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インディペンデント紙が選ぶ映画の古典ベスト20 [海外メディア記事]

  イギリスの『インディペンデント』紙が、映画批評家のアンソニー・クイン(Anthony Quinn:あの名優とは別人)氏に依頼して、「映画の古典ベスト100(100 Best Films)」の選定を企画し、その「ファイナル・カウントダウン20-1」がこのほど記事になったので、紹介します。まあ、「古典」の定義が不明だったり、英米系に偏していたり、選定結果に異論を感じる方もいるでしょうが、そこはサラッと流しながらご覧下さい。
 
 20位から11位までは、横着をしてタイトルとカッコ内に監督名を示すだけにします(英語の題名と監督名あるいは俳優の名前を、原文にあると通りに付記しておきました)。10位からはきちんと紹介してあります。


http://www.independent.co.uk/arts-entertainment/films/features/100-best-films-the-final-countdown-201-1789007.html


「 100 Best Films: The final countdown, 20-1.
 
 
20位:市民ケーン(オーソン・ウェルズ)Citizen Kane (1941, Orson Welles)

19位:抵抗(レジスタンス)-死刑囚の手記より(ロベール・ブレッソン)A Man Escaped (1956, Robert Bresson)

18位:成功の甘き香り(アレキサンダー・マッケンドリック)Sweet Smell of Success (1957)

17位:汚名(アルフレッド・ヒッチコック) Notorious (1946, Alfred Hitchcock)

16位;ゴッドファーザー(フランシス・コッポラ)The Godfather I and II (1971-74, Francis Ford Coppola)

15位:脱出(ハワード・ホークス)TO HAVE AND HAVE NOT (1945) HUMPHREY BOGART, LAUREN BACALL

14位:狩人の夜(チャールズ・ロートン)Night of the Hunter (1955, Charles Laughton)

13位:スパイナル・タップ(ロブ・ライナー)This is Spinal Tap (1983, Rob Reiner)

12位:カインド・ハート(ロバート・ハマー)Kind Hearts and Coronets (1949, Robert Hamer)

11位:逢びき(デイビッド・リーン)Brief Encounter (1945, David Lean)




10位:チャイナタウン(ロマン・ポランスキー)Chinatown (1974, Roman Polanski) 

 カリフォルニアを舞台にした、水と権力を描いたこのフィルム・ノワールではすべてが美しいまでに上手くからみ合っている。オスカーを得たロバート・タウンの脚本、ジャック・ニコルソンの生涯最高の演技、リチャード・シルバートの美術、ジェリー・ゴールドスミスの陰気で威嚇的な音楽。「忘れるんだ、ジェイク…」――しかし、そんなことはできない。


9位:暗殺の森(ベルナルド・ベルトルッチ)The Conformist (1970, Bernardo Bertolucci)

 道徳的・政治的な臆病者を華麗な映像で描いた作品。懐疑心のために一歩も動けなくなったムッソリーニ時代の貴族にジャン-ルイ・トランティニャンを配する。罪のない女性が雪に閉ざされた森で暗殺者たちに追われる華麗なクライマックスは、心臓が止まるような思いがするだろう。
 


8位:めまい(アルフレッド・ヒッチコック)Vertigo (1958, Alfred Hitchcock)


 筋の通らない脚本は見過ごせないけれど、この映画が見せてくれる喪失や病や脅迫観念的な愛情は、どこまで行っても異様である。ジェームズ・スチュワートが最後にキム・ノヴァックの内に死んだ恋人を再生していくように見える一連のシーンは、マニピュレーション(人身操作)の胸が悪くなるほどの古典である。ヒッチコックの傑作。


7位:大いなる遺産(デイビッド・リーン)Great Expectations (1946, David Lean)

 この作品は、ディケンズの子供時代のほろ苦い不安と報われない愛に対する彼の執着をともに捉えた点で、文学作品を映画化したものとしては最も上手く行ったものかもしれない。時代の雰囲気の丹念な再現は、墓地で始まるオープニングにおいて、次にハヴィシャム家の日当たりの悪い敷地において、技術的に成功を収めた。


 6位:アルジェの戦い(ジッロ・ポンテコルヴォ)The Battle of Algiers (1965, Gillo Pontecorvo) 

 1950年代に植民地主義のフランスに対してアルジェリアの人々が起した暴動を見事に吟味した作品。ポンテコルヴォのドキュメンタリー的なスタイルは、サスペンス、恐怖、戦後への洞察を一体のものと捉えている。そこから出てくるのは、誰もが人口密集地帯への爆撃を決行できる時代に、上手く対処できる軍隊があるだろうか、という問いである。 



5位:レディ・イヴ(プレストン・スタージェス) The Lady Eve (1941, Preston Sturges)

