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金融界から教壇へ [海外メディア記事]

 金融の世界に居場所を失った人々が教職に活路を求めてチャレンジする、という動きを追った記事です。収入は大幅減なのでしょうが、これでもまだ恵まれている方でしょうか? いずれにせよ、金融界の「祭りの後」が垣間見れます。

『ニューヨーク・タイムズ』の記事より。
http://www.nytimes.com/2009/05/10/nyregion/new-jersey/10tradersnj.html




金融業界の失業者が教壇に

 MBAの資格をもち金融アナリストとして20年経験を積んできたケイシー・マーシャルは、出世競争というゲームのトップにいるはずだった。

 しかし、昨年の暮れ、44歳のコンサルタントのこの女性は、自分の仕事が枯渇してしまったことに気づいたとき、このゲームは終了した。彼女の専門は新規事業のための金融モデルを構築することだった。

 「万事よくなるだろうと思い続けていたのですが、9月に入った頃、自分が何をしたいか考え直してみる時期が来たと思いました」と、マーシャルさんは言う。夫は失業してはいなかったが、職場が危なくなるかもしれないと心配していた。この夫婦には4人の子供がいた。

 「数学を教えようと考え始めたのです」とマーシャルさんは言う。「そして代用教員の資格を手にしたのです」。


 3月に、州議会が、彼女の境遇に打ってつけと思われる試験的なプログラムを承認した。「トレーダーを教師に」と名づけられ、職を失った金融のプロを、3ヵ月間で、数学の教師にするためのプログラムだ。見込みありとされた志願者は、大学で数学を専攻していたことは必須要件ではないので、州立モンクレア大学の授業を無料で受講することになる。

 このプログラムへの反応はすさまじいものだった。情報を開示してから48時間以内に、電話またはイーメールでの問い合わせが200件もあった。大学の事務局によると、25人の第一期生に応募すると見込まれているのは少なくとも100人はいるそうだ。マーシャルさん以外にも、志願者の中には、ペドロ・ラミレス(48歳、ゴールドマン・サックスの元エグゼクティブで2008年2月に解雇)、ロバート・スタンリー(50歳、26年勤続したウォール・ストリートのヴェテランで10月以降失業状態)、トニー・マランガ(46歳、元不動産銀行の銀行マンで3月に失職)などがいる。

 「金融サービス業は大々的な崩壊だったので、正常な状態に戻るには何年もかかるでしょうね」と語るのは、6児の父であるマランガ氏。「新しい職業に移る良い頃合です。教職は、ずっとなりたいと思っていたものですからね。40代も後半になって、こんな経験をした後では、財産を築くことよりも安定のほうが大事ですから」。


 2007年12月以降、ニュージャージー州の金融サービス部門は16,000人もの人員整理をしてきた。そう語るのは、ニュージャージー州で労働および労働力開発を担当するデイヴィッド・ソコロウ委員。それに、ニュー・ヨークで金融サービスの職場を失った住民も何千といるのである。

 
 連邦補助金の支援を受けた『トレーダーから教師へ』というプログラムは、失職した労働者の再教育ということ以上のことをします、とソコロウ氏は言う。わが州には数学の教師が不足しているので、その打開策も兼ねているのです。


 州立モンクレア大学の教育および人的サービス学部の学部長エイダ・ベス・カトラーによると、このアイディアは、昨秋、彼女が、ニュー・ジャージー州の教育委員のルシール・デイヴィーと話しているときに閃いたのだという。


 「彼女から電話がかかってきて、金融サービスの職場からみんな解雇されているという噂を聞いているんだけど、と言うんです」と、カトラー博士は回顧する。「この人たち、立派な数学の先生になれると思わない?、と彼女は言うの。私は言ってやったの。「今頃そんなことを訊くなんて可笑しいわよ、電話でそういう問い合わせがひっきりなしなんですから」。


