So-net無料ブログ作成
検索選択
ブログパーツ

微妙な消費者行動 [海外メディア記事]

  消費者の行動の愚かさを指摘する研究は掃いて捨てるほどありますが、ここで取り上げられている研究は少し違うようですが、消費者行動といっても、食は特別のようだというのが結論でしょうか、それとも「サイズが大事」というのが結論でしょうか?  何がテーマなのか少し判然としません。『ニューヨーク・タイムズ』紙の記者ジョン・ティアニーの記事です。
 
  なお、文中に出てくる「報酬系」とは、「ヒト・動物の脳において、欲求が満たされたとき、あるいは満たされることが分かったときに活性化し、その個体に快の感覚を与える神経系」のことのようです。

 
By JOHN TIERNEY  Published: June 29, 2009

http://www.nytimes.com/2009/06/30/science/30tier.html?_r=1&ref=science

 「消費者の幸福度を何とかして計算する


 人間は喧伝されているほどだまされやすいわけではないのか?

 もう何十年にもわたって、社会心理学者や行動経済学者は、消費者を操って奇妙なことをさせては、それを笑いの種にしてきた。彼らは、ホモ・エコノミクスという概念、つまり、最大の経済的効用を合理的に得ようとする人間という理論の産物の誤りを暴いて、はしゃいできたのだ。

 昔ながらの価格にうるさい消費者ならば、価格の上昇に対して、その製品に対する需要を抑えることによって、反応すると考えられてきたが、私たちはしばしばそれと正反対のことをする。価格が上昇するのであれば、それは思ったより良い製品にちがいないと思って、私たちは、その製品をもっと買いたくなる――そして体が思わずそちらに向いてしまうほど完璧にだまされるのである。 

 もし人々に「これは2ドル50セントする鎮痛剤だ」と言って偽薬を与えるならば、その薬は20セントだといわれる場合よりも、より良く痛みに耐えることができるだろう。栄養飲料を値引きされた安い値段で得た場合、その直後のテストの成績は、正規の価格を払った場合よりも、悪くなるだろう。いま味わっているワインが一本90ドルだと言われた場合、それが10ドルだと言われた場合よりも、脳の報酬系(reward centers)はいっそう活性化するだろう。


しかし、実験室でワインを飲んでいるときの脳をスキャンする代わりに、もっと現実的な状況で人々を調査しているものとしよう。たとえば、自腹をきってレストランで食事をしている状況を考えてみよう。そうした研究課題が、テルアビブの高級レストランで、コーネル大学のオーリ・ヘフェッツよイェルサレムのヘブライ大学のモーゼス・シャイヨーという二人の行動経済学者によって行われた。彼らは、メニューに載っている価格を変えることで、ディナー客の選択を自由に操ることができるだろうと見込んだのである。


 ディナー客やウェイターには知られずに、経済学者は、コース・メニューから注文する人々の選択をモニターを通して見ていた。コース・メニューの価格表には、エビのニョッキ、豚のすね肉、ヒメジのフィレット、ソーセージ、アーティチョークの詰め物の5つの前菜が自由に選べると記されてあった。


 メニューに記されたこれら前菜の横には、カッコつきで、一品料理のメニューからその前菜を注文した場合の価格が載っていた。これらの価格は、コースメニューの値段には関係なく、前菜が何であれコースメニューは30ドルだった。しかし研究者は、一品料理のメニューでの前菜の値段を目にすることがどのような違いを生み出すかに注目した。ヒメジが20ドルでその他が17ドルならば、より多くの人が釣られて、他のものよりも価値があるように見える魚を注文するだろう、と研究者は考えたのである。

 しかし、値段の組み合わせを色々変えて3ヶ月調査した後で、研究者は、消費者を意のままにすることはできないことを発見した。エビやその他の前菜により高い価格をつけても、ディナー客はそれを注文しようとは思わなかったのである。これと同じような頑固で価格の影響を受けない心理は、同じ研究者による別の食べ物の実験でも明らかであった。彼らは、今度は、二種類の――ピーナッツ・バターの棒状のアメとキャラメルの――キャンディーを試食させて、それぞれの表示価格を変えてみた。