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 見事なせりふと優しい心をもったトランプ詐欺師のバーバラ・スタンウィックのまばゆいばかりの演技に満ちあふれたこの作品は、ドタバタ・コメディーの中で最も洗練された作品であるのは間違いない。ヘンリー・フォンダ演じる世間知らずで大富豪のヘビ学者をスタンウィックが誘惑するシーンは、あらゆる映画の中でもっとも滑稽でもっともセクシーなシーンの一つだ。



4位:ワイルド・バンチ(サム・ペキンパー)The Wild Bunch (1969, Sam Peckinpah)

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 土地も時間もなくなった年老いたガンマンたちを描くペキンパーの物語りは、単によくできた暴力的な西部劇というだけにとどまらず、滅び行く忠誠心という掟に対する哀歌であり、未来(自動車、マシンガン)を示す道しるべでもある。悪党一味のリーダーとしてのウィリアム・ホールデンの演技は比類ないものだ。



3位:雨に唄えば(スタンリー・ドーネン)Singin' in the Rain (1952, Stanley Donen, Gene Kelly)

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 ハリウッド製のミュージカルでは最高の作品。サイレントがトーキーに道を譲る1920年代後半のハリウッドを風刺したこの作品は、ひたすら楽しませてくれる。ケリー、ドナルド・オコーナー、デビー・レイノルズのチーム・ワークは、溌剌とした演技の陰に物悲しさを漂わせながら、一分の隙もない。 



2位:深夜の告白(ビリー・ワイルダー)Double Indemnity (1944, Billy Wilder)

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 1940年代の最も危険な魅力をもつ女性を演じたバーバラ・スタンウィックのみならず、目もくらむほどの機知と簡潔さに富む脚本(ワイルダーとチャンドラーによる)も売りであるフィルム・ノワール。映画の冒頭、フレッド・マクマレイ演じる保険調査員が階段を下りるスタンウィックを見つめる仕草は、この映画の数ある精妙なタッチの一つである。
 



1位:イヴの総て(ジョセフ・L・マンキウィッツ)All About Eve (1950, Joseph L Mankiewicz)

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 この作品が1位? 紙一重である。脚本を書きメガホンもとったマンキウィッツはこれを演劇の物語りとして語っているが、彼が実際語っている舞台はハリウッドである。野心的な若い女優エヴァ・ハリントン(アン・バクスター)は、劇場の花形女優マーゴ・チャニング(ベティー・デイヴィス)に取り入り、ますはその付き人に、次いでその代役に、そしてそのライヴァルになっていく。

 イヴは哀愁と脆さをにじませてはいるが、骨の髄まで嘘でかためた女である。最初彼女の演技を見破ったのはマーゴの短気な着付け係のバーディー(セルマ・リッター)だけである。「なんという作り話」。彼女はイヴのつらい身の上話を聞いてそう叫ぶ。「あんな女の尻に食いつくのは猟犬くらいのものさ」。

 この映画は、老いることを怖がっている女性と、その女性に取って代わる機会を常に伺っている若い女性という二つの普遍的な女性のタイプを見つめている。マーゴはこのジレンマを見事なせりふの中で語っている。「好むと好まざるとにかかわらず、どんな女性でも共通して持っている経歴が一つある。女性であるという経歴よ…。別の経歴をどれほど多くもっていたり望んでいたりしても、遅かれ早かれ、それに取り組まなければならないの」。
 ベティー・デイヴィスは、問題がちょっとでも起きそうなときに点滅する警報ランプのようにまばたきしながら、執り付かれた女のようにこの役割になり切った。オスカーを受賞したのは彼女でもアン・バクスターでもなく、洗練さが不快である演劇批評家アディソン・デウィットを演じた共演のジョージ・サンダースだった。彼は舞台の袖からナレーターとして一部始終を観察し、この映画の冷淡な基調を定めていた。煙草入れと巧みな嘲笑の言葉を使いながら、サンダースは、ほとんどオスカー・ワイルド的と言ってもいいような皮肉と自尊の雰囲気をかもし出している。「俺はアディソン・デウィット、誰にもだまされない」――とりわけイヴの芝居にはだまされなかった。彼女がドアを開けたままにして尊大な調子で部屋から出て行くように命じたとき、「そんな身振りをするには10年早いぞ」という彼の間延びした返答には誰にも逆らえない凄みがある。

 この驚くべき映画の別の見どころをご存知だろうか? それはマリリン・モンローで、デウィット子飼いの役者の一人として最初のシーンに登場する。彼女もやはりすごい。アカデミー賞受賞も当然と思わせる脚本は、出演者全員が投げキッスとともに口にしたように感じられるところがある。これはほとんど、(素顔によるものであれ仮面をつけたものであれ)演じることに対する、芝居を上演することに対するラヴ・レターである。アカデミーでさえそれに惚れ込んでしまったのである」。    

 






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