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レイプ、殺人、浮気を進化論的に考える(2) [海外メディア記事]

 生成途上にある学問の一分野を追った『ニューズ・ウィ-ク』誌の記事の第二回目。追い詰められる進化心理学に焦点を当てていますが、議論のあり方が「生得主義」に関する当否になっているのが、意外に思えます。つまり、ずいぶん古臭い論争の蒸し返しになっているように感じられるからです。

 難しい用語がちりばめられているため、議論全体が難しく思える人にとっては、たとえば、Wikiの「進化心理学」の項目が多少は役立つかもしれません(http://www.newsweek.com/id/202789/page/2)。「モジュール」についての説明もあります。
 文中に言及のある「クーガー(現象)」とは、ヒット映画の「セックス・アンド・ザ・シティ」で脚光をあびた、うんと年下の男とつきあう年上女性のことを指すもののようです。クーガーを含む文脈で「日本」に対する言及がありますが、これには異議を唱えたい人が少なからずいるのではないかと思われますね。

By Sharon Begley | NEWSWEEK Published Jun 20, 2009
http://www.newsweek.com/id/202789/page/2 



「 なぜわれわれはレイプ、殺人、浮気をするのか?


こうした状況は変わりつつある。進化心理学は2005年に最初の大打撃を受けた。その年に、ノーザン・イリノイ大学のバラーが自著『適応する心』で示したように、進化心理学の主張の根底にある重要な研究の中に次々と致命的な欠点が暴きたてられたからである。ヒルがアチェ族に関して行ったような人類学的研究が続々と生み出され、われわれがレイプするようあらかじめプログラム化されているという考え方に対する批判が相次いだ。そして脳科学者たちも、脳の灰白質が進化心理学者たちの主張するような仕方で、数百もの専門化され、予めプログラム化されたモジュールによって、組織化されているという証拠が何もないことを指摘した。カリフォルニア大学サン・ディエゴ校の神経科学者ロジャー・ビンガムは、かつては熱心な「進化心理学教会の会員」だったと自己紹介しているが(1996年彼は、何百万ドルもかけて進化心理学を賛美するPBSのシリーズ番組を作り司会役を買って出た)、今では進化心理学に対して真っ向から反対の論陣を張っていて、「福音主義的な」情熱をもっていると言ってその支持者の幾人かを非難している。ストーニー・ブルック大学の進化生物学者マッシモ・ピリウッチは「人間の行動についての進化論的ストーリーは、素敵な物語にはなりますが、素敵な科学にはなりませんね」と言っている。


 他の批判者と同様、彼も進化が人間の脳を形づくったことに疑いの念を抱いてはいない。進化が人間の他のあらゆる器官を形づくったのであれば、それ以外にどう考えられよう? しかし、人間の行動は、石器時代に硬化した心的モジュールによる制約をうけているという進化心理学の主張が意味をなすのは、環境からの働きかけが非常に静的であるために、ある進化時期の間に本能が形成されるような場合にかぎる、とピリウッチは指摘する。しかし環境 (社会的環境も含む)が静的というよりも動的な場合――あらゆる証拠がそうであることを示唆している――ヒトを進化上の適者とする唯一の種類の心とは、可塑的で環境の変動に対応できる心であり、社会的・物理的にどのような環境にいようとも、妥協点を探って、生き延び、繁栄し再生産することのできるような心である。女性が財力のある男性を求めることが適応的である環境があるかもしれない。義理の父親が義理の子供を殺すことが適応的である環境があるかもしれない。男性が手当たり次第に女と寝ることが適応的である環境もあるかもしれない。だがすべての環境においてそうだということにはならない。そしてもしそうならば、進化心理学者が定義するような普遍的な人間の本性は存在しない、ということになる。


 それこそ、人間の普遍性についての主張を至る所でつぶしながら、新たなトレンドの研究が発見しつつあることである。一般の人々の想像力を捉えたある進化心理学の主張――それは『ニューズ・ウィーク』誌の1996年のカヴァー・ストーリーになった――によると、男性は、ウェストとヒップの割合が0.7の女性(たとえば、36‐25‐36のスリーサイズ)を好むようにさせる心的モジュールをもつのだという。このおかげで、影響を受けやすい若い女性たちがメジャーや食べ過ぎ防止のハウツー本を急いで買いに行きはしまいかと心配して、社会科学者や政治家は、そのメッセージがいかに有害であるかをただただまくし立て、それが科学的に間違っているとは一言も言えなかったのは、レイプ論争の再現と言うべきものだろう。それに対して、この主張の支持者たちは、自説に有利となるデータを大量に持っていた。おなじみの実験台――アメリカの大学に通う学生――を使って、彼らは、男性が、違った体型の女性の写真を見せられたとき、36‐25‐36のスリーサイズの女性を性的な理想として選ぶものであることを発見した。しかし、こうした研究は、その選好が生得的――人間の本性にもとづくもの――ではなく、むしろ、マスコミ文化と、それが美的なものについて流すメッセージに日々さらされてある結果だという可能性を排除できなかった。ビンガムによると、このような根本的欠陥があったために「こうした実験の多くは新たな学問分野の根拠となるほどの厳密さをもってはいないという不平不満の声があがった」。

