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イェルサレムという場所(1) [海外メディア記事]

 『シュピーゲル』がイェルサレムについて特集した本の中から、「宗教の発生地」というタイトルがつけられた記事を紹介します(「発生地」は複数形です)。   

26.05.2009 Von Clemens Höges

http://www.spiegel.de/spiegelgeschichte/0,1518,628373,00.html


「 ここにくると、われわれの胸は高鳴る

 秘密のトンネル、数メートルもの厚さの壁、3000年前の刻印: 考古学者たちはイェルサレムの起源を求めてダヴィデ王の宮殿を発見したと主張している――ただし、アラブ人地区にである。

 ジャワド・シーヤムは、再三イスラエルに拘禁された経験があるので、喫煙に慣れてしまった。たびたび囚われの身になったので、もういつのことだったか思い出せないほどだ。シーヤムはゴロワーズに火をつけ、いつものようにサングラスを短く刈った頭上に押し上げ、まぶしい日中の日差しに目を細めた。


 このパレスチナ人が通りを見上げると、イェルサレムの神殿の丘が、自宅から約300メートル離れたところに見える。眼差しを通りに戻すと、そこで考古学者たちはパレスチナ側の坑道にも通じる坑道を掘ったのだ。網状に組み上げられた鉄パイプの上にはイスラエル国旗がはためいている。民家の屋根には武器をもった男たちが見張っている。もし彼が何かへまをしたら、男たちは彼に向けて発砲するだろう。しかし彼はへまはしない、もう二度と。「私たちは暴力を望んではいません」と彼は言う。しかし「この土地は私たちにとって神聖な土地なのです」。


 少し後になって、そこから100メートルも行かない所で、ドロン・シュピールマンは網のように張り巡らせた鉄パイプの向こうを見ていた。部下の労働者たちが太古の壁を通ってこの鉄パイプのところにたどり着いたのだ。イスラエルのこうした光景はテレビの報道番組を通して世界中の人が知っている。最近のガザ侵攻のときに、ドロン・シュピールマン隊長はたいてい燃えさかるパレスチナの街並みを背景に語った。軍の広報官として、彼は、なぜイスラエルが攻撃しなければならないかを、世界に向かって説明しようと試みていたのである。


 シュピールマンはテレビ映りがよく、決然として、ハンサムで、非常にアメリカ的である。彼は中西部なまりのある英語を話す、彼はデトロイト生まれで、数年前初めてイスラエルにやって来たのだ。それ以降、イスラエルのために戦うことが彼の人生なのである。どの前線に立つかは問題ではない。

 「ここが、すべての始まりの場所です」とシュピールマンは言う。自分の足元の廃墟のことを言っているらしい。ユダヤ人はどこに流れ着こうと、「ここにくると、われわれの胸は高鳴る」。軍務がないとき、彼は、『イル・ダヴィデ』という名前の組織の長として、大勢の労働者や考古学者を率いている。

 彼らが発掘しているのは、3000年前のユダヤ人の初めての王であるダヴィデの宮殿であるに違いないと信じるものもいる。ダヴィデ王の都市も探求の対象であり、『イル・ダヴィデ』とはまさにそのこと、つまり最初のイェルサレム、いわゆる旧市街よりももっと古いイェルサレムを指すのである。

 パレスチナ人のシーヤムとイスラエル人のシュピールマンが語り合うことはない。彼らは互いを知っているが、互いに監視しあっているのだ。なぜなら発砲がなされていなくとも、この二人の男たちは戦っているのである――3000年前に始まった戦いを。


 問題なのは、ここが三つの宗教の聖地の始まりだったということだけではない。ユダヤ人のアイデンティティーとユダヤ人としての証明が問題なのであり、それを考古学者達はもたらそうとしているのだという。さらに、イェルサレムにおける、イスラエルにおける権力関係が問題なのであり、パレスチナ人自身の国家や国際政治が問題である。だから、アメリカの新たな国務長官のヒラリー・クリントンが新たなイスラエル政府と、ジャワド・シーヤムがそのために戦っている家々のことで言い争っている最中なのである。EUも数週間前、ここで起こったことは和平交渉にとって「現実的な危機」であるという警告を発したのである。


 なぜならシュピールマンと考古学者たちは旧約聖書のイェルサレムをよりによってシルワン地区――イェルサレムの東部のパレスチナ人居住地区――の下に発見したと主張しているからである。シルワンはいつ頃からかパレスチナ人の首都の一部になっていた。そこで、国際的な交渉にしたがって起草された多くの文書にはそう明記されているのである。

 しかし今イスラエルの保守派は家族単位でパレスチナ人の追い出しを計っている。民家は壊され、考古学者たちは神殿の丘に隣接する丘の上にある地区を掘り崩している。一億ドルをかけて聖書ディズニーランドが計画されている――イスラエルはダヴィデ王の都市を明け渡すことはしないだろうし、パレスチナ人もシルワンを諦めることはないだろう。かくして、かつての王が明日の平和の障害となっているのである。


 なぜなら、イェルサレムでは、他の場所とは違って時間は過ぎ去らないからである。数千年前に起こったことは数十年前に起こったことと変わりはしない。過ぎ去るものは何もないし、忘れられるものも何一つとしてない。今日の人間は、どうすることもできないまま、先人たちの戦いに引きずり込まれるのである。

 最も最近の戦闘は1993年に始まった。当時までダヴィデ王は神話的な人物とみなされていた。ダヴィデ王は、聖書の時代の計算によれば紀元前1000年頃に巨人戦士ゴリアテを倒した羊使いの若者であり、策略によって周囲の部族を一つにまとめ上げた外交的手腕にたけたトリックスターであった。彼はまた詩篇を創作する王であり、新たな民族のために首都イェルサレムを征服する戦士であった。「イスラエルの子供はみんなダヴィデ王になりたがるのです」とシュピールマンは言う」(つづく)。
 








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