 問い合わせをしてきた大半は、大学で金融や会計を専攻した人々だった。大学での数学の履修単位が30以上必要なことを知ると、彼らはがっかりしたという。

 そのルールを緩和して迅速に証明書を発行できるように特別な法律が導入された。


 「だからと言って、基準を引き下げようというつもりはありません」とカトラー博士は言う。とても優秀な人々がやって来て、短期集中型のプログラムを通して、知る必要のある数学とその教授法を学ぶわけですから」。


 新たに訓練を受けた教師の第一期生25名は、1月には教職の現場に赴任する予定である。他に3名が1年以内に訓練を受ける予定である、とモンクレア大学の事務局は言う。


 最近のある日の午後、プログラム受講予定者数十名が、オリエンテーションをうけるために、モンクレア大学の講義棟に入っていった。そのほとんどが少なくとも40歳であるように見えた。多くがビジネス・スーツを着用し、ブラック・ベリーをじっと見つめていた。


 元シティー・グループの金融アナリストだったティナ・ローダムリス(38歳)が手をあげて「ずっと分析をする側にいたので、人前で立ちながら教えるなんてどうやったらいいの?」と質問したときは、笑いを誘った。


 数学の教師の報酬についての質問が続いた。2007年、金融部門の給与は平均して98,000ドルで、州の労働局によると、ニュージャージー州の平均賃金の約2倍だった。


 「給与は地区ごとに違いますし、各人の学位によっても違います」とカトラー博士は言った。「一般論ですが、学士号をもっている人は4万ドル台です。5万ドル台の所もあります。交渉に応じてくれる地区もあります」。


 候補者は資格試験にパスしなければならないことも知らされる。


 オリエンテーション後、元金融アナリストで、今は地元のテナフライで代用教員しているモーリーン・クワイン(46歳)は、代数の補習が必要だわと言った。「勉強する必要があるわね」。


 出席者の多くは、経済が悪化する以前は、自分の経歴を謳歌していたと言った。


 「心理的にも報われていたし、金銭的にもとても報われていましたね」と語るのは、エレクトロニクス関係の株の売買を得意分野としたブローカーだったロバート・スタンリー。「あの仕事は社会にとって無くてはならないものだったしね。自分がそれをしたということを何ら恥じてはいませんよ」。


 それでも、50歳になる今、その仕事には将来が見えないのだという。

 
 「ウォール街での経歴は50歳で終わったと思います。もし、おあつらえ向きの状況が整ったら、ウォール街に戻ると思います、絶対にね。だけど状況が変わるとは思えないんです」とスタンリー氏は言う。「ウォール街は若い人の職場ですしね」。


 ペドロ・ラミレス(48歳)は、ゴールドマン・サックスにいることができて幸せだったと語った。ゴールドマン・サックスは、彼のMBAに対する手当ても払ってくれたし、ローン債権部門で昇進させてくれもした。「学んでいたし、人やプロセスを管理していました」と彼は言った。

 一年間求職活動をした後で、彼はギアを変えようと決心する。

 
 「教えることは、いつも僕の心の片隅に引っかかっていたことです」と、いまはクランフォードに住むラミレス氏は言う。「明らかに、これまでほど稼ぐことはできないでしょうね。他方で、僕の人生の質は好転するかもしれないし、子供たちも、僕がそばにいるので喜んでくれるでしょう」。失職後、彼はボーイスカウトの隊長のアシスタントをしていた。

 
 金融サービスのプロを教師として再教育することは「とてつもない意義があります」と話すのは、ラトガース大学、エドワード・J・ブロースタイン・スクール、プランニングおよび公共政策学部のジェームズ・W・ヒューズ学部長。「このプログラムは、普通ならばこの職種には来ないような高い技能と才能を持った教師を生み出すでしょう」。


 彼らがそこに留まってくれるかどうかは、また別問題ですと彼は言う。


 「1年か2年たって、経済が力強く回復すれば、金融界の好条件の所に戻っていく人が出てくるかもしれません」とヒューズ博士は言う。「しかしどうなるかは判りません。未来はまだ書かれていないのですから」」。 
 








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