 
 その後の研究はほとんど何の注目も集めなかったが、それによると、ペルーやタンザニアの孤立した地域の男性たちは砂時計のような体型の女性を病弱に見えると考えた。彼らは、0.9の女性――よりどっしりした女性を選んだ。そして去年12月、ユタ大学の人類学者エリザベス・キャシュダンが専門誌『カレント・アンソロポロジー(Current Anthropology)』で報告したことだが、女性が経済的に独立する傾向にある国々(イギリスとデンマーク)や女性が食料を見つけ出す責任を負う非‐西欧的社会では、男性は砂時計的でない体型を好むのだという。男性がバービー人形のような女性に強い愛着を抱くのは、女性が男性に経済的に依存している国(日本やギリシアやポルトガル)だけである(アメリカは中間にある)。キャシュダンは次のように言う。男性がどのような体型を好むかは「男性が相手の女性に強く、たくましく、経済的に成功して政治的に競争相手にもなりうることをどれほど望んでいるかに依存しているはずである」。


 依存している? まさにこのフレーズは、人間の普遍的な本性という教義の大敵である。しかし、これは、いま現れつつある、進化心理学とは競合するはずである新たな学問分野の本質なのである。行動生態学と呼ばれるその分野は、社会および環境から及ぼされる諸力が、ある環境における人間の適応度を最大化するような行動に有利になるような作用を及ぼすという前提から出発する。環境が違えば、行動も違う――そして人間の「本性」も違ってくる。だから、ある文化では(少し誇張して言えば、女性が飾り物であるような文化では)36‐25‐36のスリーサイズの女性が好まれるが、別の文化では(女性が家に給料やジャングルで集めた食べ物をもってくるような文化では)そういう女性は好まれない、ということである。


 また、だからこそ、男性は若くて美しい女性を選ぶようにさせる遺伝的な心的モジュールをもつが、女性は年上の財力のある男性を選ぶようにさせる遺伝的な心的モジュールをもつという進化心理学の見解は崩壊してしまったのである。21世紀の西欧の女性は職業的な成功を勝ち取り、経済的に独立を獲得するにつれて、男性に対する女性の好みも変化するだろう。スコットランドのセント・アンドリュー大学のフィオナ・ムーアをリーダーとする科学者たちは、2006年に、専門誌『エヴォルーション・アンド・ヒューマン・ビヘイヴィア(Evolution and Human Behaviour)』でそのように報告した。女性が経済的に独立すればするほど、女性は男性を銀行の預金残高よりも外見に基づいて選ぶことになるだろう――いまの(ある種の)男性と同じように。(そう、経済の領域で両性間の平等が高まることは、女性も、クーガー現象が示唆しているように、相手がどれほど性的に刺激的であるかということに基づいて、自由にパートナーを選べるということを意味する)。この発見は進化心理学の価値を引き下げ、あの「依存」を主張する行動生態学の学派を支持するものだった。その学派は、自然選択が一般的な知性と柔軟性を選択するものであって、選好と行動によって予めプログラム化されている心的モジュールを選択するわけではないと主張しているからである。「進化心理学は脳が適応度を最大化する万能のメカニズムになるように進化したという考え方を嘲っています。しかし、これこそまさに私たちが再三発見し続けていることなのです」とヒルは言う。


 進化心理学の醜い主張の一つは、男性が義理の子供を無視したり殺しさえする心的モジュールをもっているということである。こうした行動はヒトが発展途上にあったときにはまだ適応的だった、なぜなら義理の子供に投資する男性は、生物学上の子供に費やすこともできる資源を無駄にしてしまうのだから、と俗受けしやすいヴァージョンの論証はそう説く。そんな思いやりのある男性は、時がたてば、自分自身の子孫がより少なくなってしまうので、「義理の子供を援助せよ」という遺伝子は消滅してしまうというのである。「義理の子供は見捨てろ」という心的モジュールを形成する遺伝子をもつ男性のほうが進化論的には適応度が高く、だから、その子孫――つまり、今日のわたしたち――もそのような予めプログラム化されたモジュールをもつのだという。この主張を支える決定的証拠は、5歳以下の子供は、生物学的な子供よりも虐待される可能性が40倍も高いという研究に由来している」(つづく)。 









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