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五月の浅草あるいは提灯の美 [雑感]

 五月にはいってから三社祭りまで、浅草の街の至るところに提灯が飾りつけられる。ある夜に、帰宅する途中で多くの提灯に迎えられ、「ああもうそういう時期か」と気づかされることもある。

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 私がこの街に住み始めてほぼ10年になるが、祭りそのものには参加したことはない。私の故郷には全国で知らないものはないほど有名な(多分)壮大な祭りがあるが、私は一度もそれに参加したことがなかったし、家族にそれを求められたこともなかったし、他の家族も関心が薄かった。どうも、血筋として、あまりそういうものに積極的になれないのだろう。

 というわけで、三社祭にも関心がない私にとって、今頃はやたら暑くやたら騒々しい時期にすぎなかった。そのためこれまで見過ごしてきたことで、いまさらながらにして気づいたことがあった。例年この時期を飾る提灯のうつくしさである。

 残念ながら、周囲にうるさい照明やネオンがある場合は、必ずしも目立つわけではない。周囲に同化してしまい、自己主張をすることがないからである。浅草の街では地味な存在にとどまっている。

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 やはり周囲には何もないほうが好ましい。または、提灯だけを見ていたい気持ちが芽生えるのである。

 
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 浅草寺の大提灯にも感じられるが、単独で見ると提灯には少しユーモラスな可笑しさを感じることもあるけれど、紙と竹からなる質素なたたずまい、下から見ると同心円状に波紋が広がって収まるような無駄のない形。墨と和紙のコントラスト、均整のとれた提灯文字。提灯のたたずまいには日本人の美意識の粋が凝縮されているように思える。私などは、立ち止まって見とれてしまうことがしばしばあるほどである。

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