはりそうだったかと彼らは思わせてしまった。しかし、普通の人間の偽善だって掃いて捨てるほどある――よく考えてみれば、各家庭がそれぞれ送り迎えするより、子供たちをまとめてサッカーの練習場に送り込むほうがガソリンの消費も少なくてすむだろう、という理由でハマーを買った「環境保護主義者」。よく考えてみれば、貧者は自活するすべを学ぶ方がずっと良いという理由で、慈悲深い訴えを却下する「人道主義者」。これらの例を見ていくと、まるで脳は偽善のための特殊な回路を持っているに違いないかのように思えてしまうのだ。


 最新の研究によると、まさしくその通りであるようだ。すでに行ったことは取り消せないのだから、その行為が信念と衝突する――それは認知的不協和と呼ばれる現象を生み出す――ときの唯一の選択肢は、その信念を変更することである。人々が認知的不協和を経験するとき、脳の活動は私たちに、ああ考えるべきかそれともこう考えるべきかと心の中で二転三転するようにさせていることが判明した。その結果、信念が行為と足並みがそろうように、私たちは自分の信念を変えるのである。心理学ではよく知られているものの――認知的不協和という心理的に苦痛な状態を減らすために人々は自分の態度を変えるのだという考え方は1950年代に遡る――、この現象は神経生物学的には謎とされてきた。つまり、その現象の脳の拠点がブラック・ホールだったのである。それだけに、この説明の最初の試みは興味深いものがある。認知的不協和を解決することに関与する脳の領野は、非常に機転がきき、ハマーを運転する環境保護主義者のような合理化を見つけることを可能にするので、およそ誰であれ自分の主義にどうして固執できるのが不思議に思えてくるほどである。 


 認知的不協和を研究するために、カリフォルニア大学デイヴィス校のキャメロン・カーターをリーダーとする神経科学者たちは、機能的磁気共鳴画像装置[functional magnetic resonance imaging:fMRI]を使って、信念と行動が衝突する心理的苦痛を経験させられた実験参加者の脳を研究した。具体的にいうと、窮屈なfMRIのチューブの中で実験参加者は退屈な作業をしながら45分すごし、その後で彼らはこの実験についてどう感じているかを示す書面での質問に答えるのだが、当然彼らはこの実験を楽しんではいない。認知的不協和を生み出すために、それから被験者はまた質問に答えるように、そして今度は、スキャナーの中にいることを楽しんでいると言うように求められた。実験参加者の幾人かには、彼らの答えがfMRIを受けることに不安を感じていて安心を得たいと思っている患者に読まれると伝えていた。それ以外の実験参加者には、スキャナーを楽しんでいるかのような答えを書くたびごとに1㌦の報酬が得られると伝えていたが、不安げな患者の作り話は話さなかった。


 まるでスキャンされていることを楽しんでいるかのような振りをしている最中、その二つのグループでは脳の二つの領野がとりわけ活発だった。すなわち、背側前帯状皮質 (dorsal anterior cingulate cortex:dACC))と前島(anterior insula)である。dACCが果たす機能の一つは、共立しがたい情報の衝突を検出することである。それは、人が嘘をつくとき、特に活発になるのである。前島も似たような職務をもっていて、言い立てられた信念と真の信念との衝突といった心理的葛藤を検知するのである。『ネーチャー・ニューロサイエンス誌(Nature Neuroscience)』に掲載された論文で科学者たちは、dACCと前島のこの特別の活動を「神経による認知的不協和の描写」と呼ぶ。基本的には、「一方のグループの参加者が{fMRIを楽しんでいることについて}「嘘をつく」ことが多ければ多いほど、これら二つの領野の活性化は」…大きかった。それらは、信念と行動が決別した時を検知したのである。


  私にとって、この発見は特に注目すべきことではない。心と脳神経が相関していることの発見――つまり、どの心的活動の最中にどの脳の領野が活発になるかの発見――がまた一つ増えたにすぎないからである。私の注意を引いたのは実験の次の部分であった。スキャナーに対して本当はどう思ったのと後になって聞かれたとき、不安げな患者のために楽しんでいる振りをするように頼まれた参加者たちは、1㌦の報酬をもらった参加者たちよりも、本当に自分の信念を変えてしまったことが判明したのである。実際、スキャナーについての感情を偽っている間のdACCの活動が盛んであればあるほど、より多くの参加者が、自分は本当に楽しんでいたと、後になって語ったのである。認知的不協和に伴う脳の活動は、fMRIにいるという経験についての見解を変えてしまったのである。


 「この結果は、人々がいかにして、そしてなぜ自分の態度を変えるのか、を示しています」と語るのは、現在カリフォルニア大学バークリー校にいる共同執筆者のヴィンセント・ヴァン・ヴィーン(Vincent van Veen)。「これが示しているのは、認知的不協和の現象が現実のものであって、たんに社会心理学者の想像の産物なのではないということです・・・。そしてこれが示しているのは、人々の意見がその後どれくらい変わるかは、その前帯状皮質がどれくらい活発だったか次第だということです」。心を変えてしまう脳の活動の力は、自分の思考についていつもと違って考えること―――たとえば、ウツ状態の人が認知行動療法においてするようになること――がいかにその後の脳の活動を変えるのか(そしてそのことによって人々が違って感じたり考えたりするようになる)という事例を思い起こさせるのである。


 不協和によって生みだされる態度の変更のメカニズムを特定するにはもっと多くの研究が必要であるが、ハッキリしているように思えるのは、dACCと前島が活発化する程度によって、態度の変更が起こるかどうかが予測できる、ということである。ある人が感じる認知的不協和が大きければ大きいほど、その人が、自分の行動との折り合いをつけるために、自分の信念を変える確率は高くなるようだ。なんと便利な指標ではないか。」。









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