 表面的に見れば、この価格操作はうまく行ったように見えた。というのも、人々はより高い価格が付いていたらそっちのキャンディーのほうを買いたいと言ったからだが、しかしそれは、仮の質問に対する答えにすぎなかった。キャンディー一袋を家に持ち帰ってもいいよと言われると、人々は表示価格などまったく無視して自分が気に入ったものを選んだからである。

 なぜ人々はだまされて高い値段のキャンディーや前菜を選ばなかったのか? なぜ彼らは自分の嗜好にしたがったのか?

 「たぶん、時によりけりですが、昔ながらの経済学はほとんど正しいのです」とシャイヨー博士は言う。「たぶん食べ物となると、人々の好みはかなり安定しているのです。仮に高くても、エビが好きな人もいれば好きでない人もいますからね」。


 消費者は、実験室での実験で表示価格を変えた場合、その影響を受けることがあるということを研究者たちは否定しない。しかし、そうした要因は、テルアビブのレストランのように値段がそれほど極端に上下しない現実世界というセッティングでは、どれほど重要なのかと研究者たちは疑問視する。「サイズがすべてです」とヘフェッツ博士は言う。「私たちの発見が思い起こさせてくれるのは、「AはBに積極的な影響を及ぼす」ということを知っているだけでは充分ではないということです。影響力があるとしても、問題にならないくらい小さいということもありますからね」(たかだか数ドルの違いでは、それほどの影響を及ぼさないという意味――訳者註)。

 この「サイズが大事」という効果は、ニューメキシコ大学の革命的心理学者ジョフリー・ミラーの助けを借りて私のティアニー・ラボ・ブログで行ったもっとずっと厳密ではない調査においても現れたように思われる。ミラーの新著『浪費される金:セックス、進化そして消費者行動』(Viking社)において、彼は、人間はしばしば、自分が大金を出して買うぜいたく品が自分の知性や輝かしい人格的特性を、自分の仲間になりうる人々に示してくれるだろうという無意識的な――そして間違った――信念のゆえに、大金を浪費するということを論じている。

 考える素材として、ミラー博士はブログの読者に、これまで買ったもので最も値段の高いものを10個をリストアップするよう求め、そしてその次に、最大の幸福をもたらした購入品を10個リストアップするように求めた。200人以上の人が回答を寄せてくれた。予想通り、多くの人が、喜びをもたらしてくれなかったものに多くのお金を使ったことを後悔していた。幸福をドル換算して、その幸福をもたらすという点で、ボートはとくに低い効用しかもっていないように見えた。多くの車もそのカテゴリーに当てはまったし、高くついた多くの結婚式もそうだった。。
 
 しかし私たちの印象に残ったのは、最も高額だったもののリストと買って最も幸福になれたもののリストがいかに重なり合っているかという点だった。どの人も、両方のリストに、自宅、大学教育、休暇での旅行、高額な電化製品(大画面テレビブルーレイ・プレイヤー、オーディオ機器、コンピュータ)やある種の車(BMW325、AudiA4、ジャガー、スバルWRX、トヨタ・プリウス、ホンダ・シヴィック)を挙げていた。
 
 実は、ミラー博士が特定した最初のトレンドが幸福リストと出費リストとの合致だった。その中には購入後に自分を納得させようとして思いついた合理化もあったが、高額品の購入者の多くは買ったことを後悔することだけはしてなかった。読者の一人として、ジャネット・ハッブスは次のように述べた。

 「過去10年間に私が最大のお金を費やした三つのもの(必需品は除く)は、ケープコッドの別荘、レクサス、ロレックスよ。そしてこの三つは、かかったお金の順番で愛してるわ。それが私の何を語っていようと、そんなこと知ったことではありません」」。
  









nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:ニュース

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:[必須]
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

トラックバック 0

この記事のトラックバックURL: